第14話 熱気漂う祭壇

「ちょ……もうむりっす…………ハァ……ハァ……勘弁してくれ……」


「ちょっと! へばんないでください! もう少しでイブキ君の能力の謎が解けそうなんですからぁ!」


 クルドを思う存分くすぐりまくってやった後何故か御礼を言われ、そのお返しにと言わんばかりにレイのやる気は一層極まっていた。既にバテバテのイブキを起こそうと腕を引っ張りあげ、さぁさぁと修行の続行を急かす。


「まだまだ行きますよ〜!! 見事っ! 左手の龍皮化に成功したらあのくすぐり攻撃……教えてくれるんですよね!? ねっ!?」


「う、うにゃあ!?」


 くすぐり攻撃と聞いて岩陰で蹲っていた小さな身体がビクッと動く。イブキのくすぐり攻撃を凡そ30分に渡って受け続けたクルドは、解放されてからずっと涙目になりながら震えていた。


「ハァ……ハァ……お、教える前にこっちが死にそうなんですが……?」


「あっ!! それは大変ですね! クルドちゃん! 回復魔術をお願いしますっ!」


「…………っ!!」


「…………また……くすぐるぞ……」


「うにゃっ!!!」


 膝をガクガク震わせながらイブキに近付くクルド。あのくすぐり攻撃は心身ともに相当効いたようだった。


「く、くすぐんなよ!?」


「それはお前の態度次第だぞ」

 --ざまぁねえぜ!! 年上舐めてるからこーなんだよギャッハハハハハハァ!!!!


「わかった! わかったってば!! 無料にする! 無料にするって!!」


 --あ、あのクルドちゃんが完全に怯えちゃってる……イブキ君凄い……。


 回復魔術受けるイブキに関心の眼差しを向けるレイ。彼の龍皮化した右腕に視線を落とすと、思い出したかのように口を開いた。


「イブキ君の能力……クルドちゃん的にはどう映りました? クルドちゃんの考えとわたしの推測が一致すれば……」


「あ、あんま見てないけど……イブキは、接近したら相手の位置を縛り付けたり出来るんじゃないかな……あ、あたしもそれで捕まったしさ」


 ムスッとした表情で腕を組みふんっとそっぽを向きつつも、しっかりとした返答が来る。推測通りだと両手をパンッ! と鳴らしてから腕を広げてわたわたと喋り出す。


「そーなんですよっ! 50回は手合わせしましたけどある一定の距離まで詰められるとそこから移動出来なくなるといいますか……影でも踏まれたみたいに動かなくて…ここにイブキ君の能力の秘密が隠されてるはずなんですっ!」


 --影でも踏まれた……? そうだ! 確かあのゾンビとの戦いの中でも右腕が影の中に入っていって不意打ちかましたんだっ!


 影というワードにハッとなり右手を確認し、そして確信した。イブキの力は影に何かしら関係があることに……。


「も、もしかしたら……文字通り影を踏んでんのかもしんねぇっす。あのゾンビとの戦いの時も……無意識に影を使って攻撃したんで……」


 イブキは立ち上がり、そのまま隣のレイの影を踏んでみる。


「どうっすか?……動けるっすか?」


「……んっ! ……んっ!! ダメだ……確かに動かないですよ! クルドちゃんも試してみます?」


「い、嫌に決まってんじゃんか!!」


 クルドは騒音を聞いた猫のようにビクッと全身を退いてから、恐る恐るイブキとレイの影が丁度交差する箇所に綿を散らす。蟻の行列を観察するように地面と顔を並行にじっと綿を見つめると、次第にそれが黒く変色していった。


「……やっぱそうだ。自動発動してる」


「……自動発動?」


 イブキが首を傾げる。正直自分自身でもこの力の原理が理解出来ていなかったので、より詳しそうなクルドに解説を委ねた。


「……無意識に発動してる龍魔力の能力だよ。これは出来る人と出来ない人がいるんだけどさ……イブキの影に微弱の龍魔力が流れてて、それがあらゆる魔道回路と無理矢理連結する仕組みになってんのかも……」


「それって……凄いのか?」


「……あたしにもレイにも通じるあたりメテンだけじゃなくて“魔道回路”を持つ人全員にこれが通用する可能性がある。正直……あたしみたいに動き回って攻撃するタイプは一回踏まれたらマジで詰む位にはヤバイ」


「お……おおう……!!」

 --え!? 何それやばくね!! こいつ捕まえ放題じゃんやっふうううういっ!!!!


「ただ……」


『すげぇ能力を手に入れてしまった』と浮かれるイブキの水を差すようにクルドが続ける。


「元々接近戦重視の相手だと逆に不利になる……って言うより今のイブキだと殆どのメテンを至近距離に近付けるだけで不利になる位まであるし……」


「じゃあ、至近距離での戦闘能力を一層強化しなきゃですねっ!」


「……え?」


 影を踏まれたまま木刀を掲げるレイ。危険を察知し素早く身体を引かせる頃には振り翳した木刀の先がイブキの頬を掠った。


「れ、レイ……さん……」


「イブキ君! 君もしかしたらすごい力を秘めてるかも知れませんよっ! 接近戦を極めたら最強も夢じゃないかもっ!」


「あれ……でも俺が強くなりすぎたらレイさんの夢っていうか……その……大丈夫なんすか?」


 レイは『へ?』という具合に首を傾げた後、にんまりと微笑んでから一言だけ返した。


「負けませんよ? わたし結構強いんで!」


 ******


「ちょっ……死ぬ……しぬぅ……!!」

 --レイちゃん……まさかこいつが……こんなとんでもねぇスパルタ野郎だったなんて聞いてねえぞ畜生!!! なんなんだよこの世界よぉ!!!


 壇上の中心で大の字に倒れ、とにかく酸素を取り入れようと肩で必死に呼吸を行う。修行が始まってから3日経ったが、その間朝から晩までレイから様々な特訓を受けていた。


「ほらほらぁ! そんなんじゃ虫も殺せませんよ? 龍皮化も解いちゃダメです! 仕切り直しですっ!」


 --畜生ッ! ボカスカ殴りやがって……!! なんでこんなに辛い思いしてんだ俺は……!! ああもうッ!!


 元々努力というものの尊さとは無縁の生活を送っていたイブキ。当然修行に対してのモチベーション低く、修行の意図も分からず“ただ言われるがまま苦痛に耐え抜くだけの時間”程度にしか考えていなかった。


 --畜生……!! また負けた……ッ!! でもさっきよりは粘れたか……? いやでも向こうは汗ひとつ……ッ!!


 そもそも努力に意味を見出していなかった。世の中は一部の“神に選ばれた人生の勝ち組”にのみスポットライトが当たるようになっており、イブキのような“その他大勢”はそんな勝ち組達を一層光らせるための“背景”に過ぎない。特別になろうという考えがまず無謀だと思っていた。


 --ああまたやられたッ!! 隙を突いたはずだぞ俺!! クソッ! 次こそはッ!!


 0勝181敗……イブキの戦歴である。


 もう嫌だと叫べば止めさせてくれるかもしれない。こちらが向かっていくのを辞めれば向こうも叩いてこないかもしれない……そんな発想はとっくに脳裏から消滅していた。


 --だって悔しいだろ……。一回も勝てずに終わるなんてよ……。


 唇から垂れる血を拭い、立ち上がる。右手を突っ込ませ、躱される。


 --そうだよな……悔しかったんだよな……結果とかじゃなくてよ……。抗いたいだけだったんだよな……“天才達に”ッ!!!!


 立ち上がる。拳に力をいれ、壇上を踏み締める。心が研ぎ澄まされていくのを感じ、目を見開く。


 --冷静になれ……。ムキになってちゃ意味が無い……! 次で決めるぞ……行くぞ……行くぞ……いくぞッ!!!


「……ッ!! 速いっ!!」


 イブキの剣幕に、レイは一瞬ヒヤりとなる。紙一重で彼の突進を躱してから口角を上げて剣を構え直した。


「……でもッ!!」


 レイの両腕が炎のようなオーラに包まれる。イブキが再び突進し、彼女の右頬にまで拳をねじ込む迄約0,5秒……その一瞬の間にレイの両腕はまるで騎士の鎧のような高貴な紅色をした龍皮を纏い、眼前のイブキの額に木刀を振り下ろした。


「めぇぇぇぇぇぇぇええええええええっっっっっっ!!!!!!!」


 バチンッ! と乾いた音が祭壇中に響き渡る。岩に腰掛け眺めていたクルドも思わず両手で顔を塞ぎ、モロに受けたイブキは勢いを失い、大きく仰け反るように倒れた。



 --ああ……クソッ…………普通に悔しいんですけど…………。


 ボロボロと涙が零れていく。全力を出してここまでコテンパンにやられてみると、本当に悔しくて堪らない。


 涙を拭いて起き上がる。次こそはあのゆるふわフェイスに一撃かましてやると拳を握りしめてレイ見上げると、そのライムグリーンの瞳からは絶え間なく涙が溢れ出ており、龍皮化した両腕は彼を讃えるよう拍手に勤んでいた。


「うぅ……すごいっ……よぉイブギぐぅん!! ごんなに……づよぐ……なってぇぇぇぇええ!!」


「まだ……終わって……ねえ゛た゛ろ゛!!!」


「う、ううん……!! イブキぐんっ……! いまりゅうひか゛からの…そく゛と゛…すごいよかった゛よぉっ…ヒック…えっ! ううっ……」


「で、でも俺は……!!」


「イブギぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうんっ……!!!」


「ぽうっっっっっっ!!!!!」

 --おおおおお!! おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいぃぃぃいいいいい!!!!!!


 急に木刀を捨て、わんわん泣きながら抱きついてくるレイ。やっぱり最初はおっぱいにしか思考が行き着かなかったが、こんなに我が身になって泣いてくれる彼女に心打たれもう一度、涙が彼の頬をつたっていた。


「イブギ……ぐぅぅぅぅううううううん……!!!!」


「せんぜ……い……っ!!!」


「なんじゃこりゃ……まだ3日目じゃんか」


 抱き合って泣き崩れる2人。一人だけテンションが違うクルドは2人が泣き止むまで引き攣った笑みを浮かべながらドライフルーツを齧っていた。


「あの……すんません……先生……その……」


「い、いやぁイブキ君……わたしも……急にごめんね……へへ……」


 落ち着いた2人は我に返った後すぐお互いに距離を取り、顔を真っ赤にしながら俯いていた。


「忙しいヤツらだな……」


 モジモジする2人の様子に肩をすくめる。そんな終始醒めているクルドであるが、彼女なりに感じたこともあった故に、再びドライフルーツを齧ってからふむふむと分析するように呟いた。


「んまぁ、確かに初日よりは大分動けるようになってるし……龍皮化までの速度も格段にあがってる。やっぱりケンドウのタツジン? は教え方も一流だね」


「……え? けんどう……?」


 無理矢理恥を忘れるようにわざとらしく顔をあげるイブキ。そんな彼に続いて、レイもまたわざとらしくシュバっと立ち上がり、腰に手を当てて答えた。


「はいっ!! わたし、日本の剣道が大好きで! カナダ国内だとにぃさんと揃って一番だったんですっ!」


 --だからあんなバケモンみてぇにつええのかよ……。


 ある意味納得が行ったのか、無言で頷くイブキ。そんな彼の元にクルドは再び手でドライフルーツを吊るして、彼に提案を持ちかけてきた。


「んまぁ、そんなレイ相手にアホみたいに戦ってた訳だし……イブキさ、そろそろ依頼一個くらい受けてみてもいいんじゃないかな?」


「……いらい?」


 ドライフルーツを受け取り、もそもそと口の中で動かしながら問いかける。にへらっと笑うクルドの表情は何故だかおちょくって来てるように見えて若干腹立たしい。


「うんにゃ。やっぱ実戦やんないと実力実感は難しくない? イブキもさ、試したくなってきたんじゃない? どんだけ自分が強くなったのかってさ」


「いやっ……まぁ……う〜ん」


 腕を組んで唸るイブキ。彼の横で首を傾げながらレイが訊ねる。


「でも…もう午後ですし……ギルドの依頼なんかとっくに…」


「んならさ、やみえーぎょーするしかないっしょ」


「や、闇営業…?」


 まさか異世界にも闇営業という概念が存在していたことに驚きを隠せずにいるイブキ。レイは手を叩いて『あっそっか』となんの疑いも持たずに納得していた。


「確かにあそこなら…そこら中に依頼になりそうな問題が転がってますしね……」


「んじゃ、行こっかイブキ。初依頼なんだからもっと笑ってさ」


「いやでも闇営業……?」


「大丈夫、だいじょーぶだってば。あたし達も着いてくし」


「お、おう……」


 明らかに怪しそうな“闇営業”とやらに不信感を持ちながらも、早速歩き始めた女性陣2人に置いてけぼりにされる訳にもいかなかった為、曇った表情のまま背中を追いかけた。


 *********



「……んで、なんだ? この辛気臭い場所は……」


 女子2人について行きながらオドオドと歩くイブキは、呟きながら所々汚れた街並みを見渡す。こちらを睨みつける荒くれ者の視線は猛獣のように鋭く、おまけにあちこちから怒号や汚い笑い声、何かが割れる音が聴こえてくる。


「イブキさ、なんであたし達があの森に現れたかはもうラディから聞いてるんだっけ?」


「な、なんだよいきなり……。確か……先住民専用の依頼をシューゲツが受けたからとか何とか…」


「んまぁ……だいたいあってる。イブキ達メテンは基本的に依頼は公安ギルドがそれ用に用意したヤツを受けるんだけどさ、それだけだとけっこー枯渇すんのよ。だからたまにこーやって掃き溜めみたいなとこ突っ込んでヤミえいぎょーしたりすんのよ」


「や、闇営業……?」


「今日みたいに時間も午後になると依頼なんて無くなっちゃってますからね〜。ギルドに依頼出来ない層の人達や、現行犯で起きる喧嘩の仲裁とか……お小遣い稼ぎみたいなものですよっ!」


 --た、逞しいなこいつら……。


 スラム街を堂々と歩く2人の女の子の背中がやけに大きく見える。それは仮に彼女らが周りのゴロツキに襲われたとしてもクルドは魔術、レイは剣術で簡単に返り討ちに出来ることを分かっている故のものなのだろうと少し後ろを歩くイブキは感心した。


「た、助けてくれぇーーーー!!!」


 頭をハゲ散らかし、所々歯の抜けた汚い格好をした男が3人目掛けて走ってくる。相当な剣幕に思わず翻ったイブキを除いて女性陣はにっと笑い、快く手を差し伸べた。


「どうされましたっ!? 喧嘩ですかっ!?」


「あ、あんたたちメテンだろ!? 助けとくれ! 依頼金は出す!!」


「どうしたんだってばオッサン。ちょーど依頼探してたし受けるけどさ」


 相当恐怖しているのか、男は震える指で向かいの汚れた建物を指さす。耳を貸して済ませてみれば、微かにそこから何名かのならず者の悲鳴と怒号が聴こえてきた。


「あ……あの中に……とんでもねぇ奴がいるんだ!! 俺たちのカジノを荒らして金をふんだくろうとするメテンがよォ!!!」


「め、メテンですか!? これはイブキ君っ!! いきなり大仕事の依頼ですよっ!!」


 興奮してイブキの肩を揺らすレイに対してクルドの表情は微かに曇っていた。


「ちょっ……わかったから離して……」


 レイの手を無理矢理離してから、もう一度中の建物を見やる。先程より罵詈雑言の嵐が酷くなっている建物の中を“ちょっとコンビニ行ってくる”みたいなノリで向かう女の子2人は相変わらず逞しすぎた。


「イカれてんだろこいつら……ッ!?」


 軽く愚痴を零した瞬間の出来事だった。ドカンッ!! っと該当の建物がからとんでもない爆音が響き渡り、衝撃波が襲う。イブキだけでなく、その場にいたならず者全員の視線がそこへと集まる。レンガで出来ていた壁がガラガラと崩れていき舞い散る塵の中から豪快に血液を散らしながら宙を舞うゴロツキが飛んできた。


「う……うあああああああああ!!!!!!」


 一連の爆発を確認したゴロツキ共が動転して逃げ惑う。それは舞い散る灰色の塵の中から現れた巨大な大剣を担ぐ一人の大男に対する恐怖心からだったのかは分からないが、後ろで蹲っていた依頼者がその大男を指さして叫んだ。


「こ、こいつだあああああああああああああああ!!!!!!!!」


「うるっせぇなぁ!? 文句あんならかかってこの雑魚共がッ!!! ああッ!!??」


 その男の異常な程の剣幕にイブキは蛇に睨まれた蛙のように固まる。青色の双眸はまるでヒビの入った宝石のように力強く、芯の太い銀色の毛髪は雪山を駆ける白狼のように逆立っている。顎に生えた無類髭の具合から確認するにざっと30代後半くらいだろうか。太い肩に担ぐ大剣は部分的に錆び付いており、斬るためというよりは“こいつでぶん殴る為”という不良の持つバットのようなノリで担がれていた。


「……この人はっ!!」


 勇猛果敢に唸る犬のように身体を震わせ、帯刀していた真剣を引き抜くレイを見て嬉しそうに口角をあげる男。担いでいた大剣を片腕で構え、笑い飛ばすように話しかけてきた。


「はっ!! てめぇアレだろ!! ‘飼い慣らされた龍達”だろ!? なんだぁ!? ゴミ掃除でもしに来たのかぁ!?」


 男の戯言に耳を貸さず、無言で剣を構えるレイ。あんなに強かったレイが“本気の視線”で警戒しているあたり、恐らくこの男の力は相当なものなのだろうと少し後ろで身構えるイブキは固唾を呑んだ。


「……やっぱおまえだったね、“おんぼろ大剣野郎”」


 ポケットに手を入れたまま顎を突き出して呟くクルド。男は白狼のような鋭い眼光で彼女を睨み付けた直後、豆鉄砲を受けたハトのように表情を歪ませて吠えた。


「……げっ!? クルドォ!?」


「疫病神でも拝むような顔で見てくんじゃんね……シウバ。あたしから受けてる山のような“借り”……忘れたわけじゃ無いよね?」


 クルドを見るなり、歯ぎしりしながら固まるその男シウバ。チッと舌を鳴らした直後、彼が構えていた大剣の周りを吸い込まれるように銀色の風が集まっていく。それはやがて強固な風の膜となって大剣を覆い、そのまま天に掲げた。


「あっ……やばっ! 隠れて! 二人とも!!」


「オラアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!」


 巨大なうちわでもあおがれたように振り下ろした大剣から暴風が吹き荒れる。それは地盤を抉り、辺り一面の木材やレンガを破壊しては巻き込む“風の津波”となって3人に襲いかかった。


「うわっ!!!」


「こっちです! イブキ君!!」


 レイに手を引かれ、建物同士の隙間へとなんとか暴風が直撃する前に飛び込む。既に何人か逃げ遅れたゴロツキ共が阿鼻叫喚をあげながら暴風に巻き込まれていく様は、さながら“災害”を連想させた。


 間もなく暴風がイブキ達を通り過ぎ土埃に覆われていた道が晴れる。クルドの姿が無かったので、彼女の身を案じてレイと一緒に路地裏から顔を覗かせると、既に道の中心でポケットに手を入れて佇んでいた彼女が前を力強く指さして2人に告げた。


「追え!! 追え!! 捕まえれるから!!!」


 クルドが指差す先は大剣を背負い、敵前逃亡を図るシウバの姿があった。あれだけの力を持っておきながら何故逃げるのか少し疑問に思ったが、追う必要性もあまり感じ取れなかった為シカトを決めようと背を向ける。そんなイブキとは裏腹に逞しすぎるレイは、一瞬の迷いもなく真剣を抜いてシウバの背を追った。


「お、追うのぉ!?? アレを!!??」


「大丈夫だってば! あたしを信じて! イブキの影踏みなら捕まえられるって!」


 クルドは何故か自信ありげに胸を張る。どうやら彼女とシウバの間には何か、実力だけでは覆せない“縁”があるように感じた。


「ああもう!!! 死んだらくすぐるからな!!!」


「くすぐんなっ!!!!!!!!!」


 クルドの必死な叫びを背に受けながら、シウバを追うレイの背中に続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る