第29話 表舞台に黒子は要らない
「ーー以上があたしの見解。よって捜査は続行すべきだと思うね」
と簡潔に現象を説明するクルド。イブキを覗いた他の龍小屋の一員は、つい昨日に起こった“男児窒息死体放置事件”について、それぞれの反応を示していた。
会議場所として選ばれた旧本部の中、眉ひとつ動かさないキリュウと逆に眉をぐにゃりとへしゃげるオオサキ。俯き、押し黙るような姿勢を示すラディに顔を覆って涙を堪えるレイ……。
「なるほどなぁ……大変やったんやなぁ」
暫くの静寂を打ち破ったのは、この中でも比較的陽気に振る舞えるオオサキ。資料をおいて椅子にへたり込むクルドに労いの言葉をかけるなり、再確認するように問いかける。
「んあー…つまり犯人は元主さんじゃなくて別に居るってことが言いたいわけやな? ほんでその証拠が……」
「孤児院の元主は襲いかかってきた段階で既に体内の魔力が死滅していたこと。
「まりょく? ちゅーのが死滅してると……あかんのか?」
「うん。人体の絶命と魔力回路の死滅には誤差があって、その平均時間は……3時間くらいかな? とりあえず人体より先に魔力回路が死滅するなんてことはまず有り得ないから、元主の死体が何者かに操られていたっていう可能性が生まれてくるわけ」
「実際に死体を操って攻撃してきたメテンがいたからな」
重ねてきたのは中央に並べられた2名の死体から視線を戻したラディ。
「
「どの道、どっかで糸引いてる奴がいんのは確かってわけやなぁ……」
「
「そのユーミという半獣の少女を知っている人物ということは……やっぱり孤児院の周りが怪しそうだな……だが、一度改装したんだろ?」
キリュウの方角を見て問いかけるラディ。沈黙を貫いてきた彼が、ようやく椅子から腰をあげ、長い机をよけるようにして死体の前に並ぶ。
「……不浄なものは全て燃やした」
その返答を最後にもう一度静寂が訪れる。次に打ち破ったのは、小さく挙手をする少しだけ目を腫らしたレイ。
彼女は少しだけ周りをきょろきょろと確認してから、改めて口を開いた。
「クルドちゃん……イブキくんは?」
ここでようやくひとり欠席するイブキの話を切り出す。それでも一同彼には思うことがあったのか、視線をレイに集中させる。
「イブキくんがここにいないのは……なにか…あったの?」
レイにとってイブキは仲間である以前に、たったひとりの弟子でもある。当然この場にいないイブキへの想いは、このメンバーの中でも特に強かった。
クルドへ向ける視線は、普段の小動物でも眺めるようなものではなかった。『絶対に応えてもらう』という強い意志と、遅い子の帰りを心配する母親のような不安を混在させた歪なもの……。
そんな難しい思いを目で訴えられ、たまらずクルドは目をそらす。それでも彼女には伝えねばならない義務があった。
イブキが時期に死亡するかもしれないという事実を……。
「い、イブキは……」
「なにかあったんですか!?」
身を乗り出して聞き出すレイ。ぎゅっと唇を噛んで逃げ出したい気持ちを抑える。
「……喧嘩したんだよ。検死してるときにうるさかったからつい……きついこと言っちゃってさ。多分少ししたら戻ってくるとは思うけど……あの」
「喧嘩ってっ! その場にイブキ君もいたなら、証拠隠滅のために襲われるかもしれないんですよっ! わたしたちで見てあげないと……しんじゃうかもしれないんですよっ!」
『しんじゃうかもしれない』という一言は、今のクルドにはかなり響く言葉だった。フードを深く被り、ポケットに手を入れて背を向ける。
「く、クルドちゃんっ!」
「やめろレイ。いきなりあいつの死まで行くのはぶっ飛びすぎだ。それにクルド……おまえまだなにか隠しているな?」
答えないクルド。それでも彼女を居候として長いこと置いているラディには、あまりに様子がおかしい少女の心境を読み取るのは簡単だった。
「か、隠してなんか……」
「……クルド」
諭されるように名前を呼ばれ、ゆっくりと顔を向けるクルド。もはや沈黙は通じそうになかった。
「イブキは……」
重い口を開く。
「今イブキの身体には、ジェミニと同じ魔廻印が刻まれている。真犯人が生存している限り、いつそれが作動してもおかしくない状況……」
「……え?」
声に出して反応を示すレイ。他のメンバーも声にこそ出さなかったが、それぞれ強い視線を年端もいかない少女へと向ける。
「あたしのせいなんだ……事前にあの魔廻印に気が付いていたら、敵に見つかる前に何とかして解除方法を見つけ出して……」
泣くのを必死に堪えるクルドの肩を叩くのはオオサキの年季の入った右手。
「自分を責めたってしゃーない。まだ生きとるのは分かってるんやろ? “生きてる”ってだけで幾らでも取り返すチャンスはある。まずはジブンにやれることを探してな? 責任感じて泣くのはイブキクンが死んだ後の話や」
クルドはこくこくと頷く。意地でも涙は見せないよう、必死にフードを被りなおしている。オオサキはおろおろとするレイに目を向けて続ける。
「レイちゃんも。アレのことをほんまにおもっとんなら失う前に全力尽くさなあかんで。やらかした仲間を責めてるだけじゃ、肝心な時に動けんくなる」
「は、はい……わたしもちょっと……言い過ぎちゃいました。ごめんね? クルドちゃん」
「……ごめん」
籠った声で謝るクルド。なんとか場を収めたオオサキだが、ここで改めて持っていた疑問を投げかける。
「でも、イブキクンにおんなじもんがあるってことは、きっと彼は犯人と接触してるっちゅーことやねんな? まだ怪しいの判別できる力は備わっとらんってことなんかなぁ」
「それはありませんっ!」
レイが食らいつくように答える。
「殺気に関しては一通り訓練を行いました。例えばそのまかいいん? を相手が植え付けようとするならば、きっとそこに秘められた殺気に彼は気付くはずですっ」
「よほど殺気を隠すのがうまいのか、それとも何かに仕込ませて遠くから刻み込んだか……」
「食べさせられたんだよ……これに魔廻印を埋め込まれてさ。恐らくジェミニもおんなじだと思う」
クルドはポケットから少し溶けたピンク色の飴を取り出し、レイとオオサキを隔てる長机に置く。
「な、なんやこれ」
「あ、飴……ですね」
ふたりは同じように首を傾げ、同じように目を凝らして飴を見つめる。
「ご飯に毒を混ぜ込むみたいな感覚かな。これにイブキと同じ魔廻印を仕込んで渡したんだと思う。それを疑いなしであいつは呑み込んだってとこかな」
「殺気の訓練とやらを受けてるイブキじゃわからないほどに狡猾な奴が相手ってことか? というか、なんでおまえがそんなもの持ってんだ?」
飴を指でつまみ、眺めまわしながら問いかけるラディ。
「それもそうなんだけど……きっとそいつはイブキやジェミニに直接渡してないのかもしれない」
クルドの返答がいまいちわからず、案の定『どういうことだ』と目線で訴えるラディ。クルドは長机に腰かけ、続けた。
「これをあたしに渡してきたのは……ルーツっていうルーツっていうまっしろい女の人。丁度孤児院周りのエリア巡回してた時に迷子だって勘違いしたらしくってね。んで、断ったあたしのポッケにこれを突っ込んだのはルーツと一緒にいたイブキ。んまぁ、なんで一緒にいたのかは解決済みだし省くね」
「え、イブキ君に女の子の知り合いっ!?」
「……レイ」
「だ、だって気になったんですもん……」
レイの興味をけん制するラディは聞き返す。
「つまりそのルーツとかいう女が飴を作ったってことでいいのか?」
「うーん……アレがそんなうまく立ち回れるかっていわれるとなぁ」
「そんな詳しく知っているのか?」
「あたしの見た限りではね……あ、こんなかだとキリュウさんも会ったことあるよね? あの赤目銀髪の……」
メンバーの中でも特に沈黙を貫いていた大男キリュウ。話題を振られたことでようやく無類ひげに覆われた口を動かす。
「覚えているが、これ以上の問答は必要ない」
注目が集まる中、キリュウは続ける。
「そこの二名の死体にタキザワイブキ。そしてその白い女は全て孤児院と何かしらの関係がある。我々が次に向かうべき場所は、既に決まっているだろう」
「クルド、一度会っているおまえが何も感じなかったなら違うかもしれんが、それでも今のところ一番怪しいのがルーツという女なのは確かだ」
傍らにあった椅子に腰かけるラディは、キリュウに付け足す。同調するようにレイが小さく頷き、オオサキは、少し溶けた飴をつまんだままなにか言いたげな様子のクルドを見落とすなく声を掛ける。
「どしたんクルドちゃん。なんかあるんか?」
「オオサキさんも……よく見てるよね」
はぁとため息をつくクルドは、一同を見渡すべく部屋の側面へと移動し、ポケットに手を入れなおしてから皆へと向けて言い放つ。
「この一件、イブキには伝えないこと。あたしが無理やり引きはがしたんだから、また知られちゃ困るし……いつ死んでもおかしくないなんて知ったら…間違いなく大泣きするでしょ? 見てらんないってゆーか……」
「イブキ君のこと……心配してくれてるの? クルドちゃん」
「ち、ちがうってば。鬱陶しいでしょ……目の前で泣かれたりしたらさ」
フードを深く被り表情を隠すクルドと、いつもの小動物を眺める視線で彼女を見つめるレイ。丁度クルドの対抗線上にいるキリュウは、キリっと目を細めてから答える。
「第一優先はあくまでも“殺人飴”の元凶の拘束。同じ種類の飴をすべて回収し、ギルドへと報告することだ。もし犯人を追い詰めることに成功したところで、奴はすぐにでもタキザワイブキの命を使って我々の動きを止めるだろう」
「解析する」
クリクリとした大きな瞳を、同じように細めて即答するクルド。手を首の後ろに回すオオサキは、試すような口調で呟く。
「孤児院と関連してるっちゅうことは……最悪その子供達全員がおんなじの食わされとる可能性だってあるなぁ。ソイツが何たくらんどんのか知らんけど……結構時間とかはないで?」
「龍魔力の解析は滅茶苦茶むずいけど、徹夜でやればいける。だから……ひとまずは真犯人の特定と監視、それと……」
「善処はするで、クルドちゃん」
オオサキは白い歯を見せてほほ笑む。
「うん。お願いオオサキさん」
********
「うぁっつ!!!」
「あっ…クロさん!? 大丈夫ですか??」
包丁を置き、血の滴る指を抑えるイブキ。ルーツは慌てて彼の手を握り、切り傷を自身の身体に移し替える。
「……不器用…なんですか?」
手を握られ、顔を真っ赤にしてカチコチに固まるイブキにルーツが問いかける。
「い、いや……今のはミスっす………」
「もう……料理は私が頑張って教えます。包丁は引くようにして切って、食材を持つ手は『ねこのて』の形にして……」
あの『大自然そのままスープ』を爆誕させたルーツとは思えない料理の手際の良さ。恐らく『レシピ通り』にこなせばまともなのだろう。
ルーツの性格上、あのスープは恐らく『砂場で遊ぶ健気な女の子が、毟った雑草なんかを水が溜まった砂の中に入れて作った無垢の賜物』のようなものだったのではと、イブキの中で無理矢理な結論が付いた。
ルーツと一緒に料理を作る……。いつの日か実現することを願い、寝る前に妄想していたシチュエーションのひとつが現実となった瞬間である。
クルドにあんなことを言われしばらく泣いた後、目の腫れが引いてから勇気を振り絞って孤児院を訪れた。本当はカドリと共に行きたかったが、彼は神出鬼没。探したところで、いない時はとことん居ない。
「芋は4等分……ううん、子供たちの大きさに合わせて8等分にします。野菜もちゃんと食べてもらわないと」
ーーかわいい…………
「あっ、クロさん。お鍋がぐつぐつしてきたら教えてください。あんまり沸騰させちゃうと焦げちゃうんで」
--ちょうぜつかわいい…………
エプロン姿の彼女をこれまたデレデレと眺めるイブキ。あの時咄嗟に買え与えた黒いワンピースの上にかかる可愛らしい薄ピンク色のエプロンは、本当によく似合っていた。
「……んっおいしい。やっぱりカリィは甘口に限りますね」
イブキは生まれて初めて小皿に嫉妬した。
--ああ……これからこんなかわいい子と一緒にいれるのか……異世界生活バンザイだなほんっと! ね! なーんか今までの苦労とか死にかけた経験とか全部……もういいわ! 許す! その代わり俺はここで愛しのルーツちゃんといっしょにここで骨を埋める! まあ、一応訳わかんないのが襲ってきた時に対処できるように身体だけは慣らしとかねぇとだせ!!
「……クロさん?」
不思議そうに顔を覗き込んでくるルーツ。彼女の視点では、どうやら自分はボーッとしていたようだった。
「ごっ! ごめん……っす……ルーツ…。サラダ……っすよね?」
「はい。芋が結構余ったのでポテトサラダを添えてあげましょう! 子供たち、ポテトサラダだけは美味しく食べてくれるんです」
--この子はほんとに子供たちが大切で大好きなんだな! こんなに真剣にメニューを考えて……まじで女神にも程があんだろ! 顔かわいいしまず!
「……クロさん??」
--あ〜今いい匂いしましたよ〜!! シャンプー何使ってんだって……そっか! これから一緒のシャンプー使えるかもしんねーんだ! 住み込みだもんな確か!! いやいやまてまて……ルーツの髪の匂い=市販のシャンプーの匂いって定義つけるとなんかあれだな……安っぽくなるな……あれだ! ルーツからこの匂いがするからいいんだよ!! この美少女あってのこのにお…………
「クロさん?? キャベツ……そんなにきんなくてもいいんですよ?」
「ううぇ!? ……あっ」
目の前に置かれたキャベツの山。珍しく頬を膨らませるルーツは、優しく叱りつける。
「集中ですよ。クロさん」
─── 集中。駆け巡る熟語。ギクリとなるイブキの肩。
--集中……そうだよな。分かっている。無理矢理押し潰そうとしたって……どうしようも無いものなんだ。このまま忘れて振り切れば俺は幸せに暮らせる筈なんだ……。全部忘れろ。1からやり直して、この子をなんとかしてゲットして……等身大の幸せを勝ち取りゃいいじゃないか。
再び包丁を握るイブキの手。刀身に映る自分を見つめて、もう一度心の中で念を押す。
--もう忘れろ。
「ご、ごめん…ルーツ。わ、悪いがそこの香辛料をとってくれない……すか?」
「あっえへへ……忘れていました。私も集中…ですね!」
ーーかわいい……もういいやなんも考えなくて
細腕で自分の頭をコツりと叩く彼女に見惚れた後、もう一度キッチンに向き直る。
ーーこれが俺の新しい生活! まずは子供達のハチャメチャなテンションに耐えられるようになるのと……
ちらりとルーツを横目に見る。
ーーもっとこの娘と話せるようにならないとな……
キッチンの中はコトコトとカレーに似た食べ物が鍋の中で煮込まれる音と、外で騒いでいるのか子供たちの声だけ。ルーツは難しそうにレシピに目を通しては、黙々と食材に向かっていた。
ーーなんか…ねぇかなぁ……っていっつもこれ考えてんな俺。はやくなんか喋んないと……いなくなっちゃうかもしれないぞ!?
弱々しく吐いたため息は、急に会話が飛び交い始めた厨房の中だとすぐにかき消された。突然厨房に現れた従業員であろうおばさんが、ルーツへ向かってよく届く声で呼びかける。
「ルーツちゃーん! あんたにお客様だって!!」
「わ、わたしに……ですか?」
首をかしげるルーツ。きょとんとなっているあたり、身に覚えがないのだろう。イブキはもしかしたらということもあり、入念に耳を澄ませる。
「そーよ! それもすんごいイケメン! あんた……なんも考えてないように見えて案外やりてじゃなぁ~い!」
「なぁっ!!??」
イブキの奇声に一同の注目が集まる。包丁が木造の床に突き刺さる音でイブキはハッとなり、『すません』と軽く謝ってから包丁を拾った。
咳ばらいをしたあと、おばさんが再びエンジンがかかったように騒ぎ出す。
「とにかく! 待たせちゃってるんだからはやく行ってきなさい!」
「は、はいっ!!」
おばさんに圧倒され、ルーツは急いでエプロンを脱ぎ捨てて駆けてゆく。無意識に手を伸ばしていたイブキは、『やっぱりこうなったか』とがっくり肩を落とした。
ーー畜生……見に行きてえ…ルーツにイケメンの知り合い? なんだよそれ…正直あの娘は絶対色目とか使わないって思ってたけどまさかそんなああああもう見に行きたい見に行きたい見に行きたい何話してんだよくっそ!!
目の前に並べられた大量の殻の皿。彼女が戻る前に盛り付けろということなのだろう。この仕事がある限り、イブキは厨房から離れるわけにはいかない。
ーーくっそ……一緒に住んでるのに彼氏なんて持たれたら……最悪じゃないっすか……
プルプルと手を震わせながら大きな窯の飯をよそっていると、その右手をパチンと二本の指で弾くおばさんがへそを曲げて立っていた。
「もうあんた、子供たちはそんなに多く食べられないわよ! もっと分量考えて頂戴っ!!」
「……すんません」
ーーなんだとこの仕切りたがりババアが。第一おまえがこんな時に来なけりゃ俺はっ!!
怒りに震わせるイブキからしゃもじを取り上げ、改めて一喝する。
「それにおっそい! こんなんじゃ子供達も待ちくたびれちゃうよ!」
「んなこといったって…」
「ああもういいわっ! 盛り付けは全部あたしがやっとくわよっ!!」
「……え??」
顔をあげると、そこには妙な笑みを浮かべたおばさんの横顔があった。
「ちなみにおばちゃんの本気の盛り付けは厨房全体を使うそれはそれは凄いものだから、そこにいられるともーう巻き込まれてたいっへんなことになる。はやく立ち去った方がいいんじゃなーい??」
ーーおばちゃん……憎めない奴だぜっ!!
イブキは軽く一礼してから厨房を駆け出す。誰も居なくなった空間でおばちゃんはひとり、ウキウキと楽しそうに呟いた。
「ほんっと……わっかいんだからっ」
イブキはあのテラスを目指した。お客様は基本あそこに通すことを彼は知っているからだ。というよりテラスに通していなかったら、それこそ業務的なものではなくルーツの個人的な会合になってしまう。それを確かめるためにも、イブキはテラスに彼女がいることを切実に願った。
柱の陰からそっとテラスの入り口をのぞき込むイブキ。表情こと見えなかったが、そこにはあの“あるてぃめっとなんとかココア”を提供しているルーツの姿があった。
よかったと安堵するもつかの間、今度は相手を確認するために頑張って身体を前に倒してのぞき込むと、その正体に思わず言葉を失った。
ーーら、ラディスラス!!?? なんであいつが、この孤児院に!? なんでルーツに??
考えるより先に、動けてしまうのがイブキの長所でもあり短所でもある。隠れるのをやめ、足を踏みしめてラディに飛びかかろうとする。
「おんまえ……なにしにッ!!」
しかし、イブキの特攻はラディのもとに届くことはなかった。それどころか、ラディとルーツの両者とも、イブキに気付いてすらいないようだった。
ーーなんだ……これ。身体が……重い…!! 重すぎるッ!!
「悪いなぁ……ちょっとばかしそこ座っといてくれるか?」
「お、おまっ!!」
声も出せない。純粋に口が重くて持ち上がらないようだった。気さくに笑いかけるオオサキの右腕は紺色を基調とした龍皮へと変わっていた。
「ごめんな。ちょーっと大人しくしてもらわなあかんねん」
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