第7話「もしかしたら俺は、君のことが──」

「更生計画第二弾! 今度は喫茶店デート!? ドキドキの嵐の予感! ……みたいな感じでどうっすか?」

「どうにもこうにも」


 何とか場を盛り上げようと努めているのか、ノリノリのバリバリで尋ねて来る彼女を見ている内に。


「ここには、るーたんが居ないじゃないか……」


 何だかとても悲しい気持ちになって、俺は我知らず呟いていた。勿論、彼女には聞こえない程度の小声で。


 ああどうして、こんなことになってしまったんだろう? 俺は外になんか出たくなかったのに。いつの間にかこの娘の口車に乗っていて、つい外出しようなんて気にさせられてしまっていた。本当は嫌なのに。俺にはるーたんが居るんだから、他の娘の愛情なんて必要無いし、浮気なんてしたくないのに。


 だというのに、ああ、何故だろう。美沙樹ちゃんは──初めて俺に声を掛けてくれた女の子は、何でこんなにも俺に気を遣ってくれるんだろう? もしかして、俺のことが好きなのか? なのに俺がるーたんのことばかり言ってるから、嫉妬してついつい「包茎インポ君」なんて罵声を浴びせてしまうのだろうか?

 だとしたら、それは全て俺の所為だ。ああごめんよ美沙樹ちゃん。俺、君のこと誤解していたみたいだ。君の気持ちに気付いてあげられなくて、本当にごめん。


 けど、駄目なんだ。俺はどうしても君の気持ちに応えられない。俺には、心に決めた女性が居るから。いつも言ってるから、君も良く知ってるだろう? その娘の名前はるーたん。俺の生涯唯一の伴侶にして、俺の全てだ。


「あ、店員さーん。チョコパフェ一つお願いします。包茎インポ君は何が良い? って、おーい、聞いてる?」


 美沙樹ちゃんとはお互い第一印象が良くなかったこともあって、最近までほとんど口を利いたことが無かった。それがある日、彼女の方から俺を訪ねてくれたのだ。嬉しかった。女の子と上手く喋れない俺に、美沙樹ちゃんは会話を楽しむ方法を教えてくれた。だから俺は今ここに居て、彼女とででで、デートなんてぶちかましてしまっている。正直、凄く緊張してる。けど、それ以上に、俺は。


「もしかしたら俺は、君のことが──」

「はい時間切れー。アイスコーヒー一つお願いしまーす」

「……好きなのかも知れない」

「お、それは良かった。

 ん? どしたの、何か暗い顔しちゃって?」

「いや。るーたんを裏切るような真似は、やっぱり俺にはできないよ。美沙樹ちゃん、君の気持ちは嬉しいんだけど、俺、帰るわ」

「えー? 何よ、お楽しみはこれからなのに」


 俺が席を立とうとすると、美沙樹ちゃんはあろうことか、俺のシャツの裾を掴んで引っ張ってきた。そ、そんな積極的な!? 俺、まだ心の準備がっ……!


「ご、ごごごごご、ごめん! こ、この埋め合わせは、後日また──」

「我が宿敵、如月美沙樹さん! ここで遭ったが百年目、今日という今日は必ず、貴女を亡き者にしてみせますっ」

「ぶべらっ!?」


 声が聞こえて来るのと、俺が蹴り飛ばされるのとは、ほとんど同じ瞬間だった。重い衝撃と共に俺は宙に浮く。何だこれ、何で俺こんなことになってるんだー?


「あら、アンタもう出所したんだ? お勤めご苦労様でした」

「ふんっ、当然です! 私は清廉潔白、何も悪いことなどしていないのですから!」

「良く言うわー。アンタこの前、この店をぐっちゃんぐっちゃんのぼっこぼこにしたばかりじゃないの。そのこと、忘れたとは言わせないわよ?」

「くっ。正義を成すには多少の犠牲は止むを得ません。この店の修繕費は……冬のボーナスから差し引かれることになりました」


 ぐるんぐるん。視界がめぐるましく回転していて、美沙樹ちゃんが誰と話しているのか、俺には良く分からなかったが。その声には、聞き覚えがあった。この声、まさか……!


「!」


 顔面から床に着地した瞬間。点は、線に繋がった。


「るーたん!?」


 全身のバネを利用して跳ね起きる。迷いは無かった。未だに視界はぐるぐる回転し続けていて、そこに居るはずの誰かの姿は、はっきりとは視認できなかったが。その声だけで、十分だった。


「ああるーたん! こんな所に居たんだね!? 僕はここだよ、さあ僕の胸に飛び込んでおいで──おぐぉっ!?」


 めきゃ。股間に鈍い衝撃。あまりの痛みに立って居られず、俺は地面をのた打ち回る。


 そんな俺を見下す、一人の女の姿が在った。コスプレか何かだろうか、セーラー服とも甲冑とも取れない、奇妙な格好をしている彼女は──とんでもなく怖い顔で、俺のことを睨み付けていた。


「一度だけ言います。私は断じてるーたんなどではありません。良いですね?」

「え、でも、その声」


 ざく。何か床に刺さった。日本刀? え、まじもん?


「良いですね?」

「は……はひ」


 そう応えるのがやっとだった。何人殺したのか分からない、物凄い形相で彼女は睨んでいた……違う。こんなの、こんなのるーたんじゃない……俺の中で、何かが崩壊していくのが分かった。るーたん、ああるーたん。怖いよ、マジ怖いよ俺。ああでも、俺は君のことが好きだ。やっぱり好きなんだ。でも怖い、怖いし痛いよ……!


「興が削がれました。今日の所は一旦退きます」

「ふぇ? 何よもう終わり? ははーん、さてはアンタ、このわたしに恐れをなしてー」

「冗談は顔だけにして下さい。それでは、失礼させていただきます」


 散々暴れ回った後で、るーたんと同じ声の彼女は去って行った。悪夢は去った。薄れ行く意識の中で、俺はるーたんとのエッチを妄想し──不覚にも、夢精してしまっていた。


 半分潰れた金玉が、俺の掌の中で震えていた。



 あの娘がるーたんかどうかなんて、もうどうでもいい。

 美沙樹ちゃんが俺のことを好きかどうかも、もはや俺には興味の無い話だ。

 痛いだけの三次元は、もうこりごりだ。俺は一生、二次元の世界で生きる。


 そう誓った、二十●歳の夏の日のことだった。



 俺の日記:

 るーたん。今度はちゃんと、セックスしようね。



 明日に続くのか……?(嘆息)

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