幕間1
--The End of Days--
一寸先は闇とは良く言ったもの。
ついさっきまで馬鹿言って笑ってたアイツが、今はもう居ない。
アイツだけじゃない。あの子も、この子も、アタシの知る誰も彼もが。
消えてしまった。居なくなってしまった。皆が皆、まるで予めそう打ち合わせていたかのように、全くの同時に。
そうして、アタシ一人だけが取り残された。
「はぁ、はぁ」
何がいけなかったのか。
アタシは。アタシ達は、どこで間違えてしまったのか。
誰かを求めて歩き続けるアタシの思いを嘲笑うかのように、ぺんぺん草一本生えない荒野はどこまでも広がっている。この世界にはもう、生きている人間は居ないのだろうか。
いや、居ないはずが無い。だって、どう考えたって変だ。
これだけ長い間歩き続けて、誰一人の死体を見つけることもできないだなんて。そんなの、幾らなんでもおかし過ぎる。それじゃ、とても納得できない。
アタシが、この世界最後の人間だ、なんて。
「はぁ、はぁ」
歩き疲れて足を止める。本当は息を整える暇さえ惜しかった。今すぐにでも駆け出して、自分以外の人間を見つけたかった。けど、身体は言うことを聞いてくれなかった。口の中が焼ける程に喉が渇く。水。水が欲しい。
そうだ。アタシはまだ、生きたいと思っている。たった独りで荒野を彷徨いながら、押し寄せて来る不安に明日への希望をすり減らしていきながらも、まだ。アタシはまだ、生きることを諦めてはいないのだ。
「はぁ、はぁ」
そんなアタシの願いが通じたのか、目の前に青々とした水を湛えたオアシスが広がった。ああ、神様。最後の力を振り絞って、アタシは再び歩き出した。痛む足を引き摺りながら、骨と皮だけになった両腕を懸命に振るって。正にそれは、生死を賭けた行軍だった。止まれば死ぬ。生き延びたければ、前進するしか無いのだ。ただひたすら、希望へ向かって。
──オアシスが消えた。
全ての希望が蜃気楼に過ぎなかったと悟るのに、そう長い時間はかからなかった。
今度こそ、アタシは立ち止まっていた。
もう二度と、歩き出せないと思い知った。
「はぁ、はぁ」
畜生めと毒づきたかったけど、とても言葉にはならなかった。
ただ、息を吐いた。
終わった。終わってしまった、何もかもが。信じたくはなかったけど、もはやこうなった以上認めるしか無いのだろう。今、世界は死んだのだ。そしてそれは、このアタシの死をもって完了する。諦めるしか無かった。もうアタシには、ただの一歩を踏み出す勇気も残されてはいないのだから。
アタシは、死ぬんだ。
「はぁ……はぁ」
そう思うと、何故だか少し気が楽になった。そうだアタシは死ぬ。何も無理に生き続ける必要は無いんだ。それに死ねば、皆の所に行けるかも知れない。こんな苦しみからも解放されて、皆と一緒に──。
「何だ。まだ生きていたのか」
……ぎくりとした。
心の奥底まで見透かされたような気がして、アタシは反射的にその声のした方向に振り返っていた。
「いや、違うな。お前は生きているんじゃない。お前は、独立した一個の個体という訳ではない。いわば、『それ』と同じ。取るに足らないモノ。
世界名『裏京都五式鬼録』。その、未練という名の残りカスだ」
そこには人間が居た。アタシの探し続けていた、人間が居た。
けれどそのヒトは、生きている訳ではなかった。と言って、死んでいる訳でもなく。
ただ、「そこ」に存在しているだけだった。
「…………」
今にも発狂しそうだった。いや、いっそ狂ってしまいたかった。狂気の世界に身を沈めることができれば、どんなに楽なことだろう。けれどアタシは、どんなに頑張っても正気で居るしか無かった。眼前の現実から、目を背けることができなかった。
「今、その未練を断ち切る」
無機質な声からは、一切の澱みも感情も感じられず。その言葉がアタシに向けられたものであるかどうかさえ、アタシには分からなかった。
理解できたのは揺るぎないただ一つの事実のみ。アタシという、存在の死。
──一刀の下に両断される──
ばらばらになった視界は、永遠に重なることは無く。
虚ろな瞳は、それぞれに世界の終焉を見つめていた。
カラミティ・ジ・アース。
13の魔(The Thirteen Fates)の一にして、「災厄の貴公子」と畏怖される「それ」。
アタシと共に世界の終わりを見届ける彼女の眼には、一体何が映っているのだろう。
裏京都五式鬼録
裏…都…式…録
裏………式……
………………
……………
…………
………
……
…
今、一つの世界が死んだ。
完全に、跡形も無く消滅した。
「アタシ」は消え去り。
その代わりに、「わたし」が生まれた。
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