14. 昨日のチップ
「どうしようってお前、だから何が起こったのか言えっつってんの」
ベッドの上でもぞりと身を動かすと、ふさぎこんだ同居人が漸く口を開く。
「『ここ』が世間の目にさらされる日も、そう遠くないってこった」
「……もっと直接的に言え」
落ち着きを取り戻してきたベレスフォードは、右手でサングラスの位置を整えながら真っ直ぐに俺を見つめる。
「あのな、昨日のチップ、あれは毒だったんだよ」
「はあ?どういう……」
「正確には、俺のプロテクトシステムと回線を破壊するためのプログラムが仕込まれていたらしいんだ」
チップを受け取ったあの後、早速仕事に取り掛かったという。色んな角度から分析をし、無数に近い機械達を使って、手当たり次第に様々なやり方を探っていると、どうも機械の調子がおかしくなる。急に電源が落ちたり、ベレスフォードの部屋だけ停電したりしたこともあったらしい。繁華街でのあのノイズだらけの映話も、今となればその不具合の内の一つだと分かる。
その内、この廃墟のメインシステムに直結している、大昔のコンピューターを再利用した機械にチップを挿入できることが判明した。それからどうにかチップの内部データを確認出来たが――
「無かったんだよ!依頼されてた『破損したシステムデータ』なんて無かった!」
ぐうう、と犬のようなうなり声をあげて、頭を抱える。
「他に何があった?」
「未知のデータファイルが一つ」
「どうにも出来ないのか、それ」
「どうにか出来たんだよ、さっき」
相変わらず俺にはよく分からない世界だが、とにかくベレスフォードはこういう類の事にめっぽう強い。そのデータファイルとやらをこじ開ける事に成功したのが、俺の部屋に駆け込んで来る数分前のこと。
「開けてみて、漸くそれが破壊プログラムだって分かった。でも手遅れだった」
その破壊プログラムは、まるで即効性の毒のように廃墟のシステムを侵食していたらしい。ベレスフォードが従える機械達は全て、廃墟の独立した回線に繋がっている。チップを調べる為、様々な機械を用いた事で、その回線を通じ、破壊プログラムが少しずつ内部へと送り込まれていた、という寸法。それが、機械の不具合に繋がっていた訳だ。そしてその毒の根源を、メインシステムに直接突っ込んでしまったのが決定打となってしまった。
さっきのあの日記――ベレスフォードの部屋のモニターにも表れたらしい。どうやら、あれもチップに仕込まれていた内容物の一つで、毒が回り廃墟のあらゆるシステムが弱ってきた所で、無理矢理あの日記が表示されるようになっていたようだ。つまり、「お前の負けだ」と言われているようなもの。
破壊されたシステムを修復しようにも、最早取り返しが付かない段階まで来てしまった。回線はおろか防御壁もじきに剥がれ落ちて、違法の塊と言っても差支えの無い廃墟が皆様のお目にかかる事になる。それと同時に、これまで積み重ねて来た犯罪も明るみに出る。
ベレスフォードは、ハメられた。それは単なる偶然の不幸か、それとも自身の気の緩みか。……珍しい事もあったものだ。ベレスフォードは、今までこんな大きな失敗を犯したことは無かった。それは偏に本人すら自負する高い技術力が彼にあったからで、それを俺も信じていた。俺はベレスフォードの事を、この不透明な業界における王の様に思っていた。それがたった一晩で、崩れ去ってしまうなんて。
……俺、俺は、もしかして能天気すぎたのか?
「ああッ、すっげえ悔しいっ!」
突如ベレスフォードが物凄い勢いでベッドに倒れこみ、スプリングが悲鳴を上げながらベッドで暴れている人間をほんの少し跳ね上げさせる。終いには完全にベッドに上がり込んで、意味の無い呻き声を上げながら足をばたつかせたり枕に顔を沈めたりし始めた。恐らくそれが俺のベッドだという事は忘れている。まるで癇癪を起した五歳児だ。常々面白いやつだとは思っていたが、ここまでこいつが弾けたのは初めてかもしれない。というか、折角人が真面目に反省しようとしていたんだから、もう少し場の雰囲気とか流れとかを読んでほしい。要するにうるさいから落ち着いてほしい。しかし、大の大人がここまで不貞腐れている光景はなかなかレアかもしれないから、ベレスフォードを宥める前に、笑いを一生懸命堪えつつキューブでこっそり録画しておいた。
そこでベレスフォードは急に勢いよく俺を仰ぎ見た。俺は持ち前の反射神経を活かして咄嗟にキューブをポケットに滑り込ませる。
「なあ、ジョン。食堂に行こうぜ」
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