風雲激闘編
第16話「再会」
誰にでも欠かすことのできない日課というものが一つや二つはあるだろう。
花に水をあげたり、犬と散歩に出かけたり。
かくいうわたしの場合は、アダルトゲームショップと本屋巡りだったりする。
大学の講義終了後、アーケードを適当にぶらついて見つけた店に入るのが日課だった。
田舎だと店舗数が限られて来るのですぐにネタが尽きてしまうが、さすがは都会。次から次へと新店舗が乱立し、競争に勝てなかった店は容赦無く廃業へと追い込まれていった。
わたしにとっては好都合で、毎日ドキドキの探検気分を味わえていた。
てな訳で、今日もたまたま見つけた同人ショップにふらふらと入ってみたのだったが。
◇◆◇◆◇
発売日をロクにチェックしていなかったわたしが悪いのだが。
運悪くその店には、かねてより目を付けていた二種のブランドの新作が、二つ同時に置かれていた。
さて困った。
所持金を確認するに、わたしにはその内の一つしか買うお金は無いようである。
エロゲーはコンシューマーのゲームに比べ、総じて値段が高い。つまりはどちらか一つを選ばなければならない訳なのだが。目を付けていただけあってどちらも良作の予感、ネットの前評判も好評で甲乙付け難い。
「りーびんぐ☆ねすとの新作『クイズマジカルアーカード』と、ナイトウィンドの新作『エロエロアザラシ』……一方はその名の通りクイズと見せかけた吸血鬼陵辱モノで、もう一方はホラーと見せかけその実環境保護を訴える内容になっている。
ゲームとしてのやり込み性は巣立ちのが上だけど、シナリオその他は夜風のが充実している、のかな?
でも環境保護をテーマにして抜けるのかねぇ? 見た感じ獣姦っぽいし。
ちなみに価格は、どちらも七千円強、か」
「りーびんぐ☆ねすと」、略して「巣立ち」は最近同人から立ち上がったばかりのブランドだが、新興だけあって勢いがある。特に処女作である「Unlimited Hentai Works(無限の変製)」(略してUHWとも)の爆発的な人気は他のメーカーを完全に圧倒しており、美少女ゲーム業界にその名を刻み込む決定打となった。
それだけの実力を持つメーカーの新作、わたしといえどもむげに扱うことはできない。
実はちょっとした巣立ち厨だったりするのだ、わたし。
対する「ナイトウィンド」、略して「夜風」は巣立ちに先立ってメジャーデビューしたブランドであり、これまでにもいくつかヒット作を世に送り出して来た。
特に有名なのが「∞──ループ──」という美少女陵辱&調教ゲームで、このジャンルのゲームの中では金字塔と呼ばれている。
とにもかくにも出来が良いのだ。シナリオ、グラフィック、音声全てにおいて完璧であるとされ、「パーフェクト・エロフォニー」という異名を持つ唯一つのゲームでもある。
最近は少し下降気味な気がするが、それでも次回作を期待させるに十分な力を持っているメーカーであると言えよう。
巣立ちと夜風、どちらも優秀なのだから、どちらを選んでも決して損はしないと思う。
値段も同程度だし。でもああ、だからこそわたしは悩んでいるのだ。いっそコインの表裏で決めようかとさえ考えて。
わたしはふと、「クイズマジカルアーカード」のパッケージに眼鏡っ娘が描かれていることに気が付いた。不機嫌そうな顔で、彼女はこちらを睨み付けている。いかにも「何であたしを選ばないのよー!」と言いたげな表情だ。
「……うへへへへ」
自然と笑みが零れた。自分でも意外だが、最近わたしには眼鏡属性に過剰反応する性質(フェチズム)が芽生えつつあるらしい。微笑みを浮かべたままで、わたしは「エロエロアザラシ」を棚に戻す。
ぐっばいナイトウィンド、やっぱ主人公アザラシじゃ抜けそうに無いよッッ……!
「あー!? 戻すんー?」
「へ?」
悲鳴、という程ではなかったが。何だか悲痛な叫びが、ごく至近距離で上がった。わたしは驚きと共に振り返ろうとして、
「がっ!?」
「痛ぁっ!?」
後頭部に衝撃を感じ、頭を押さえてうずくまった。
今日は厄日か? 薫子に電話しても出ないし──って、それはいつものことだったか。ウワアアアアン!
「いたたたた。もう、急に振り返らんでもウチは逃げへんよー?」
「いやあの。いきなり声かけられたもんだから、つい」
結果的に顔面に頭突きを食らわす形となったのか。声の主は鼻頭を押さえ、涙で潤んだ視線をこちらに向けて来た。
スーツ姿の女性、年齢はわたしと同じくらい、か?
「あー。ごめんな、びっくりしてもーた? 何で戻してまうんー、って思ったら悲しくなって……驚かすつもりは無かったんよー?」
彼女はかなり怪しい関西弁でわたしに話しかけてきた。
とりあえずぶつかったことを怒っている訳ではないようで、わたしは内心ほっとする。
しかし、この人一体何者だ? 背後に立たれても気配感じなかったんだけど、わたし。
あれ、もしかしてわたしが鈍いだけ?
「えーと。戻すって、何を」
何から質問しようか迷った挙句、結構どうでも良いことを訊くわたし。
すると少しだけだが、彼女の表情が和らいだ気がした。
「それ。エロエロアザラシ」
果たして、彼女は予想通りの答えを返して来た。まあこの状態だとそれ以外には無いよな。
しかし、わたし以外の女の子の口から「エロエロ」とか言われるとドキドキするなぁ。
「あー? 何、あなたナイトウィンドのファンなの?」
「ま、そんなもんかなー」
「へぇ? 実はわたしも、そうなんだけどね」
「ほうなん!?」
何気なく口走った一言が、彼女のテンションを著しく上昇させたようだった。うむ、我ながら上手い具合に会話を繋げられた。これでもう二度と、頭突きについて言及されることは無いだろう。
調子に乗って、わたしは更に話を続けることにする。
「有名なので悪いけど、『ループ』は名作だよねー。あれは今でも十分通用するよ、うん。いつかリメイクしないかなー?」
「せやね! えっとな、リメイクの話は何度か挙がったんやけど、過去に囚われること無く新しいナイトウィンドを見て欲しい! ってことで却下されてるんよ。内容もちょっとヤバめやから、今のメディ倫を通らんかも知れんしなー。せやからファンの皆様には悪いんやけど、リメイクは当分見送られるんとちゃうかなあ」
泣き止んだ彼女の顔には、微笑が浮かんでいた。あ、可愛い。丸っこくてどちらかと言えば美しいというより可愛いという形容がぴったりな、あどけない笑顔。
だがそれも一瞬のことで、彼女はすぐに表情を曇らせた。
「けど……最近のはあんま、ええ話聞かんのよね」
「ああ、最近のはねー。悪くはないんだけど、際立って良くも無いというか。何つーか、インパクトに欠けるって感じ? ライターさん替わったんじゃないかな? シナリオが弱いんだよねー」
「うぅっ。痛いトコ突いて来るなぁ……そんなに弱い?」
「まあ『ループ』と比べると月とスッポンポン、ス●イムとバ●モスね!」
「ギャオス! 弱過ぎやん!?」
あ、もしかして言い過ぎた? 恐らく悲鳴のつもりなのだろう、奇声を上げて頭を抱える彼女。
もはや頭突きの痛みは完全に消え失せてしまったようだ。彼女にとってそれ程までにショッキングなことをわたしは言ってしまったのか。ちょびっと反省するわたし。
そうか、そうだよね。わたしだって薫子の悪口言われたら腹立つし、凹みもするもん。真性のファン(←信者と言っても過言ではないだろう)ってそんなものだよね。その気持ちは、痛い程に理解できる。
「や、やっぱエロエロアザラシにしようかなぁー。シナリオはともかくとして、ネタ度は群を抜いてるしね、うん。その内ネタゲーとして殿堂入りするんじゃないかな? まあ、残念ながらオカズにはなりそうにないけどぉ」
「ヘカテー!? ちーとも嬉しくないぃいいいいい」
「あによ!? 買うって言ってあげてるんだから感謝してくれても良いじゃない!? いい加減にしないと温厚なこのわたしでもぶちきれるわよ! 主に性的な意味で!」
「バラゴン!? はっ、もしかしてウチ、貞操の危機なん!?」
「気付くの遅ぇっ! てな訳でれっつプロテイン! どんどんがばがばどんがばちょおおおおおおおおおおッッ!!!」
「おーまいごっどー!!!」
──と、いう訳で。
地の文を挟む余地の無い、極めて密度の高い会話を交わした後で。
同じ夜風のファン同士、わたし達は仲良く「エロエロアザラシ」を購入したのであった。
しかしこれ、マジで地雷じゃないのかね。
◇◆◇◆◇
「ウチ嬉しー! やっぱこの広い世の中、分かってくれる人も居るんやね! 感謝感激雨あられやわー」
「はは。そりゃどうも」
たまたま帰り道が同じ方向ということで、わたしは彼女と同行することになった。
年頃のおにゃのこと二人きり、本来ならば萌えに萌えまくるべきこの局面。
しかしわたしの心は何故か、深い闇に沈んでいた。
今更ながらの後悔。わたしは選択肢を間違えたのかも知れない。
手にしたレジ袋の中身、「エロエロアザラシ」がやけに重く感じる。見栄張って初回限定版を購入したせいだ。
購入特典の「超合金るーたん」は、文字通り鋼鉄の塊だった。
さすがのわたしも、これでは抜けそうに無い。代わりに袋の底が抜けそうだったが。
「はぁ。どこまでもるーたん、か」
「ほうなんよね。ロリキャラは需要高いし扱い易いから、ついつい使い回してまうんよー。今度発売する予定のファンディスクにも挿入するつもり──って、ウチったら挿入なんて! やんもうエロい! 恥ずかしいわー、もぉ!」
ばしばしと背中を叩かれる。
どうでも良いが衝撃がかなり痛い。
わたしと対照的に、彼女は大層ご機嫌のようだった。エロゲーショップで出逢って間も無い、名も知らぬ女の子。にもかかわらず話し易いのは、同世代ということもあるだろうが。
何だかこんな会話、前にやった気がするんだよねぇー。デジャヴって奴かな?
「いやー、でも嬉しいわーホンマ。やっとウチらのこと、ミサキに認めてもらえたなー」
「はは。そりゃどうも」
って、あれ? わたし、いつ名乗ったっけ?
細かいことは気にしないタイプのわたしだけど、彼女の今の一言に関しては妙に引っ掛かるものを感じた。何でだ?
「昔は良くミサキに虐められたもんや、主に性的な意味で。けど、やぁぁぁっとあんたを見返せた気がするわ! 思えば長い道のりでした。色々苦労したような気がします。
けど、嬉しいな。久し振りに逢えたと思ったら、ミサキがウチの作ったソフト買ってくれて。涙がちょちょぎれそうやわぁ」
「はい、ハンカチ」
「ちーん! あ、しもた。今のはちんちーんて言うべきやったか!? ごめんな、あんたのせっかくの振りを」
「気にすんな! わたしはちぃとも気にしてないから! てか中学生じゃあるまいし、いちいち女子のそんな台詞で興奮していられるかよ──って」
自分で言ったその単語に、わたしははっとさせられる。
中学生。まさか、いやでも、まさか。
「あ、あんた、まさか」
「ほういやウチの連絡先教えてなかったなー。はいこれ、ウチの名刺。困ったことがあったら、いつでも電話かけたってな!」
「………っ!!?」
半ば強引に名刺を渡され、そこに書かれていた名前にわたしは愕然する。
名前もそうだが、彼女の肩書きにも。
「ほな、ウチこっちやから。またなーミサキ! ウチも頑張るから、あんたもお仕事頑張りやー!」
「あっ、こら待て! はるなつー!」
どのくらいの間呆然としていたのだろう。我に返った時には、彼女の姿は遥か彼方に見えた。
「あははは! ようやっとウチの名前思い出したん? ミサキらしいなぁ! そういうトコ、すごく好きやでー? 性的な意味じゃなくてなー!」
「どちくそがー! 何で最初に名乗らないかなぁ? あんたのそういうトコが嫌いなのよ! ああもう、このお馬鹿! 待ちなさいってばー!」
「鬼さんこーちら! 懐かしいなぁ、昔も良くやったよなー。おにごっこ!」
慌てて追いかけるわたしと、楽しそうに笑いながら走って行く彼女。
ハイヒールを履いて良くあんな速く走れるなぁと感心しながら。
わたしは彼女の背中に、昔を重ねた。
中学生時代。わたしは、ある少女と出逢った。
わたしはその子に恋をした。まぁ、よくある話だ。
わたしはその子に告白し、そしてあっさりと振られた。
そのことがあんまり悔しかったから。
わたしは彼女に、とても酷いことをした。
けれど、彼女はそんなわたしを許してくれた。
信じられないくらい優しい声で、わたしを「赦す」と言ってくれた。
その時初めて、わたし達は本当の友達になれた。
中学を卒業した後、彼女はわたしの前から去って行った。
夢を叶えるために。彼女は高校に進学せず、働く道を選んだ。
何だか置いてけぼりにされた気がして、すごく寂しかったのを覚えている。
「はるなつーの、あほ」
その彼女が今、わたしの前に再び現れた。
現れたと思った途端、また遠くに行ってしまった。
追いかけても追いかけても、その距離が縮まることは無い。
わたしはついに追うのをやめた。これ以上は、迷惑だろう。
わたしが足を止めると、彼女もまた走るのをやめた。
いっそ完全に走り去ってしまえば良いのにと思ったが、彼女は手を振って来た。
「やっほー。今度また休みができたら遊ぼうなー」
「な、なによ、もう。誰があんたなんかと」
「ええよ。予定の空いた時でええから、ウチの相手したってな」
「……あんた」
彼女は夢を叶えたのだろうか。
ようやく走るのをやめて、わたしが追いつくのを待ってくれている。そんな気がした。
「まあ、暇ができたら遊んであげなくてもねーわよ? モチロン性的な意味で、ね!」
「あはは! お手柔らかに頼みますわー」
かつて好きだった人を、わたしは忘れてしまっていた。
かつて友達だった人を、彼女は今でも覚えていた。
最低なわたしを、彼女は許してくれたのだ。あの時も、そして今もまた。
『霧島春夏(きりしま はるか)』
名刺に書かれた彼女の名は、わたしの記憶の中の彼女の名前と一致していた。
しかしその前に記された彼女の肩書きは、わたしの予想を大きく超えたものだった。
『NIGHT WIND(株式会社ナイトウィンド) 代表取締役』
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