第2話「飛ぶが如く! 飛ぶが如く! 飛ぶが如く!」

 人は直面に死というモノを意識した時、知らず過去の出来事を振り返ってしまう生き物らしい。

 かくいうこのわたし、如月美沙樹の場合も例外ではなかったらしく。顔面を蹴り付けられた瞬間、脳内を純白のパンティー、もとい薫子との大切な思い出が駆け巡っていた。そりゃもう、エンドルフィンの出し過ぎで鼻血噴出して卒倒してしまう程に!


 薫子。かおるこ。かおるこたん。かおりゅん。ハァハァ。


 彼女と出逢ったのは、今から一年くらい前のことだ。当時のわたしは上京したてで右も左も分からず、ただひたすらに周りの人間に遅れないよう、気を張って生きていた。

「かー●ーはー●ー波ぁぁぁぁーーーーっっ!!!」

 張り過ぎて周囲の地形が変わってしまう程だった。その内月を破壊することもできるようになるかも知れないと、自分で自分が恐ろしくなってしまうくらいに。

 そんなわたしだったから、気の置けない友人などできるはずも無く。一日の大半を独りで過ごし、大学の講義が終わり次第アパートに一人Uターンラッシュをかけるという毎日を送っていた。

 そんなある日のことだ。大学からの帰り道、わたしがいつものように道端で野良犬と格闘戦を繰り広げている最中、不意に絹を裂くような悲鳴が聞こえて来た。この種の悲鳴には聞き覚えがある。わたしは直感した、上手くいけば美味しい現場に出くわすことができる、と!

 着衣の乱れ、赤く腫れた頬、濁った両眼から零れ落ちる涙の糸。想像力は人を豊かにする。そして、創造力はわたしを現場へと激しく駆り立てていた。腕に噛み付こうとする野良犬を渾身のカウンターをもって瞬殺し、わたしは走り出していた。早く、早く、一刻も早く! この勝負、少しでも遅れればわたしは負けるっ……!

「飛ぶが如く! 飛ぶが如く! 飛ぶが如く!」

 弾丸、稲妻? そんなもの、今のわたしの敵ではない! 内に描くは永遠の楽園。キモ可愛い脂性の男達と、穢れを知らない無垢な美少女達が織り成す狂演だ。

「い、いやっ、やめてください……」

「うっせーんだよ! テメェから因縁つけてきやがったくせに、今更ナニほざいてんだよ!」

「い、因縁なんて、わたし」

「こいつ、まだうだうだと」

「反省がねぇな。お仕置きだろ? キッツイのを、さ?」

「やっ……いやあああっ……!」

 ──ビンゴ! わたしはカウントを開始する──

「よく見りゃ顔はまぁまぁだしな」

 伍。

「どんなんでも穴がありゃ同じだろ」

 四。

「ウホッ、ひょっとして処女かこいつ?」

 参。

「まじでー? あー、じゃあ俺が最初ね。一回貫通式やってみたいのよ」

 弐。

「プゲラ! お前、その台詞何回言ってんだよー」

 壱。

「やだっ……やだっ、やぁぁっ!」

 零!

「はい、これで一人死んだ!」

 叫びと共にわたしは跳躍し、手近に居た男の一人に覚えたての真空竜●旋●脚をヒッサツした──。


 ……良く考えてみたら。

 半ひきこもり状態で運動などロクにやったことも無いこのわたしが、屈強な男達数人を相手にしてまともに立ち回れる訳が無かったのだ。興奮するあまり、すっかりそのことを失念してしまっていた。

 気が付けばボッコボコに殴られ、服も破かれお触り放題のサービスモード。しかし何故か、わたしを犯そうとする男は一人も居なかった。何つーか、それはそれで寂しいものだ。

 散々わたしを痛めつけた後、男達はこっちが本命よとばかりに先程の悲鳴の主──朦朧とした意識故にその顔ははっきりとは見えなかったが、わたしの同年齢くらいの女の子と思われる──の方へとにじり寄っていく。押し倒し、彼女の貞操を奪うのだろうか。わたしの目の前で。

「羨ましい、じゃない、そんなの許さないわよ、あんたら……!」

 自分でも、どうして立ち上がれたのか分からなかった。ボロボロの身体を引き摺るようにして、わたしは男達に向かって歩き出す。あー痛い。何やってんだろわたし。なんて、今更ながらに泣き言をほざきながら。

 なのに。気が付くとわたしは、まるで力の篭もらない拳を振り上げて男達に掴み掛かっていた。

 当然のように繰り出される反撃。その一撃は、今までのどのパンチよりも重く、そして鋭かった。

「ちょ……ちょっと……ナイ、フは、は、反則でしょ、いくら……なんでも」

 気分は四倍界●拳を喰らったベ●ータ様の如く。今度こそ本当に、動かなくなった身体を抱えて、わたしはうずくまった。身体のある一箇所から、物凄い勢いで元気が失われていくのが分かる。「オラに元気を分けてくれー!」と万歳のポーズを取りたかったが、もはや腕が上がらなかった。

「うわ、ダサ。何やってんの、わたし」

 男達が散り散りに逃げていく。馬鹿め、貴様らの顔は既に我が記憶樹に刻み付けておるのだ。どこに逃げても必ず見つけ出し、正義の鉄槌を食らわせてやるぞハッハッハー!

 なんてことは、どうでも良い。わたしは助かった少女の方に目を遣った。ヨカタ。この下らない世界における唯一至福の財産、ビショウジョがタスカテホントニヨカタ!

 彼女が近づいて来るのが分かる。わたしに向かって何か言っているのも分かる。だけどわたしには彼女の表情なんて見えないし、彼女の言葉も聞き取れない。どうやらいよいよ本格的に、この身体にガタが生じて来ているらしい。どうりで先程から全く痛みを感じないはずだ。てっきり新造人間として(以下略)てめぇらまとめてかかってきやがれー!

 頭も程良く狂って来たところで。わたしは最後に、全身に残された力を振り絞って仰向けに倒れることにした。空が見える。雲一つ無い、青い空。青と白のストライプの入った、おぱんちゅ──。

 どくん。心臓が跳ねた。彼女がわたしの真横に立っている。そのために見えた、彼女の下着。彼女はわたしの隣に腰を下ろし、そして。

 わたしの手を、握ってくれた。

 感覚は無い。だけどそれでも、彼女の温もりは伝わってきた。ぽたぽた。何か落ちてきた。何? 雨? 違う。わたしの頬っぺたを伝い落ちるこの雫は、彼女と同じ温かさを持っていた。だから分かった。この子、泣いてる、って。


 ──その時初めて、わたしは死ぬんだって実感した──


「……って! 冗談じゃないわよ! あのセ●(=怪奇・セミ怪人)だって地球巻き添えにしようと自爆したのにぴんぴんしてたんだからー!」

「き、きゃあっ!?」

 わたしが跳ね起きると、彼女はびっくりして悲鳴を上げた。あーごめん、驚かすつもりは全く無かったんだけどー。

「って、あれ? わたし、生きてる?」

 身体中の骨と肉が痛むし、周りにはわたしのものと思われる真っ赤な血が派手に飛び散っている。臓物(ハラワタ)をぶち撒けろ!

 にもかかわらず、わたしは生きていた。さっきまで霞んだようにしか見えなかった目もこの通り視力6.0のモンゴル人も仰天な程に良く見えるし、聴力だってほら。彼女の何とも可愛らしい悲鳴をばっちり聞き取り、先程から脳内でエンドレスリピートをかけている。痛みの方も、徐々に和らいでいくようだった。活性化していく身体。途端に増長する性欲。むぎゅ。

「ひゃあっ!?」

「んー、この手触りサイコー。そうそう、わたしが求めていたのはコレなのよコレ」

「あ、あうううう。は、離して下さいっ……!」

「あらやだ、それが恩人に対する言葉? わたし、あなたのために一生懸命頑張ったのよ? 胸を揉ませるくらいいいでしょー?」

「……う……」

 むにむに。彼女が大人しくなったのをいいことに、ここぞとばかりにお触りしておく。くふふふふ、役得役得。これこそ生の喜びよ。あ、てことはなんだ、やっぱりわたし死ななかったんだ。いやー、良かった良かった。一時は焦ったよー。

「あう。も、もういいでしょ……?」

「んー? だーめ。命の対価がこれだけなんて、あまりにも安すぎるでしょわたしの命。親が聞いたら泣いちゃうわよマジで。

 そうね。良いこと思いついた。あなた、わたしのモノになりなさい」

「……え?」

 わたしが手を離すと、彼女はぽかんとした表情でわたしを見ていた。どうやら意味が良く伝わらなかったようだ。

「だーかーらー。今日からずっと、あなたはわたしのために生きるの。いつでもわたしの傍に居て、わたしのために尽くすの。わたしだけのためにね? 浮気なんかしたら許さないんだから」

 そう言ってわたしは、彼女をそっと抱き締める。びくっと肩を竦められるかと思いきや、彼女は素直にわたしを受け入れた。先程と同じ、彼女の温もりを感じた。

「有体に言えば。わたしとあなたは、今日から友達だってことよ」


 こうしてわたしは、彼女──神堂薫子との、カ●ロットとベ●ータの如き運命的な出逢いを果たしたのだった。


 一年前の日記:

 ──計算通り!!!(にやそ)


 それでは、未来に続くのだっ(はぁと)

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