第15話 “天災”に飛び込む

「うひっ!? 追ってきてやがらぁ!!」


 流しみるように背後を確認しつつ、イブキとレイの姿を確認するや否や分かりやすく顔を顰めて逃亡する男……シウバ。大剣で阻むものを蹴散らし、無理矢理足場を作って逃げていく様はまるで暴走したダンプカーにも映った。


「……あっぶねっ!!」


「はいっ!!!」


 イブキの眼前に飛んできた木製の板を飛び込んできたレイが一刀両断してみせる。真っ二つに割れた板はそれぞれが発火し、風に飛ばされるちり紙のように儚く2人の脇を抜けてゆく。


「あざすっ! 先生!」


「どういたしましてっ!」


 イブキのお礼をウインクで返すレイの表情は、人形のように可憐でありながらそれはとても逞しくも感じた。シウバが蹴散らすゴミや木材を躱し、時には走りながら龍皮化しておいた右手で払いながら横に並ぶレイに問いかけてみた。


「先生……あいつマジでなんなんすか!? 生きてる台風にしか見えないというか!!」


「“灰色の暴龍”──ッ! “風龍”の龍魔力を持ったメテンですっ! 見てわかる通りとんでもなく強くておまけに……戦い方が荒すぎるんですよっ!!」


「なんでそんなの追っかけてるんすか!? 死にますって絶対!!」


「クルドちゃんを見た瞬間あの人逃げたでしょ!? あの人、クルドちゃんには何度も貸し作ってて頭が上がらないらしいです!! それでクルドちゃんの息がかかってるわたし達を簡単に殺せないっていうか……とにかくそんな感じでぇぇすっ!!」


 返答しながら吹っ飛んできた長椅子を真っ二つに切り伏せる。関心する間もなく、イブキは質問を続けた。


「貸しって! なんなんか分からないんすか!? 」


「借金してるそう……でぇぇぇぇすっっ!!!!!」


「岩も斬れるんすか先生ィ!!!!」


 飛んできた巨大な岩を、再び返答しながら真っ二つに割ってみせる。ズゥン!! と大きな音を立てて両脇に落ちる岩。もくもくと舞う砂埃の中で、シウバと思われる大柄男性のシルエットが見えた。


「はぁ……はぁ……追いつきましたよ……。“灰色の暴龍”ッ!!」


「なんで追い付くんだよ馬鹿ッ!!!」


 --俺だってなるべく追い付きたくねぇよアホッ!!!


 2名の叫びと1名の心の叫びが行き止まりの路地裏に飛び交う。シウバは、芯の太い灰色の髪をわしゃわしゃと掻き乱した後ニィと不敵な笑みを浮かべ背負っていた大剣を取り出した。


「そうだなァ……あのガキがいねぇとこでなら……ぶち殺しても隠しゃいいよなぁ!?」


 びくりっ──。心臓を握り潰されたような衝撃が走った。ゲラゲラと下品な高笑うシウバに純粋な恐怖心を抱いていた。シューゲツ、メギト、ラディ、レイと今まで散々メテンには酷い目に遭わされたが、この男のオーラと剣幕はそいつらとは似ても似つかない純粋で、尚且つ絶対的な恐怖感があった。


「“暴龍”シウバっ!! ここで成敗させていただきますっ!!」


「はッ!! トイプードルみてぇな野郎に牙見せられても怖かねぇよ!! グルーミングしてやるぜぇ? 大剣こいつでなァ!!!!」


 シウバは再び大剣を掲げる。そこには巻取られていくように風が集中していき、軈て圧縮された濃密な“風の膜”を生成した。先程風の膜それの恐ろしさを身をもって味わったイブキは、再び固唾を呑んで震える。


「イブキ君ちょっと!」


 隙を見たレイが傍らに飛び込んでから耳元に口を寄せてくる。可愛い女子とのナイショ話は、男の子の憧れに見えるかもしれないが、状況が状況である。必死に彼女の言葉に耳を傾ける。


「いいですか? あの攻撃、要は風を纏った飛んでくる斬撃なんですっ! つまりは振り下ろされた“剣筋”から離れて脇道に逸れれば、こっちが受ける影響は爆風だけに留められるんですっ!」


「……ッ!! つーことは……あいつが剣を振り下ろした直後に左右に移動すりゃ……!!」


「はいっ! 後は爆風に耐えて一気に距離を近付けましょう! 影さえ踏めればこっちのもんですっ!」


「先生……!! やったりましょうよ!!」


 レイ発案の具体的な作戦を聞いただけで何故か勝ち誇ったような自信に満ちた顔でシウバを睨んだ。対するシウバもパンパンに圧縮した風の膜を纏った大剣をちらりと確認するなり、不敵な笑みを浮かべてから高らかに吼えた。


「作戦会議は終わったかぁ!? んじゃっ! 仲良くぶっ飛びなァ!!!」


「行きますよっ! イブキ君!」


「うっす! 先生!!」


 今か今かと構える2人に嘲笑するような表情を向けた後、破裂寸前にまで風を圧縮した大剣をへぶん投げた。


 シウバの背後を阻んでいたレンガの壁に突き刺さった大剣は、導火線から本体へと届いた爆弾のようにバコンッ! とした爆音を奏でて爆散する。壁……というより阻んでいた建物ごと丸々木っ端微塵に破壊し、舞い上がった砂埃の中にシウバの身体は消えていった。


「じゃあな犬共ッ!! 精々黒龍の野郎に喰われねぇように気を付けるこった!!」


 途中、空高く舞っていた大剣を掴み、無理矢理作った道を駆けてゆくシウバ。ガクガクと震えるイブキの隣で、レイは涙を浮かべながら悶えるように呟いた。


「そっちかぁ……!!」


「そっちかじゃねぇよっ!!??」


 渾身のツッコミを蔑ろにする様にレイはシウバの後を追う。取り残されたイブキは、瓦礫の山の上で叫んだ。


「くっっそおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」


 頭を掻きむしり、半分ヤケになった状態でレイの姿を目で捕らえるなり、自分でも信じられない位の超速度で彼女と肩を並べた。


「あっ! イブキ君!! いいですか……? あそこのT地路で一回分かれるので、イブキ君は右に行ってください! わたしの予想が正しければこの先は行き止まりですっ!」


「おっっっすッ!!!!!」

 --ああもうわかったよやりゃいいんだろ!! やったるやったる全員皆殺しじゃ畜生ッ!!!


 右に曲がり無我夢中で道を駆ける。レイの言う通り、その先は行き止まりというよりは既に機能していない噴水を中心とした広場のような場所へと繋がっていた。


 劣化した噴水の石段に勇ましく腰掛け、準備万端といった風なギラギラの目付きで刺してくるシウバはイブキの姿が見えるなり、立て掛けていた大剣を杖に立ち上がりそのついでに首を鳴らす。


「んだぁ!? てめぇ一人かよ……つーか誰だおめぇ……まさにジャパニーズって感じの顔してるが…… “おもてなし”…しっかりしてくれんだろぉなぁ?」


 --こ、こいつマジでこええ……。


 ガクガクガクガク……と膝が自分でもわざとかと思う程に震えている。途中拾ってきた木の板を盾に怯えるイブキを見て拍子抜けだと言わんばかりにため息を吐きながら頭を掻いた。


「あ〜話になんね……。おめぇアレだ……ハンデやるよハンデ。俺こっから動かねぇでやっからよぉ、3回だけ俺の事殴ってもいいぜ? 」


「な、なんでハンデなんか……」


「決まってんだろ……前座だよ前座。あのトイプードルが来るまで暇だろぉが」


「……グッ!!」

 --俺の事は……まるで眼中にねぇってのかよ…………。


 正直、わかりきっていたことではあった。目の前のシウバもレイも自分より遥かに格上の存在なのは明らかで、自分の入る隙など無く、本来ならばこのまま後ろを向いて逃げるのが正しい筈だった。


 --じゃあなんで俺はここに立っている……? ノリ? いや違う……! 分かっていた……本当は全部分かっていたんだ……!


 イブキはここ3日間地獄の特訓に耐え抜いたこともあり、前よりもずっと通常時から龍皮化までの速度も早まったり、脚力も見違える程迄にあがっていた。


 確かに目の前のシウバは“暴龍”の通り名に相応しい破壊力と獰猛性を持っていたし、まともにやり合って勝てるような相手では無かった。


 --それでもッ──!!


 “強くなった自分を試したい”──。馬鹿馬鹿しくもあるが、実際に強くなってみれば誰もが思うであろう欲求が無意識に今までの追跡劇の原動力となっていたことを今になって理解し、自分自身を嘲笑うような薄ら笑いを浮かべた。


 --俺もこいつらと……一緒なのかもな……ッ!!


 悟り開いたようなイブキの表情を見て察したのか、空っぽの皿に追加で肉を盛られた獅子のようなギラギラと殺気を放つ双眸にもう一度炎を宿らせた。


「へっ! 意外と馬鹿なんだなァ……。おめぇよッ!!」


 渇いた大地を踏みしめ、構えを取ってから再び右腕を龍皮化する。にィっとカッコつけるように口角をあげてからシウバの腹部目掛けて突っ込み、持っていた木の板を力いっぱいぶつけた。


 バキッ! と音を立ててへし折れたのは持っていた木の板の方だった。約束通り微動だにせず直撃したシウバの腹部の方は、何事も無かったかのようにピンピンしている。予想以上に効果のなかった木の板をお役御免として放り投げると、続けて龍皮化した黒い拳をシウバの腹にねじ込んだ。


「ふんッ……!!」


「……なッ!!」


 硬かった。バキバキに鍛えられたシウバの腹筋は、拳の衝撃を跳ね返すというより、腹筋全体を使って包み込み、衝撃を吸収するような滑らかな強度を誇っていた。シウバ本人も反射的に声が漏れるだけで、表情そのものが苦痛に歪むこともない。


「クソッ……お…おれだって……や゛る゛ん゛た゛っ!!!!! 」


 やけくそに放った顔面へのパンチ。案の定抵抗もなかったシウバの右頬に吸い込まれるように入ってゆく。それでも彼は声一つ漏らすことなく、もはや哀れみに近い眼差しを向けて、めり込んだ拳を平手で叩いた。


「……いてッ!」


 実際は龍皮化していたため、痛みは無かったが思わず条件反射で声に出し、手の甲を抑える。


 --全然一緒じゃねぇぇぇえええええええ!!!!!!!!!!!


 先程不敵に笑いながらシウバへと向かっていった自分を殺したくて仕方なかった。闘争本能に任せて立ち向かったまではいいが、如何せん挑む相手が悪過ぎたと冷静になってみて気付く。挙動不審になりながら機嫌を伺うようにシウバの顔を見上げると、彼の口元を見るなり硬直した。


 3発目の拳は唇を掠ったのか、シウバの口からツーッと重力に身を委ねるように赤い鮮血が下へと下って行くのを確認できた。真っ先に脳裏に駆け巡ったのは“あれ俺がやったんだよな……?”という後悔の念。休む間もなく次に彼の心を襲った負の感情は、鮮血を拭った後に言われたシウバの宣告から伝わった恐怖の念だった。


「んじゃ……次は俺の番ってことでいいんだよなァ!?」


「ひぃッ!!!!」


 イブキは思わず頭を守るように背中を丸めた、みっともない防御姿勢を取る。完全に戦意喪失しているそのみっともない姿にシウバは大きなため息を吐き、大剣を振りかぶった。


「おめぇ……今までで一番みっともなかったぜ……じゃあな」


 呆れと嘲笑を混ぜ合わせたような冷たい一言を手向けとして送り、涙目で慈悲を求めるイブキの脳天に振り下ろされた大剣は……。


「ナイスファイトですっ! イブキ君っ!!」


 ガキンッ! という割り込んできた真剣と共にけたたましい金属音を奏で、イブキの前で火花を散らした。


「ぁあッ!?」


 シウバが体勢を崩す。イブキは無意識にもシウバの影を両足でしっかりと踏み込み、その屈強な身体を縛り付けていた。極端に制限された足場の中でレイの渾身の抜き打ちを受けてしまえば幾ら暴龍たるシウバといえど足を取られ、劣勢となった。


「はぁッ!!!」


 レイはすかさず、イブキの背中を跳び箱でも超えるように片手で背中を押して揺らいだシウバに追い打ちをかける。炎を纏った真剣が直線を描くように踊り、シウバもこれには大剣を盾に構え、剣激の雨を睨みながら吼えた。


「クソッ!! なんでこっから動けねぇんだぁ!!? 邪魔くせぇ!!」


 --今俺がこいつを制御しているんだ……。先生の為にもここから離れちゃダメなんだ……ダメだダメだダメだッ!!!


 激しい金属音が頭上で鳴り響いている。ついでに生じた火花が時々イブキの肌に触れ、その度に抓られたような痛みが襲いかかり、その都度『アチッ!』と声を漏らした。


 牙をみせて唸る狼のような顔付きで苛立ちを隠せないシウバ。レイの剣撃を防ぐ裏で一瞬表情を曇らせてから不気味に口角をあげて吐き捨てるようにつぶやく。


「ちィ……!! 使われてんなァ? こりゃ……んじゃっ!」


「……ッ!! いけないっ! 離れてイブキ君っ!!」


「……え!?」


『俺が離れたら折角作った優勢がっ!』そう叫ぶ前に、知らせるレイの真剣な眼差しに押され、下唇を噛み締めてから身を退く。とはいえ、あのレイがあそこまで必死になるほどの“ナニカ”に対する多少の好奇心もあり、シウバからはなるべく視線を逸らさず後ろに下がった。


「ッシャオラ!!!!」


 吼えるシウバが空いていた左手を前に突き出すと、イブキの丁度眼前の地面がべこりと音を立てて凹む。地割れた大地から生えるように竜巻が産まれ、着用していた服の裾を掠め、いとも簡単に切り裂いた。


「とりあえずぶっとばしゃなんとかなんだろ!!」


「な……!?」


『あのまま意地を張っていたら』と考えるだけでゾッとした。相変わらず攻撃の一つ一つの規模がヤケに大きいシウバだが、持続力は短かったらしく、2人を追い払うと同時に何事も無かったかのように竜巻は晴れ、ついでにシウバの姿も消えていた。


「いない……ッ!? そうだ……! 先生っ!!」


 竜巻が晴れたあと、自分に忠告をくれたレイの安否を確認すべく、辺りを見渡す。もしイブキを逃がすことで精一杯だったなんてオチだったりしたらそれこそ死ぬほど後悔するだろう。


「オラァ!!!」


「はぁっ!!!」


 イブキの背後で撃ち合う金属音が鳴った。さすがに先生を侮ったなと振り向きざま、ため息混じりに反省する。シウバも規格外だが、レイもまたとんでもなく強いのだ。


「ッラァ!!!」


 掬い上げるような大剣の一振りを躱しつつ距離を取るレイ。彼女の両手足はまるで紅色に染まった騎士の鎧のような形に龍皮化しており、そこから舞い上がるエフェクトのように揺らめく陽炎の美しさに魅入られた。


「……なぁるほど…“炎桜”えんおう……対峙すんなァ初めてだよなァ? てめぇの兄貴とは一回やりあったけどよ」


「もう……トイプードルなんて言えなくしてやりますからっ!」


「そうかい……んじゃ、蛾とかでいいんじゃねぇのかァ? 羽化したての羽みてェだしよその格好」


 --あいつの周り……! 龍魔力が集まっている……龍皮化かッ!!


 敵の龍魔力の流動を感知できるようになったのも修行の成果のひとつだった。それだけに現在、シウバの元に集まっている龍魔力の膨大な量にイブキは唖然とした。まるで竜巻のように轟々と舞う龍魔力をシウバの元へと集結させた後に『ハァッ!!』と吼えると、有り余った龍魔力が衝撃波となって辺りに弾けた。


「待たせたなァ……蛾」


「……っ!!」


 圧倒的な存在感だった。姿は首から下を除いた全身を銀色の鱗が覆った“龍皮”によって包まれていた。発する声色は少しだけ低まっており、何より図体が人形態よりもずっと大きくなっていた。首を鳴らしながら片手で遊ばせる大剣以上に存在感を放つのは、尻から畝るように伸びる尻尾。


 かつて同じように“完全に姿を変えられる”メテンとしてメギトが居たが、彼の“不気味さに注力した見た目”とは違いこちらは“シンプルに暴力的な怪獣”という印象だ。


 対するレイは、それでも退かずに真剣を光らせる。彼女の陽炎にあてられ、紅色に妖しく光る大剣を構えながら横目で佇むイブキに一言。


「……ここからが本番ですよ。イブキ君」


 その眼差しと声のトーンは、“緊張”と“愉しさ”のふたつを混ぜ合わせたような複雑な意味を孕んでいるように見える。何より、レイがまだ自分を戦力として数えてくれていることが少しだけ嬉しく、龍皮化した右手をポキポキと鳴らしてから『おっす!』と返した。


「……へッ!! 蛾だからあれだ……飛んで火に突っ込むアレにしてやんよ!!」


 飛びかかるシウバ。純粋でもありながらそれ故に狂気も連想させるような笑みがレイに食いつくように飛び込んでくるも、彼女はムッとした顔であしらってから剣先を向けて、


「あのっ!! 女の子に向かって蛾とかありえないんですけどっ!!」


「いや今そこなの!?」


 再びイブキ渾身のツッコミを差し置いて、2人の刃が火花を散らせ、衝突した。

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