第14話「体はエロで出来ている」

 始まりは、ある夏の暑い日のことだった。


 炎天下の中を外出する気にはなれず、わたしは自室に閉じ篭って積みゲーの一本「Unlimited Hentai Works」(無限の変製、UHWとも)の攻略に勤しんでいた。


 これはこれで、別の意味で熱いゲームだ。主人公の変態性が固有結界を創り出せるまでに強力で、死闘の末に敵キャラを次々と陥落させていく様ときたら、もう。あ、ヤバ、生まれて初めてわたし、男キャラに惚れそうかも……なんて錯覚を覚える程、異様に格好良かった。変態なのに。


 特に、二周目のラストバトルでのUHW発動時の演出は神がかっていたと思う。無数に生える男性器の荒原の真ん中で、己が逸物をそそり立たせる主人公。対するは、この世の全てを破壊せしめんと、嵐を身に纏い突進して来るラスボス。奮闘空しく、無惨に薙ぎ倒されていく男性器達。


「体はエロで出来ている」


 紡ぐ言葉は、誰のものか。


「血潮は萌えで、心は蝶燃え」


 射精寸前にまで膨張した男性器が、竜巻と化したラスボスの動きを初めて止めた。


「幾たびの修羅場を越えて腐敗」


 先端部がぱっくりと口を開き、攻撃対象に向けて狙いを定める。我慢は限界を超え、滴り落ちる粘液が沼を形成した。


「ただの一度の早漏も無く、ただの一度の愛撫も無し」


 解放するは、己が内より噴出す情熱の全て。防がれれば、もはや打つ手は、無い。


「彼の者は常に独り。亀の丘で自慰に酔う」

「故に、その生涯に愛は無く」

「その体は、無限のエロで出来ていた」


 呪文の完成と同時に、世界が白濁に包まれる。UHWが真に発動した瞬間のエフェクトだ。何もかもが見えなくなり、結界内に存在する全てのモノが、例外無く陵辱される。そう、例外は無い。たとえそれが強大な魔力を持つ大魔王であろうとも、この術から逃れることは不可能だ。


「いくぞ変態王、避妊の準備は充分か?」


 白濁の宴が終わった後。かつて変態王と呼ばれた少女を抱き締め、青年は止めの一撃を解き放ったのだった。


 今ここに、全世界を股にかけた変態戦争が終結した。


「くぅ~~~、痺れるぅ~~~!!!」

「………」


 感動のあまり、思わずガッツポーズを取り泣き叫ぶわたし。隣ではムーンちゃんが、何やら放心状態で固まっていたりする。ああそうか、エロゲーに興味無さそうな素振りを見せといてこの娘、何だかんだで感動しちゃってるわけね。うんうん。これだけ熱い漢の生き様を見せられちゃあ、無理も無い話だ。


「あー堪能した! さーて、一発抜いたら続きをば──」

「……待って下さい」


 がし。勢いを保ったまま、三周目に入ろうとしたわたしの腕を、ムーンちゃんがむんずと掴んだ。


「ん? 何よ。ああ、さてはアンタ、欲情しちゃってわたしに慰めて欲しいのね? 仕方ないなぁ。秘伝のオナテクを特別に伝授してあげるから、今度からは独りで慰めるようにしなさいよー」

「け、結構ですっ! てゆか不健康ですよ、そんなの!」


 わたしの言葉に、何故だか顔を真っ赤にして答えるムーンちゃん。お、ちょっと可愛いぞそのリアクション。初々しくて。


「ふむ? 無理しなくて良いのよ? 別にオナニー狂いになったって嫌ったりしないから。つーかむしろ、淫乱娘大歓迎、みたいなー」

「無理なんてしてないです! そんなことより、美沙樹さん美沙樹さん美沙樹さんっ! 馬鹿なこと言ってないで、外に行きましょう! こんな部屋にいつまでも閉じ篭ってないで、私と一緒に──で、デートに、行きましょう?」

「えー」

「えー、じゃないですっ! 折角頑張って誘っているんですから、少しは乗って下さいよ! で、ででで、デート、ですよ!? い、言っときますけど、健全なお付き合いなんですからね!?」


 あー。この娘は馬鹿だなぁ。必死で「デート、デート」と連呼するムーンちゃんの様子を、どこか冷めた眼で見つめて。


 わたしはとりあえず、一度観たエッチぃシーンをもう一度鑑賞することにした。


「あー、また観てるー!? バカバカバカ、美沙樹さんのバカぁ! どうして私を放っておいて、こんないやらしいゲームばかりするんですかー!?

 くすん、ひどいです。私が……私が、こんなに大好きなのにー!」

「てへっ」

「てへっ、じゃなーい!」


 ……まあ、何だ。ここまで一方的に惚れられてしまうと、どうしてもからかいたくなるのが人情というもので。


 仕方ない。これが終わって、もう少しだけ涼しくなって来たら。ムーンちゃんと一緒に、どこか遊びに出かけるとしようかな、なんて。


 そんな風に思いながら。わたしは現実世界でUHWを発動させる条件について、真剣に考え始めていた。



 最近気付いたことが一つある。


 影が無い、ということ以外に、自分が「半欠け」であることを証明するもの。普通の人達には見られない、明らかに異常な特徴。


 それは、「変わらない」ということだ。


 例えば料理をしていて、誤って包丁で指を切ってしまったとしよう。傷口から鮮血が垂れ落ち雫を形成するよりも早く、切断面は完全に塞がり跡形も残らない。回復が早いとかそういう次元の話ではない。「治る」のではなく、「元に戻る」だけなのだ。


 例えばちょっとしたイベントか何かで、写真を撮る機会があったとしよう。撮影した写真を観た瞬間、わたしはある違和感に気付くことだろう。そこでわたしは、アルバムに収められた数々の写真と見比べることにする。すると気付くはずだ、ある時を境にわたしが、全く同じ服装で写真に写っていることに。ある芸能人がプリントされたそのシャツは、何故か腹部が真っ赤に染められていた。まるで、血のように。


 ある時。わたしが薫子と出逢った一年前のあの日、わたしが暴漢に刺し殺されたあの日。その日着ていたものと同じシャツが、以後の写真全てに写り込んでいる。付着した血液が完全には落ちず、また破り裂かれていたため当の昔に捨ててしまったはずの、あのシャツが。ありえないモノが写っているという事実が、わたしにある仮説を立てさせた。


 すなわち。如月美沙樹の時間は、あの時を境に止まってしまった、ということだ。故に変わらない。わたしはあの時のままの姿で、流れ行く刻(とき)の狭間(よどみ)に独り取り残されている。


 ああだから、ムーンちゃんは言ったんだ。


「貴女はもう、死んでいるんですよ」


 って。確かに永遠に変わることの無い存在なんて、死人と同じなのかも知れない。いや、ある意味では死人以下だ。死人は腐り、やがて土に還る。世界と一体になることができる。だけどわたしは、それすらも許されていないのだ。この身体は、腐ることさえ無い。そんな忌まわしい存在のことを、ムーンちゃんは生者にも亡者にも成り切れない臆病者と蔑み、「半欠け」と嘲った。


 それは、そうなのかも知れない。わたしは心の底から生きたいと思っている訳ではないし、かと言って死にたくも無い。現状に不満がある訳でも無かった。だからいつまで経っても変われないし、変わりたいとも思わないのだ。正にムーンちゃんの言う通り。わたしは平凡なこの日常を捨て去る勇気の無い、臆病者なのかも知れない。


 それは、いけないことなのだろうか? 生と死、二つに一つを選択する時が、いつかこのわたしにも訪れるのだろうか? そしてわたしはその時果たして、そのどちらを選ぶのだろうか──?



 なんて、珍しく感傷に浸りながら。


 わたしは、すっかり消し炭と化したマイパソコンを前にして、ただただ呆然と立ち尽くすばかりなのであった。


「これで良し! てゆか、最初からこうしてれば良かったんですよね。美沙樹さんがえっちなのも鬼畜なのもぜーんぶ、この不健全な機械が原因だったんですから」


 だから、元を断ったのだ、と。殺人的な笑顔を見せて、ムーンちゃんは得意げに説明した。あー、多分この娘、わたしに褒めて欲しいんだろうなぁ。善いことしたなーって顔してるもん。


「……ろせよ」


「はい? 何ですか美沙樹さん、この世の終わりみたいな顔して! 見て下さいよ、ほら! 全ての元凶はこのわたしが正義の鉄槌でもって跡形も無く消し飛ばしましたから、もう心配要らないんですよ? ご安心下さいっ」

「殺せよ、いいからもう!」


 ムーンちゃんにはきっと、エロゲオタの気持ちなんて一生分からないんだろうな。絶望的にそう思いながら、わたしは彼女に向かって叫んでいた。


「はっきり言っておくわ! エロゲーの無い生活なんて、わたしには一日たりとも耐えられないの! 寂しいとウサギは死ぬって言うけど、わたしはエロゲーが無いと生きていけないのよ! なのにアンタは、それをわたしから取り上げてしまった! 綺麗さっぱり消し飛ばしてしまった! 辛い! お姉さん泣いちゃう! うええええん。

 ……だからもう、殺して良いよ? もう、生きることに未練は無いから──唯一後悔することがあるとしたら、『Unlimited Hentai Works』をコンプできなかったことだけれど。それもたった今、わたしの目の前で塵と消えてしまったから。もう、わたしには何も無いの。見てよ、ほら。わたしの心、空っぽなんだ」


 血反吐を吐きながらの独白は、彼女の心に届いただろうか。届いたところで、理解されると期待していた訳ではない。そんなことをわたしは望んでいないし、理解されようがされまいが、わたしは彼女に殺されるのだ。


 だったらもういっそ、何もかもぶちまけて死んでやろうと。半ばやけっぱちになりながら、わたしはムーンちゃんの手を取り、自分の胸に押し付けた。


「ほら、ね? 心臓、動いているけど、動いているように見えるけど。それは、たまたまあの時動いていたから惰性で動いているだけなの。もしあの時、一時的にでも止まっていたなら、きっとわたしは──」


 永遠に目を覚ますことは無かっただろう。言いかけたその言葉を、口にすることはできなかった。古傷が、ずきりと痛む。


「知りません、でした」


 ムーンちゃんは、心底驚いているようだった。無理も無い。自分が今何気無く破壊したパソコンに、人一人の命が懸かっていただなんて。そんなこと普通は想像できないし、しても阿呆らしくなるだけだ。


 エロゲ一本分の存在価値。失ってしまったモノはあまりに小さく、それでいてわたしにとっては致命的なモノだった。


「美沙樹さん、着痩せするタイプだったんですね」


 そうそう、だから今すぐ殺して、これ以上隠し財産(=積みエロゲー)を破壊される前に──って。


「いいなぁ。私なんて胸ぺたんこだから、素直に羨ましいです。憧れちゃいます! きゃっ、やだ私ったら、何言ってんのーもうっ」


 オウ、ノォーッ!? 神よ、どこまでもわたしに試練をお与えなさるのかー!


 頬を朱に染め、何だかとっても暴走気味な彼女の両手に、青白い炎が立ち昇った。未だかつて無い程の、強く激しい輝き。氷のように冷たい戦慄が、脳髄から背中を通ってお尻へと駆け抜けた。ヤバい、これは極めてヤバい。本能が、危険を告げている。具体的に言うと、発射数秒前にトイレへ駆け込んだ時の心境に似ている。何つーかまぁ、色々とピンチだ。


「美沙樹さんは勿体無いです。そんな素敵なプロポーションしてるのに、こんなカビの生えた部屋に閉じ篭って、一日中いやらしいゲームばっかりしてて。不健康なことこの上無いです。このままだったら美沙樹さん、その内えっちな病気になっちゃいますよ?

 そこで、私は良いことを思いつきました。大元の更なる大元を断てば良いんです。つまりはこの、澱んだ空間、そのものを」


 だー! やっぱ部屋ごと破壊するつもりかこの娘ー! 冗談じゃない、ここにはわたしの宝物がたっくさんあるんだから! つーか、ちょっと胸触ったくらいで発情するなよな! 青い、青過ぎるよ君ぃっ!


 とりあえず分かったことは、わたしの想いがこれっぽっちも彼女に伝わっていない、ということだ。いや、そもそも彼女は、わたしの言葉を聞く耳を持ち合わせていないのだ。人間的な格差があり過ぎるというか、ノーマルな彼女と自称・変態のわたしとでは思考の原点と方向性が異なっており、両者は決して交わることが無いのである。正に水と油の如く。


 あーでも、そう考えるとわたしと薫子って上手くいってる方なんだ。最近UHWにのめり込んでたから全然会ってないけど。あれ、もしかしてこれって、破局の前兆ってヤツ?


「それではいきますよ。すぐに終わりますから、美沙樹さんは机の下にでも潜り込んでいて下さい。大丈夫、痛いのは最初の内だけです」


 って、そんなこと言ってる場合じゃなかったー!? 流石に今住む場所を失うのは辛い。大家さんや隣近所の方々にもご迷惑をお掛けすることになるし。まあそれは建前で、本音は単に警察沙汰になるのが嫌なだけなんだけど。


 しかし、どうする? 話の通じない相手を、どうやって止めろと? 力ずくで止めようにも、実力ではムーンちゃんの方が数段上だ。日頃のじゃれ合い程度ならいざ知らず、本気になった彼女にはまるで隙が無く、まともに攻めることさえできない。実力差があり過ぎる相手に対して、正攻法は愚策極まりなく──ならば。


「デートに行こう」


 I am the bone of my ero.──体はエロで出来ている。

 Moe is my body, and butterfly-fire is my blood.──血潮は萌えで、心は蝶燃え。

 I have created over a thousand penis.──幾たびの修羅場を越えて腐敗。

 Unaware of loss. Nor aware of gain.──ただ一度の早漏も無く、ただ一度の愛撫も無し。

 With stood pain to create genitals. waiting for one's arrival.──彼の者は常に独り。亀の丘で自慰に酔う。

 I have no lovers. This is the only path.──故に、その生涯に愛は無く。

 My whole life was“unlimited hentai works.”──その体は、無限のエロでできていた。


「あんた、行きたがってたでしょ。デート、連れて行ってあげるから準備しなさい」


 固有結界UHW。その効果は、結界内に存在する全ての事象を「犯す」こと。犯すは侵す。発動したら最後、相手は身も心もトロトロに融(と)かされ、悦楽の海に沈む。


 それすなわち。現在のわたしに使える、唯一無二の魔術なり。刮目せよ、しかして待て。


「それとも何? やっぱりわたしとなんかじゃ、デートしたくないっての?」

「~~~~~ッッ!!? じゅ、準備してきま、マスからッ、しょ、少々、おまっ、お待ちをォッッ……!!!!!」


 効果は、絶大だった。聞き方によっては「ちょwwwおまwwwwうぇっwwwww」と聞こえなくもない奇声を発し、ムーンちゃんは部屋中を慌しく駆け回り始める。これはこれで鬱陶しいものがあるのだが、今日寝る場所を失うことに比べたら遥かにマシだ。


 それにしても。このクソ暑い中、ムーンちゃんとデートか。どこ行こう? 基本的に趣味が合わないんだから、いっそわたしの趣味丸出しの思い切った場所に連れて行った方がかえって良いのかも知れない。例えば、ソープとか。ってそれデートになってないし。暑いんだから、涼める場所が良いな。そう、例えば。


「心霊スポット巡りとか! って、何言うてんねーん!」


 セルフツッコミをかましつつ、わたしはあれこれと計画を練り始める。何だかんだで誰かとデートをするのは楽しい。その相手が、薫子じゃないのは残念だけど。これはこれで、新鮮で良いものだ。


「変なチカラとか除いたら文句無しの美少女だしね。くひ、くひひひひ」


 無垢な少女を自分色に染め上げるのも悦というもの。企みはやがて確信へと変わり、わたしは独りほくそ笑むのであった。



 あー、どうでも良いけどムーンちゃん。準備を急ぐ気持ちは分かるんだけど、足下に注意してね? それ、この前ネットオークションで落としたばかりの1/7スケール限定版るーたんフィギュア。高かったんだよ? コミケ限定販売なもんだから、変なプレミア付いちゃってさ。あ、駄目だってば腕をもいじゃ。るーたんが可哀想でしょう? あ、そんな駄目、足で踏み踏みしないでぇー。



 今日の日記:

 次回、ムーンちゃんと運命のデート編・突入!(どこに? アソコに!)

 果たして彼女の本名が明かされる日は来るのか!? 乞うご期待!

 にゃーんてにゃー(ぉ



 それでは、明日に続くのだっ(はぁと)

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