第24話 守りたい救いたい。俺が

 キリュウは、国王が直々に総司令官を務める国内最多の冒険者を雇っている組織、公安ギルド本部の横に構えた“旧本部”と呼ばれている年季の入った建物を借り、“法に触れざる悪”と判断された者達への“制裁”の管理を行っているそうだった。


 “法に触れざる悪”の基準は極めて曖昧であり、殆ど“キリュウ独自の価値観”によって刑罰の釣り合いも変わってくるらしい。『らしい』というのは、歩きながら教えてくれたクルドもその全貌をイマイチ把握出来ていないようであり、法で“ちゃんと”捌けない悪を裁く場所という認識に留まっている。


 勿論、彼がこうして旧本部をほぼ無料で使い尚且つ“制裁”などといった自警団の真似事が平気で出来ている事には、“黒龍一派と悪と判断されたメテンについては問答無用で制裁(極刑)の対象になる”というの王都側との契約あってこそのもの。


 旧本部を与え好きに暴れさせることで、大した兵器などを開発することなく黒龍、メテン、そして隣に位置する“軍事大国”という脅威を牽制することが出来る。つまるところ、キリュウと王都のウィン・ウィンによって成り立っているということだった。


 旧本部の中入るとキリュウはひとり、カウンターの奥で資料のようなものを読み漁っていた。一体それがなんなのかイブキには判断し兼ねるものだったが、見たところであまり良い内容のものでも無さそうなのは何となくわかった。


「わかった。調べてくる。ところでだがクルド……」


「……うす」

 ーーそれだけかよ……。


 イブキの熱弁は、たった二言であしらわれてしまった。目の前の金髪五分刈りの大男キリュウは、その見るもの全てを押し黙らせるようなとんでもない剣幕を放ったまま、視線をイブキからクルドに逸らす。


「一瞬さ、龍小屋うちのじゃない龍魔力がチラッと感じ取れて来たんだけど逃げられちゃった。“謎の窒息死体事件”の犯人と同じなのかはまだ分かんないけど……少なくとも黒龍とか……シウバとか“雷龍”みたいな有名どころの龍魔力とも違ったかな」


「お前は龍魔力を鋭く感知できる貴重な戦力だ。仮に“窒息死体事件”の犯人がメテンだとするならば、一番見つけやすいのはお前だろう……だが」


「あたしは基本サポート専用。んまぁ…メテン相手だとちょっとね……いまんとこは」


 残念そうに肩をすくめるクルド。キリュウは整理されていた書類の一束を俯くイブキへと渡し、告げた。


「暫くはクルドと行動を共にしろ。詳しい事はここに載っている」


「……やだね」


「……なに?」


 予想外の回答だった故か、流石のキリュウも太い眉を少しだけひそめ、イブキを睨む。


 対して、押し黙るように一言だけ返したイブキはキリュウから背を向け、関係ないと言わんばかりにクルドの少し後ろに立っていたルーツの元へと歩む。


「……行きましょう。早くしないと証拠が掴めなくなるかもしれない」


「く…ろ……さん?」


 心配そうな呼びかけに対しては返答することなく彼女の細い手首を掴んで引っ張る。いつもならば少し触れられただけで波打つように心音を高鳴らせ、目を合わせることすら出来なくなる癖に……。


「あっイブキってば!」


 クルドは手を伸ばして呼び止めようとしたが、まるで聞きいられることも無く、イブキとルーツは古びたドアの向こう側へと去っていった。キリュウは、まるで関係ないと言わんばかりにクルドに視線を固めたまま……。


「追え」


 一言だけ伝えた。




 **********



 --あいつらは信用出来ない。


 ルーツの手を引いたまま、言い聞かせるように何度も頭の中で唱える。


「くろさん……?」


 --大体クルドの野郎から提案された時点でおかしいって思うべきだったんだ。あんな頑固じじいが素直に動くはずがねぇんだ。俺がやる。俺が守る…守りたい!!


「く、クロさんっ!!」


「は、はいっ!!!」


 振り向いた先のルーツは唇を尖らせ、眉間にしわを寄せていた。間違いなくその表情は怒りを表しており、『嫌われてしまったか』という畏れからあっという間に力が抜け、手を離してしまった。


「あっ……」


「い、痛いんです」


「……ご、ごめん」


 掴まれていた手を抑えながらむくれていたルーツは、さらに続ける。


「クロさん……やっぱり私があの時変なこと言っちゃったから……」



「ルーツは悪くねぇ!!!!」


 初めて声を荒らげる。目を合わせられない女の子に向かって街中の人達が一瞬だけでも停止し、イブキに視線を集中させてしまうような声量で……。


 凍りついた雑音に気付き、イブキはハッとなる。『ごめん』と頭を下げたまま続けた。


「それでも、君は……悪くない……っす。お、おれ! 嬉しかったんです……あの時……“助けて”って言ってくれた時、めちゃくちゃ嬉しくて……初めて……俺を頼ってくれる人に出会えたって言うか……その……」


 途中で『うわくっそ恥ずかしいこと言ってんじゃん俺』と茹で上がったように真っ赤に染まり、言い淀む。


「だから…………その……」


「……よかった」


「……え?」


 顔を上げるとそこには、はにかむように微笑むルーツの姿があった。誰よりも何よりも美しいと感じたその微笑みを崩さず、彼女は口を開く。


「同じだったんです……私も。助けさせてくださいって言われた時本当に嬉しくて……嬉しすぎて思わずやったーって言いそうになっちゃって……でもそれってなんか変だなって思ったから……えへへっ」


 --駄目だ……俺は…………俺は………………



 ── この娘のことが


 何処かで押し殺そうとしていた気持ちだった。『俺なんかにこの娘は釣り合わない』一度カドリの前で認めた気持ちではあったが、心の奥底ではどうせ片思いだろうと無意識に決めつけた自身とルーツの関係。それは保身という心理に変わり、芽生えた恋心を無理矢理埋め立てようと必死に違うと自分に言い聞かせていた。


 それでも全く意味がなかった。例え幾重にし闇に葬ろうとも、彼女の真っ白な輝きは、その闇を一瞬で振り払う。自ら影に身を潜めようと努力しても、結果的には彼女の姿を追いかけてしまう。


 お手上げだった。投了、白旗、完敗ですと内なる自分が両手をあげて呆れたように笑いながら言った。



 ── 僕はこの人のことが好きです。だから好かれるように滅茶苦茶努力してください。何度みっともなくフられようとも頑張って自分のものにしてください。必死で守ってあげてください。



 スイッチが入ったようにイブキは吼える。


「俺はっ!! やっぱり君を救いたい!!! あの孤児院はきっと君にとって大切な場所だった!! それに……恩だってある!! 死にかけてた俺を助けてくれたり……しかも2回!! 龍小屋あいつらはきっとなんも動かねえだろうし……とにかく!! “俺が”あんたを救いたい!! だからもう1回俺を……」


「やっぱそーゆーことか……イブキ」


 聞きなれた声……恐らくイブキの後を追ってきたのであろうクルドはポケットに手を入れ、疑念を確信に変えたような澄んだ表情をしていた。


「お前……何言って」


「一回……整理した方がいいかもしんないね。為の行動なのかとかさ」


「どういうことだよ……? 誰のためだってそんなのルーツさんの為としか……」


救いたいんじゃないの?」


 ドキッ……と明らかに波打つ心音。何としてでも隠そうとしていた同様の色は、内側から抉り出されるようにあっさりと表情で表してしまった。


「そ、それは……“助けてくれ”ってルーツ……」


『最低だなお前』と蔑んでくるのは自分自身に他ならない。あまりのみっともなさに唇だけがパクパクと動く。


 ーーこんなわがまま、通っていいはずがねぇだろ。完全に俺の都合じゃねぇか。ただいい恰好がしてえ……その為だけに成功するかもわかんねぇ回りくどい方法で時間潰して……押し殺せよ。


「あっ、あのおっさんは……わかったとしか言わなかった。いっつも怖い顔して命令してくるような奴だ。きっと今回のことだって流されるんじゃねぇのか?」

 ーー何言ってんだ俺は……。この期に及んでまだ“動かない可能性”を探してんのかよ……。


「あたしはキリュウさんと二年くらい付き合いあるけど、あの人は寧ろああいった“影の犯罪”は徹底して潰す。今回のもその類だろうし、隙があれば自ら叩きに行くまであると思うよ」


「……窒息事件とやらに……注力してるんじゃねぇのか?」


「もういいでしょこの問答は……自分でもわかってるんじゃない? 今の自分がすべきことをさ」


 ーーでも……


 言いかけたところで、止まる。イブキの手を引くルーツの鈴のように透き通った言葉は、反論の意思を一瞬で沈めた。


「子供たちの……様子を見に行かないと……」


 儚げに呟くルーツ。たとえ自分の手で抱きしめられずとも、悪人の養分と化している子供たちを放っておくことは、彼女としては我慢ならないことなのだろう。今すぐにでも、様子を見てやりたいという思いでいっぱいのはずだ。


 まるで身寄りのない自分の立場のことは一切考えずに……。



 ぶわっと涙が溢れてくる。そもそもルーツは子供たちの為に身を売るなど、利他的すぎる面がある。決して見返りなど求めずとも自分の人生すら平気で天秤の上にのせてしまい、それどころか実際に売り込んでしった。


 ーー


「……クルド」


 ガチガチと歯がきしむ。前でポケットに手を入れ立っている年端もいかない少女の前で恥も捨てて泣きべそをかくその姿は、周りを通り過ぎる人々の群れからしてみれば、如何せん滑稽武藤過ぎるかもしれない。


「資料を……もういちど…よくみせてくれ」


「それがイブキの意思?」


「……彼女ルーツの意思だ」





 三日も経たないうちに孤児院は改装された。確実的な証拠を突き止めた上、キリュウ自ら滅ぼしに向かおうとしていたところを公安ギルド直属の精鋭部隊がなんとか引き留め(彼の機嫌次第では辺り一面が火の海になる為)、そこそこ大掛かりな検問を行ったらしい。


 代わりに王都の息がかかったとある教団の神父が新しい主へと配置され、それ以外でもかなり厳しめの審査が月に一度行われる、里親を引き渡す際は公安ギルドの兵士が最低2名その場に立ち会う、管理を行いやすくする為、子供たちの数をクラスごとに分ける等、充分な対策が取られた。


 王都側にとってもこの孤児院清浄化は利点が大きかった。元主が遺した秘密の売買履歴のリストから人身売買業者を逆探知し、一網打尽にすることで最近下がり気味だった『国民からの信頼』を取り戻すことに成功。一方、一部同胞を潰されたとして東側に蔓延るスラム街の住人からの不満は大きく膨れ上がることになったが……。


 唯一の失敗といえば、検問に入ったころには既に元・孤児院の主の姿がなかったことだろう。もちろん検問のことは極秘であり、一番油断しているであろう深夜の時間帯に突撃を仕掛けたわけだが、どこを探っても彼の姿はなかったそうだ。どこかにスパイでもいるのではという仲間内での不信感が少しだけ募ったが、そこは鍛え上げられた騎士の団結とやらで何とかなったらしい。


 カドリも改装寸前までは居合わせたが、元主の行方は分からないらしい。取引先の情報は全て置き捨て、自分だけが逃げ惑うなんて心底性根が腐っているなとイブキは激怒したが、カドリは『大丈夫』とだけ返していた。一体何が大丈夫なのか、イマイチよくわからなかったが。


 ルーツは再び孤児院のお手伝いさんとして復帰していた。子供たちと戯れる彼女はとても楽しそうにしている姿を見て、一応一件落着はしたのだなとイブキは認識した。


 どちらかといえば、認識するしかなかったといったところだろう。やっぱり自分が助けたかったとかではなく、今のイブキはじめ龍小屋は“謎の窒息死体事件”の対応に追われており、“そんなことを考えている暇はない”という表現が一番近い。


 この事件の捜査を任されたお陰でせっかくルーツから『一緒にお手伝いさんやりませんか? 』という夢のようなお誘いを断る羽目になったこともあり、イブキの捜査に対するモチベーションはどん底にあった。


 身体中の力が抜けたようにけだるそうに街を巡回するイブキ。喉元をさすり、『早く誰かが捕まえないかな』とぼやく。


 “大切な人との別れ”との別れが、すぐそばまで迫っているとも知らずに……。

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