第30話 舞台にあがる

 紺色の龍皮が目に留まった瞬間、自身に襲いかかる謎の“重圧”の正体が、彼によって引き起こされていることを理解した。


 柱にもたれかかるオオサキは、一見けだるそうに振舞いながらも易々とイブキを開放してくれる様子ではない。じっとヨレた瞼の奥で射貫いてくる目付きは、始めて彼に笑いかけられた時の“違和感”の正体を直接的に教えてくれているようにすら感じる。


 ーー動けねぇ……なんなんだよこいつの能力……


 力いっぱい睨みつけてくるイブキにまるで動じることなくオオサキは続けた。


「そう睨まんといてな。こっちも事情聴取してるだけやねん……オレもラディクンも大人しくしてればジブンらには手ぇださんで」


「……なせ…」


「……なんて?」


「は…なせ……はなしが…できない……」


 オオサキは頭に手をまわして少々考え込んだ後、イブキの前に右手を見せつける。


「ラディクンとこ、走り出したら……あかんで?」


 イブキが頷くと、見せつけていた龍皮が溶け初老めいた少ししわついた腕に戻る。それと同時に身体は嘘みたいに軽くなったのですぐに立ち上がる。


「なんの用っすか。一応俺も……その、孤児院の用心棒として聞いとく必要があると思うんす」


「用心棒?」


 オオサキは不思議そうに聞き返す。


「ここは確か、既に王都の探りが入った後なんちゃうんか? 警備員として騎士団も派遣されとるっちゅうし、ジブンの出る幕ちゃうやろ」


「な、なんでもいいでしょうが。俺はあの娘に…お、恩義を感じてて……勝手に守るって決めてん…すよ」


 オオサキはポリポリと顔を掻き、あまり理解していない様子のまま告げた。


「それにしてもジブン……ラディクンんとこで一緒してるんじゃなかったっけか? 喧嘩したみたいなことゆーてたけど…まさか孤児として世話んなるつもりなんか?」


「な、なわけないでしょう! 俺はッ!!!」


『もう龍小屋をやめたんだ』というセリフは喉元に留まった。ここで辞めたと明言してしまえばいつオオサキが襲いかかってきてもおかしくない……という警戒は建前上での話。自分の中に眠る未練を自覚していない彼は、グッと喉元を抑えて苦悩をあらわにした。


 オオサキは顔を顰め、イブキの表情を伺った。現在置かれているイブキの状況的に見れば、彼が喉元を抑える行動は非常に危険な状態を指している可能性がある。何も知らないイブキから見れば、予想以上に動揺してみせたオオサキの様子に眉をひそめ、


「な、なんすか」


 ととぼけた様子で返した。


「なんでもないで。ただ……ちぃと紛らわしかったもんでなぁ」


「わけわかんねぇ……」


 更に困惑を極めるイブキ。後ろでは未だにラディとルーツが何か重要なことを話している。その会話を聞き取れずに足踏みさせられていることへのもどかしさは、徐々に腕を組んで指をトントンと打ち付けるなどの仕草として現れるようになった。


「……ルーツを、どうするつもりっすか」


 直球で問いかけるしかなかった。クルドのようにうまく言いくるめて情報を吐き出せる力もなければ、レイやシウバのように強い力を以て脅しをかけることも出来ない。どの道何もないイブキにとってみれば、この方式が一番正攻法なのかもしれない。


「んー、別にどーもこーもないで。事情聴取に付き合ってもらってんねんからな」


「じゃあなんで……あんたらはわざわざルーツを指名したんすか? 事情聴取ってだけなら、最初に出てきたおばさんからでも出来るでしょう」


「……うーん。これ以上はゆーたらあかんのよなぁ…」


「やっぱりなんか隠してるじゃないですか」


 眉間にしわを寄せて何やらぶつぶつと呟くオオサキ。すかさずイブキに突っ込まれるも、へらへらとあしらうように笑って答えた。


「隠しとるで~そりゃあ」


「う、嘘つかないでくださ…ってええっ!?」


『隠している』などと正面切って言われるとは思ってもみなかったイブキは、想像以上に直球で帰ってきた返答に困惑する。


「か、隠してるって……ダメじゃん! 隠してることそのまま言うのもダメじゃん! えっ!? えっと……な、なんで隠してるんすか!?」


 一周回って良い回答が思いつかなかったイブキの苦し紛れの問いかけに対して、オオサキはナハハと白い歯を全開に見せつけて笑った。


「そりゃいえんがなぁ。隠しとるんやし…勿論龍小屋うちらのメンツだとジブン以外は皆知ってる。オレらは意図してジブンには教えんようにしてるっちゅうわけよ」


「は、はぁ!?」


 一層不信感が増すような物言いに対して、イブキは更に何を返したらいいのかわからなくなってしまった。ここまで正面から『君を省いています』なんて言われてしまっては、もはや返す言葉も思いつかない。


 それでもどうにかして違う角度からこれ以上の情報を聞き出そうと頭を抱えて思考を巡らせるイブキを見据え、オオサキはけだるそうに柱に寄りかかり直して答えた。


「安心してええ。状況で変わるかもわからんが、今んとこオレらが孤児院に介入するつもりもないしなぁ……確かにジブンに内緒でオレらがなにかをやっていることは確かやけど…イブキクンはそんなこと知らんままでええ。なんも知らんままのほほんと事の収束を待っといたらええ。それが…オレらが下した結論なんよ」


「な、なんだよそれ……俺がまるで…戦力外みてえな…」


「ごめんなぁ。そういうつもりちゃうねん。ただなぁ」


 一瞬、オオサキは目を見開く。表面上に浮かぶやさしさの奥に眠る彼の冷徹さが、少しだけイブキに牙を剥いたように思えた。


「クルドちゃんにはちゃんと謝っとき。あの子…ほんまにジブンのこと心配しとってんで?」


「……え?」

 ーーあいつが俺を心配している……? あんなこと言ってきやがったクルドが…?


 固まるイブキ。なぜそこでクルドの名前が出てくるのか、何故彼女が自分を心配しているのか、わからないことはあまりにも多かった。


 オオサキはしたり顔でイブキを見やった後、よっこらしょと柱から身体を剥がして背を向ける。そのまま片腕をあげたまま、気の抜けたトーンで告げた。


「ほいじゃあな。もうちょいでラディクンとこも終わりそうやし、この辺で今日はやめさせてもらうわ。ジブンがこっからどーしていくかは知らんけど、いまんことは全部忘れて…気ぃ変わったらのほほんと戻ってくりゃええんちゃう?」


「ちょっ……あっ! え!?」


 もちろん、まだまだ聞きたいことがあったイブキは去っていくオオサキを追いかけるわけだが、うまいところ柱の陰に隠れられた後すぐに見失ってしまった。そうだと思い立ってテラスのラディを捕まえようとするも、彼の姿も同じように無かった。


 先ほどまでオオサキが寄りかかっていた柱に背中を押し付け、ずるずると下へと身体をずり落としてゆく。ちょうど尻が大理石の床に当たったあたりで大きなため息を漏らし、一言だけ漏らした。


「わけわかんねぇ……」


 結局彼からはルーツに関連するなにか重要なことを、露骨に自分だけに内緒で行っているとだけしか聞き出すことが出来なかった。寧ろ深まった謎にうんざりするイブキは下唇を噛みしめ、決意を固めた。


 ーールーツから聞き出すしかねぇのか……


 正直、彼女とはシリアスな会話をしたくなかったイブキは、もう一度深いため息を漏らす。


 イブキが見てきた中で最も無邪気で透明な少女……。そんなルーツに『おまえラディと何話してたんだ!?』だなんて尋問のような行為に走るのは、結構しんどいものがあった。


 ーーでも……どーしろってんだよこんなの…


 こみあげてくる脱力感とやるせなさ、そしてなにより自分の非力さをまたしても思い知らされたように感じ、もう一発肺に溜まった空気を万遍なく吐き散らかしてやろうかと息を吸いこんだ時、後ろからぐっと押さえつけるように、なにかがイブキの口を覆った。


「んっ!? んんんっ!!」


 満足に息を吐き出せずもがき、自分の口を覆うそれを引きはがそうと手をかける。覚えのある感触。どうやらその正体は人の手のようだった。


「んっ!! んっーーーー!!!」


 一生懸命に抑えてくる手を退け、こちらも一生懸命中断されていた呼吸に勤しむイブキ。どうせ活発な子供たちの誰かがいたずらでやってきたのだろうとそのまっしろい手を掴んだままお得意のくすぐり攻撃を披露してやろうと身体に引き寄せてやる。


「おいこら! まーじで窒息するとこだったぜ! お仕置きだおしお……」


 鼻をくすぐるどこかで嗅いだことのある匂い。というより、引き寄せたと同時にイブキの悪人じみた顔面に降りかかる、カーテンのようにサラサラと泳ぐ銀髪。


「あっ……あえ…」


 青ざめてゆくイブキを見つめる朱色の瞳はキッと研ぎ澄まされていた。華奢な肩を震わせては口をとんがらせ、頬をぷっくり膨らませている。


 力ずくで抱き寄せられたルーツは、イブキの膝の上でムスッと怒っているようだった。


「あ……へへっ……っすぅ……」


 ごまかすように三度ほどぎこちない様子で会釈をかまし、そっと手を放す。ルーツは死んだ魚のような眼で虚空を見据えるイブキにじーっと視線を合わせ……


「むぐっ!?」


 もう一度、イブキの口を両手で封じ込めた。


「クロさん……!」


「ほ…っほわいっ!!」


「ため息ばっかりしたら幸せが逃げちゃうんですよ?」


「うぇ!?」


 予想の斜め上どころではない、もはやどの角度からやってきたのかすら不明な彼女の発言。現在のイブキが持てるツッコミのキャパシティを超越した珍反応に、ただただ固まるのみだった。


「もう。今度から孤児院全面ため息厳禁にしますね。見つけ次第罰則ですよ?」


「どぉんなルールだよっ!!??」


 二発目は逃さず突っ込むイブキ。先ほどまでの脱力感だの不甲斐なさだのを無理やり振り切るように勢いをつけて立ち上がって突っ込む。漫画なら間違いなく“ガーン!”とかいう効果音が付いていただろう。


「むぅぅぅううう……」


 対するルーツは本気で膨れているようだった。いまいち彼女の怒りの沸点がわからないイブキであったが、とりあえず嫌われたくないイブキはそのまま縮こまって『ごめん』と漏らした。


「もうしませんか?」


 わかりやすく手を腰に当ててグイッと寄ってくるルーツ。案の定漂ってくる彼女の香りに心臓を跳ね上がらせつつも、なんとか首を縦に振って返答した。


 すると彼女もすぐに表情を和らげ、いつものように少しだけ首をかしげてから口を開き……


「……約束…ですよ?」


 とほほ笑んだ。


「……っすぅ」

 ーーああ……やっぱりかわいいなほんとに……


 ぼーっと彼女に見惚れるイブキ。漫画なら間違いなく目がハートに変わっている場面である。


 いつのまにか時刻は夕飯時。くるりと背を向けて食堂へと戻る彼女の背中を追いかけながら、イブキはフッと思わず吹き出した。


「どうしました? クロさん」


「…いや。だいじょーぶっす」

 ーーやっぱ……この子に聞き出すとか少しでも思った俺ってバカすぎたな。そうだよな……あのおっさんも知らなくていいって言ってたけど…案外間違いねぇのかもな……


 不思議そうにこちらを見つめてくるルーツ。そんな彼女に柄にもなく笑いかけ、横に並んで食堂まで一緒に向かわんとする。


 何も知らなくていい。何も知らなかろうとも、こうして彼女の奇想天外なボケに振り回され、ドキドキして歯がゆくなって……。


「あっそうだ。……クロさん」


 ピタリとルーツの足が止まる。何かを思い出したようだった。


「ん? ど、どうかしたん…すか?」


 些細なことだろうと思った。きっとカリィの盛り付けサボったんですか? とか、くだらない内容に過ぎない。


 それでも彼女と話ができるのなら、どんな内容でも最高にうれしい。


 ───うれしいはずだった。


「飴玉さんからもらった飴……すぐに回収してくださいってさっき来てくれた方がおっしゃってたんです。それも結構……ううん。かなり深刻そうな顔をされて……」


 ピタリと歩を止め聞き返す。


「あ……飴?」


「はい。明日また来るからその時に渡してくれって……。飴玉さんの知り合いなのかな? あの人……一緒に飴を作ってるとか?」


 イブキは何も返さなかった。不思議そうに至近距離まで詰め寄り顔を覗き込むルーツの美貌、香りすらも今の彼の心をくすぐるには至らない。


 ーーラディが? カドリの持ってきた飴を回収? そんなこと? そんなくだらない理由でわざわざ裏にオオサキのおっさんまで引き連れて俺に内緒にして……? いやいやそんなバカみたいな話あるかよ! それに明日また来るって? わからねぇ……いみがわからねぇ……


 本当に意外性のある少女である。まさか彼女の方から話題を振ってくるとは思ってもみなかったイブキだが、そう困惑しっぱなしでいるわけにもいかなかった。じとーっとこちらを見てくるルーツは、今にもなにか変な方法でこちらの気を無理にでも引こうとしてきたからだ。


「あ、ああ! ぼーっとしてなんかないっす!! 整理してただけっス……へへっ」


 わたわたと手を振るイブキ。納得いってない様子のルーツは、珍しくジト目を披露して疑り深く聞き返す。


「クロさん……どうしました? 顔色悪いですよ?」


「いや……平気っス…それより…ルーツさん」


「ん? なんだか深刻そう……」


 走り回る孤児院の子供たちと相違ない純真なまなざしを向けてくるルーツ。そんな透明な瞳にあてられ、一瞬迷うも、イブキのハラは決まっていた。


 ーー俺から知ろうとしたわけじゃないんだし……しょうがないよな? これは流石に


 心の中で抑え込めていなかった感情。好奇心というにはあまりにも愚かな“知らなくていいことを知りたがる欲求”は、今この瞬間、イブキの心を掴んで離さなかった。


「あの茶髪……ラディと何を話していたのか教えて…欲しいっス」


「知り合い…なんですか? クロさん。ならあの場にいてもらえればよかった……」


「し、知り合いってか…まぁ……そんなとこっす…。あいつ…なんでカドリの飴なんか……」


「うーん…私も詳しいことは聞けなかったっていうか……凄いキリッとした目で迫られて……緊張しちゃって……」


 ーーよしっ あの野郎ぶっ飛ばす決定。


 不安げに唇に人差し指を当てるルーツを見て、反射的にラディへの殺意を覚えるが、今は冷静になろうと首を振って続ける。


「なんかないっすかね。なんで飴なのかとか……あっ! 俺のこととか聞きませんでした!? あいつら俺のことハブいてなんかわけわかんないこと……」


「わ、わかんないですよ! どうしたんですか? いきなり……」


 イブキはハッとなり、同時に後悔する。両手を胸の前で開き、不安げな表情で距離を取ろうとするルーツの本能的な仕草。怯えているのは明白だった。


「ご、ごめん……っス」


 俯き、ぼそりと謝罪するイブキ。すまなそうな彼の姿勢にルーツはあたふたしたあと、おもいついたように一言返してきた。


「い、いいよ?」


「あ、あざっす……」

 ーーああ駄目だこの子しぬほどかわいい


 不穏な空気を『ごめんね』と『いいよ』だけで済ませてくれる彼女の純真さに感謝し、デレデレしつつも、イブキは一旦深呼吸する。


『落ち着け俺、ガッツキすぎはよくない』と言い聞かせ、平気な風にぎこちない笑みを不安げなルーツに向けなおす。


 イブキの心境など知る由もないルーツは、本来伝えるべきだった要項をらしくもなく淡々と告げてくる。


「あの方……飴玉さんが来るのに合わせて来るそうです。飴を持ってきた人と話がしたいって……お客さんが多くなるので、明日のお昼までにちゃんとお掃除しておきましょうね」


「え?……あっ……カドリ?」


「飴玉さん、明日来てくれるってさっき言いませんでしたっけ? クロさんがここに来てくれた記念で是非来たいって手紙を送ってくださいました」


「あ、ああ! あああ! 覚えてるっス……カドリ……カドリ?」


 そうだとイブキは思い出す。色々重なって忘れかけていたが、料理を作っている時にルーツが楽しそうに言っていたのを思い出す。


「本当にどうされたんですか? クロさん。 顔色……悪いですよ?」


 更にわけがわからなくなり混乱するイブキと、そんな彼の様子を心配そうに顔を覗き込んでくるルーツ。舞い戻る淡い香りに意識を戻され、ついでに自分の頬をぺちぺちと叩く。


「……大丈夫ッス……腹減りましたね」


 にぃとわざとらしく釣り上げた口角。本当は全然大丈夫ではないが、心配はするけど疑うことはない彼女も同じくクスりと笑い、イブキの手を引いた。


「いきましょう。私のカリィ、鬼がかった美味しさですよ!」


「お、おに……っスか」


 跳ね上がった心音と同時に飛び上がるイブキ。無邪気に笑う彼女連れられ、流れるように食堂へと向かう。


 ーーこれでいいんだ……なんも知らなくていい。知らないまま過ごして……アイツらが勝手に動き回って……。


 投げ出すように、イブキはそう決めていた。それでいい筈なんてないのに。



 *********


 子供達が寝静まった夜に、お手伝いさんの仕事も終わるらしい。用意された小さな小部屋に入るなり、少し古びたベッドにダイブする。


 ーーああ……初日だよなこれ……3日分くらい経った気分だ……。


 クルドと喧嘩した後、不貞腐れたように龍小屋を抜け出してから流れるようにして孤児院に流れ込んできたイブキ。おばちゃんから妙にデカい孤児だと間違われそうになりながらもなんとか雇ってもらい、奇跡的に教育係でルーツが付いてくれてなんやかんやあって今に至る訳だが、レイとの特訓とは別ベクトルの疲れが彼の全身にのしかかる。


 殺風景な小屋を照らす灯りをぼんやりと見つめる。


 ーー確か……これ魔力で出来てんだっけ? クルドの奴が言ってたな……どう見ても電灯だけど


 異世界に転生してから丁度ひと月程が経過していた。独りダラダラと生きていた彼にとって、このひと月はあまりにも濃すぎたものだった。


 それでもひと月、自分は生き延びることが出来た。メテンとかいう、生き延びるのには殺し合い必須みたいなふざけた立場に生まれ直し、何度も死ぬような目に遭いながらも、生き残ることが出来たのである。今だけは素直に自分を賞賛した。


 ーーメテンか……本当にラディや先生……あのおっさんとか……いつか殺し合うのかな……カドリも……


「ん?? カドリ???」


 ガバッと勢いよく起き上がる。非常に重要なことを忘れていた自分の間抜けさを恥じる暇もなく、頭を抱えて呟いた。


「カドリもメテン…。ラディは明日カドリがいる時間にわざわざ出向く……龍小屋であるラディが今他のメテンに接触する理由は? 勧誘? いや……まさかっ!」



 ──── “先住民冒険者専用依頼をメテンが実行してはならない”。奴はこれを約3ヶ月間破り続けていた。


 ──── 日向秀月の拘束依頼の為だ。あいつは俺達メテンに課せられているルールを破ったからな。



 思い出した言葉の全ては、かつてラディに腕をもぎ取られそうになった時に彼が言っていたことである。


 龍小屋が誰かのメテンと意図的に接触する時は、基本相手がルールか何かを破って拘束される時である。一件無害そうだったあのシューゲツですら、龍小屋は“ルール違反”と看做して拘束にやってきたくらいである。


 そしてカドリもまた、シューゲツと同じく平和主義者だった。争いを好まず、この世界をステキにしたいとかなんとか言っていた。


 そんな非好戦的な彼のことならば、知らぬ内にシューゲツと同じくルールを破り、龍小屋側に狙いを定められてもおかしくない。


 ーー俺とカドリの関係も事前に調べて……友と戦わせるのはダメだとかなんとかで俺だけにわざと内緒にして……そういうことなのか?


「おかしいだろそんなの……」


 カドリは間違いなく「無害」である。彼と何度か話したことのあるイブキはそれをよく知っていた。


 確かにこの世界でのルールとやらを少しばかり破ってしまうのは擁護し難いものではあるが、それはカドリが何よりも「非暴力」を優先に考えた上で導き出した答えであり、本来ならば賞賛される事柄ですらあるはずだ。


 しかしそれはあくまでもイブキが元いた世界むこうで学んできた常識のひとつに過ぎない。


 異世界こちらがわでのイブキやカドリに課された“メテンとしての常識”が如何に暴力的に満ちていようとも、常識である以上従わなければ罰されてしまうのはどの世界でも変わらないのだ。


 だからこそイブキは主観で考えた。ルールとか常識とか関係無しに、自分が感じた事を考えてみる。


 カドリは友達。イブキとって“むこう”でも“こっち”でも数少ない大切な友人であり、失いたくない存在である。


「ふざけんなよ……ッ!!」


 そんなカドリを常識という無慈悲な“客観視”で判断して捕らえんとする龍小屋の行いを黙って見てられるほど、イブキは冷静な人間ではなかった。


 すぐに飛び起き、小屋を飛び出して走り出す。このままラディを襲撃してやろうかと思ってもみたが、力も無ければ戦闘経験も薄い自分が特攻をかけても無謀であることに気が付くのは、門を出てすぐの事だった。


「それでも……やるしかねぇ……友達を……俺の少ない友達を守るためにもッ!!」

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