12. セキュリティ
廃墟の前は元通り人一人いない寂れ具合で、辺りにも怪しい人影はなかった。というより身の隠すことの出来るものなどは無いのだが。
とりあえずベレスフォードの様子を見る為部屋へ向かうと、こちらに背を向けて、相変わらずたくさんの機械を相手に作業を続けている所だった。
「よう、大丈夫だったか?」
「大丈夫じゃねえよ、なんで急に切るんだよ!」
モニターの画面に目を向けたまま、ベレスフォードが憤然と言う。切る?さっきの映話の話だろうか。何か妙な勘違いをしているらしい。
「切ってねえよ、ていうか切ったのはお前の方だろ?」
そこでベレスフォードはぱっと顔を上げ、眉間に皺を寄せた怪訝な顔でこちらを見つめる。
「……嘘吐いてんのか?」
「吐いてねえし。なんで嘘吐かなきゃなんねえんだよ」
ベレスフォードはもう一度モニターに目を向けた。眉根がますます潜められる。その理由は俺にも分かる――この廃墟の全ての回線は、ベレスフォードによって完全に独立させられている筈なのに、勝手に映話が途切れたという事は、何かしらに不具合が生じているという事――それも、今まで完全無欠と考えらていた、廃墟と外界を隔てているセキュリティに。
「ジョン。一人にさせろ」
ベレスフォードは再び機械と向かい合って、作業を再開した。機械の唸る音が一段と大きくなる。
「あー、饅頭買って来たんだが、いるか?」
「その辺に置いといて」
ベレスフォードは素っ気なく言い放ったが、きっと俺の言葉は聞こえているだけで、何も頭に入っていないだろう。仕事に没頭すると、いつもこうだ。今のこいつの部屋は「その辺」が見当たらない程に散らかっていたのだが、ゴミで溢れかえった机の上に饅頭を適当に置いて、俺は部屋を後にした。
五階の自室に戻り、まずは昼食がてらに饅頭をむさぼる。実感はまだ湧かないが、もしかして今、ちょっとヤバいのかもしれない。
この廃墟は今の所、ベレスフォードによる特殊なバリアに守られている為、廃墟の存在を知らない人間にとっては「何もない様に」見えているだろう。だから、もしこれが何らかの原因で消えてしまうと、周りの目からは突然この廃墟が現れたように感じる筈だ。そんな怪しい建物は瞬く間に通報されて、俺とベレスフォードはここからつまみ出される事になる。そこから先、俺達は一体どうなってしまうのか――檻の中に入れられるか、あるいは『住宅地』送りになるだろう。
『住宅地』。何かしらの事情により、政府から家を買う事が出来ない者への配慮として設置された、住居型施設だ。多くの場合、金銭面的な問題を抱える人々が多い。ここへ送られるという事は、政府によって必要最低限の生活が保障される、という事を意味している。つまり、生きていく為に必要な分だけの衣食住が、政府から供給されるという訳だ。しかも、もし無職の人がいたならば、なんとその人間の特性を分析し、めぼしい仕事を斡旋してくれるのだ。……その人間がどんな特性を持っていたとしても、大抵は工場勤めをする事になる、と専らの噂だが。とにかく、政府から与えられた環境で、政府から与えられた仕事に励んで、ゆくゆくは家を購入してもらおう、というのが住宅地の役割だ。
厳密に言えば、俺もベレスフォードも、今の所「家を持っていない」。今まで犯してきた犯罪、例えば、無断で水道やガスを使えるような細工をしていたりだとか、違法めいた仕事に手を染めていただとかが、「家が無かったから」という理由に収束されると判断されるならば、刑務所よりも住宅地へ送られる可能性が高い。
……別に、これは希望を見出している訳じゃない。むしろ、その逆だ。もし拘置所に入れられたとしても、いつかはそこから出られるの事が分かり切っている。でも、住宅地はどうだ?あそこでは、自分の生活の全てが政府によって与えられてしまう。そこから出る方法はただ一つ、与えられた職を真面目にこなして金を貯め、家を買う事だ。口で言ってしまうのは簡単だが、実はこれがなかなか難しい。考えてもみろ。もし、その「与えられる職」で稼げる金が、雀の涙程も無かったとしたら……。これは決して悲観的すぎる展望だとも言い切れない。風の噂で聞いた話だが、これまでに街のニュースを賑わせたりもした犯罪者達の中で、「判決がどうなったのかが公表されていない」奴らが何人か存在するらしい。そいつらは皆、政府によって住宅地送りにされ、「飼い殺し」されているのだとか……。だから、住宅地送りだけは絶対に回避すべきだ。
それに、ベレスフォードの回線にもしもの事があれば、俺とあいつのキューブは文字通りただの箱となり果ててしまうし、同居人の仕事道具が完全に封じられてしまうから、この廃墟を支える金が稼げなくなってしまう。しかし、あの回線は完全にベレスフォード独自の物だから、業者に修理を頼む訳にもいかない……というより、その辺の業者よりもあいつの技術の方が確実に上だから、あいつがお手上げだと言うのならば、この世にその問題を解決できる人間はもう存在しないのだろう。だから今回も、結局あいつが何食わぬ顔をして解決してみせるに違いない。そして明日になれば、またいつものへらへら顔で、お茶請け代わりに事の顛末を語ってくれるだろう。
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