3. 私とデートしない?

 寝間着のまま、廃墟を飛び出した。大丈夫、この辺りは人気がとんと無いから、俺を笑う人間も居やしない。ましてや午前中など、見かけるものと言えば政府の下っ端ロボットぐらいである。一応「地区の治安を守る」という役割を課せられているロボット達の事だ。筒状で子供くらいの背丈があり、底に付けられた二つのタイヤでごとごととその辺をうろつくのが奴らの仕事。顔にあたる箇所には液晶パネルがついており、それを操作すれば道案内もしてくれるという機能も付いている。最も、地元に住んでいればそんな物は必要無いのだが。

 食い物の空き箱が転がる道路を道なりに走り、すぐに海と倉庫が見えて来た。広場の入り口で一旦止まり、息を整える。空きっ腹に全力疾走となれば、いくらこの俺でも頭痛の一つは起こすものだ。おまけにタバコを摂取していないと来て、このまま倒れて死ぬんじゃないかとも思った。

「あのう」

 はっと顔をあげると、いつの間にやら目の前に人がいた。やけに大きなサングラスをしている。俺より少し背が高く、でたらめなカールの黒い髪、黒いコート。化粧をしているから、女らしい。そんな風に黒ずくめだから、赤い口紅がやけに目を惹いた。一瞬人違いかと思ったが、周りにはこの女と俺以外、誰もいない。恐らく、こいつが依頼人――もとい、その代理人なのだろう。なんと返せばいいか分からなかったから、とりあえず具体的な発言は避け、

「あんたが?」

 とだけ言って、相手の様子を窺ってみる。

「……そう。渡すもの、あるの」

 いやにハスキーな声で返事が来たので、どうやらこの女が今日の相手である事は間違いないようだ。彼女が肩に下げたカバンからやがて出てきたのは、くしゃくしゃに折れ曲がった茶封筒。こんなに雑でいいの?

「これでいいのよね」

 まるでティッシュを配るかのような気軽さで、それを俺に寄越そうとする。受け取ろうと手を伸ばした瞬間、茶封筒はさっと取り上げられてしまった。そしてそのままのポーズで俺をじっと見つめる。大きな黒いサングラスでどこを見ているのかはいまいち分からないのだが、多分俺の顔を見ていた。

「何だよ、早く渡せよ」

「……そうねえ。私とデートしない?」

 そうしたら渡してあげる。耳障りなかすれ声でそう言った。……これは、逆ナンパされていると受け取ってもいいのだろうか。お互いにプライベートでない理由で顔を合わせて、ものの数分でこんな状況になるなんて、誰が予想しただろう。素直な事を言えば、今日は特に予定やすべき事は無い。ただ、小さい頃から母に、見ず知らずの人と成り行きでデートなんかするもんじゃないと、口酸っぱく言われ続けて育った身としては非常に悩む所……。

「軽くつまむものでもおごってあげるから」

「よし、どこへ行こうか?」

 俺達は広場を出て、目抜き通りに向かって歩き出した。

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