エピローグ
37. エピローグ上
空室だらけのビジネスホテルだから、あいつの部屋は分かりにくい。410号室だったか、それとも411室だったか、未だに覚える事が出来ない。とりあえず、番号の若い方の扉をノックしてみた。
「エド。起きろ。朝だぞ」
特に反応は無いが、単に聞こえていないだけかもしれないという事を考慮し、ノックの回数を増やして声を荒げる。
「おい!朝だって言ってるだろ!」
……やっぱり反応無し。寝起きで募りやすい苛々があっという間に限界突破した。
「起きろ、バカッ!」
蹴りを一発食らわしてやった所で、扉が乱暴に開け放たれた――411号室の扉が。
「朝からうるさいな!落ち着いて人を起こす事も出来ないの?!」
まとめていない栗色の髪はぼさぼさで、ひどく人相が悪く見える。エド――女装癖がある、俺の親友。俺達が廃墟の絶対絶命の危機に奔走したあの日の夜に泊まって以来、ずっとここに滞在している。
「寝起きで人を起こす俺の気持ちも考えてみろよ……」
「だってジョン、早起きだし」
それは間違いだ。エドの仕事柄上、寝坊するとまずいから必死に起きて時間通りに起こしてやってるのではないか。だが、今は文句を垂れている時間は無い。エドの他にもう一人、似た性質の仕事をする奴が、俺にモーニングコールを依頼したからだ。
「エド、行くぞ」
眠い目をこすりながら、共にエレベーターに乗り込んだ。
二階も相変わらずがらんとしているが、一つ……いや、三つ分の部屋、ガラクタ山のせいで良く目立つ部屋がある。その内の一つの扉を、散乱する様々な物を蹴散らしながら叩いた。
「起きろー、朝だぞ」
反応無し。まあ、予想は出来ていたが。俺が何かしらアクションを起こそうとしたその時、背後から音も無く放たれた強烈な蹴りが、俺に代わって扉を打った。エド自身は今にも閉じてしまいそうな自分の瞼と格闘していて、まだ半分夢の中に足を突っ込んでいるという有様。お陰様で俺の意識がクリアになった。天井から埃が落ちて来る程の蹴りの威力に、流石のイーライも目を覚ましたようだ。ごそごそやる音が聞こえた後、蝶番を軋ませながらようやく部屋が開かれた。その隙間から長身の男――俺の同居人の一人であり、親友のイーライ・ベレスフォード――がぬうっとのび、大きなあくびを一つした。
「エド、今度からお前がイーライを起こしに来いよ」
「やだよ、俺、起きれないんだもん」
イーライはのそりと部屋を出て、先にエレベーターの方へ向かった。慌てて俺達も追いかける。イーライはやる事成す事全て自由そのものだ。寝起きとなれば、あいつにとって俺達の存在はあって無いようなもの。
三人でいつも通り食堂へ入る。清涼剤を思わせる青い海と空、そして一体のロボットが、俺達を迎えた。
『おはようございます!今日は三人お揃いなんですね』
モニター型の目がにっこりと笑った形を作った。
「エリス。朝食三人分頼む。メニューは任せる」
寝起きの低い声でそう言うと、イーライはさっさと適当な席について、近くに転がっていた新聞に目を通し始めた。俺はその向かいに座り、エドもその隣に座る。ふとイーライの新聞を見やると、おとといの日付が刻まれていた。
「ジョナサンさん、おタバコどうぞ」
いつの間にか、俺の前のテーブルにタバコにライターと、一式が揃えられる。いつもの事ながら気が利く奴だ。
エリス――俺とイーライが、ジャック、もといキュイハン社に宛てたあのロボットの成れの果て。騒動が落ち着いた後、勿体無いからという理由で修理してもらい、ジャックから譲り受けたチップにイーライがさらに改良を加えて再び組み込んだ結果、非常に従順でキュートなメイドロボットが出来上がった。この性格は全てイーライが作り上げた物なので、つまりエリスは少なからずイーライの理想が含まれていると思われる。そう思うと、同居人の見る目が変わってしまいそうだから、深くは考えない。だが彼女の能力は確かで、主に廃墟の掃除から成る家事を、キュイハン社――ジャックによって新しくなった廃墟のシステムを活用しながら、全てこなしてくれる。
あの時ジャックが宣言した「この廃墟を買い取る」という件だが、奴はちゃんと実現して見せた。騒動から三日も経たない内に、ジャックが管理する事になった新しいキューブと共に、正真正銘キュイハン社が発行した「極秘プロジェクトに関する決定事項」なる書類が送られてきたのだ。そこには顰め面しい文面で、要するに俺達の生活が、キュイハン社という存在によって今までよりも保障されるという事が書かれていた。付け足されたのは、「必要に応じて、キュイハン社の新製品等のテストを行ってもらう」という事ぐらい。一応、「極秘プロジェクト」という名目に気を遣ったんだろう。因みにジャックも、「極秘プロジェクト」を上手く使って、このビジネスホテルに遊びに来るようになった。仕事に集中してほしいと思う。
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