第9話「……臭いを嗅ぐんじゃないかな」

「第百九十八回・薫子捜索ウルトラクイズー! 薫子と一緒に逝(イ)きたいかぁーっ!?」


 ばさり。こんなこともあろうかと作製しておいた赤マントを翻し、わたしが声の限りに叫ぶと。


「おー」


 やたらやる気の無い、約二名程の声が聞こえて来た。あーもう、ノリが悪いなあこいつら。


「声が小さいぞぉー? 薫子と一緒に逝きたいカァアアアアッ!?」


 ぴしぴし。通販で購入したSM用の鞭をしならせ、わたしは激昂する。叫びが、夏草のように風に流され、解けていった。ああ何て爽やかな表現。青春してるなあ、わたし。


「オーッ!!!」


 わたしの気迫がようやく伝わったのか、はたまた日射にやられて頭が変になっているのか。今度は二人共、熱の篭った咆哮を上げてくれた。あー、これはこれで暑苦しいなぁ。


「オーイエス、オーイエス! ならばわたしに付いて来なさい! 本日の勝利の鍵はっ……これだぁ!」

「そっ、それはっ!?」


 ばばっ。わたしがポケットから取り出したモノを見て、驚愕の叫びを上げる二人。うんうん、良いリアクションだ。


「ふはははははっ! これぞ数々の薫子アイテムの中でもレア中のレア! その名も『使用済みおぱんちゅ』だあああああっ!!!」

「な──何ですとォォォォォッッ!!?」


 スパーキング! 会場のボルテージが一気に高まる。無理も無い話だ。わたしが今現在手にしているモノの価値を考えれば、彼らが動揺するのも仕方が無い。薫子の使用済みおぱんちゅ。入手困難なこの逸品を、わたしが如何にして手に入れたのか、説明すると長くなるが。まあ、その、酔った勢いで、ね?(もにょもにょ)


 閑話休題。わたしは彼ら二人に、今回の作戦の趣旨を説明することにした。とはいえ、簡単に答えを言っちゃっても面白みに欠けるなぁ。


 あ、そーだ。


「おぱんちゅの数は計三枚。これを各自に一枚ずつ渡します。

 ……ここまで言えば、優秀なあなた達なら分かるでしょう? このおぱんちゅを使って、どうやって薫子を探索するか。

 ヒントは、使用済みだということです! イエイッ!」


 わたしがそう言って、一時間くらい頑張って考えた、決めポーズを披露した瞬間──。


 すっぱーん。


「げふあ」


 後頭部を強打し、わたしは前につんのめる。い、今のは一体……?


「分かる訳無いでしょう、この犯罪者! 恥を知りなさい!」


 涙目で顔を上げると、スリッパを手にしたムーンちゃんが、何だかとっても怒った様子でわたしを見下ろしているのが分かった。あん、もう。そんなに怒っちゃいやぁん。


「何なんですか一体! 急に呼び出して、薫子さんを捜すの手伝えって言うかと思えば! 今度は犯罪の片棒を担がせようって腹ですか!?」

「あー、ちょっと違うんだけどね。痛い痛い、そんな何度も叩かないでよー。

 いやほら、これだけ捜索範囲が広いとさ、何の手掛かりも無しに一人でだと相当しんどい訳ですよ。だからまあ、アンタ達の力を借りようと思って──」

「そこまではまだ分かります。けど、それがパンツと何の関係があるって言うんですか? 私には理解できません」

「……臭いを嗅ぐんじゃないかな」


 ムーンちゃんの質問に応えたのは、わたしではなかった。薫子捜索のために呼び出した残る一人、通称・包茎インポ君だ。わたしが渡した薫子のおぱんちゅを頭に被り、彼はくんかくんかと香りを堪能している。


 その様を観た瞬間、


「な、何やってんですかこの変態はー!?」


 すっぱぁあん! わたしの時よりも派手な音を立てて、ムーンちゃんのスリッパが変態君の脳天に炸裂した。地響きを立て、昏倒する包茎インポ君。南無ー。


「いやまあ、それで正解なんだけどね?」

「なっ!?」

「おぱんちゅに染み込んだ残り香を嗅いで、持ち主の居場所を突き止める。古典的だけど、現状において最も有効な探索手段だわ。てな訳ではいこれ、あなたの分」

「………」


 何故か放心状態のムーンちゃんに、わたしは純白の「お宝」を渡す。万が一にでも落としたりしないよう、しっかりと彼女の頭に被せておいてあげた。


「これで良し、と。それじゃあ宜しく頼むわね!」


 ぐっ。親指を立て、自分でも驚くくらいに爽やかな声援を送った瞬間。


「あ……アホかあああああっ!!?」


 どかばきごすぐちゃ。彼女の激烈なツッコミが、わたしを爽快にぶっ飛ばしてくれたのだった。何かもう、スリッパ使ってないし。容赦無いし。これ以上やられたら、わたし死ぬかも。


 しかし、それでも言わねばならぬことがある!


「ぺ……ペアルック……へ、変態仮面が……二人。ぷ、ぷぷぷ。ぷぷぷぷぷぷぷ!」

「~~~~~~ッッ!!!」


 その後のことは、良く覚えていない。気が付くとわたしは簀巻きにされて、ぷかぷかと東京湾に浮いていた。


 やだなー、軽い冗談のつもりだったのにぃ。



「あー、薫子? うんわたし、美沙樹だよ。お久し振り。元気にしてた? そう、それは良かった。うん、わたしもばりばり元気っすー。

 それで、早速で悪いんだけどさ。ちょっと警察か何か呼んでくれないかな? このままだとわたし、海の藻屑になっちゃいそうでー……え、絶交? やだなあ薫子、本気にしてたの? 冗談に決まってるじゃーん。にゃははー、やーい騙されたー。

 ……ごめんね、ちょっと悪ふざけが過ぎたみたい。今物凄く反省してるトコ。世の中冗談が通じる人とそうでない人が居るんだなって、今更だけど痛感してる。ホント、ごめん。

 でね? ここからは冗談じゃ済まないからちゃんと聞いて。あのね、今わたし東京湾に居て──あー違うの、海岸じゃなくて海のど真ん中。それで、このままだと鮫の餌になっちゃうから……え、何? 今度は騙されないって? 何言ってんの今度は本当なのよ信じてよねえお願い──」


 プツ。不意に交信が途絶えた。海水に濡れて携帯が故障したか、はたまた受信圏外になったのか。原因は良く分からないが、とにかくわたしは絶体絶命のようだった。



 満天の星空の下、聞こえて来るのは波の音ばかり。

 都会とは思えない、異様な静けさの中でわたしは。

「かぁあおるぅうううこぉおおおっ、すきだぁあああああーーーーーーーーー!!!!!」


 とりあえず、愛を絶叫しておいた。



 幸いにも数日後、わたしはたまたま通りかかった漁船に救助された。


 いの一番に駆け付けた薫子の、取り乱しぶりは凄まじかった。わんわん泣き付いて来るかと思えば、突然首を括って自殺しようとしたり、お見舞いのメロンと間違えて隣のお爺ちゃんの頭を真っ二つにしようとしたり。その様子があまりに痛々しくて、ツッコむことさえできず。わたしはただ、彼女の狂行を生温かい目で見守ることしかできなかった。


 もう二度と薫子に、嘘と冗談は吐かないようにしようと思った。後、ムーンちゃんにも。



 今日の日記:

 はい、わたしが全部悪いんです。自業自得でございました。

 にしても……変態仮面とは、我ながらコアなネタを……ひゅ~~~~~、服なんか着てられるか!!(ばさっ)



 それでは、明日に続くのだっ(はぁと)

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