34. このチャンスを無駄にする気?
エドの方を見ると、向こうも自分の為すべき事を探してこちらを振り返った所だった。ほんの一瞬、見つめ合う。だがやがて、どちらからとも無く、確信の笑みを浮かべて頷いた。そうだった。俺達のすべき事は、既に決まっているじゃないか。
再びロボットと向き合うと、奴らは既に戦闘態勢に入っている。それぞれが拳を固めていたり、懐から小型の銃らしき物をを取り出している奴もいる。一瞬気後れしたものの、すぐにエドという強力な共闘者の存在を思い出した。俺達にかかれば、たかが人間に造られただけのロボットなぞ、すぐに蹴散らしてくれる。
「イーライ!俺達がこいつらを片付けていくから、その隙に会社に行って来いよ」
「はあ?!でもお前ら、危け――」
「折角友達と仲直り出来そうなのに、このチャンスを無駄にする気?」エドも勢い込んで言い放つ。
「俺達に任せろ。心配には及ばねえよ」
一体目のロボットが飛び掛かるのをエドは間一髪で避け、お返しに強烈な蹴りを食らわせた。
「君達、これを使え!」
そう言ってジャックが投げて寄越してきたのは、例のレンチ。床に散らばった二つのそれを、俺とエドがひったくる様に拾い上げる。そうだ、これを胸の辺りに打ち込めば、奴らの動きを止められる。早速襲い掛かって来た敵に力の限りのレンチアタックをお見舞いすると、いとも簡単に倒れこんでしまった。この勝負、覚悟していたよりも簡単に結果が出るかもしれない。エドもレンチの威力に味を占め、次々にロボット達の動きを止めにかかっている。
さて、俺達が既に戦闘を始めてしまったとあれば、イーライには行くという選択肢以外与えられない。
「……分かった、行くぞ!」
観念したように叫び、イーライがロボット達の間を縫う様にして走っていく。ジャックも後からそれに続き、俺達は行く手を阻む機械人形を撃退していく。ジャックのみならず、いつの間にかイーライの手にまでレンチが握られており、俺とエドで処理しきれないロボットを払い除けて行った。ジャックは一体いくつのレンチを持ち歩いているというんだ?
幸いにもロボットの殆どは、同胞の死に駆けつけて四階にばかり集まっていたらしい。それより下の階に潜んでいた敵はそう多くは無かった。
これ以上降りる階段が無くなると、今度は一目散に玄関を目指して走る。むしり取らんばかりの勢いで玄関の扉を開くと、数時間ぶりの外の光景が広がっていた。太陽は既に沈んでいて、時々煙の様な雲に身を隠しつつも、月が静かに浮かんでいる。そしてその下へ目線を滑らせていくと――政府のロボット達が勢揃いしており、漸く廃墟から出て来た違反者達を、敵意のこもった視線で歓迎する。最早猶予は無いらしい。
「イーライ、ジャック。ここを突っ切れるか?」
二人は少しの間思案している様だったが、先にイーライが口を開いた。
「ああ、勿論。後は頼んだぞ」
その後にジャックも慌てて頷く。
「キュイハン社のシステムが完全に復旧したら、彼等の動きはこちらで遠隔操作してみる。だから、それまでは持ちこたえてほしいんだ」
エドが自らの頬をぴしゃりと打った。
「うっし、そんじゃあ、後もうひと仕事と行きますか」
最早糸くずの様になっていた黒髪のかつらを脱ぎ捨て、一番近くにいたロボットに殴り掛った。すると全員の注意がエドに向けられ、一斉に奴らにとっての脅威めがけて攻撃の体制に入った。
「今だ!走れ!」
エドの叫びを合図に、ロボット軍団を避けるように大きく迂回しつつも、二人なりの全速力で駐車場を横切っていく。イーライの後ろ姿、そういえばこんなに離れて見たのは初めてかもしれない。あいつはいつも廃墟に引き籠っていて、2階のあの部屋を訪ねれば、いつでもすぐ側で下らない世間話が出来たからだ。
顔を合わせる時間はそう長くは無かったものの、俺達はこの数年間、それ程までに身近に感じながら生活していたという事だろう。
夜の闇へと溶けていく同居人、何故かその背中を見えなくなるまで眺めていたかった。だが今置かれている状況はそんな悠長な事は許してくれない。男型のロボットが違反者である俺を捕らえようと、とにかく躍起になって襲い掛かって来る。だがこちらにはこの小さな体という強みがある。ここぞとばかりにそれを活かして相手の懐に潜り込んで、胸を殴ってやった。倒れた一体に反応して、複数の仲間共が襲ってくるが、完全に弱みを握っている俺達には通用しない。エドも相変わらずご自慢の長い脚で同じように胸を蹴り上げながら、敵を片付けていく。
しかし、いくら倒しても、そいつらの数は一向に減ることが無い。夜の闇に溶けかけている、駐車場の向こうへ目を凝らしてみると、まるで湧いて出るかの様に、援軍がこのおんぼろな廃墟に駆けつけているようだ。だが、俺達の今の目的はこいつらを一掃してやる事では無く、あくまでもイーライとジャックが、システムを復旧し終えるまでの時間を稼ぐ事。俺達の体力が持つ限り、いや、例え持たなくても、こいつらをここに引き留めておく為に、攻撃を仕掛けていけばいい。
月といくつかの古びた街灯が辺りをぼんやりと照らす夜、大勢の機械を前に躍起になって暴れている男二人。これは相当、面白い光景かもしれない。ガキの頃と比べたら、そりゃあ喧嘩の機会はぐっと減ったが、今でもこうして感覚を忘れていない自分の体を褒めてやりたい。最も、敵は俺達を捕らえようとしているだけで、こちらを倒そうという気は全く無いのかもしれない。だからこうしてやり合えているだけなのかもしれないが、そうであろうが無かろうが、今はそれぞれがすべきことをやる時だ。そして俺達に出来るのは、こいつらを片付ける事。
不意に耳元で、鉄と鉄がこすれ合うような、聞き慣れない音がした。思わず動きを一切止めて音の方へ眼球を滑らすと、すぐ側に無表情な顔の一部が見えた。真っ直ぐ腕を伸ばし、それは俺のこめかみの辺りにまで続いている。
「ジョン!」俺が最後に聞いたのは、エドの悲痛な叫び声、鋭い炸裂音だった――
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