23. なアにが会えて嬉しいよ、だ!

 一瞬間が開き、街の喧騒だけが流れる。そしてお互いに次の動作へ移ろうとしたその時、けたたましい着信音が鳴り響いた。慌ててエドがポケットからキューブを取り出すと、小声で「ちょっと待ってろ」と釘を刺す。そして数回咳払いして声を整えた後に映話に出た。朝の時といい、エドのキューブは絶妙なタイミングで映話が掛かって来るように出来ているらしい。

「何の用?」

 エド――ネイビーが、例のしゃがれ声で映話の相手に応答する。もしや、と思い、俺はそっと後ろから覗き込んだ。

『奴らの動きはどう――ん?後ろにいるのは……」

 そこでネイビーは漸く俺に気付いたらしい、勢いよくこちらを振り返った。呆気に取られている隙に懐に潜り込んで、キューブを横取りした。非難の声を上げるエドを無視して画面を見ると――

『あ?君は……?』

 そこにホログラムになって映し出されていたのは、焼き立てのパンが命を吹き込まれたみたいな男。どっぷりと盛り上がった体の上から無理矢理スーツを被せている風に見える。てっきりジャックからの映話かと思ったが、人違いなのだろうか……。

『……ああそうか、君がツシマ君か』

「えっ、なんで……」

 しまった。口を押えてももう遅い。こちらの身を明かそうとする奴に対する反応は普段から気を付けていた事なのに。今の発言で、俺は自分が「ツシマ君」である事を認めてしまった様なものだ。映話の向こうのパン人間も、それを察してか満足そうに微笑んでいる。

『会えて嬉しいよ、ツシマ君。僕たちのいざこざに君は全く関係無いのに、巻き込んじゃったりして済まないね』

 その丸い容姿、笑うと糸のように細くなる目、如何にも「いい人」の雰囲気を放っているが、それはれっきとした偽物だ。柔らかな言葉遣いの中に、無数のとげが隠されている。俺の想像とは違ったが――因みに俺は、もっとスマートでエリートを鼻にかけたかのような奴だと思っていた――こいつが、ジャック・ベレスフォードで間違いない。そう確信した瞬間、体中の熱湯が頭へと昇った感覚がした。

「なアにが会えて嬉しいよ、だ!そうさ、こちとらいい迷惑なんだよ!自覚があるなら今すぐやめろ、それともその忌々しいほっぺをむしられたいか!」

 力の限り叫んでキューブをエドに押し付けた。胃の中のマグマが煮えたぎっている。俺達は、あんな間抜け面のせいでこんな目に遭っているというのか!そのままの勢いで路地裏を飛び出る。エドは追っては来なかったが、走っている間、ロボット数台がこちらをゆっくり尾け始めているのが分かった。とうとう鬼ごっこが始まる。だから、街中の無知な人間の、驚いたように俺を凝視する目なんか気にしている暇はない。

 商店街に突入し、目的の店を見つけた時には、俺は安堵のあまり膝から崩れ落ちるのではないかと思った。そのままの勢いでドアを思い切り開けると、ぼーっとテレビを見ていた店員がとび上がってこちらを振り向く。こんな辺鄙な商店街の一角にひっそりと佇んでいるだけだから、相当暇に違いない。シャツの汚れや皺を払いつつ、イーライに言われた通り、その店の「受付嬢」の中で一番安いロボットを注文し、チップも忘れずに店員に預ける。

「それで、そいつはキュイハン社に送ってくれ」

 俺がキュイハン社の住所が印字された紙切れを差し出すと、店員は目を剥いてそれを受け取った。そのまま、紙切れと俺を交互に見やる。こんな小さなおんぼろ店のロボットを、かの有名な機械メーカーに送り込む事に違和感を感じているのが丸分かりだ。目が再び合った時に一睨みしてやると、神経質そうな店員は縮み上がり、すぐに仰せのままに致します、と慌てて頭を下げた。

 これで一丁上がり。自分の役目を無事終えた訳だ。店を出て行こうとしたその時、店員が不審そうに俺を呼び止める。

「お客さん!その、料金の事なんですが。基本料金プラス改造代で……」

「ああ。着払いで頼む」

 唖然とする店員に、俺はウインクをくれてやった。

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