38. エピローグ下

 朝食の完成を待つ間、手持無沙汰になって、何となくキューブを取り出した。適当に暇を潰す方法を探しながらそれを弄んでいると、いつぞやに録画した、あるムービーファイルを見つけた。溢れそうになるにやけを抑えつつ、隣のエドに向けて再生してみせる。映し出されたのは、俺の部屋のベッドで暴れまわる同居人の姿。エドはそれを抑えようともせずに、甲高い声で笑い始める。

「なんじゃこりゃ!」

 エドが俺に何を見せられているのかをいち早く察した目の前の本人が、寝起きにしては珍しい素早さで俺のキューブを奪おうとするが、所詮は俺よりも反射神経の劣る同居人だ。やすやすとかわしてみせると同居人は余計に躍起になって、大柄な体をばたばたさせる。その間、エドはずっと叫ぶように笑い声をあげている。

『はい、おまちどおさま!朝食が出来ましたよ』

 キッチンから出て来たエリスが、騒がしい朝のひと時にはもう慣れたとでもいう様な様子で料理を運んできた。出来立てのトースト、スクランブルエッグにサラダとコーヒーが、手際よく三人の前に並べられていく。俺達はぴたりと大騒ぎをやめて、朝のテーブルが出来上がっていくのをじっと見守った。

『どうぞ、召し上がれ!』

 明朗で爽やかなロボットの声を合図に、むさ苦しい男たちが一斉に食事を始めた。

「エド、今日の事、覚えてるか」

 レタスをもぐもぐやりながらイーライが言った。非常にお行儀が悪い。

「心配せずとも、段取りはちゃんと頭に入ってる」

 エドは廃墟に住み着き始めて、ますます『便利屋ネイビー』の名前を、さる業界内で大きくしている。こいつはネイビーの恰好をあくまで「仕事着」だと言って聞かないが、俺から見れば、その女装をここぞとばかりに楽しんでいる様にしか見えない。昨日だって、女物の化粧品をいくつも買ってきていた。だが、自分の命に関わる事で無ければなんでもやる、がポリシーのエド――ネイビーは、そのオールマイティーさと仕事の正確さが買われて、今やあらゆる方面から重宝されているらしい。そんな訳で、時々こうしてイーライ――キルロイとタッグを組んで、荒稼ぎしている。

 エリスの朝食で完全に目が覚めたらしい二人は、早速仕事モードに入って今日の仕事について確認しあっている。イーライは言われなくても仕事の腕がいいし、エドもこう見えて結構人気が高い。つまり、平凡な一般人は俺ぐらい。二人の小難しい話をバックに、ぼんやりとコーヒーを啜った。

 イーライだったか、エドだったか、それとも俺だったか。あるいは全員だっただろうか。とにかく、この三人で暮らしたいという願いが、こうしてさも当たり前の様に実現している。もしかすると、いつかこの三人がこうして揃うのは願うまでもなく、あらかじめ決まっていた事だったりして。――これがいわゆる、腐れ縁というやつか。

「……ン、ジョン!」

 イーライの声が耳に入り、咄嗟に二人の方に向き直る。

「何不貞腐れてるんだよ。俺達が内緒話してるから、嫉妬したのか」

 エドがにやにやしながら言った。頬に付いているスクランブルエッグのせいで、かなり間抜けに見える。

「ジョン、今日から取っかかる仕事、かなり大物なんだぜ」

イーライが、俺の返事を促す笑顔を浮かべた。

 海辺の古臭いホテルでの日常は、思っていたよりは退屈だ。だが、二人の親友にも再会できたし、ここで暮らし始めた事はそんなに後悔していない。

面白おかしい出来事は、退屈な日常の中で唐突に巻き起こるからこそ、面白いのだ。

「しょうがねえな。手伝ってやるよ!」


おわり

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Peeps ピープス 五十川マワル @paradise_a_55

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