11. 大の大人が情けない
解析を終えて、一番始めに思った事。――この仕事、安易に引き受けるべきでは無かったのかも……。それはまだ本能的な直観でしかないが、これは大切にすべき直観だ。とりあえずコンピューターの前を離れて、ペットボトルの水を飲み干した。
初めての試みには失敗が付きものだと言う。確かに、チップを実際に扱ったのは初めてだし、そのやり方も手探りで模索していってる状態だ。ただし、これは遊びでも無ければ、自分の為の研究でも無い。だから、ちょっとした不手際すら許されるべきでは無い。
大丈夫。時間はまだある。俺なら絶対にやり遂げられるだろう……多分。
***
翌日。朝からわざわざバイトに出向いてやって、バイト終わりの昼過ぎに購入した食料と雑誌数冊の入った袋を下げて、廃墟に戻っているところ。左右のビル群が徐々に低くなっていき、人気がまばらになり始める道を曲がっていよいよ廃墟が見えて来たぞという辺りに、なんと珍しいことに人がいる。その後ろ姿を見るに、そいつはかなり大柄な奴らしく、灰色のスーツを規則正しく身にまとっているものの、それが今にもはち切れそうな程ぴったりしていた。その様は薄汚れた町中で変に目立ってる。というかそもそも、スーツを着た人間なんて久し振りに見た。どうもそいつは廃墟の方を眺めているらしい。あの廃墟は特殊なバリアで守られているから、「あそこに廃墟がある」という事実を知っている奴にしかあれは見えないはずなのだが。ともかく、こんな所に人間がいる方が不自然なので、自分の「嫌な予感」を信じて、俺はとりあえず今来た道を戻り、繁華街の方へ足を運んだ。
"繁華街"とは、目抜き通りを西に行った所にある、年中無休の大きな市場だ。太い通り道が行く先々で何本にも分かれていて、その左右に個性豊かなテントがこれでもかというぐらい並び立っている。もぎたての果物、そこら中でもうもうと立ち上るいい匂いの煙、きらびやかな雑貨、等々……。市場ではそこかしこで人々の談笑する声や、値段交渉する声、少しでも売り上げを伸ばそうと人を呼び込む声、いろんな声が混ざり合って賑やかな事この上無い。そしてとにかく人が多い。店の人間もそうだし、それに比例して客も増える。この地区の中で最も人口密度が高い場所という評価に恥じない混みっぷりだ。初めて来た人間は迷子になる事間違い無し。ていうか実際に俺も迷子になった事がある。
別に今日は特に用事も無いので、人を避けて一息つくために路地裏に入り、とりあえず一服。奥の方にも俺と同じような考えの、とにかく一息つきたいという人間が数人、買い物の疲れから放心したみたいになっていた。
海のように流れていく人々を眺めていると、そこでいきなりポケットに入れてあった、「住民票」を示す箱型の小型コンピューター――キューブが大声で着信音を叫んだ。一気に路地裏の人間の視線を感じて、思わず舌打ちしつつ確認すると、ベレスフォードからだ。
「おいなあジョン、お前バイト終わったかあ……?」
映話モードに切り替えるや否や、ベレスフォードの情けない顔がホログラムで浮かび上がった。応答している人間の動きを即座に読み取り、その情報を相手のコンピューターへ転送して立体化する「映話」――キュイハン社の最新技術だ。
「バイトは終わったが、廃墟の前に人がいたから繁華街に来た」
「なんでだよお!戻って来いよお……」
ベレスフォードがますますしょげかえる。これはいつもの事だが、同居人は自分にとって少しでも不安な要素があると、すぐに俺を呼びつける。例え俺が外出してようが廃墟にいようが関係無く、ありとあらゆる連絡手段を用いて、どうにか俺と接触しようとするのだ。いい歳こいた大の大人が情けない……。
ただし、いつでもそんな風に俺を追い掛け回しているのかと言えば勿論そうでも無く、部屋に籠るあまり今度は俺が退屈になってしまう事もしばしばだ。とにかく、人との上手な付き合い方を、親から教えてもらい損ねたのかと思う程極端なのだ。……こう言うと、まるで上手くいってないアベックのようで気持ち悪いな。
しかしその時、目障りなノイズが入り込んで、一瞬ホログラムがぐにゃりと歪んだ。キューブは本来、政府と正式に契約して購入する家に付属する回線を拠り所として、映話等の機能を利用できる。俺のキューブは現在、ベレスフォードによる独立した回線を使っているから、こうしてノイズが入るのも仕方が無いのかもしれない。……それにしても、ベレスフォードの回線でノイズなんか入った事は無かったのだが……。
「何、まだ人がいるの?」
ベレスフォードはこくりと頷いた。じじっ、と再びノイズが入る。
「ずーっとこっち見上げてうろうろしてんの、もう気味悪ぃ。多分……家は見えてない筈なんだが」
「俺、戻るべき?」
さっきから断片的だったノイズが、とうとう本格的に入り始めた。音といい乱れまくるホログラムといい、不愉快この上ない。ノイズのせいで時々変な形に顔を歪ませながら、ベレスフォードはしかめ面で黙っていたが、やがて映話画面外に顔を向けぱっと顔をほころばせた。
「しめた!やっと帰って……」
そこでいきなり映話が途切れた。ホログラムが前触れなく消え失せる。ベレスフォードの奴、やっぱり人がいて不安だったからという理由だけで俺に映話をかけたんだろう、だから人が帰ったその瞬間、俺は用済みとなって映話を切ったに違いない。全くもって身勝手な奴だ。それにしても、あのノイズはいまいち釈然としないが。
なにはともあれ、人が帰っていったのなら安心して廃墟に帰ることが出来る。俺は市場の一店で出来立ての桃饅頭を二つ購入してから、再び帰路に就いた。
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