13. どうしよう……
さて、俺はコンピューターの電源を入れた。ネイビーの情報探しを再開しようと思う。言い換えれば、他にする事が無いという事だ。昨日と同じように、回線を通じて少し深いインターネットを探索していれば、何かしら暇潰しが出来る筈。その過程で、ネイビーの情報が掴めれれば尚良し。
そう思っていたのだが、今日はコンピューターが上手い事回線に繋がらない。それ自体が動いていないのか、何度やってもエラーが出る。まさかベレスフォードの奴、廃墟のシステムのどこかが弱っているであろう事を心配して、色んな機能をオフにしているんじゃなかろうか……インターネットの回線までオフにされると、俺としては暇が潰せず非常に困るのだが……と、諦めかけたその時、漸く画面に動きがあった。読み込み中の表示が出て、しばらく待てばいつも通りのインターネットへの入り口となるトップ画面が表示される――かと思いきや、姿を現したのは見覚えのある画面――この間見つけた、あの日記。しばらく呆気にとられてその画面をぼんやりと見つめていたが、よく見ると新しい日記が更新されている。この間見たときは、十年ぐらい前の日記で更新が停止していた筈なのに……。日付は――なんと今日の午後二時三十二分。確か、丁度俺が繁華街をうろついていた時だ。今日の日記――
『やっと。やっとここまで来たんだ。僕は成し遂げた。思い返せば、長い年月だった。でも、僕の願いが叶えられる事を考えれば、それはほんの些細な犠牲に過ぎない。はやくキルロイ――イーライの顔を拝んでやりたいものだ。聞こえるか。毒に冒されていく音が。聞こえるか。僕の声が。イーライ。君は僕を覚えていないかもしれないけれど、僕は片時も君の事を忘れなかった。イーライ。住み慣れた家を出て行かされる気分はどんな感じ?イーライ。それがあの時、僕が味わされた屈辱だ。……』
……何だこれ?何故、ベレスフォードの事を知ってるんだ?これは一体、何について書いている?寒気が止まらない。この"ミスター・J"とかいう人物、ベレスフォードの知り合いなのだろうか。それにしては、かなり恨みを抱いている印象だが……。
その時地響きのような音が聞こえたかと思うと、銃声並みに派手な音を立てて部屋の戸が開いた。ベレスフォードが大きく息を切らしながらそこに立っている。いつもはロクに自分の部屋を出ない癖に、もしかして俺の部屋まで走って来たのだろうか。
「何だよ!脅かすな……」
「ジョン!今すぐそれ、切れ」
ベレスフォードが震える手で俺の後ろのコンピューターを指し示す。つられて向き直ると、日記のページがまるで水に溶けていく紙切れのように崩れていき、その代わりに真っ黒な画面で塗り潰されていく。さらに下から赤い何かがせり上がって、画面全体を覆いつくす勢いだ。その赤い何か、どうやら小さな文字らしい。何が書かれてるんだ――
『苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ……』
「うわ!なんだこれ――」
「いいから早く!」
ベレスフォードに言われるがままに電源ボタンを力任せに押したのはいいが、何故か一向にコンピューターの電源が落ちない。画面はみるみる黒と赤で埋め尽くされて行き、終いにはそこを飛び出て俺の体にまで這って来るのではないだろうか。必死にボタンを連打する俺に反し、コンピューターはますます空回りなモーター音を響かせて熱くなっている。そこでベレスフォードがドタドタと大げさな音を立てながら俺の部屋へ入り、乱暴に棚をひっくり返してその裏に繋がれていたコンピューターのコンセントを引き抜く。電気の束で引っ叩いたみたいな音がして、俺のコンピューターは唐突に息絶えた。一呼吸おいて、微かに焦げ臭い匂いが漂い始める。しばらくの間、部屋はベレスフォードの絶え絶えの呼吸のみが響いていた。
「……なあ、これ何がどうなってんの?」
同居人は乱れた俺の家具を元通りにしようともせず、ベッドの上にどっかりと腰を下ろした。呼吸もだいぶ落ち着いてきたように見える。ぼさぼさの金髪も乱れたままにして、なかなか情けない風貌だ。やがて同居人は俯いて大きく息を吐いた後、
「どうしよう……」
ただそれだけ、呟いた。
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