第7話 茶髪とパーカー 腐敗した日向
「うぉあッ! 死んだ!?」
急に倒れたイブキに思わず驚き、後退りする少女。野生の蛇でもからかうように身を退かせながら、小枝のように白くてか細い脚でイブキの脇腹をつついてくる。
「い、生きてるって……」
何とかつついてくる脚を退けることで生存をアピールしてみる。少女は目を丸くして答えた。
「あ、生きてた……って君……顔真っ白じゃんか……ヒルかなんかに血吸われた?」
中学生位の背丈の少女だった。浅く被ったフードから覗かせる白くて餅のようにぷっくりとした頬と末端部分に少しだけクシャっとパーマがかかったような青髪。ふた周りほど大きな灰色の、袖の無いパーカーに酷似したローブを纏っている。
そんな幼い見た目に見合わず、死体の転がる残酷な現場に居合わせていても全く動る様子もなく平然にしている様は、かなり違和感を覚えた。
「……ヒルは貧血するまで血は吸わないだろ……縄だ。こいつで縛っておけ」
少し奥から少女に頑丈なツルを投げ渡す男性が1人。イブキは目を凝らしてそいつの姿を確認する。
幾重にも入念にトリートメントされたように滑らかに整った茶髪に整った輪郭。猛禽類の様に鋭い茶色の瞳。長身で全体的にスラっとしており、程よく装いを着崩した伊達男の様な雰囲気を感じさせるも、シャツから覗く程よく血管の浮き出た腕は、男らしさと色っぽさを醸し出していた。
--あれ……? こいつどっかで……。
イブキは、彼の顔に見覚えがあった。すぐに思い出せない辺り大した間柄では無かったことは明白だが、それでも知らない世界で既視感を感じるのは少し気になることだった。
疲労困憊の目と思考を凝らして彼を見つめる。そんなイブキの視界をわざと遮るように少女の顔がぬっと顔を覗かせた。
「ごめんごめん。ちょっとさ……縛んなきゃいけないのよ」
「……へ?」
「だってさ、君だけ五体満足で生きてるんだよ? この状況で…めっちゃ怪しくない?」
「いや……怪しくないっすよ! 寧ろ被害者というか……」
「しょーこは?」
「えぇ……」
--あるわけないだろそんなの! こっちもさっきから滅茶苦茶な目にあってんだぞ!
「んまぁ、しばらく大人しくしてろってことでヨロシク」
「え……えぇ……」
--こいつ……カワイイ顔してなんでそんなに非情になれるんだよ!
容赦なく少女がイブキの身体に縄を括りつけてくる。何故か若干身体が痺れていることもあり、抵抗する事も出来ずせっせと身体を固定してくる少女を横目に大きくため息を漏らした。
「ちょっ! なんかチクチクして痛いんすけどこの縄……あの…もっと優しく……」
「うっさいなぁ〜その辺に落ちてたヤツなんだからしょーがないじゃんか」
「えぇ……」
--まってまじで痛い……ねぇお願い許してお嬢ちゃん!!
恨めしそうに視線を送るイブキをまるで気にせずに、クルドは奥で横たわるリアの死体を調べるラディの元へ向かう。傍らにあった大木に寄りかかりつつ神妙に口を開いた。
「その女の人……さっき倒したヤツに似てんね…喉のあたりを剣かなんかでズブズブいかれてるけどさ、さっきのバケモノもそこでしばってるヤツも剣を使ってる感じしなかったよね? どーゆーことだろ」
ラディはリアの傍らに落ちていた剣を拾い上げ、少し刃先を眺めた後簡単に振ってみる。眼前に遮る枝が綺麗に切断され、ガサガサと落ちていた。
「……軽いな…それもビギナー用だ。恐らく初心者の女性冒険家かなんかのものだろう」
「知ってんの? 剣」
「レイの奴が詳しいだろ。クルド、依頼書をもう一度よく見せてみろ」
前に付いたポケットから筒状に丸めておいた依頼書を手渡すクルド。それを広げ、記載されている詳細にもう一度良く目を凝らした。
横で背伸びをして依頼書を覗き込むクルドに目線を合わせるべく腕を下ろすと、彼女は呟くように音読を始めた。
「『違反者拘束願…。“水龍”日向秀月はメテンという立場でありながら我々先住民冒険者専用依頼を身分を偽り不正に実行し多額の報酬を受け取った疑いがある。これは公安ギルドが設けたメテンへの規制内容の1つ、“先住民冒険者専用依頼をメテンが実行してはならない”に該当する立派な違反行為である。よって日向秀月を正式に違反者と看做し、同盟組織“龍小屋”に彼の拘束を依頼する』……ねぇ…」
「“水龍使い”は今日クロツノオオカミの討伐にここへやってきた。これは依頼を出してた民間ギルドの受け付け担当に確認済みだし、なによりそこら中にオオカミ共の死骸がある。問題は……」
「あのバケモノだよね。パーティーが全滅してる辺り相当強い奴だったに違いないけど……やっぱり別のメテンだったのかなぁ……」
「さぁな。もう死んでる以上、それを確認することは出来ない。まずは公安ギルドに依頼された“水龍使い”の拘束、それと……」
「フレイマ・ブライツベルン嬢を連れ戻すんだっけ? んまぁ、流石に将来名家を支えるであろう愛娘をいつ死ぬかも分からないメテンにくれてやる訳にはいかないよねぇ。最初は大喜びしてたみたいだし、それ思うとなんかちょっと不憫っていうか…」
相槌が無かったので一旦話を止めてラディを見やるクルド。案の定彼の視線は彼女に向いておらず、あしらう様子にムッとくる。
「うわ無視ってるし。あたしかわいそー!」
皮肉を込めて吐き出した言葉にすら無反応のラディに、一層口をへの字に歪める。「おい茶髪!」と派手に罵倒してやるが、それでも反応を示さない。それなら一層こいつは何を見ているんだと彼の視線の先が気になり、彼の向く方角を辿る。
視線の先には、自分らでトドメを刺したメギトの眠る場所があった。
ここが気になっていたのかぁと言わんばかりにため息混じりに同じ方角を見つめる。そのうえで目を細めるラディが思っているであろう考えを推測して先回りするように呟く。
「確かに異様に呆気なかったね……ほんとにしんだのかなぁ。なんか叫んでたけど」
「あそこの中心地点に確かに男の焼死体が転がっていた。間違いは無いはずなんだが、挨拶代わりで打ち込んだ技がこうも上手く通るとは……あまりにも呆気なくて寧ろ妙だ」
「うわ! 話題合わせた瞬間べらべら返ってきた! これだからラディはさ〜」
「業務連絡は普通返すだろ…構って欲しいのか? お前は」
「だって無視されんのムカつくじゃんか」
--なんだあいつら……なんの話しをしてるんだ? シューゲツって聞こえたような気も……!
2人の会話に目と耳を凝らしていたイブキ。何とかして情報を得ようとする真っ直ぐな視線を、馬鹿正直に向けられた彼等が気付かないはずも無かった。
「……ラディ。めっちゃ見てきてるよアイツ」
「分かっている……まだ奴からは事情聴取をしていなかったな」
2人は歩を揃えてイブキが縛られた場所へ戻ってくる。少女は不敵な笑みを浮かべており、男の方はぶっきらぼうにこちらを睨み付けている。明らかにこれから尋問的な何かをしてくる気満々なオーラにイブキは青ざめた。
目の前までやってくるとまずは少女が試すような口調で問いかけてくる。
「ねぇねぇ、これからあたしたちがする質問にさ、嘘偽りなく答えてくんないかな? 言っとくけど嘘は秒でバレるし、時間のムダになるだけだからさ」
浅く被ったフード越しに見える少女の瞳は笑っていなかった。相変わらず見た目の割にはやけに肝が据わっており、下手な嘘を付いたら平気で指とかへし折って来そうな勢いである。
「つ、つかないっすよ……嘘なんて……」
「ふ〜ん。じゃあさ、コイツの顔……知ってる?」
少しシワの目立つ茶色い紙。“WANTED”の横文字が並らぶ下には明らかに見覚えのある顔写真が映し出されていた。
--シューゲツ……? なんでこいつら……シューゲツの顔を!
わかりやすく動揺する様に口角を上げる少女は、からかうように続けた。
「えへへ、めっちゃ反応してんじゃん。明らかだね関係性はさ」
--どうしてこいつらがシューゲツを……! それに“WANTED”って!
「大人しく吐け。俺達に嘘は通用しない」
青年が鋭い眼光で圧をかけてくる。先程のメギトへのトドメの一撃といい、既に彼等がただものでは無い事を認知しているイブキは、自分を守る為にもひとまず、正直に全てを話すことを決心した。
「お、俺は……!」
口を開いたまま、イブキは凍り付く。どうしたと固まる2人の間には血だらけの身体でよろめきながらこちらに向けて右腕を翳すシューゲツの姿がしっかりと見えていた。
「……やめろッ!! シューゲツ!!」
イブキの叫びは耳に入らないのか、半ば機械的に右腕から水弾を放った。小さくも銃撃のように風を切る水弾は、キョトンとした表情でこちらを見つめる少女の後頭部へと迫ってきていた。
咄嗟に目を伏せるイブキ。既に脳天から血飛沫をあげて倒れる少女の姿が脳裏に浮かび、ガタガタと震えた。
しかし、次に聞こえてきた声は、まるで冷たい川に脚を突っ込ませる少女のような無邪気なものだった。
「うわっ! 冷たっ!!」
水弾は少女の直前で静止し、瞬間的に凍結するとバラバラに砕けて舞い散る。先程のリアクションは、露出してる肩に降りかかった氷から来るものであり、彼女本人は外傷を受けた様子は見受けられなかった。
「えへへ、
肩に付着する氷の粒を払う少女を差し置き、改めて水弾を飛ばしてきたシューゲツを睨むラディ。その正体を確認するなり、彼は動揺した。
「あいつは……!?」
持っていた手配書を見直す。もう一度方角からやってくる血だらけの男の顔を注視すると間違いなく、手配書に載っていた顔と瓜二つだった。
頭部から突き上げるように生える、かのオオカミ達と同じ形をした角を除いて……。
「黒角!? まさか黒龍の手先だったってこと!?」
「あの外傷……生きている方がおかしい。生気も感じ取れん……どういうことだ?」
焦り、困惑する2人へ向けてシューゲツが大量の水弾を放つ。散開して殺到する水弾から逃れるとクルドはフードを外し、ラディは両手足を龍の形に変化させ、挟み込むようにシューゲツの元へ駆けていく。
「お、おぉいちょっと!!」
取り残されたイブキも縛られながらも何とか身体をくねらせて水弾を躱す。彼の頬を掠めた水弾は後ろの大木にぽっかりと穴を空けており、思わず固唾を呑む。
--シューゲツ……どーしちまったんだ? そんであの角……! 狼共と同じものか……?
イブキの分析はつかの間、シューゲツへと向かっていった2人は程なくして彼に攻撃を仕掛けに回っていた。
「ハァッ!!」
ラディの放った拳がシューゲツの顔面を捉える。手応えは充分だった。それだけにまるで反応も無くただ殴られた状態のまま無作用に右腕を握るその様子は、まるで“生命力”を感じない不気味な動作にも思えた。
「……ッ!?」
動揺したラディの腹部にシューゲツの異形化した右腕がめり込む。重たいボディブローを受けたラディは、そのまま膝から崩れ苦悩の声を上げた。
「クソッ!! この野郎……!!」
悪態をつきながらも思った以上に攻撃が効いていないことに驚き、眉をひそめる。
--どうなっている……何故あの状態で瞬時に反撃が出来る…?
先程の拳は顎付近にヒットしており、間違いなく脳を揺らして3日は歩けなくなる程にはダメージが行き渡るものだった。ラディ自身、まともにこちらの存在が認知されている状態でこんなにも綺麗に入るとは思ってもみなかった程であり、だからこそ予想だにしなかった反撃に、腹に広がる鈍い痛み以上の衝撃を受けていた。
「考えている場合ではないかッ!」
反撃の為瞬時に上を見上げると、血液を頭から被ったのかという位にまで血に塗れた顔面をこちらに近付け、右腕を振り上げるシューゲツの姿。相変わらずその様子に生気は感じ取れず、ただ壊れた機械のように自分へ向けて暴力を振りかざしてくる不気味さを覚える。
「まずいッ!!」
咄嗟に両腕で顔面を守った同タイミングで、ドンッ! という衝撃音が鳴り響く。その刹那、拳を振り上げていたシューゲツの身体が発火した。
「今のラディ、めっちゃビビってたね?」
掌の付近で舞い踊る火の粉をフッとひと消しするクルドが年相応にいたずらな笑顔を向ける。ラディはそれを一睨みして肩をすくめた後、彼女の横に並んだ。
「お前……性格悪いだろ」
「えへへ。おもしろかったんだからしょーがない」
煽り合う2人。但しその視線は視線を燃え上がる肉体を右手から繰り出す水で消火するシューゲツに集中していた。
「あれ、間違いなく死んでるね。黒角生えてるし、死体を操って攻撃してくるっていうタイプの黒龍幹部の仕業かな……? なんで死体が動くのか原理はわかんないけど…。そいえばラディ、動く死体を倒すゲームが前世の世界にあったって前あたしに言ってたけど、あれに近い感じ?」
「“アンデット・バスター”の事を言ってるのか? そう言われるとそれに近い。まぁ実際にゾンビを見てみると想像以上に痛々しいものだな」
「あーそうそれそれ。ゾンビを機関銃かなんかで倒すってやつ。未だにプレステ? っていう奴の仕組みが分かんないんだけどさ」
「理解するな文明が違う。……とにかく、黒角が生えている以上近くに“黒龍”かその幹部がいるはずだ。いち早く奴を倒して追わなければいけない。クルド、援護を頼む」
「いいけど、詠唱はスキップするからほんとに陽動くらいしかしないよ?」
「構わん。代わりに数を出せ。間違っても俺に当てるなよ?」
「……当てたことないじゃんか」
ムッとするクルドを差し置き、フラフラと不気味に揺れるシューゲツを睨むラディ。その両手足はメキメキとした音を立てながら茶色の鱗が並ぶ龍の皮膚へと変化していく。
クルドは顔だけをイブキへと向けて、自信たっぷりに告げた。
「えへへ、よーく見といてね! あたしたちの力をさ!」
--シューゲツ……お前はもう!
イブキの視線は話しかけてくる少女には向いておらず、血だらけの白目を剥いたシューゲツを見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます