第10話 ステーキと黒龍トーク

 

「……んめぇ」


 皿に並べられたステーキを頬張り、思わず喉を唸らせるイブキ。それは現実世界のものよりもずっと肉厚で、茶色いソースが天井のライトを反射させることでまるで宝石のように光り輝いている。


 異世界にやって来て初めて食べ物を口にした瞬間だったが、まさか現実世界の三ツ星料理にも引けを取らないクオリティだったとは…と一ツ星店すら行ったことの無いイブキが、うんうんとまるで美食屋のような振る舞いでステーキの味を確かめる。


「んね? 美味いでしょ? ここのステーキさぁ。何の肉使ってんだっけ?」


 円形のテーブルの横から顔を覗かせ、夢中でステーキを頬張るイブキに向かって、まるで自分が作りましたみたいなドヤ顔で自慢げに話してくる少女クルド。彼女はフォークを皿に向かいに座るイケメンに向けて尋ねた。


「フォークを人に向けるな。……そもそもメテンの俺に現地の食いもんの名前が分かるわけないだろう」


 ぶっきらぼうに返しつつ目の前のステーキを見つめ、なんだったかなと眉をひそめるイケメンラディ。イブキはどうしても彼の猛禽類のように鋭い眼光を見る度に、どこかで見たなとモヤモヤさせられていた。


「あ! 思い出した! “キョダイゲボガエル”の肉だよ! あのほら! めっちゃでかくて鳴き声が酔っぱらいのおっさんが夜中の酒場でおええ〜ってやってる時の…」


 --え、カエルの肉なのこれ。


「おいクルド食事中だぞ。何考えてんだお前は」


 仲がいいのか悪いのかわからない絶妙な距離感で繰り広げられる会話を横に、イブキはこの2名になにか聞くべき事項があったはずだとステーキ(ゲボガエル)を頬張りながら必死に記憶を掘り返す。


 そんなイブキにまるで神が大きなヒントを与えてきたかのようなビビっと来るワードがふたりの会話の中から零れた。


「それにしても、龍小屋の仕事って雑用しかないんかね。大体が公安ギルドからのゴロツキ粛清かお尋ね者討伐じゃんな。肝心の黒龍は尻尾すら出さないし」


「この前の依頼は少し近付いた気もするんだがな。討伐の援助の為とはいえ、これ以上雑用に遣われるのは確かに癪だ」


「ッ!! な、なぁ……」

 ーーそれだ! 思い出したぞ!


 2人の会話に割って入り、ようやく思い出した質問事項を投げかける。


「2人っていうか…さっきの人達含めなんすけど……具体的に何する組織? なんですかね…何も知らないで着いてきちゃってますけど…」


 クルドは口を開けたまま黙り込む。それからしまったと言わんばかりにおでこに手を当て、イブキに向き直る。


「あぁごめん。言うの忘れてたね完全に」


「いや…いいんすけど…なんも知らないでついて行くのはやっぱりなって……」


 少女は傍らにあった水を飲み干し、通りかかったウエイトレスにおかわりを貰ってから改めて話し始めた。


「まぁ簡単に言うとあたしらは共闘関係。“黒龍”を討伐する為に組まれた寄せ集めのチームってとこかなぁ」


「共闘? 黒龍?」


「キミを含めたメテンっていう立場の人はみんな自分の願いを叶えるため…または生き残るためにも殺し合う関係にある。だから最初はここにいるラディもキリュウっていうさっきの怖いおっさんもお互いに殺し合いに明け暮れてたんだけどさ……」


「はぁ……」

 ーー殺し合いに明け暮れてたのか……。


「二年前くらいかな……突然“黒龍”って呼ばれるとんでもない力を持った“なにか”が現れたのよ。ほんとどーしようもなく強くってさ……国民もメテンもけっこーやられちゃってね、国の半分くらいもってかれちゃってさ……」


「“なにか”ってなん…すか? 実はまだ誰も見たことないとか…そういう?」


 引っかかったことを素直に聞き返してみると、クルドは『痛いとこを突かれたな』と肩をすくめ、答えた。


「んまぁ、概ねそんな感じかな? ただ“見たことはないけど常に脅威は付きまとってる”ってほーが近いかも。というのも厄介なところがあってさ……黒龍には人とか動物とか獣人とか……とにかくあらゆる生物に“黒い角を生やして操る”って能力がある。その使い魔たちが不規則に現れて国民を襲いまくって、そこで狩られた人がまた“黒角”になって……ってな具合で国内不穏まみれなの」


 黒い角と言われてハッとなるイブキ。それには見覚えがあった。


「あの……森にいた狼らも…!」


「そ、クロツノオオカミも黒龍出現の影響で生まれた魔獣だね。あの森は黒龍となにか関係があるって疑いがかかってて今公安ギルドの調査団が大量に派遣されてんのよ」


 --じゃああのゾンビ野郎はもしかしたら……。


「話を戻すね? 勿論、黒龍の登場で世界は大混乱。色んな人が立ち向かったんだけどことごとくぶっ飛ばさて黒い角付けられて操られちゃってるわけ。以前は“魔王軍”っていう組織があったんだけどそいつらなんか黒龍に一網打尽にされて、奴らが飼ってた魔物とか兵器とか全部黒龍のものにされちゃって今もうどうしようも無くなっちゃってるの」


「俺達メテン同士の争いも黒龍のお陰で戦意喪失者リタイアが増え、勝ち残ることよりも何処かに隠れてでも生き延びる事を前提に行動しはじる輩が増え始めた。よって戦も全く活性化が見られず、メテンの数だけが渋滞を始めている」


 横でステーキの一切れを頬張るラディが続けた。遮られたクルドは若干ムッとするも、水を口に含んだ後再び口を開いた。


「黒龍は多分、願いを叶えるってよりこの世界を支配しようと動いてるんじゃないかって噂もあって、このままだと“メテン同士の争いは決着付かない”のと“先住民こっちがわの人も永久に黒龍に支配されたまま”っていう双方において最悪の結末が生まれるだろうって話になってるの」


「そこで一旦殺し合いを中止し、黒龍の討伐を優先しようと一時的な共闘関係として組織されたのが俺達龍小屋だ。俺達は主に王都や公安ギルドと連携を取り、黒龍を追い続けている」


「それで……俺の力が黒龍とかいう奴に似てたから…」


「そんなとこだね。今は絶賛メンバー募集中! って感じ。と言っても…最近は資金援助や施設提供をいい事に押し付けてくる雑用も多くてねぇ。この前なんか酔った魔狩り集団が暴れてるから止めて来いってしょーもないことさせられたし…一部には“飼い慣らされた龍達”なんて言われる始末よ」


 --俺と同じ奴らが集う組織……。ここに居ればひとまず、殺されることはない……いやまてよ?


 納得するより早く思い浮かんだ疑念。そんなイブキの表情のくもりを察知したのは、語り終えて乾いた口を水で潤すクルド。


「ん? なんか質問??」


「え…いや……その……」


 反射的に吃ってしまうイブキ。目の前の少女はじとーっと見つめてくるあたり、こちらに思うことがあるのはお見通しというところだった。


「えっと……もし…黒龍を討伐したら皆はどうするん……すか……? やっぱり……」


「当然、再び殺し合うことになるだろう。少なくとも、俺には叶えねばならない願いがあるからな」


「だってさ」


 目を伏せてそっぽを向くクルドの横で、猛禽類の様な鋭い眼光でこちらを睨みつけるラディに戦慄を覚えた。


 --殺し合う為に戦う…戦う為にこいつらは戦っているのか……!?


 ここに居たらいずれ殺されると直感し勢いよく立ち上がるイブキ。するとこちらを見上げるクルドが忠告するように呟いた。


「行くの? 構わないけど戦う手段を大して知らないまま外に出る方が危険だと思うよ。さっきも言ったけど何処に黒龍の手下なんかが潜んでるか分からないしね。それに渋滞してるってだけでまだまだ外にはフリーで暴れてるメテンなんていっぱい居るんだから。ウチにいればある程度は護れるけど、いきなり独立はおすすめできないかな」


「……ッ!!」


 黙って席に戻るイブキ。クルドの言う通り、自分自身の能力をイマイチ把握しきれていない状況だった。あの日のメギトとの死闘で偶然発動し攻撃を与えることは出来たものの、もう一度同じことをやれと誰かに言われたとしたら、それに応えられる自信は正直持ち合わせてはいなかった。


 冷静に考えてみれば、仮にいつか殺し合うとしてもそれは黒龍という強大な敵を討伐した後の話であり、そもそも討伐出来るかすら不明である。ひとまず同じ立場の人物らと関わり、この世界でどう生きるか。それを決める為にも何かの組織に属するという行為自体はそれほど悪い選択では無いように思えた。


「んじゃ、改めてよろしく。えーっと……」


「瀧澤威吹っす」


「うん、よろしくイブキ。まずは…やっぱ服だねぇ。メテンが着てる“ヨーフク”って奴は正直目立つから、それ用のちゃんとしたの買わないと。ラディさ、服選びとかそういうの得意なんじゃなかったっけ? あたしは夕飯の買い出しとか色々あるから任せちゃってもいいよね?」


 --え? この子付いてこないの……?


「服は選んでない。着せられてただけだ」


「そうなの? んまぁよろしく」


「お前なぁ……」


 男2人を差し置きひとり勘定を済ませるクルド。彼女を見送ったあと、ラディはため息混じりで「付いてこい」と背中を向けた。



 **********


「……ぉお…」

 --おぉ……ほんとにファンタジーだ……。


 ラディの背中を追っているうちにイブキは様々な人が行き交う大通りに行き着き、その摩訶不思議な情景に思わず息を呑んだ。


 忘れがちだが、イブキが転生した場所は誰もが一度は夢見る“ファンタジーな異世界”だ。当然鎧を纏い、煌めく聖剣を腰に携えている騎士をはじめ、マントを羽織った冒険者に果物を並べて客引きを行う筋肉質の男性など、どこかのおとぎ話に登場していそうな容姿の人間達が普通に生活している。


 情景にみとれて周り見えなくなったイブキは、人混みの中何かにぶつかった。


「……わっとッ!!」


「ってぇなぁ……気を付けろよあんちゃん!」


「……さーせん…」


 謝罪ついでにぶつかった人物の顔を覗いてみると、思わず「ひぃ!」と悲鳴をあげる。


『ああん?』と睨みを効かせてくるその人物の顔は黄色い体毛に覆われており、吊り上がった猫目に黒く突出した鼻。左右に生える極太の髭等……どこをどう見ても“虎”にしか見えない顔立ちをしていた。


「な、なんでもないっすッ!!」

 うわッ!! 獣人だ! マジでいるんだ……。


 逃げるように立ち去り、再びラディの背を追った。そんなイブキに彼は『ウロウロするな』と忠告する。


「はぁ……」

 --こいつはなんとも思ってないのか?この凄すぎる空間を…。


 一瞬疑問を持つが、すぐに「こいつは俺より前に転生したんだ」と推理し、勝手に納得するイブキ。


 そんな彼を他所にラディは、衣類が路上に並べられる店群の前で立ち止まる。「好きなのを選べ」と言われるが、服などロクに選んだことも無いイブキは目の前の服に少しだけ手を触れると「うーん」と首を傾げ固まった。


 後ろでため息を漏らすラディ。彼は少し中へ入っていき、暫くすると適当な上下の衣類を持って帰ってきた。


「これを試着してみろ。サイズが合えば適当に選ぶ」


「あざっす…」


 渡された上下白黒の異世界チックの衣類。奥にあった試着室へ向かい、着てみる。鏡に映った自分の姿を見て、思わずイブキは呟いた。


「シューゲツ……」


 日向秀月──。彼の姿を改めて思い出すと無意識に涙が溢れてくるのを感じた。最初に出会ったメテンであり、はじめて自身の目の前で息絶えた男。丁度彼も同じような色の組み合わせの服を着ていた事もあり、鏡に映る自分の姿と彼を重ねていた。


 彼は自由を求めていた。殺し合わず、顔の良い女の子を囲んで世界を旅する……。それを掲げていた彼が、殺しを好む最低最悪の男に惨殺された。そんな彼の最期の心境を想うと、涙は必然的に止まらなくなっていた。


 もしラディやあそこにいた他のメンバーがシューゲツと出会っていたとしても同じように彼を襲ったかもしれないと考えると、メテンという存在の異常性が嫌でも分かってしまう気がした。


 鼻をすすり、涙を拭って試着室を出る。腕を組んで待っていたラディに服を渡し『ピッタリだった』と告げ、腫れた眼を隠すようにそっぽを向いた。


 --バレないでくれよ……。


「わかった。俺が適当に買っておくからおまえは外に出て待っていろ」


 ラディとは顔を合わせずに外に出るイブキ。両者はまだお互いがメテンだということ以外何も分からないような間柄である。ただイブキの涙を見逃さなかったラディは、一つだけ彼に向けて確信できる事柄があった。


 --おまえにこの世界は向いていない。


 心の中で告げるラディ。一瞬目を閉じると既に候補としてキープしておいた数着の服を戻し、イブキの後を追った。




 ********



 突然買い物を中断させられ、建物間の細い路地裏へと連れていかれるイブキ。オシャレなオレンジ色のレンガで作られた建物の裏側は、至る所が黒ずみ、散乱した生ゴミの悪臭が漂うまるで“臭いものに蓋”という言葉をそのまま体現したような場所だった。


「どこっすかここ…」


 いつもの眼力で返すラディ。何がしたいんだと若干の苛立ちを覚始めていると、突然指を向け、宣告するように言い放ってきた。


「おまえはここでリタイアするべきだ」


「……え…?」


 突然の宣告に困惑の色を隠せないイブキ。口を半開きにして呆けたように見つめる彼に嫌気が差したのか、もう一度真っ直ぐに目を見て告げる。


「分からないのか? おまえはこのままメテンとして生活を続けていたとしても、近いうちに必ず地獄を見るだろう。だからそうなる前に、俺がおまえの龍魔力を取り除いてやると言ったんだ」


「そんなことが……」


「できる。龍魔力との同調を出来るだけ低下させることでな。もっともその為にはそれを極限まで消費させ、同調が薄まった状態ではじめに龍皮化する箇所である右腕を切断する必要がある訳だがな」


「み、右腕を切断……?」


 馴染みのない単語が並んだせいもありイマイチ彼の言葉を理解出来ずにいたが、“右腕を切断”という痛々しい単語は脳裏にしっかりと焼き付いた。


「確かに腕の切断に伴う痛みはかなりのものだと思うが、今後辿る地獄が免除されたと思えば安いものだろう」


「ちょっ…ちょっとまってくれ! なんであんたにそんなことが分かる! 失敗したらどうすんだよ! それに…いきなりリタイアしろって……」


「俺は何人かこの方法で実際にリタイアさせている。お前が協力的になるのならば、より綺麗に切断出来るだろう。俺はお前を思って言ってるんだ」


「そんな…腕を……いきなり……」


 震える右手を見つめるイブキ。見知らぬ世界を利き腕無しで生活するのはどの道生半可ではいかない事は簡単に想像が付いたが、あのシューゲツのような悲惨な末路を迎える可能性が少しでも低くなるのならば……と拳を握り頭を悩ませる。


 日向秀月。彼はメテンという立場にありながら制約に縛られない自由を求めていた。それでいながらその力を利用して助けた美女を囲み、自分と会う前までは間違いなく幸せの絶頂に居たに違いない。


 ──あの日自分と会うまでは……?


 ──あの日会わなければ……? もし彼らがあの日あの森へ行かなければ、ゾンビ野郎と鉢合わせること無く、今日も美女を囲って幸せに生きているのかもしれない。


 イブキの心は揺れた。シューゲツと同じ自分は、きっといずれ通りかかった美女を助けてハーレムを形成し、のほほんと楽しげな異世界を探求することが出来るのかもしれない。


 正直、イブキはシューゲツが羨ましかった。リアに不器用な好意を抱かれ、リナのサラサラな髪を撫でられて、フレイマの胸に抱かれる彼の姿は憎らしくて羨ましくて……。


「お…俺は……!」


 もしここで人生の勝ち組になれるチャンスを逃してしまったら、また前世の様なソーシャルゲームの周回イベントに入り浸るだけの虚無のような男に戻ってしまうかもしれない。


 人生を大きく変えられるチャンスを自ら捨て、再び虚無な男に成り下がるような決断は愚かだと理解した。


「俺は……この力を使って…世界中を旅するっす…。誰とも争わないで、幸せな時間を生きて…みようかなぁっと…」


 かつてのシューゲツの言葉を真似るように答えるイブキ。目を伏せて伝える彼の様子に、ラディは一度大きくため息を漏らしてから一人の人名を口にした。


「……日向秀月」


「……ッ!!なんでそいつを…!」


 ラディの口からシューゲツの名が零れたことに驚愕し、逸らしていた視線を彼に集中させる。ラディはフッと鼻を鳴らし、続けた。


「なるほどそういう事か、あれだけ怖がっていたメテンとしての生活を何故続けようとするのかと一瞬疑問に思ったが…日向秀月への憧れだったか」


「な、なんでそこでシューゲツが出てくるんだ! あんたがあの日来た時は既にあいつは……」


 口角を緩め肩を震わせるラディは、顔を歪めるイブキの肩に右手を乗せ、からかう様なイントネーションで語り始めた。


「なるほど、なるほどな! ならおまえに真実を伝えてやる。俺とクルドがあの日あの森へ足を運んだのは何も偶然なんかじゃない。公安ギルドからの依頼で“行くべくして”行ったものだったんだぜ? なんの依頼かわかるか?」


「あ、あの狼が黒龍と関係があるから……じゃないんすか?」


「日向秀月の拘束依頼の為だ。あいつは俺達メテンに課せられているルールを破ったからな」


「シューゲツを…拘束!? ルールを破った……?」


 意味が理解できなかった。シューゲツに嫉妬心こそ持っていたものの、彼がそのルールというものを破る“悪行”を行う様を想像するのは不可能だった。


「ルールって…なんなんすか! あのシューゲツがそんなこと…するわけない…!!」


「“先住民冒険者専用依頼をメテンが実行してはならない”。メテンはただでさえ大きな力を持ってる。もし俺達がその気になれば、先住民専用の依頼全てを総取りし、報酬を独占するだろう。そしたら先住民冒険者達の需要が無くなり、大量の冒険者が路頭に迷うだろ? それを阻止する為に王都と公安ギルドが作ったルールがそれだ。奴はこれを約3ヶ月間破り続けていた」


「……ッ!!」


 言葉を詰まらせるイブキ。ラディの言うルールとやらは、先住民達にとって特に無くてはならないものだと納得してしまったからだ。


「だから…あんたたちが……ギルドに飼われてるあんた達がッ!!」


「なんとでも言え。だが、メテンの拘束依頼ともなれば、俺達龍小屋が出張るのは理にかなっている。仮にあの日、奴がバケモノと出くわしていなかったとしてもどの道俺達に捕らえられ、腕を切られて檻の中だろう」


 --シューゲツはどの道助からなかった……? この世界で自由に生きることなんて…無理なのか……?


「この世界は甘くない……俺達メテンにとっては特にな。生き残るには圧倒的な力……力を得るには残虐にならなければならない。争いを拒絶して一生平和で過ごそうなどと思った日向秀月やそれに憧れ、奴の死に涙を流すおまえのような弱虫は……そういう奴らの餌になるだけだ!」


「……!!」

 --人の死を悼むのが弱虫だと……!? それにこいつ……シューゲツを!!


 拳を握り、ラディを睨みつける。自分自身と何よりシューゲツを貶すような彼の言い回しにふつふつと怒りの感情を滾らせていく。


「……他人を馬鹿にされてキレる。それをこの世界じゃ“弱虫”だって言ってんだぜ?……もういいだろう! 今ならば龍魔力と肉体の同調も僅かだから手順も楽に済む。覚悟を決めて右腕を差し出せ!」


 --こいつだけは……!! 必死に生きたシューゲツを弱虫と言ったこいつだけはッ!!


 唇を噛み締め、身体を震わせる。それは目の前に立ちはだかるラディに向けられた怒りの表れだった。カッと目を見開く。血走った眼光でラディを睨みつけ、大地を踏みしめて叫ぶ。


「……っせぇんだよ!!!! 人の死を悼んで何が弱虫!! 争いを拒んで生きることが弱い!!!?? お前何様なんだよ!!! あんなに幸せそうに……!! あいつは幸せそうに生きて……羨ましくて妬ましくてッ!!! それに憧れて……なんかわりぃのかよッ!!!!」


 ガラガラに枯れた叫びと一緒に放たれた拳を軽々と受け止めるラディ。そのまま片手でイブキを突き飛ばすと、バキバキと指の関節を鳴らして構えを取った。


「ヤケになりやがって……! 少し痛めつけなければ分からないようだなッ!!」

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