10. 部屋と食堂を行き来してばかりな気がする
急に目覚めた。体がびくっと痙攣する。何か夢を見ていたような、見ていないような感じがして、胸の辺りが気持ち悪い。一時半前――もちろん、夜の。さすがに日も沈み、部屋の中は電源が入りっぱなしの俺のコンピューターが発するわずかな電子音以外、静まり返っていた。一日オフの日となると、むやみやたらと寝てしまう癖が付いてしまっているようだ。
腹が減り、喉も乾いた。机の上は、タバコの空き箱や雑誌やらが俺なりの整理整頓具合で散らかっているが、当然食物は無いので食堂に行くしかない。なんだか今日は部屋と食堂を行き来してばかりな気がする……。
タバコとライターを持って部屋を出ると、すぐさまセンサー式ライトが灯される。俺が部屋を出るまで誰も廊下を通らなかった証拠だ。まあ、俺とベレスフォードしか住んでいないから当たり前なのだが。
食堂へ降り、とりあえずレトルトのポトフを温めて食った。あとは適当にその辺に残っていたパンを胃に詰め込む。おおかた腹が膨れたところで、食堂の一面のガラスの向こうの夜の海を眺めながら、俺はタバコに火をつけその煙を深々と吸い込んだ。もう夜の二時を回ったところだが、海の上では未だに、いくつもの貨物船の白や赤のライトがのんびりと行ったり来たりしている。昼間に灰色だったその海は、今や夜の闇を吸収して真っ黒になっていた。一部が、街頭や月明りに白く照らされてちらちらと揺れている。
ふと、ネイビーと喫茶店で奇妙なひと時を過ごした事を思い出した。あれが朝の出来事だという事実が、遠い昔の事のようにも感じられるし、ついさっきの事のようにも感じられる。結局、彼女――もしくは、彼――の素性は分からなかったが、あんなにインパクトの強い人間は初めてだ。しかし、あいつとはもうこれ以上会う事は無いだろうし、時間が経つにつれて互いに互いの事を忘れていくに違いない。まだそう長くは無い、俺のこれまでの人生の中ですら、そんな経験を山の様に積み重ねてきたのだろうと思うと、何だかぞっとしない。ひどく損した気分だし、それがこれから先もずっと続いていくのは耐え難い事だと思う。
……これは、俺が小さい頃から漠然と抱いていた不満の一つだ。ただ、当時この不満を説明するには余りにも幼すぎたし、漸く成長して何とか言葉に出来るようになったかと思えば、今度は周りの友人たちに「らしくない」と笑われる。退屈を壊す為に、自ら人との繋がりを求めて何が悪いと言うんだ?
ベレスフォードと住み始めてまだ二、三年程しか経ってないが、食堂の巨大な窓から見渡せる景色は、ここに来てから二カ月ほどで飽きた。このだだっ広い海は、いつも何かが起きそうな雰囲気を漂わせているにも関わらず、結局は何も起きない。何かが変わっていきそうで何も変わらない日常の中でも、この景色は特に変わり映えしない。この辺りが平和なのはもうよく分かったから、少しぐらいは退屈をぶっ壊してくれるような刺激が欲しい。少なくとも、俺はそれを求めて、ベレスフォードと暮らし始めたのだ。
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