第18話 火の下離れて門超える

「めぇぇぇぇぇえええええええええんっ!!!!!!!!!!」


「ひぎゃっぴ!!!!!」


 もはや絶叫にも近い「気合い」と純粋な痛みに悶える悲鳴が、いつもの祭壇中に響き渡る。ユーミや「あの女性」と別れて一週間、イブキは未だにレイの身体に触れることすら出来ていないようだった。


「くっそ……“這い蹲る黒絨毯”《シャドウ・レイズ》っ!!」


 眉間にジンジンと鳴り響く痛みを押し殺し、龍皮化した右手を影に潜ませ、奥で構えるレイに向かわせる。彼女の足元まで迫らせ、3つの鋭利な爪の形を以て発現させる。


 過酷な一週間の修行で得た具体的なものの一つといえば、イブキ初の攻撃技、這い蹲る黒絨毯シャドウ・レイズだろう。正確にいえば一応修行前に一度使用した技ではあるが、あれは特殊な状況下(かのメギトとの死闘)で生まれた奇跡のようなものであり、意図して発動できるものでは無かった。


 そんな技を龍皮化さえしていればいつでも発動できるようにまでなったのは眼前で木刀を構え、こちらを伺ってくるレイ先生様々といった所だろう。


 基本イブキはレイに感謝と敬意をもって接しているが、顔色ひとつ変えずに渾身の必殺技をあしらわれるのは気に入らないのか、苛立ちを隠せない顔付きで影を追尾させる。


 身体をターンさせて影を躱すレイ。そのままイブキの右脇へと潜り込む。


「やべっ!!」


 急いで右手を戻すも、それすら読まれて居たのか戻った瞬間右手を掴まれる。そこからはもはや流れるように脚を崩され、綺麗な大内刈を決められた。


「はいっ! 一本っ!!」


「じゅっ……柔道もできるんすか……先生……」


 息を荒らげ、祭壇の中央で大の字に寝転がるイブキは顔だけを起こして呆れたように問いかける。んーっ! と伸びをするレイは、鼻高々に答えた。


「ふっふっふっ〜! わたし、かなりの武道マニアですよ? とーぜん! 剣を忘れた時の対策も心得てますっ! あとは…空手も黒帯二段までは行きましたし、合気道も三段! 弓道もやってみたんですけど…む、胸が邪魔になって……」


「聞いてねぇっすよ…そこまでは」


「イラついてますねぇ〜イブキ君っ! でも着実に強くなってますよっ! 先生も鼻が高いですっ!」


「んな事言っても……さっきのだって戦うたんびに通じなくなってくるし……技のバリエーションが違いすぎるっつーか……」


「とーぜんですよそんなのっ! イブキ君が新技それを開発して3日目っ! 流石に最初見せられた時はなんだこれ!? って驚きましたけど……タイミングや方式はバラバラでも“いつか来る”ってことが分かってるんですし、必然的に対策出来ちゃいますよ。問題はちゃんと考えて使えているのか、ですよっ! イブキ君っ!!」


「へ、へぇ……」

 --おっぱいでっけぇな先生……。


 へたり込むイブキの為に前かがみになるレイの立派に実った胸に目をやる。そんな彼の不埒な態度にレイは口をへの字に曲げ、ビシッと注意する。


「ちゃんと聞いてますっ!? 幾らわたしの実績が凄いからって固まんないでくださいっ!」


「すんません先生」

 --いやおっぱい見てただけなんだけどな……。


 渋々と立ち上がり、尻に付いた汚れを払う。闘志の宿ったイブキの瞳を見て、レイは嬉しそうに口角を上げる。


「……そこにいたか」


 向かい合う両者の間に、まるで大気中の空気をぐいっと押し込み、押しつぶすかのような“圧”が襲いかかる。決して大きくはないはすが、低くてやけに存在感のある一言に2人は揃って声の主の方角を見た。


 --やっぱりこいつかよ……。


 修行場所と化している祭壇へと繋がった一本の通路は、絶妙な位置に生えた柱によって死角となっている。しかし、彼のような図体を持っていればその柱の面積に収まりきらず、直ぐに正体がわかってしまう。


 目の前に現れたスーツを羽織った五分刈りの金髪大男……。初めて会った日以来見ていなかったが、改めて見ても凄まじい剣幕とオーラを背負っている。


「き、キリュウさんっ! 急に話しかけないでくださいよー! ただでさえおっきぃんだから」


「先生……モラルっす」


 相変わらずキリュウ相手にもわたわたと手を振って応対するレイに、イブキはボソリとツッコミを入れる。


 対するキリュウもいつも通り大きな図体から放たれる大物オーラを惜しみなく振りまき、こちらに歩み寄ってくる。無愛想にレイの言葉に答えず横を通り過ぎる。


「な、なんすか……」


 無愛想にレイをシカトして向かってくるキリュウにイブキは思わず身構えてしまう。彼はその大きくゴツゴツした手で持っていた資料のようなものをイブキに渡し、簡潔に告げる。


「個人名義で龍小屋うちに直接依頼が届いた。お前が向かえ」


 何やら読む気が失せる難しい文章と大きなハンコが押してあるその紙を適当に目を通してから、恐る恐る聞き返す。


「……依頼……俺に?」


「……行け」


 イブキの言葉を最後まで聞き切らずに返答するキリュウに腹が立ち、目を伏せて不貞腐れたような態度をとってみせる。


 黙り込む2人。そこにもし勇猛果敢なレイがいなければ、恐らく何時間でもこの我慢比べが続いていたかもしれない。


「イブキ君はまだ半人……いやっ! いってん……001人前ですっ! もっと修行させたぃ……いやっ! しなきゃいけないんですっ!」


「1.001人前なら問題ないってことっすよ……先生」


「い、イブキ君はだまっててっ!!」


 顔を真っ赤にしてキャンキャン吠える師匠。『だからプードルとか言われるんすよ』という言葉を飲み込み、2人から距離を置く。イブキが退場したリング内で、残った2人は睨み合う。


「同じ相手と戦うだけでは意味が無い」


 簡潔にキリュウが反論を述べれば……。


「わたしはそれも考えてパターン3323まで用意してやってますっ! まだパターン219までしかできてないんですっ! これを叩き込まなきゃいけないんですっ!!」


 イブキも初耳の修行プランでレイが対抗する。


 お互いに頑固が極まっているのか一歩も譲る様子もなかった故に、結局最初に折れたのはリング外のイブキだった。


「あ……もういいっす……とりあえずなにするのか教えてください」


「ちょっ! イブキくんっ!」


「先生……。さすがに俺も3323は無理っす。多すぎっつーか……」


「えっ!?」


 珍しく反抗してきたイブキにショックを受けたのか、いつも大切に持ち歩いている真剣を手から離して固まるレイ。少しだけすまなく思ったが、とりあえずもう一度キリュウに向き直り返答を待つ。


「移送業者の護衛だ。移送ルートも“黒龍支配区域”には当てはまらん」


「護衛だけっすか?」


「資料をよく見ろ」


「……すんません」


 じろりと目を凝らして資料を閲覧する風を醸し出し、『まあ後で見ておくか』的なノリで筒状に丸めて後ろのポッケに突っ込む。


 後ろではレイがへたりと座り込んでおり、絵に書いたいじけ方をしている。やっぱりなんか申し訳なくなったイブキは、傍らで転がっている真剣を拾ってあげて答えた。


「大丈夫っすよ先生。正直俺も、そろそろ一人でこういうの試して見たいなとは思ってた頃なんすよ……わりと…本心で」


「……そうですけどぉ」


 いい機会だとは思っていた。ここ一週間の間で3件ほど依頼を受け、全てそつなくこなしてきたイブキ。但しそれは全て付き添いとしてレイやクルドが付いていたからであり、いつまでも年下の女の子達に付き添ってもらうのは、プライドの高いイブキ的にも早く脱却したい状況ではあった。


『ここいらでいっちょ俺の力を証明してやろうか』チャンスが巡ってくるなり彼の心は無意識にも踊り始めていた。


「本当に…大丈夫……?」


「まぁ……なんとかするっす」


「じゃ、じゃあわたしもいきますっ。邪魔しないんでっ! 万が一の要因みたいな……」


「お前は別に依頼がある。一週間の遠征任務だ」


「またそうやって勝手にっ!」


 ぶーぶー文句を垂れるレイとまるで相手にせず、今度は彼女に遠征資料を渡すキリュウ。ここにいてもショーがないと感じたイブキはそそくさとその場を立ち去り、もう一度ざっくり依頼書に目を通す。思っている以上にワクワクしていることに気がついたのは家に帰った後、クルドから『顔がニヤけてる』と指摘があった時だった。



 *********



 本来公安ギルドから依頼を受けた冒険家は、王都からの出入口として設けられた4つの門のうちのいずれか一つを潜り、探索や魔狩りへと向かってゆく必要がある。嘗ては敵国や魔王軍といった外敵から守る為の手段として取られていたが、今はやはり黒龍からの脅威回避が大きい。


 保有していた東側の領土は黒龍に奪われ今や実質的に破棄され、治安も悪く仕方なく居座る社会的弱者以外は、滅多に立ち入ることの無い場所となっている。当然、王都の管理も行き届いておらず、裏の取り引きも後を絶たない。


 今回、イブキが通る門は西側。東側とは反対方角に位置する為、黒角を生やした生物等の報告は東西南北で最も少ない。


 --でけぇ門だ……それに冒険家っていうのか……? そいつらの出入りも多い……。


 眼前にそびえる巨大な門は、分厚い鉄の扉を完全に解放している。イブキを追い抜いた男女4人組の冒険家は、意気揚々と剣や槍を掲げて門を駆け抜け、入れ替わるように馬車を引いた獣人の男が大量の食材を滑車に乗せて入っていく。


 こういった非現実的な光景を眺めるとつくづく、『メテンとかいう立場にいなければ楽しく生活出来たんじゃないのか』と惜しい気分になるイブキ。


 冒険家の集合場所として利用している謎のオブジェクトの前で腰掛け、ぼーっと門を行き交う人々の流れを見つめる。


 --“シロさん”今何してんだろ……。ひょいっとどっかで会ったりして……んなわけないか……。


 ココ最近そういった一人の時間が生まれるなりあの時出会った名も知らない真っ白な女性の事を考える。『シロさん』という仮名を勝手に付けてはみたが、如何せん自身にネーミングセンスを感じないイブキは次にあった時は名前を聞こうと、彼女の事を想う度に意気込むのだった。


 彼がこの一週間、孤児院を訪れたことは一度としてない。イブキ的には『居るべき場所へ赴いても仕方がない。運命的な再会を果たしてこそ意味がある』という確固たる持論があるらしいが……。


 ーーだってあの人、間違いなくあの夢に出てきた超綺麗な人だよ! 夢の中であった人と再会とか絶対運命の相手ですよね? あの豆腐みたいな白い肌にサラッサラの銀髪ッ!! 病院の屋上に干してあるタオルみたいに完全除菌された真っ白ワンピースッ!! そしてあの…ルビーみたいな赤い瞳! まぁ本物のルビー見たことないけど…とにかく夢の中のシロさんと瓜二つだッ!! こっちから探さなくてもいずれか必ず運命の会合をしてそして……


 一度数分間だけ話した美少女を勝手に運命の人と断定する。そんなピーターパンを待つ少女のような気分で浮かれていると間もなく『おう』と依頼者らしき小柄な男が、気さくに寄って来た。


 袖口がほつれた上着に汚れたインナーと言ったお世辞にも清潔には見えないその男は、干芋のような細々しい腕を上げて手を振るなり確認してきた。


「あんたが小屋のメテンっつー奴かい! 見たところ“爆龍”や“土王子”…“炎桜”とかじゃあ無さそうだが……新入りかい?」


「まぁ……そんなとこっす……“インドラ”と名乗っときます」


 インドラという異名……。元はクルドが悪意丸出しで考えた“陰険泣き虫ドラゴン”というあだ名を、長いという理由で却下したラディが略したものである。由来がかなり癪に障るものだったが、イブキ自身にネーミングセンスがある訳でもないので、渋々使うことにしていた。


「へぇ〜! 思ったよりヒョロくて弱そうだがよ、ほんとにお前なんかで大丈夫かぁ?」


「どうっすかねぇ……」

 --は? 俺メテンなんだが? お前より強いんだが?


 不満そうに口を曲げる依頼者に苛立つイブキ。彼の敵意に気付いていないのか、小柄男は呑気に口笛を吹きながら待機させてある馬の元へと戻る。人の流れを断ち切るような方角へ歩き出した為、行く冒険家達に若干邪険な視線を向けられる。


「書いてあった通り! これから最西端の村までこの木箱を俺たちで輸送する!」


「こいつが…今回運ぶ荷物っすか?」

 --やけにでかいな……。何入ってんだ?


 2頭の馬が並ぶその奥には、ヒト1人分程度ならば寝泊まりできそうな程の大きさの木箱が置かれていた。下に滑車が敷かれていた為、恐らくこれで運ぶのだろう。


 貴重な食材でも入っているのかと興味本意で馬の間を縫って進み、箱に手を触れんとする。


「そいつに触れんじゃねぇ坊主!!」


 真横から叱責を受ける。先程の依頼者とは似ても似つかないような気味の悪い声。その方角を向くのに勇気が無かったのか、代わりに立ち塞がる木箱を見上げゾッとした。


「大事なもんなんだからよ! もし傷でもついたらたまったもんじゃねえ!」


「お前は大人しく護衛しときゃあいいんだよぉ? ああ??」


「こいつほんとにあのメテンかぁ?? くそ雑魚そうじゃねぇか? ぎゃひひひひ!!!」


「え……? え……?」

 --なんだ? 木箱や滑車の影からぞろぞろと……。


 合計10人位だろうか、ケラケラと笑いながら依頼者と同じような外見をした小柄な男性の集団が次々と湧いてくるなりイブキを取り囲むように並ぶ。


 --気味が悪いな……何人かクルドより小せぇ奴いないか……?


 イブキの真後ろでニタリと笑う最初に話しかけてきた依頼者はこの10名程度の中では一番背が高く、リーダー的な存在なのだろう。そんな彼がハゲ散らかした頭を掻き、得意げに言い放った。


「びっくりしたろ? こいつらは全員俺の兄弟だぜ? 人呼んで泣く子も黙る小鬼十兄弟ゴブリンテンっ!!」


「は……はぁ……」

 --キモい!! きもいきもいキモイ!!!!!


 少年のような背丈な割に頭が禿げていたり歯が抜けていたりと、結構老いた容姿に妙な不快感を覚えるイブキ。それが1人ではなく10人も居るのだから、この感性は割と一般的なものなのかもしれない。


「ま、3日の付き合いだが……うめぇこと10人覚えといてくれよ? ブラザー! ぎぇひひひひっ!!」


「え……? 3日……??」


 まるで当たり前のように告げてきた驚愕の事実に青ざめる。思わず返した問いかけすら、当然とでも言う様な返答がそこら中から返ってくる。


「あ? 当然だろうが……ぎぇひひひひっ!!」


「隣の“西の街”迄とはいえ、山越んだぜ?? 3日じゃはええくらいさ!」


「最近西側にも“クロツノオオカミ”が出たらしいからなぁ〜! ちゃんと護衛頼むぜ??」


「「「「「ブラザー」」」」」


「え……へ……」

 --おいおいちょっと待てよ!! こんなキモい軍団と3日も一緒だぁ!? なんだよそれ!! 味気無さすぎんだろうが!!!


 至極意地の悪そうな視線が至る所から向けられる。クルドやレイ、そして普段はあまり仲良くないラディまでもが、どうしようもなく恋しく感じてしまう。無論“彼女”のことも……。


 --シロさん……もしこんな時に来てくれたら……まじで惚れちゃうかも…………。


 現実逃避の為にも、イブキの脳内に焼き付いたあの破壊力抜群なシロさんの笑顔シーンを心のカセットテープで何度も再生する。それでも容赦なくやってくる現実の荒波に敵うはずもなく、流されるように大きな馬車を引く小男達の後に続き、巨大な鉄の門を潜った。

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