第5話「キス、するから。お願い、もうイジワルしないで」

「ねえ、薫子。あんた、わたしのこと、好き?」

「えっ? 何なの、いきなり」

「いいから答えて。好き? それとも、嫌い?」

「好きだよ? ……その、お友達として」

「はいっ、ここで好きって百回言ってみよう!」

「え? え、え? な、何? 何で?」

「いいから言いなさい。せぇのっ、好き好き好き好き──」

「好き、好き、好き好き……すきすきすきすきす。あ、あれ?」

「そう! 好きと百回言うとキスになるのですっ!

 つまり好きイコールキス、オーケー?

 てな訳で薫子っ、わたしのことが好きならキスしなさいっ」

「え、えええええええっ!?」

「さあっ、今すぐ! れっつべーぜ! 唇と唇とを合わせて幸せー!」


 わたしとしては、ここまで我慢できたのは奇跡かも知れない。長い前フリの全ては、薫子に自発的にキスさせるためにあった。本当は今すぐにでも押し倒したい気分だったが、現在を耐え忍ぶことでより大きな快楽を得られるのなら、わたしは敢えて苦難の道を歩もうと──。


 と、とはいえっ。もうそろそろ、我慢の限界だったりするんですけどわたしっ。だってほら、薫子の唇はわたしの目の前にあるんだもんっ。その気になれば無理矢理奪っちゃうことだってできちゃうんだよ!? そうしたいっ、本当は今すぐにでもそうしたいっ! ……けど、敢えてしないんだから……。


 きゅうん。ヤバいよ、胸が、苦しいよ。


「み、美沙樹ちゃん? あ、あのう」

「何っ!? もしかしてとうとうしてくれる気になった? き、ききききき、キスをぅっ!!!」

「ち、違うの。そうじゃなくて、あの、美沙樹ちゃん落ち着いて? あのね、あの。

 さっきから、隣の部屋から声が──」

「細かいことは気にすんな! 今は何よりもキスが大事!」

「えええええっ!?」


 薫子が何とかしてわたしの誘惑から逃れようとしているのはみえみえだった。だからわたしは敢えて無視したんだ、この現実を。隣の部屋からひっきりなしに聞こえて来る「お取り込み中の声」も、薫子の心底迷惑そうな視線も何もかも。


 わたしは、薫子に愛して欲しい。薫子の方から、わたしに口付けて欲しいのだ。だからここまで我慢した。我慢して我慢して我慢し抜いて、それでもなお拒絶されたら、わたしはきっと立ち直れなくなってしまう。だからわたしは、彼女にキスをせがんだ。ここは、譲る訳にはいかないポイントだ。


「やっ……美沙樹ちゃん、カオ近いよ……怖い」

「怖がらないで、力を抜いて。大丈夫、痛いことなんてしないから。舌とか入れないから……多分」

「恥ずかしいよ。わたし達、女の子同士なのに」

「薫子。分かってないわね、あんた。

 それが、イイんじゃないの」


 薫子がキスし易いよう、顔を近づけていく。何ともまどろっこしい。やっぱり無理矢理にでも既成事実を作っちゃった方が良いんじゃないだろうか? あくまで純愛路線で突き進むか、それでも鬼畜に調教するか。選択肢は二つあったが、わたしはそのどちらをも選びかねていた。


 まあでも、どちらを選んでも薫子を好き、という気持ちに変わりは無い訳で。結局の所、わたしは薫子と一つになることを望んでいる訳だった。


「み、美沙樹ちゃん、やめて」

「嫌よ。やめてあげない。泣いても許してあげない。薫子がわたしに意地悪するから、わたしも仕返ししてやるの。

 もう一度言うわよ。わたしに、キスしなさい」

「やぁ……もう……そんなに見つめないでぇ」

「だったら──」

「……するから」

「は? 今、何て言ったの? 大きな声でもう一度、はいっ」

「キス、するから。お願い、もうイジワルしないで」

「っ!?」


 き。

 きた、きた、きた。

 キタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキターーーーーーーーーーーーーッッッ!!!


 や、ヤバい! これはヤバいよマジで!? 何これ、何これ、何これぇ!?


「キースがキタキタキスがキター。キースがキタキタキスがキター……うへ、うへ、うへへへへへへ」


 たまらん! もう辛抱たまらん! まだ実際にキスされた訳でもないのに、薫子が真っ赤になって俯いているだけで──上目遣いに「キスしてアゲル」なんて言われただけで! わたしのボルテージはっ、一気に、トップギアまで駆け上がったのでありますっ! くっはー! 頭に血が昇り過ぎて死にそう! お願い、誰かわたしを殺して! 殺してぇぇぇぇぇっ!!!


「くふ、くふ、くふふふふふふふふ。くひ、くひ、くひひひひひひひひぃ」

「み、美沙樹ちゃん? ……大丈夫?」

「らぁいじょおぶぅ。わたひ、らぁいじょおぶぅだからぁ。かおるこたん、ちゅー。ちゅーしてぇ。おくちとおくちとをあわせてしあわせぇ……ほにゃあん」


 昇天しちゃう! わたし、薫子にキスされるだけで逝(イ)っちゃうよぉ! ふあああああんっ!


「い、イク! イクぅぅぅぅぅっ!」

「美沙樹ちゃん!? どこ行くの!? ねえ、わたしを置いてどこに行っちゃうの──!?」

「うっせーぞてめーら、いい加減にしやがれ!」


 わたしと薫子、そして誰かの声が重なり。

 わたし達は呆然と、玄関口に立つ第三者を見つめていた。



 ドアを蹴破って部屋に入って来たのは、パッと見冴えない感じの男の人だった。見覚えは無い。よれよれのシャツ、ぼさぼさの髪と無精髭。はっきり言って、あまり目にしたくないタイプの人種だ。というか、男なんて生き物はわたしにとっては目の毒でしかない。とっとと絶滅したら良いのに。


「何すかあんた? 住居不法侵入で訴えるわよ?」

「な……何だよ、そんな目で見るなよ。折角人が勇気を振り絞って苦情を訴えてるのに」


 わたしが思いきり不機嫌な口調で言ったからだろうか。さっきの勢いがどこへやら、男性は視線を逸らせてもごもごと口篭もるばかりだった。たっはー、これだからねえ? だから男にロクなものは居ないんだ。わたしには分かる。男はみんな去勢された犬だ。狼になりきることのできない負け犬共だ。チンカス搾って喰ってろヴァーカ。


「苦情? 何の話かしら? わたし達、あんた如きに訴えられるようなことは何もしてませんことよ? おほほほほ」

「こ、この淫乱女っ……どこまでも俺を馬鹿にしやがって! お前らなんて、お前らなんてなぁっ……マンコ汁垂らしてハァハァイッてろバーカ!」

「あらやだ、この人何放送禁止用語連発してるのかしら? ねえ薫子、こいつセクハラで訴えちゃおうか? うんそうしよう、今すぐしよう。てな訳で死ね」

「何だよ……死ねなんて酷いこと、言うんじゃねぇよ……傷ついたぞ俺。その内泣くぞ?」


 あーマジでうざー。こいつのおかげで、さっきまでの良い雰囲気がぶち壊しだ。薫子なんてマジ引きして部屋の隅で固まってるし。くっそー、後少しで念願が叶うところだったのによー!


「もういいよ。訴えないであげるから、さっさと帰りなさい。今なら半殺し程度で許してあげるから、さ」

「何だよ、それ。それじゃあまるで、俺の方が悪いみたいじゃねーか……俺はただ、隣でアンアン言われて覗きに……もとい、紳士的に注意しに来ただけなのに」

「あー隣? てことは何? あんたが隣の部屋の人? 薫子の話じゃ確か、隣には誰も住んでいないはずなんだけどねぇ? つーかさ、あんたこそさっきから宜しくやってるんじゃないの? どうせあんたの恋人なんて、あんたみたいな屑男に尽くすような真性のマゾっ娘なんだろうけどさー」


 売り言葉に買い言葉。軽い口調でわたしがそう言った、その瞬間のことだった。


「っ!?」


 突風。突如として玄関口から吹き込んで来た猛烈な風が、わたしと薫子を襲った。たまらず手で顔を覆うと、直後下腹に激痛が走った。


「……くっ……!」

「美沙樹ちゃんっ!?」


 悶絶するわたし。わたしとしたことが、男の蹴りをモロに喰らってしまっていた。嘔吐感がこみ上げて来る。内臓をやられたのかも知れない。


「……たんを……」

「な、何よ、あんた。いきなり攻撃、してくるなんて、ズル──」

「るーたんをっ……馬鹿にするなあああああっ!!!」


 どっかーん。そんな効果音がぴったりな大絶叫を上げて、男は突進して来る。先程までの気弱そうなナリは身を潜め、暴力性が全面的に表に出ているようだった。そんなに恋人(るーたん?)を馬鹿にされたのが嫌だったのか、相当怒っている。


 成る程ね。サ●ヤ人は戦闘民族だ、舐めるなよぉぉぉぉっ! ってことかー。変な所で納得しつつ、わたしは男の上げた拳を受け止め──そのまま流しきる。


「な、に?」

「怒り狂ってがむしゃらに殴りかかって来るだけじゃ、わたしは倒せないわよ?」


 流すと同時に足払いをかけ、男を転倒させる。それから、彼の首に踵を落とした。然程力は込めていなかったのだが、「ぐえ」と嫌なうめき声を上げ、男は完全に沈黙した。


「あんたのるーたんに対する想いは本物だった。けどね。それ以上にわたしの薫子への想いは強かったということよ! 分かる? これぞ、真の愛が為す奇跡!」


 ぐりぐりと男の頭を踏み付け高らかに勝利宣言するわたし。くふふふふ、これはこれですんごく気持ちが良い。こういうこともあろうかと、暴漢対策に合気を習ってて本当に良かったー。通信教育だけど。


「って、もう聞いてないか。何だ、つまらない男。そのまま一生寝てなさい。あんたみたいな屑、害悪にしかならないんだから」

「な、何言ってるの美沙樹ちゃん!? きゅ、救急車、早く呼ばなきゃ!」

「えー? もうちょっと勝利の余韻に浸らせてよー?」


 慌てて走り寄って来る薫子に、とびきり爽やかな笑顔で応えて。わたしは男の頭から、足を退けようとした。


「……え?」


 その足が、動かない。恐る恐る下を見ると、男の手がわたしの足を掴んでいるのが分かった。あ、ヤバ──。


 ぶんぶかぶん。乱暴に振り回され、考える間も無くわたしは投げ飛ばされていた。盛大に家具を破壊し、頭からタンスに突っ込むわたし。降りかかる下着の山。ムッハー!


「痛みがわたしを強くする……! よくもやってくれたわねー! つーか、しつっこいのよアンタ! しつこい男は嫌われるわよーキーック!」


 どんがらがっしゃーん。


「ガアアアアアアアッ!!!(訳:るーたんを馬鹿にするなぁー!)」


 どんがらがっしゃーん。


「やめてっ……二人とももうやめてぇっ……! ここ、わたしの部屋……わたしの……」


 どんがらがっしゃーん。



 壮絶な戦いだった。


 部屋に存在する全ての家具という家具を薙ぎ倒した後。気が付くとわたしは血の海に沈んでいて。目の前には、凄惨な笑みを浮かべた薫子が、何故か血の付いた出刃包丁を持って佇んでいた。


 目が、怖いくらいに笑っていなかった。



 ──BAD END──



【1.一つ前の選択肢に戻る】

【2.タイトルに戻る】

【3.むしろ人生をリセットする】



 今日の日記:

 わっ、ちょっとタンマ。助けてー。



 それでは、今日からやり直すのだ?

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