22. ゾンビ映画さながらの
元々この辺り一帯はリゾート地として有名であり、ここは一等地に建てられたビジネスホテルだったというこの廃墟、一人で通り抜けるには、少し寂しい程大きな玄関口を、いつも通り通り抜けて外へ出た。今日も穏やかないい天気で、耳をすませば海の音すら聞こえてきそうだ。平和そのものだった。駐車場の跡地を挟んでこちらを伺う、政府のロボット達を除けば。
俺は家へとんぼ返りし、部屋へ戻る。エドから身を守る為のあのモップがドアの前に転がっていた。一体どこまで武器になるかは分からないが、無いよりかはましと言える。
再び外へ出ると、ロボット軍団はさっきよりもこちら側に侵入していた。いつか見たゾンビ映画さながらの光景だ。俺は背筋をしゃんと伸ばして、彼らを上回る速度で真っ向から向かっていく。神経が研ぎ澄まされていくこの感覚は、子供の頃、喧嘩をする時以来ではないだろうか。相手との距離を縮めていく間、やる気をこねくり回して腹の底に貯める。とうとう、駐車場の真ん中当たりで、俺とロボット軍団が向かい合う。意外な事に、先手を打って来たのは向こうの方だ。
『こちらはM-50地区生活課巡回ロボットです。42丁目30番地に不審な建築物を発見しましたので、現在調査をしています。調査の妨げにならないよう、ご協力お願いします』
モップを両手で持ち、きつく握りしめる。生ぬるい合成音声の警告は、もう俺には通用しない。これまでも、そしてこれからも罪を犯す身なのだから、今更政府に怯えようが抵抗しようが、自身のそう遠くない未来はきっと変わりやしないだろう。だから、限界まで自分を汚す覚悟は既に出来ている。
道を譲らずにいる俺に業を煮やしたロボットが、先程よりも緊迫した音声で再び警告を始めた。
『こちらはM-50地区生活課巡回ロボットです。調査妨害は、"M-50地区すこやかな地区づくりのための条例"第二十七条により違反行為と見做されます。これ以上の妨害は――』
モップをこれでもかと空高く振り上げて――ロボットの胴体めがけて打ち込む。銅鑼をコンクリートへ叩きつけたみたいな音が響き渡り、ブルドーザー並みに重い感触がすっと消えたかと思うと、先程まで喚いていたロボットは地面へ倒れこみ、モップの柄は粉々に砕け散ってしまった。腕にどっと疲労感が押し寄せて来たその時、鋭い警告音が軍団内で発せられた。まるでリーダーの殉死に狼狽えているかのようだ。間もなく政府へお達しが行くだろう。これで俺は晴れて犯罪者デビューしたという事だ。辺りに敵が溢れかえるその前に、作戦を遂行しなければ。わらわらと蠢くロボット達をほとんど突き飛ばすように走り出した。
勢いに乗って角を曲がれば、次第に交通量が増え、左右のビル群が摩天楼へと切り替わりだす。目抜き通りへ出た。ここから少し外れた商店街の中に、おんぼろながらもロボット発注を請け負ってくれる店があるはずだ。振り返ってもロボット軍団は追っては来ず、その辺にいるロボットもまだ俺の事を知らないらしい。行くなら今の内――走り出そうとしたその時、腕に強い衝撃を感じてほとんど肩が外れるかと思った。咄嗟に抵抗出来ず、そのまま路地裏へ引っ張り込まれる。
「ハアイ。また会ったわね」
俺の腕を掴んでいたのは、大きなサングラスにわざとらしい黒の巻き毛、そして目を惹く赤い口紅……ネイビー――エド!
「危ないだろうが!」
「そりゃあ、こっちだって雇われてる身だしね。これぐらい、許してちょうだい」
腕を振っても押しても引いても離れやしない、まるで今朝のデジャビュだ。俺も、依頼主を裏切る訳にはいかないエド、もといネイビーも必死だ。力に自信があるので綱引きは得意だが、その綱が俺自身の腕とあっては余りにも不公平だというものだろう、このままじゃ腕が本当に分離してしまう羽目になるかもしれない。
俺は突然腕の力を抜いた。
「お?」
ネイビーが一瞬、エドになる。その隙を狙って、握り拳を白粉まみれの頬めがけてぶつけてやる。勿論俺の腕は解放され、エドはうめき声を上げてよろめいた。ずり落ちたサングラスから覗く灰色の驚愕に満ちた瞳が、徐々に燃え上がっていくようにぎらついていき――
「やったなあッ!」
案外乾いた音が頭に響いた次の瞬間には、右頬が鈍い痛みで満たされていた。目の前のエドは自身の左手をさすりながらも、得意げに笑っている。
かつて、俺達は下らない事で言い合いをしては、しょっちゅう喧嘩をしたものだった。俺は喧嘩の強さには自信があったが、エドだけは「なかなかやる奴」という評価を下さずにはいられなかった。あれから何年経ったかは分からないが、ここでもう一度決着をつけるのも悪くない。短く息を吐いて、再び殴り掛かる――と、エドに受け止められ、今度は横っ腹にまともに蹴りを食らう。……あまり言いたくは無いが、足のリーチでは圧倒的に不利だ。だから――
「ぎゃっ?!」
素早く後ろに回り込んで足を払ってやった。エドは予想しない背後からの攻撃に少しの間戸惑っていたかの様に見えたが、すぐさま持ち直して長い脚を振り回す。俺はそれをしゃがんで避けると、懐に飛び込んで腹に拳を叩きこみ、すぐさま距離を取る。エドは腹を抱えながらも、まるで子供のように笑っていた。俺だって、楽しくて仕方が無い。こんなに体を動かしたのは、いつ以来だろう。
「本当、あの頃が戻って来たみたい」
女物の服の埃を払いながら、こちらを見やる。
「エド、お前も思い出したんだろう」
「え?何の話……」
「イーライの事」
暫くきょとんとしていたが、やがてエドは照れ臭そうなはにかみを浮かべた。
「ああ、その通りだよ」
エドが廃墟へ乗り込み、イーライと対面した時の、あの様子。明らかに動揺して、まるでうわ言の様に「久しぶりだ」と呟いていた。今なら分かる。あの瞬間、エドはイーライに関する一切を思い出した訳だ。そして、俺の憶測は当たっていた。
こうして、今まで記憶の奥底へ留まっていた親友と、幾年ぶりかの再会を果たす事が出来た――ただし、敵として。何とも奇妙な状況が出来上がってしまったものだ。
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