第8話「貴女がそれをお望みならば。私は、貴女に従います」
薫子が居ない。
何をするのも、どこに行くのもいつも一緒。いつだって二人は同じ。彼女がわたしから離れることは無い。絶対にありえない。だってわたし達は、運命の赤い糸で結ばれているのだから──。
「……はぁ」
それは、わたしの思い込みに過ぎなかったのだろうか?
今。わたしの隣に、薫子は居ない。代わりに変態ヲタク野郎が一人居るが、それはあえて無視するとして。
わたしは、独りぼっちだった。
「どうして……どうしてなの、薫子?」
知らず呟き。わたしは最後に見た、あの子の姿を思い出していた。そうだ、あれは今や伝説の域にまで達したゲームソフト「三穴無双」を購入した帰り道のことだった。
シーン回想↓
「美沙樹ちゃん? どうしたの?」
「くっ、何てことっ……! このわたしとしたことが、こんなにもどっぷりと薫子に染まっていただなんて! 薫子、恐ろしい子!」
「美沙樹ちゃん、訳分かんないこといつまでも言ってないで帰ろうよ? 今日は美沙樹ちゃん家で一晩そのゲームを遊び尽くすんでしょう?」
「いやっ! それ以上近寄らないで!」
肩に触れようとした薫子の手を咄嗟に払い、わたしは力の限り叫んだ。
「今日限り、あんたとは絶交よーーーーーっ!!!」
「えっ……えええええええっ!?」
回想終わり。
……はいそうです、わたしが全部悪いんです。
あの時勢いで口走ってしまった絶交宣言を、薫子は相当気にしているようで、未だに連絡をくれない。
対するわたしも、何だか気まずくて、彼女に電話すら掛けられずに居た。簡単な話だ、ただ一言「ごめん」って謝れば良いだけのこと。それで全てが、丸く収まる。何しろわたしの方が全面的に悪いんだから。
けど──それでもし、薫子が許してくれなかったら……?
「あの」
「そん時ゃ無理矢理にでも既成事実を作っちゃおうか? いやいや、そんなことしたら終わりよわたし、色んな意味で」
「あの。いい加減離して欲しいんですけど」
「あーん、もう! 何であんなこと言っちゃったんだろわたしー! 美沙樹のバカバカ! アホンダラァー!」
「貴女がお馬鹿さんなのは前から分かってましたけど。良いから落ち着いて下さい。そんなに強く掴まれたら痛いです」
「ふみゃあ。そういやさっきから何か柔らかいモノを弄んでいるような気が……?」
ふにふに、ふにふに。掴んでいるモノの感触をしっかりと確かめながら、わたしが視線を上げていくと。
「はっきり言わなければ分かりませんか? それは、私の胸です」
そこには無表情な、日本人形の顔が在った。
「あー。どうりでボリュームが無いと思った」
「っ!?」
何気無くわたしがそう呟いた瞬間。めきょお、と変な音がして。
「あー……あれぇ……?」
気が付くとわたしは、大地に沈んでいた。呆然と見上げる先には、何やらこめかみの辺りを引き攣らせている少女の姿が。
普段は人形のように冷静な彼女の顔に、珍しく表情が浮かんでいる。何に対してなのかは分からないが、何かに怒っているということだけは理解できた。
「はろー。元気だった?」
「昨日、お逢いしたばかりなのですが」
「あーそっか。またまた返り討ちにしたんだっけね、わたし」
「………」
げしげしげし。何がそんなに気に入らなかったのか、無言でお腹を踏み付けられる。あー、マジで痛てー。
「思い上がらないで下さい。私が本気になれば貴女など瞬殺です。けれどそうしないのは、少なからず貴女の境遇に同情しているからなのですよ、如月美沙樹さん」
「あ、ども」
彼女はそう言って、敵であるはずのわたしに手を差し伸べてくれた。てっきり起こしてくれるものと思い、その手を取るわたし。
次の瞬間、わたしの身体は宙を飛んでいた。
「理解しましたか? 私は狩人、貴女は獲物。必死で逃げる獲物を追い詰め、嗜虐の悦びに浸ることこそ狩人の本懐。それなのに貴女がそんな腑抜けな状態では、仕留め甲斐が無いというものです」
「あ、そ」
したたかに背中を打ち、痛みのあまり悲鳴を上げそうになるも何とか堪えて。
「だったらもう二度と、わたしの前に現れないでくれるかな?」
アスファルトに唾を吐き、わたしは身を起こした。何がそんなに不満なのか、不機嫌そうに顔をしかめている少女と目が合った。
そう言えば。今日の彼女は、いつものセーラー服ではなかった。雪のように白いワンピースが、青空に良く映えている。
「全くもって嘆かわしい。いつもの貴女なら、この数瞬で三度私を倒せていたはずです。何があったのかは知りませんが、今の貴女に私のライバルたる資格はありません」
「いや、だから。わたしがいつ、アンタのライバルになったよ? もういいでしょ? 殺す価値も無いんだったら、もうわたしに構わないでよ……それでも殺さなきゃいけないんだったら、さっさと殺してよ。どうせわたし、もう半分死んでるんでしょ? だったら、いいよ。どうせこれ以上生きていたって──」
「何を馬鹿なことを言っているんです!? 自分の命を軽んじてはいけません!」
「……はぁ?」
この娘は一体、何を言っているんだろう。思わず耳を疑ってしまう。
「良いですか? たとえそれがどんなに小さな命であったとしても、生命を粗末にしてはいけません。それは神様から授かった、この世にたった一つしか無い、大切な宝物なのですから」
諭すように少女は言って来る。わたしに生きろと、彼女は言う。わたしを殺そうとしているのは、他ならぬ彼女なのに。
何だか、馬鹿にされている気がした。
「ハッ、その口でよく言えるわね。狩人のアンタが、獲物であるわたしに情けをかけるってーの? 馬鹿にしてんじゃないわよ。命を軽く扱ってるのは、アンタの方じゃないの」
「そんな……そんなことはありません。
私はただ、貴女とベストコンディションで決着を着けたいだけです。他の誰かに、狩られてしまう前に」
「へー、そう」
普段なら聞き流せそうな彼女の戯言一つ一つが、何だか無性に気に入らなかった。何を言っているのだろう、この娘は。わたしと最高の状態で戦いたい? だったらこの場に薫子を連れて来なさいよ。素直になれないわたしに、謝罪の言葉の一つも吐かせてみなさいよ。
「だったら、さ。わたしの言うこと、聞きなさい」
「え……きゃっ」
首筋に手を触れると、彼女はびくっと肩を竦めた。何を今更、可愛い娘ぶっているんだろうと思った。
はん。アンタなんて薫子に比べたら、どうってこと無いんだから。
「わたし、今相当溜まってんだよね。欲求不満って奴? だからさ、アンタで満足させてもらうわよ」
「え、でも、そんな」
「わたしに元気になって欲しいんでしょう? だったらわたしの言う通りにしなさい。わたしを満足させて、それからわたしを殺すが良いわ」
「美沙樹さん」
少女の瞳に、困惑の色が浮かぶ。まあ当然の反応だ。彼女にとって、わたしは獲物に過ぎないのだから。獲物の欲望を満たすために己が身を差し出す狩人がどこに居る?
さあ、何を馬鹿なことをと、いつものように一笑するがいい。そしてわたしを殺すなり何なり、好きなようにすればいい。こちとら、死ぬ覚悟はとっくの昔にできているんだ。
「わかりました」
だが。予想に反して、彼女の口からは意外な言葉が飛び出していた。
「貴女がそれをお望みならば。私は、貴女に従います」
昼間のホテルは空いていて、すぐに部屋を取ることができた。空調の効いた室内で、わたしと彼女──そう言えばわたし、この娘の名前知らないんだった──は静かに見つめ合っていた。彼女が何を考えているのか、わたしには全く読めない。彼女もまた同様なのだろうか? だから先程から何も言わず、こちらの様子をじっと観察しているのだろうか。上着を脱がされても、抵抗らしい抵抗も見せずに。
「ねえ、アンタ。何を企んでいるのか知らないけど、ここまで来たらもう、後戻りはできないわよ?
いい? わたしは今から、アンタをレ●プする。それが嫌なら、今すぐわたしを殺してしまうことね」
肌着だけになった彼女の身体は、わたしが思っていた以上に幼く、手足は今にも折れてしまいそうな程に細かった。羞恥からだろうか、彼女の肌は僅かに朱に染まっていて。それがわたしの、嗜虐心をくすぐった。力の限り乱暴に突き飛ばし、彼女をベッドに大の字に寝かせる。すかさず、馬乗りになった。
「怖い? ふふ、良いわねその表情。直ぐにその顔を苦痛に歪めてあげるわ。痛くて辛くて怖くて、泣いても許してあげない。アンタがわたしのことを獲物としか見ていないように、わたしもアンタのことを肉欲の対象としてしか見ていないんだから。……この意味が分かるかしら?
どんなに偉そうに言ったところで。所詮アンタには、わたしを本当に満たすことはできないってことよ」
そう言って、わたしは無理矢理少女の唇を奪った。その奥へと舌を侵入させても、彼女が拒むことは無かった。欲望のままに、彼女の咥内を蹂躙する。
「あら。なかなか良い味がするじゃないの。ん、美味し」
「……美沙樹さんは」
「何? そろそろ嫌になって来た? そりゃそうよね、ファーストキスまで奪われてしまったんだから。さぞかし憎いことでしょう。殺したいと、思う程に」
「美沙樹さんは、どうしてそんな、悲しい眼をしているんですか……?」
「──っ──!?」
全く予想だにしていなかった、彼女の言葉に。全てを見透かされたような気がして、わたしは思わず視線を逸らしていた。
「美沙樹さん。確かに私には、本当の意味で貴女を救うことはできないでしょう。それは単純に、貴女を元の人間に戻すことができない、というだけではなく。貴女の肉体と精神、両方を満たすことは、私にはできません。
けれど、それでも貴女は、私にすがり付いて来ました。助けて欲しいと、私を頼ってくれました。だから私は、せめて貴女の苦痛を、和らげてあげたかった」
「ちょ、ちょっと待ってよ。わたし、アンタに頼ってなんか」
「はい。それは私の思い過ごしなのかも知れません。でも、あの時。貴女が私に言った言葉は、真実だと思うから」
寂しい、と。
だけど、怖い、と。
あの時──彼女の胸に顔を埋めて泣いたあの時、わたしは確かに、そんな言葉を口にしていた。
「ば、か」
だけど、だから、何だというのだ。そんなことのために、この娘はわたしを、助けたいと思ったのか? 他人の、しかも殺害対象であるはずの、このわたしを。
「は、は、は。ばか、じゃないの、あんた」
「良く言われます。でも、仕方が無いじゃないですか。
目の前で恥も外聞も無く、あんな風に泣かれてしまったら。幾ら私でも、同情くらいはしちゃいますよ」
「は、は。でも、殺すん、でしょ?」
「勿論です。約束ですから、貴女が私を抱いた後で、楽にして差し上げます。できるだけ苦しまないよう、一撃で」
「あ、あは、あははははっ……!」
馬鹿だ、こいつなんて大馬鹿者なんだ。考えれば考える程、可笑しくて可笑しくて。わたしは、笑わずには居られなかった。馬鹿だ、ホント。だけど本当に馬鹿なのは、わたしの方なんだ。
「あー、やーめだやめだ、もうっ」
ひとしきり笑った後で。何もかもがアホらしくなって来て、わたしはベッドから起き上がった。
「帰る。アンタももう帰りな。これ以上わたしに付き合ったら、馬鹿が悪化するわよ?」
「あら。私を抱くんじゃないんですか?」
「抱けばわたしを殺すんでしょ? そんなの嫌よ。わたしはまだ、やらなきゃいけないことがいっぱいあるんだから。
だから。アンタとの決着は、また今度ね」
そうだ、わたしにはまだやることがある。だからまだ、死ぬ訳にはいかないんだ。
薫子に謝る。彼女を傷付けてしまったのはわたし、だから嫌われても仕方は無い。それは、覚悟しなければならないことだ。彼女が傷ついた分だけ、わたしも傷つかなければならない。そうでなければ公平じゃない。
けど。それで少しでも薫子の気持ちが収まるのなら、それで良いんじゃないかと思った。
「そうですか。私としては、ここで終わらせたかったのですが。残念ですが、決着は当分先になりそうですね」
部屋の戸を閉める瞬間。能面のような無表情の少女の顔に、笑みが浮かんだような気がした。
何だ。案外、可愛い所あるんじゃん。
「……ありがと」
またね。ムーンちゃん。
さてと。
それでは我がスィートハニー、神堂薫子たんを探しに行くとしましょうか──。
今日の日記:
あれ、今回下ネタが無いお?(ガビーン)
それでは、明日に続くのだっ(はぁと)
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