15. 俺、いい事思いついた

 センサーが反応し、広い食堂がたった二人の為に明るく照らされた。時刻はいつの間にか八時を過ぎている。しばらく二人で向かい合い、黙ってタバコを喫んでいたが、そうしている事が馬鹿馬鹿しくなってきた頃、漸くベレスフォードが口を開く。

「明日から住宅地暮らしかもな」

 自嘲気味に眉根を潜めて、薄く笑った。

「どうにかしろよお前、まだ時間はあるんだろうが」

「まあな。明日の八時ぐらいまではもつと思う」

 溜息と共に白い煙を吐き出す。こうして見ると無精ひげは伸びまくりだし、髪の毛も同じくぼさぼさなので、パッと見ると浮浪者の様にも見えなくない。キューブ――住民票を持っていないという点では、家を持つ資格が無いという意味であながち間違いではないのかもしれない。そういえばこいつ、前の仕事が終わってすぐにこの件に取り掛かってるから、ここの所ずっと作業しっぱなしなんじゃないか。こんな不健康に磨きが掛かったみたいな風貌になるのも無理はない。

「そういや、さっきのあの画面――」

「うん?」

「お前、何か心当たりってあるのか、その、こんな目に合うような心当たりが?」

 今日、十年ぶりに更新されたあの日記。黒い背景に赤い文字で書かれた、イーライ・ベレスフォードへの恨み言。明らかに向こうはこの同居人を知っているどころか、恨みまで抱いているような感じだった。今や敵となってしまった今回の依頼人、謎多きベレスフォードの過去に繋がるような人物なのだろうか。

「……無いね。そもそも俺が今までどんな事をやって来たかなんて、いちいち覚えてると思うか」

 言葉では否定したものの、言う前のほんの数秒のためらいを俺は見逃さなかった。怪しい。もしかしたら今回の件、ただ俺が知らないだけで、案外身近な存在からの攻撃なのかもしれない。最も、もしそうだとしても、俺達の自由が奪われてしまうかもしれないという、割と人生でもトップクラスに危ない目に遭わされているという事に変わりは無いのだが。

「ともかく、俺はもう少し粘ってみるが、荷物をまとめておいた方がいいな」

 まだそこそこ残っているタバコをもみ消して、ベレスフォードがゆっくり立ち上がる。言葉とは裏腹に、まるでこの食堂を離れるのが名残惜しいかのようだ。――ベレスフォードは、もう既に諦めている。事態はもう、自分ではどうにも出来ないレベルにまで及んでいると思っているのだ。つまり、俺とこうして喋るのもこれで最後だと、ベレスフォードは思い込んでいる。……いつ、俺が「これきりでサヨナラだ」と言ったか?

「なあ、ちょっと待て」

 今まさに食堂を出ようとしていたベレスフォードは、疲れ切った風にゆっくりとこちらを振り向く。

「……何だよ」

「俺、いい事思いついた」

「……何」

 もう一度、とぼとぼとこちらへ戻って来る。

「どうせこの廃墟――家が駄目になるならさ、もう復旧作業は終わりにして、仕返ししてやろうぜ」

 同居人の眉がわずかばかり上がる。俺がこんな事を言い出すのが、さも意外なようだ。きょとんとしながらも、再び俺の前の席に腰を下ろす。興味を引くことに成功したようだ。

「あのチップさ。何かに使えねえかな」

ベレスフォードの顔がみるみる明るくなっていく。そうか、その手があったか。声には出さずとも、表情がそう言っている。

「勿論、俺の手にかかれば何倍にも楽しく改造出来るぜ」

 同居人はしたり顔で笑ってみせ、声にはいつもの自信が漲っている。もうそこにはどん底に落ち込んだ男の姿は無い。自分の技術力に誇りを持つ、イーライ・ベレスフォードが戻って来たのだ。

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