第3話「お願い。居なくならないで」
「貴女、とっくの昔に死んでいるんです。本当は、ここに居ちゃいけない存在なんですよ?」
わたし達の前に突如現われ、あまつさえこのわたしの顔面に跳び蹴りを食らわせてくれた少女は、そんなことを言ってきた。
──発言の内容よりも、彼女の格好の方がわたしにとっては衝撃的だった。だってセーラー服ですよセーラー服!? 襟とか袖とか関節とかに金ピカの甲冑? みたいなのが付いてるし腰には日本刀? みたいなの挿してるけど、間違い無く少女が身に着けているものはセーラー服だった。セーラー服と言えば、全国数十万人のキモヲタどもが条件反射で勃起するハザードレベル100以上のプレシャスじゃないか! うおおおおっ、萌えぇぇぇぇぇっ!
そして、それを纏っている少女もまた。大和撫子というよりは剣士と言った方が似合う凛々しい顔つきをしてはいるが、年齢相応(高校生くらいかな?)のまだ成熟しきれていない愛らしさも併せ持っているタイプと見た。あくまで初見の感想に過ぎないが、上手く調教すれば犬のように従順に尽くしてくれることであろう……まあ、わたしには薫子という雌犬──もとい恋人が居るから、必要は無いのだけれど。
「貴女、憑かれてますよ」
そんなわたしの思いをよそに、話は進んでいくようだった。びし、と薫子に指を突き付け、セーラー服美少女戦士はそんな風に言ってから。
「でも安心して下さい。この私が、貴女を解放して差し上げます……この化け物から」
天使のような笑顔を浮かべて、わたしの方に向き直った。
え、化け物ってわたしのこと? とか、はにゃー笑顔も可愛いよ、お持ち帰りぃ~、とか。色んな意味で激しく動揺しながら、それでも何とか立ち上がれたのは──何だか危なそうなこの娘から、薫子を護らなければと思ったからだった。決して、あわよくば生娘の身体に触り放題ぃーとか、不純な動機によるものではないのであしからず。
「先制攻撃が効いたようですね? どうやら貴女の死は近いようだ」
幸いにも、店内に客は少なかった。これならわたしも、思う存分に戦うことができる。薫子を護りながら、というハンデはあるものの、相手は年下の未発達な身体なんだし、地の利もある。ここは馴染みの喫茶店「Choko De Chip」。どこに何があって、誰が何をしているのかまでわたしには手に取るように分かっているのだ。
とはいえここは喫茶店。武器になりそうなものは──。
「どうしました? 先程から黙ってしまって。そんなに、私のことが怖いですか?」
セーラー服美少女戦士(ここでは仮に「ムーンちゃん」と呼ぶことにしよう)は笑顔を浮かべたままで、わたしの方へと歩み寄って来る。わたしが素手ということもあってか、腰の得物を抜く気は無いようである。その油断が命取りとなることを、彼女はまだ知らない。
「ふふふ、震えているのですね。無理もありません、貴女はこれから死ぬのですから。今度こそ本当に、後欠片も残さずに。貴女はこの世界から、完全に消滅するんですっ!」
不意に彼女が右手を上げた。何か光ってる。げ、ちょっと待って、この展開ってまさか──。
咄嗟にわたしは動いていた。生存本能に衝き動かされるようにして、真横へと跳ぶ。受身のことまで考えている余裕は無かった。
「いきなりスペ●ウム光線撃つんですかあなたはー!?」
転がりながらわたしは叫ぶ。首筋を青い光が掠めて行った。熱は感じない。どちらかと言えば、氷のように冷たかった。あー、夏場のカキ氷ってサイコー!
「何のために三分間あると思ってんの!? 問答無用で瞬殺されちゃったら、出て来た怪獣の凄さが視聴者に伝わらないからなのよ!? それが分からないなんてあんた、三文役者も良いトコだわね!」
「……何を言っているのか良く分かりませんが、侮辱されたということだけは理解しました」
ごごごごご。ムーンちゃんの周りの空気が震えているのが分かる。おまけにオーラみたいなの出てるし。青白くて冷たくて、さっきのスペ●ウム光線もどきと同じような光だ。
ちら、と後ろを見てみると。無惨に破壊された店内には、テーブルや椅子の残骸が幾つも転がっていた。そして床には焼け焦げたような黒い痕が。まさに必殺技と呼ぶに相応しい破壊力だ。あれをまともに喰らったらどうなっていたかは、想像に難くない。ガングロコギャル(死語)の一丁上がりだ、日焼けサロンに通う手間が省けて助かる。
「って、そんなこと言ってる場合じゃないか。
ちょっとあんた、いきなり人の顔に靴痕残して、おまけに怪光線で攻撃してくるなんて一体全体どういうつもりなのよ!
おまけにわたしが死んでるとか言うし、薫子びびらせたりするし。何考えてんのか分かんないけど、とりあえずおつむの病院に行くことをお勧めするわよマジで」
壊れたテーブルの足を杖みたいにして、わたしは何とか身を起こす。戦う武器は、ある。ただ、この狭い店内で、もう一度あの光線をかわせる自信は無かった。いや、最初の一撃をかわせたのだって奇跡に近いんだ。一発でも喰らえば一溜まりも無いだろうし、恐らくそれでわたしの勝機は零になる。
──なら、撃たせなければ良い。
「死に損ないにキ●ガイ呼ばわりされる謂れはありません。前言撤回を要求します」
あ、怒った。まっずいなー。キレて変なことしなきゃ良いけど。主に薫子に。まあ、変なコトの種類にもよる訳だが。
などと考えながら、わたしは薫子の方に目を遣った。彼女は心配そうな表情でわたしを見つめている。良かった、無事なようだ。
確認し、わたしは手中に「武器」を収める。後は近づくだけだが、さてどうするか。
「さっきからわたしのこと死んでる死んでるって言うけどあなた、一体何を根拠に言ってるのかしら? わたしは生きてる人間よ? 五体満足に動くし、毎日エロい妄想しながらオナニーに耽っているんだから」
まずは会話で隙を作ろうと、ムーンちゃんに訊いてみる。実際気になっているのは確かだし。彼女がどんなに電波な人でも、何の根拠も無しに襲いかかって来たりはしないだろう。何か理由があるはずだ、多分。
「たまに居るんですよ、貴女みたいな人。確かに死んでいるにもかかわらず、肉体も魂も消滅せず生き続けることができる。けれど、そういう人の存在は酷く不安定なんです。生者でもあり、亡者でもある。私達はそんな中途半端な存在のことを『半欠け』と呼んでいます。
そして。『半欠け』と、そうでない普通の人達とを簡単に見分ける方法が一つあります。
……影が、無いんです」
ぞく。薄ら笑いを浮かべて応えた彼女の目は、わたしの足下へと向けられていた。彼女が何を見ているのか、何を根拠にわたしを死人だと決め付けたのか。全ての答えは、足下にあったのだ。灯台下暗しというか、何と言うか。
だけどわたしには、その答えを見る勇気が無かった。
「どうしました? 見ないんですか? それは私の言葉が真実だと認めるってことですか? だったら大人しく成仏して下さい。楽に殺して差し上げますから」
「ふ、ふーんだ! そんなこと言って、わたしの視線を逸らして攻撃するつもりなんでしょ! その手には乗らないわよーだ!」
「そんな卑怯な真似はしません。というか、そんなことしなくても私は貴女を簡単に殺すことができる。
認めたくない気持ちは分かります。そりゃあ誰だって、自分が死んでいるなんて言われたら嫌でしょうね。怖いでしょうね。けれど、それは事実なんです。事実は受け入れないといけないんです。
さあ、ご覧なさいな。貴女の真実を。そして受け入れなさい、貴女自身のために」
見なくても分かる。多分ムーンちゃんの言葉は本当だ。そんなことは、本当は最初から分かっていたんだ。
だって。一年前のあの日、薫子を暴漢から助けたあの日に、わたしは死んでいたはずなのだから。
それでもなお、ムーンちゃんは見ろと言う。自分の目で確認して、全てを受け入れた上で死ねと言う。死人に鞭打つ行為とは正にこのことだ。見たくない。受け入れたくない。だってそんなものを受け入れてしまったら最後、わたしは薫子と一緒に居られなくなってしまうから。薫子にあんなことやそんなことや、色々できなくなってしまうから。そんなのは、嫌だ。
──けど。ここでわたしが見なかったら、わたしは自分自身の運命にさえ、目を背けてしまうことになる。そんな弱虫に、薫子と一緒に居る資格は無い。だって薫子は──とっくの昔に、受け入れていたのだから。
良かった、と。生きててくれて、本当に良かったと。凍えるわたしの身体を抱き締め、彼女は何度も言ってくれた。その温もりを、わたしは一生忘れない。
「見てやるわよ。そんでもって、あんたを殴り飛ばしてやる。わたしは、それで良い。絶対、死んでやるもんか」
「何と愚かな。この期に及んで、まだそんなことを仰るのですか? 分かっているんでしょう? 本当は貴女は」
「うっさい! いいから黙ってな!」
迷いを振り切るかのようにわたしは叫び。その言葉で撃鉄を起こして、運命の引き金を引いた。
影は、在った。
「え?」
驚いた。そこに在ったのは、薫子の影だったからだ。いつの間にわたしの前に来ていたのか、わたしが顔を上げると彼女はそっと、抱き締めてくれた。あの時と同じように。
「か、薫子? 何?」
「……ないで」
「え?」
「お願い。居なくならないで」
その言葉を聞いた瞬間。わたしは不覚にも、くらっと来てしまっていた。わたしの胸に顔を埋めている薫子の表情は、わたしには見えない。けれど、彼女の気持ちは、十分過ぎるくらいに伝わって来た。
参ったな。これじゃわたし、いつまで経っても成仏できそうに無い。
「どこにも行かないよ、薫子。わたしは、いつまでもあんたの傍に居てあげる。そう、約束したもんね?」
わたしは彼女を抱き締めた。柔らかな温もりが、肌を通して伝わって来る。うん、良し。勇気、出て来た。
「だけど、ちょっとだけ待ってて。決着、着けて来るからさ」
そう言ってわたしは、彼女の身体を離した。泣きそうな表情で、だけど涙は見せない彼女の髪を、そっと撫でてやってから──。
「何を馬鹿な。憑かれているんですよ貴女、その化け物に。それが分からないんですか?」
「分かっていないのは、あんたの方よ」
ムーンちゃんに、手にした「武器」を投擲した。
「な──爪楊枝──!?」
さしもの彼女も、この攻撃は予想していなかったらしい。それでも何とかかわせたのは、彼女の卓越した運動能力故か。ぐらりと、僅かに彼女が姿勢を崩す。今だ。第二弾を解き放ちながら、わたしは彼女に向かって駆け出す。
「ちっ」
舌打ちした、彼女の手が青白く輝き始める。しまった、この体勢でも撃てるのか。とてもじゃないが、避けられない──。
「……きて」
わたしが死を覚悟した瞬間、その声は確かに届いた。
「生きて! 美沙樹ちゃん!」
「「っ!?」」
驚きは、誰のものだったか。ムーンちゃんの手から、光が消えた。わたしの後ろに、薫子が付いて来ていることを知ったから、だろうか? 死者には容赦無いムーンちゃんが、生者には手を出せない……? 考えている暇は無かった。二度目に放った爪楊枝は、呆然とするムーンちゃんの眉間を打った。彼女の身体が、大きく傾く。今だ──。
「沈めぇぇぇぇぇっ!!!」
薫子とわたし。二人の想いを込めた渾身のニーキックが、ムーンちゃんの顔面にめり込んだ。
その後。ムーンちゃんは、駆け付けた警察によって器物損壊および銃刀法違反の容疑で逮捕された。結局彼女が何者なのかは分からず終い。だけどわたしは満足だった。薫子が怪我もせず無事で居るんだったら、それで良かった。
「薫子。あんたさ。もしかして、知ってた?」
「え? 何を?」
帰り道。薫子と二人で歩く、いつもの道。気になっていたことを、わたしは訊いてみることにした。
「だから、その。わたしが、死んでたこと」
「あはは。何言ってるのかな? 美沙樹ちゃんは、生きてるじゃない?」
「でもさ。あの子の言うようにわたし、影が無いんだけど」
薫子の影だけが、道に長く伸びていた。それが現実だった。けれど、不思議と何の感情も湧かなかった。ああそうなんだ、と漠然と受け入れただけだった。
「半欠け」
「ん?」
ふと彼女は、そんなことを口にした。半欠け。生者と死者の間の存在。どちらにも属さない、不安定で中途半端な存在。
「ってことは、欠けてるだけなんだよ美沙樹ちゃんは」
「欠けてる、だけ?」
「うん。欠けてるってことは、どこかに落ちてるってことでしょう? だったら、見つけてもう一度はめ込めば良いんじゃないかな?」
「おおっ、成る程ー……って! そんな、ジグソーパズルのピースじゃあるまいし」
「良いじゃない。それでも」
夕陽に照らされて、彼女は微笑んでいた。飾り気の無い、彼女らしい率直な笑顔だった。それが、わたしには眩しく映る。
彼女は希望を与えてくれる。わたしに死ぬなと言ってくれる。生きろと言ってくれる。だからわたしは今も彼女の傍に居て、彼女と同じ道を歩んでいる。
「帰ろう、美沙樹ちゃん」
だけど。それが長くは続かないことを、わたしは何となく理解していた。
「……うん」
神様、どうか。
この幸せが、明日も続きますように。
今日の日記:
うそっ、マジでわたし死んでたの!? ショックー。
それにしても、薫子の悲しむ顔だけはもう見たくないよ。どっちかってーと、死ぬよりそっちの方が辛いもん。
ごめんね、薫子。わたし、どうしたら良いのか分かんないよ。
それでは、明日に続く……と良いなあ(遠い目)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます