第23話 迷える子羊……?

「とにかく、まずは孤児院の主と人身売買業者が関係しているという証拠を掴まなければならない。より決定的で、言い逃れ出来なくなる程のね」


 相変わらずこれといって特徴のない、殺風景な岩山を下山する最中、一番先頭を歩くカドリがすぐ後ろのイブキとルーツに語りかける。


 2人はあの後何となく戻ってきたカドリに事のすべてを話した。すると彼はもの腰柔らかそうな表情を一瞬だけ神妙に変えたあと、快くサポートを引き受けてくれた。


 カドリもメテンであり、『彼が前線に出てしまえば俺の出番が無くなるのでは? 』とイブキは少しだけ不安になったが、すれ違いざま『僕はサポートに回ろう』と耳打ちをくれ、心の友と彼を讃えた。


『はいっ!』とまるで黒板に向かう教師に向けて無邪気に『遠足のおやつは幾らまでですか? 』と聞いてそうなテンションで挙手するのはイブキの横を歩くルーツ。


「それに関しては大丈夫です! だって私が帰ってくれば……アイツだって驚くだろうし、多分おのれ〜! って襲いかかってくるからそこで2人がコノヤロー! ってやっつけちゃえば完璧ですっ!」


 --か、かわいい…………


 横で鼻の下を伸ばすイブキに対してカドリは糸目をぴくぴくと引き攣らせ、こめかみを抑えた。


「孤児院運営という善行と人身売買という外道を同時進行で平気な顔をして行えるような人のことだ。まず君に何を言われようとうまくとぼけられ、逃れられるだろう。下手をすれば我々3人を“急に孤児院を襲撃した野蛮者”として罪を着せ、追われる身にされてしまう可能性すらありえる」


「そ、そうですよね…私、何考えてたんだろ……」


 --横で俯くなよ……かわいいだろうが…………


 頬を赤らめ俯くルーツ。イブキは違った意味で同じように頬を赤らめていた。風呂場でのぼせたようになっている2人を背中で先導したままカドリは続ける。


「まずルーツは身を隠すべきだ。孤児院の主は、君は今頃人身売買業者に売り飛ばされ、もう二度と戻ってこないだろうという認識のはずだ。奴は君を警戒することはまず無い。わかるかい? 唯一奴の正体を知っている君が全く警戒されていないんだ」


「えっと…それってつまり…………」


「とても有利って事だよ。仮にも奴が君との約束を破ってまた人身売買業者との接触を続けようとしているのならば、その動向を一方的に追うことが出来る。君は実際に取り引きの現場を見ているんだからね」


「あっはい! でもあの時はついカッとなって飛び込んでいっちゃって…………えへへへ…」


「いいんだ。こういった形になるとは思わなかったが、君は敵情視察おてつだいさんもやっている。敵の動き予告しやすいだろう」


「確か……アイツは子供達がお昼寝の時間で寝ている時によく私に番を任せて孤児院を出ていました。もしかしたらきっとそこでなにか………」


 --お、おいおいカドリ……まるでお前が全部動かしてるみたいじゃねえか! くそっ! 俺もなんか……ルーツがときめくようななんかすげえアイデア…………


 遠くに連なる山なりを呆けたように見つめながら、心だけが彼の保有する妄想ワールドへと向かってゆく。



 ── ぐはははは! ルーツ、カドリめ! お前らのちょこざいな作戦も潰えたなぁ! 追ってきていることなどお見通しよ! しねえええい!!


 ── あ〜わりっ……ちっと離れてくんねぇかなぁ? 一応こー見えて俺……暴れっとこええからよ??


 ── 何奴ッ!? いつの間に懐にぃ!!


 ── やれやれ…めんどくせぇけど……お前のような下衆は生かしちゃおけねぇな?


 ── な、なんだこの黒い力ぐえええええええ!!!!!


 ── い、イブキさん……素敵!! 黒い力はきっとイブキさんの…………


 ーーい、イブキさんのぉ……?


 …………………………


 ………………


 ………




「…………ブキ? イブキ??」


「うえい!??」


 気の抜けた返事と共にイブキは、彼の肩を叩くカドリを見る。青々としたなんの変哲もない空をバックに置いたカドリの表情は、少しだけ呆れているようだった。


「ご、ごめん…………」


「そうボーッとされていては困る。主人公である君がね」


「え!? 主人公??」


 イブキは目を丸くして聞き返す。正直、今までの話の流れからして自分自身の出る幕があるとは思えず、戸惑った。


「当然だろう。実際に孤児院の主を捕らえ、やっつけるのは君なのだから」


「お、俺ぇ!?」


 カドリは再び耳に手を当て、小声で伝える。


「不謹慎かもしれないが、これはチャンスでもある」


「ど、どーゆー事だよ!?」


「窮地に陥っている彼女を救うことはステキじゃないのかい……?」


「言うほど窮地に陥ってるっすかね……あの子」


 イブキの視線の先には、何処からか舞い込んできた赤いトンボに向かって指をくるくる回すルーツの姿。無邪気な様子があまりにもかわいく映ったのか、口角がぐいっと剃り上がるような見事なニヤケ顔を見せていた。


 そんなふざけたイブキの様子を気に止めて居ない様子のカドリは続ける。


「僕は孤児院に潜入してなんとか主の情報を集める。しっかり行けば次の売買日時なども割り出せるだろう。君はその時に奴らの巣穴に飛び込み、全部を一網打尽にしてやればいい」


「つ、つまり……」


「君は彼女のヒーローになれる」


 イブキは更に表情を緩める。まさに先程妄想していた通りの出来事が、本当に未来で待ち受けているのだ。


「……っしゃッ」


「やる気、出てきたかい?」


「……当然じゃないですか…!」

 ーーさっき言ってくれたもんな……助けてくれませんかって。


 相変わらずトンボを追いかけるルーツに、覚悟の色をもった瞳で語りかける。


「急ごうか、万が一ってこともあるからね」


 カドリは再び2人を先導するように前に踏み出す。果てしなく続く殺風景な岩山も終わりに差し掛かり、昨日通ったばかりの門が遠くで3人の帰りを待つように構えていた。



 **********



「う、うまくみえる…すか? るうつ……さん」


「えっと……あっ! 今出てきました! 飴玉さん、子供達に飴を配っていますね〜」


「お、おいしそう……っすね?」


「……?? はい……?」


 ーーあーしまったーー!! 会話の繋げ方おかしかったーーー!!!


 頭を抱えるイブキ。望遠鏡を頭に乗せてキョトンと首を傾げるルーツ。間の抜けた2人の頭上には太い枝と、そこから無数に生え渡る深緑色をした若葉が2人の姿を覆うように伸びている。


 ルーツが監視場所として紹介してくれた孤児院の脇道に生えた街路樹の隙間に、中腰の状態で隠れながら孤児院を監視する。


 人ふたり入るには少し狭いような気もしたが、ルーツが『隠れるならここが1番ですっ! 』と紹介してくれた場所だった。故に、イブキに選択の余地はなかった。


 それに何も狭いことは、イブキ的には逆にラッキーだった。


「飴玉さんは…準備が出来たら合図をくれるんですよね? それまでに私達がすることは……」


「か、監視っす。さすがのカドリも元スパイとかじゃないし、こ…子供たちの世話をしつつ孤児院の主に点を絞って見張るのも無理らしいです、からな」

 ーーい、いい……いいにおい……おお………おおおおおあおお………


 超至近距離でルーツと会話ができ、ちょうど髪の毛の匂いまで嗅げるという超VIPオプションまでついている。幾ら長時間の中腰姿勢がきつかろうとも、それだけで充分お釣りどころか、黄金の雨でも舞い込んでくるのと同等の幸福を感じていた。


「頑張って怪しいところ見つけましょう! クロさん!」


「…………っす……」

 --ちょうかわいい……


 両手で小さくガッツポーズを作るルーツにベタ惚れのイブキ。なんとかこの監視時間という名のアピールタイムで会話の舵を取り、尚且つ彼の十八番、ソシャゲの周回イベント時並の集中力を駆使し、一発で犯行の決定的瞬間を捉えることが出来れば“ひゃくおくてんまんてん”だろう。


 監視に入って2日目に差し掛かったが、抱いていた理想展開は空の彼方へ消え去り、まったくもって孤児院の主とやらは尻尾を出さずにそれどころか、子供たちを抱き抱え、世話するその姿は“良い神父さん”そのもの。実は普通にいい人なんじゃないかと錯覚してしまうほどには、ごく自然に子供達と接していた。


「……?」


「…………」

 ーーあー何この時間どうしよどうしよ!


「………?? ……っ!……」


「………違……っす…あっ……」

 ーーあーだめだあーだめだほんとになんで言葉が出てこないんだくそくそくそっ!!!


 心で描いていた展開とはまるで正反対な静寂が続く。


 そろそろ中腰姿勢にも耐えきれなくなり、ルーツの背後で頭を掻きむしりぶるぶると貧乏ゆすりをする、俗にいう“アブナイ人”へと変貌しきっていたイブキを再び呼び戻したのは、聞き慣れたある人物の一言。


 どこか小生意気に感じ取れる、実はそこそこ会いたくなかった人物からの一言……。


「……なにしてんのよ」


「う、ウオォア!?」


 苛立ちに支配された脳内の中、いきなりお馴染みの人物に話しかけられたことで想像以上の驚きっぷりをみせる。


 思わず身体を仰け反らせ、振り向きがてら足を滑らせて草むらに顔面からダイブする。再び顔を起こす頃には、髪に木の枝が幾つか絡まり、鹿の角のようになっていた。


「めっちゃ驚くじゃん。孤児院覗くとか趣味悪すぎでしょ」


「お、お前……なんか久しぶりに見た気がする……」


「え? 今日も朝会ってるじゃんか……」


 しりもちをついたまま見上げるその先には、ノースリーブ型ローブのフードを浅く被った青髪の少女、クルドが半分馬鹿にしたような表情でこちらを見下ろしていた。


「なにしてんだってば、ただ覗くんじゃなくってさ……」


 クルドはチラりと横できょとんと首をかしげるルーツの方をちらりと見やる。


「知らん女の人と一緒って……あのイブキが! すきゃんだるだよすきゃんだる!」


「……るっせぇな〜。スキャンダルの意味知らないだろお前」


「は? よゆーで知ってるけど? てか話はぐらかすなってば。なにして……」


「あの……これたべる? どこの娘かな?」


 とルーツが煽り合う2人の会話の間を縫ってやってきては、孤児院の子供たちに話しかける時のように一層優しい口調でクルドの肩をつつき、そっと飴玉を差し出す。彼女的には、クルドがどっかの迷子にでも見えたのだろう。


「ど、どこのって……あ…あたしは……」


「もしかして…迷子の娘? ママとパパとはぐれちゃった?」


「あ、あたしは……イブキの先輩的なアレで……ま、迷子ぉ………?」


「……貰っとけよ。飴ちゃん」


 クルドはわなわなと震えていた。元々自分の童顔を一応は自覚していたクルド。それでもまさか、一人で歩いているからって迷子と思われる程とは思っておらず、絶句していた。


「ほら、飴食えよ飴。迷子のお前にはピッタリだぞ」


 隙を見たイブキはクルドのポケットに飴を突っ込む。フードの奥から覗かせる彼女の視線は、殺意に研ぎ澄まされていた。


「えっと……この娘どうしますか? やっぱり……ギルドの迷子センターに送って……」


「あ…ああ……大丈夫っす。こいつ来た道くらいは覚えれる年齢らしいんで」


「あっ……なら良かったです! 最近はどこに悪者が潜んでるか分からないので心配なんです……」


「…………しえろ」


「ん?? どうした?? 迷子のクルドちゃん?」


「おしえろってば! なんでこんなことしてんのかさ!! 話そらすなよなっ!! むっかつくなぁー!!!」


 クルドは破裂寸前の風船のように頬を膨らませてから駄々をこねるように怒り散らかした。ちょっとだけ可愛いと思ってしまったイブキは自分を律する。


「……つーか、なんでそんなに知りたがってんだ? 過干渉かお前は……あっちいってろもう」

 --こいつ! こいつだけはさっさとどかさねぇと……ルーツのこと気付かれてぜってぇめんどくせえことになる……!!


 使命感に追われた心を、クルドに悟られないように必死で隠しながらシッシッと追い払うように手をヒラヒラさせる。


「それは無理」


 即答される。


「あたしも理由があってこの辺まわってんのよ……しってる? “連続窒息死体事件”……イブキが今とっかかってるのがこの事件と関連あるかもしんないし」


「な、なんもしてねぇよ」


「さすがに嘘でしょそれは。あたし舐めんな」


 腕を組み、ムスッとした顔のままクルドは言い放つ。『だからこいつとは会いたくなかったんだ』とイブキはため息混じりに言い放ち、腹を括った。


「べ、別に話してもいいけど……変な誤解とかするなよ?」


「んまぁ……イブキ次第」


「いや、俺犯人説とかじゃなくて……その……俺が…まるでか、彼女に惚れ込んでがむしゃらに動き回ってんでしょみたいな……変な考察するなってことで……」


「め…めんどくさ~……」


「う、うるせぇ!!!!」


 恥を払うように一喝叫んだ後、仕方なしとイブキは一生懸命ことの経緯を説明する。彼の説明を終始ジト目で聞いていたクルドの最初の感想は、お決まりのものだった。


「あいっかわらず説明へったくそだね〜」


「またそれかよ! 下手で悪かったな!」


 不貞腐れたように答えるイブキ。クルドはやれやれと首を横に振りながら傍にあった街路樹にもたれ掛かり、へったくそな説明を噛み砕くように答えた。


「つまるとこさ、この孤児院が裏でちっこいの売り捌いてて、なんとかしたいってことね?」


「……間違ってはないな」


「んで横の真っ白いヤツが……」


「元孤児院のお手伝いさんの……る、るう……つ……ちゃん……だ」


「ん?? ルウ=チャ?」


「ち、ちげぇよ!」

 ーーだせぇ〜俺……


「ルーツって言います! よろしくね! ひつじちゃん!」


「ひ、ひつじ……??」


「あっなんか触ったらもふもふしてそうだなあって思って……」


 “ひつじちゃん”という妙なあだ名に戸惑いつつもなんとか持ち直し、もう一度イブキに向き直る。


「ん、んまぁ……なんでもいいけどさ、そーゆー話こそ龍小屋あたしたちの出番でしょ」


「どういうことだ?」


 眉をひそめるイブキに、クルドが続ける。


「一応王都直属の自警騎士団と龍小屋うちは共闘関係にあるし、人身売買にはそこそこ厳しく取り締まってんのもあって、それなりの証拠とか証言とかもってけばいちおー手厳しく捜査は入ると思うよ。んまぁ……イブキはまだ龍小屋うちに入って日が浅いし、さすがに鵜呑みにはされないだろうから保証人としてキリュウさん引っ張る感じになるけどさ」


「つ、つまり……?」


 イブキは更に難しそうな顔をして聞き返す。それは単純にクルドが言ってきたことの内容自体の理解が出来なかった訳では無かった。


 要は証言人であるルーツと龍小屋のリーダーとして王都からの信頼を置かれているキリュウをバックにつけて騎士団に話をつければ、わざわざイブキ達が地道に張り込みをする必要もなく、孤児院を清浄化することが出来るという事である。


「だーかーらーー!…………」


 クルドがうざったそうにもう一度イブキに説明してくる声が聞こえる。それでもやっぱり『なんか違う』という不満が、とぐろを巻いて頭の中を締め付けていくのを感じる。


「イブキ? なんでそんなふまんそーなのよ……最適解じゃない? んね? ルーツ。キミも証拠の一個か二個くらいは準備してあると思うし……」


 --無いって言ってくれ……


 突然脳裏に過ぎった言葉に、自分自身でも思わずゾッとなる。しかし、ルーツが身につけていた真っ白いポーチの中から取り出した、“不作用に破られた怪しい取り引きの決済書のようなもの”をみて、更になにか得体の知れない『最低の感情』が、ぶわっと彼の脳から外に溢れていきそうになるのがわかった。


「イブキ? ほんとにどうしたの? まさかさ……」


「な、なんでもねぇよ! る、ルーツ……さんも、早いとこあのおっさんのところいかねぇと! カドリは……まあいいか! 確かにこの方が早いし最適解だ!」


『悟られてはいけない』そう感じていた。特に鋭いクルドは、ズカズカと土足で玄関を上がるように核心を突いて来そうで怖かった。故に、わざとらしくあさっての方向を向き、天に向かって高らかに答える。


 無論、怪しそうにジト目でイブキを見上げるクルドだが、『まあいいや』と言う風に口を開く。


「ま、いいけどさ。あたしも丁度キリュウさんに定期連絡入れなきゃだし……さっさといこっ」


 ポケットに手を突っ込んでから2人の間を縫って先頭に踊り出すクルド。ルーツは彼女の横に並んで『ありがとうね』と彼女の頭を撫でた。


 子供扱いされるのが気に入らないのか、クルドは険悪そうにルーツの手を退けていた。


 ーーなんか……気に入らねぇ……。


 煙にまかれたような漠然的な不満を押し殺し、イブキは2人の後に続いた。

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