20. 君に作戦を授けよう
お馴染みのベレスフォードの部屋。しかし八時を回った今、システムは既に陥落し始めているらしく、多くのモニターが変な画面のまま固まっていた。初めて部屋に入ったエドは辺りを見回して感嘆の声を上げたり、機械の群れを興味深そうに見つめたりと忙しそうだ。ただ、キュイハン社製のコンピューターを見つけると、眉間にしわを寄せてそれを凝視していた。
「お前んとこの機械だぜ」
俺が言ってやるとエドは一瞬肩を震わせ、気まずそうに目をくるくる回す。
「あー。いや、その話なんだけど……」
「さて、エド。俺たちに協力してくれるんだって?」
メインコンピューターのデスクチェアに腰を下ろしたベレスフォードは、俺たちの方を振り返る。ワーカーホリックモードがオンになっているようで、俺達は会話を中断せざるを得なかった。
「ああ、うん。でも、言っとくけど、俺はジャックの報酬を無視する気は全く無いからな」
つまり俺とベレスフォードの敵、あるいはエドの依頼主を完全に裏切るつもりは無いという事だ。ただし今だけ、エド自身の意志として情報を提供してくれるらしい。その時点でそれは立派な裏切りだと思うが……。
「そうだな、何から話そうか……」
「ジャックは今、何してる?」
ベレスフォードがやけに真剣な口調で尋ねる。まるでジャックが、最近まで連絡の取れなかった友人であるかの様な口ぶりだ。
「おい、ベレスフォード、そもそもジャックって誰なんだ?」
今まさに話さんとするエドと、それに聞き入る体勢に入っていたベレスフォードが一斉にこちらに顔を向ける。まるで俺が場違いな発言をしたようで心地良く無いが、この事だって知っておくべき事であるはずだ。だがベレスフォードは素っ気無く、
「あー、旧友なんだ。後で話すよ」
とだけ言って、エドに早く話すよう促した。今は仕方がない。ここは黙って流れに身を任せるしかない。漸く俺達に受け入れられたエドは、満足気な様子で語り始めた。
「彼は今はキュイハン社で働いてるよ。多分、結構上の地位にいるみたい。仕事の為――ここへチップを運ぶ件だけど――その為に何回か会った。いつもスーツを着てた」
頭で昨日の不審なスーツ人間の事が思い浮かび、思わずベレスフォードと顔を見合わせた。どうやら、あいつこそがジャック・ベレスフォードだったらしい。
「そんな訳で、イーライ、あんたの事はある程度ベレスフォード氏から聞いた。"キルロイ"として、だけどね」
エドが言うには、ジャックという人物はかなりこの同居人の事を気に入っているのだという。仕事の関係で会話を交わす時、必ずと言っていい程ベレスフォードへの恨み言も口にするのだとか。ベレスフォードの奴、いつぞやに「恨みを買うような事をした覚えは無い」と言い張っていた癖に、やっぱり過去に一悶着あったんじゃないか。
当のベレスフォードは、心ここにあらずといった感じで、エドの方ではないどこかをサングラスの奥から眺めていた。ここからは、俺が仕切った方がいいのかもしれない。
「なあ、エド、俺達そいつにちょっと贈り物をしたいんだが、協力してくれるか?」
「え。何考えてるのか知らないけど、それはなあ。仮にも俺、雇われてる身だし」
一応それは突き通すつもりらしい。微妙に融通が利かないのが腹立たしい。
「代案は?」
今度は、いつの間にやら復活していたベレスフォードがエドに迫った。エドは再び一歩下がる。そういえばベレスフォードはガタイがいい上にサングラス、無精ひげと来てるから、結構厳つい風貌ではある。
「あー、そうだな……」心なしかたじたじした風に、手を顎に当て考える。
「彼、よっぽど仕事に熱を上げてるみたいで、家よりもキュイハン社にいる事の方が多いみたい。そっち当たってみたら?」
……随分と大きな事を提案してくれたものだ。俺達の「贈り物」は敵であるジャック・ベレスフォード個人に宛てるからこそ成り立つものなのに、こいつは俺たちを本当の犯罪者に仕立て上げようとしているのだろうか。ベレスフォードとエドの代案に対する抗議を共有しようとした所、驚いた事にベレスフォードは真剣そうにエドの言葉を反芻しながら、何やら企んでいる姿勢に入っていた。
「おい同居人、嘘だろ……」
その時爆音の着信音が狭苦しい部屋を切り裂いた。ベレスフォードとエドがきゅっと身を固くしたのが見て取れた。勿論俺も例外でない。やがてエドが恐る恐るポケットからキューブを取り出すと、途端に着信音がもう一回り大きくなった。エドはキューブの画面をのぞき込むなり「ベレスフォード氏だ!」と小声で叫ぶ。
「悪い、ジョン、イーライ。俺が助けてやれるのはここまでだ。じゃ!」
こちらに挨拶の隙すら与えずに部屋を飛び出てしまった。走り去る靴の音と着信音が完全に消えると、再びいつもの日常が戻って来たような雰囲気が辺りに漂う。が、非常事態はまだ続いている。というより、本当は昨日よりも悪化している。時刻は九時過ぎ。もうタイムリミットは過ぎている。とっくにベレスフォードの回線と防御壁は崩壊してしまって……
「アアッ!」「うわっびっくりしたあ、何だよ」
ベレスフォードが怪訝な顔で身を乗り出す。
「俺、注文してねえじゃん!ロボット!」
ベレスフォードの顔が一気に青ざめ、「しまった!」と言葉にせずに表現して見せた。そうだ、昨日の計画では、家の回線が死ぬ前に近所の店にオーダーメイドのロボットを注文する事になっていたんだ。それをエドに、あの大口叩いていた割には大して役に立ってないエドに、余計な時間を使わされたせいでこんな事になってしまった。
回線が死んでしまった今、それを拠り所としていた俺やイーライのキューブ、廃墟から外へ通じるあらゆる連絡手段は絶たれてしまった。まさか、エドの「自分の意志」というのは建前に過ぎず、ジャックの奴がこれを見越してあいつを寄越したのでは無かろうか……。今となっては真相は闇の中だが。
部屋の空気が一転して息苦しくなる。ベレスフォードは再び絶望の淵へ立たされたとでも言うようにしょげ返ってしまった。今や魂が抜けたみたいにぼんやりとしている。最早これまでなのだろうか。俺達は、結局為されるがままに自由を奪われてしまうのだろうか。
……いや、まだ手はあるじゃないか。あまりにも原始的で、簡単な方法故に、今の今まで忘れていた方法が。
「なあ、俺、直接店に行ってくるよ」
「はあ?」
何言ってるんだ、正気かよ?――その素っ頓狂な声音がそう言っている。そりゃあ、俺だってそう思う。ベレスフォードの防御壁が消えた今、この違法で塗り固められた廃墟――家は、外界へむき出しの状態だ。いくらここが街外れのド郊外だと言えども、政府のロボットはもうじきここを発見するだろう。なんならもう既に嗅ぎつけられているのかもしれない。だが、今更引き下がることは出来ない。というか、今から引き下がろうがこのまま突き進もうが、待っている未来はほぼ確定――遅かれ早かれ、俺たちは団地へ連れて行かれる。それならば、この退屈な街に、こんなに退屈でない俺達がいた事を思い知らせるような爪痕を少しでも残した方が、未練もすっぱり断ち切れるというものだ。
「大丈夫、すぐそこだろ。さっと行ってさっと帰ってこりゃ、誰にもバレやしねえよ」
ベレスフォードはサングラスの奥から俺を凝視したまま、俺の言葉に返事しあぐねている。鼻の上で汗がうっすらと浮き上がっているのが見えた。ずっとこの調子じゃ、恐らく永遠に許可は下りないだろう。だから俺はベレスフォードが何か言う前に、踵を返して部屋を出ようとした。
「待て、ジョン」
……声が、少し震えている。まるでその言葉に肩を掴まれたかのように、俺は開け放たれた部屋のドアの前で立ち止まった。それから再び、同居人と向き合う。そいつはオフィスチェアの中でを固くしていた。このイタズラ大作戦は元はと言えば俺が言い出したものだから、そんなに責任を感じる必要は無いのだが。
「本当に行くんだな」
「ああ、すぐに帰って来るよ」
ベレスフォードが短く息を吐く。それから覚悟を決めたようにオフィスチェアから勢いよく立ち上がった。
「よし分かった!『君に作戦を授けよう』!」
彼が抱いていたであろう不安の全てを無理矢理封じ込め、それを吹き飛ばすかのような満面の笑み。ベレスフォード――イーライの言葉が、俺の精神を一瞬、子供の頃へと引き戻した。
あの頃の俺達にとって、それは単なる「ごっこ遊び」なんかでは無かった。己の度胸と友人達との協力があって初めて成り立つ真剣勝負だったのだ。だからこそ常に危険とも隣り合っていて、それを乗り越える為に俺達は、その日の冒険の計画と作戦とを毎日考えていた訳だ。会議の結果をあらかたまとめ上げて一つにするのは、一番年上――イーライの仕事で、決まってこう言っていた――「諸君に作戦を授けよう」。
こんな時、俺の言うべき言葉はただ一つ――
「アイアイサー、イーライ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます