第4話 日向ぼっこはもう終わり

「フレイマ、この辺で合ってるかな?クロツノオオカミの巣は」


 歩きながら自身生成した水の玉を掌でコロコロと遊ばせながらシューゲツは横で軽やかに脚を運ぶフレイマに語りかける。


「はいッ! もう少しで彼らのボスが拠点としているポイントに辿り着きます! そこでの作戦は……」


「うん。僕が水圧弾で粗方撃ち殺しておくから、後は逃げ遅れた奴をみんなで狩って貰おうかな」


「ちょっと! またあんたの一人舞台になるじゃない!」


 リアが不服そうに突っかかってくる。


「アハハハ……じゃあリアにはボスの対処をよろしくしようかな? ボスを倒さないといつでも群れは復活するらしいし、そこだけはしっかり1体1で討伐を確認しよう」


 重要なポジションを任されたらしいリアはシューゲツから目を逸らしはにかみながら「しょーがないわね……」と呟いた。


 --うっわ。なにわかりやすくはにかんじゃってんのー!


 シューゲツと女性陣の誰かがイチャつく度に嫉妬心が蠢くイブキ。一連のやり取りにかなりの嫌悪感を示しながらも、それ以上に気になってたあることを尋ねてみることにした。


「あの、さっきから“〇〇らしい”とかって自分以外の知識ばかり使ってるのはなんでなんすか?」


 問いかけられたシューゲツは、あちゃーと言わんばかりに肩をくすめ、愛想笑いを交えながら答えた。


「アハハ…痛いご指摘だね。実は僕、魔狩り担当の冒険者になってまだ3ヶ月と少しなんだ。だから……正直分からないことも多くてね」


 --絶妙なタイミングでタメ語に変えて距離詰めてきた! これが“コミュ強”って奴なのか!?


 恐らく無自覚だと思われるが、シューゲツのコミュ力に驚くイブキ。そんな彼とは裏腹に、ポリポリと顔をかくシューゲツに、フレイマがそっと身を寄せ、付け加えた。


「わっ! 近いよフレイマぁ……」


「えへへ〜! シューゲツ君は凄いんですよ! 突然私達の町にやってきたかと思ったら、急にとんでもない水の力を発揮して中級魔物の群れを一網打尽にしちゃったんですから!」


「それで、私とリアお姉ちゃんが助けられたんですもんね!」


 横にいたリナが付け加える。どうやら、彼女らにとってシューゲツとはヒーローのような存在なのかもしれない。


「ちょっと! その話は禁止だってば!」


 そっぽを向いていたリアが妹の口を抑える。彼女の様子から察するに、本当のことらしい。


「アハハ……たまたま上手くいっただけだよ。僕もそれが初めての魔狩りで、そのあとの仕組みなんかを教えてくれたのは2人だったし、会えてよかったと思ってるよ」


「なッ ──!!」


「うぅ……はぃぃ……」


 --うっわ。また顔面茹で上がってるよ。


 姉妹揃って無自覚に好意的とも取れるシューゲツの発言に頬を赤らめ、イブキがそれを見て嫉妬するというもはやお決まりの構図が出来上がりつつあった。


 しかし、イブキも単に嫉妬する為だけに質問した訳では無い。シューゲツの回答内容から、イブキが彼に抱いていたとある疑惑が、確信へと近付いた。


 --散々強いって言われるだけの実力があるのにも関わらず、戦闘経験そのものは薄い。オマケに名前が1人だけ俺とそっくりじゃねえか。つまり……。


 --こいつ、もしかして俺と一緒……?


「な…なぁあんた……」


「ん? どうしたんだい?」


「いや……」

 ーー言えるわけねぇか……流石にこんな超現象を歩きながら自然なノリで聞ける奴なんていないだろうし……もし仮に俺と同じだとしたら…こいつにも同じ使命感が植え付けられているってことになる……。


 押し黙るイブキ。質問を躊躇する裏にはやはり、心の内で眠る例の使命感。


 “同じ立場の者と争わなければならない”。ほんの一瞬でも打ち明けようと考えてしまった自分が恐ろしかった。


 胸にしまい込まなければならない、誰かに背負わされた宿命の重荷。勿論、そんなものに従う気は更々ないイブキではあるが、その“同じ立場の者”とやらが妙なほどその宿命に忠実に従っている可能性がある以上、まずは自分を守るためにも、相手に向かって『お前俺と同じか?』と聞き出すことは絶対にしてはならないと自分自身に誓った。


 その直後だった。シューゲツの口から、イブキにとっては考えられない言葉が平然と漏れてきたのは。


「ああ、僕がこの世界の人間じゃないっていう話かな?」


「ちょおま!!! なにスラッと言ってんだよ!!」


 あまりにもの衝撃に、思わずシューゲツの胸ぐらを掴んで一喝する。まるで悪びれていない様子のシューゲツは、必死に叫ぶイブキをきょとんとなる。


「ど、どうしたんだい……? 僕また何か気に障ること言っちゃったかな……」


「そういうことじゃなくて……おまえ…まさかはじめから俺のことを知ってッ」


「ちょっと! あんたなにしてんのよ!!」


 飛び込んできたリアに拳を貰い、よろけるイブキ。じんじんと痛む右頬を抑えながら、これからこいつらに殺されるんだと再び目に涙を浮かべた。


 ーーやっぱりそうだ……こいつら…はじめから“同じ立場”の俺を狙って……嵌められたってことかよッ!!


 死にたくない──。脳裏によぎる当然の感情。命の危機を感じるとどうやら身体能力の向上と比例してプライドが崩れるらしい。半ばパニックとなった状態で、考えるよりも先にイブキは地面に頭を擦り付ける。


「どうか見逃してください!! 俺は……まだ死にたぐッ!! ……ないッです!!」


 これしか思い付かなかった。必死に這いつくばり、命乞いをする。奥で女性陣がヒソヒソとなにかを話す声が聞こえる。ハッキリ聞こえたのはリアの『嘘でしょ……』だった。


 暫くの沈黙。焦らさないでくれと言わんばかりに顔を覗かせるイブキ。するとそこには再び右手から水の塊を、まるで聞き入る様子もなく強ばらせた表情で生成するシューゲツの姿があった。


 あ ──、こいつらクズだった。人がこんなに必死で命乞いをしてるのに救わないんだ。最低かよ。といっそ罵りまくってから殺されてやろうと立ち上がろうとするとシューゲツは目を見開き、イブキに一喝を入れた。


「伏せて! そのままッ!!!」


「え?」


 シューゲツが水弾を放つ。それはけたたましい水音を発しながら、イブキの上でいつの間にか飛び込んできた3匹のクロツノオオカミに命中した。


 ギャウ!という少し胸がチクリとなる断末魔をあげて絶命する狼達の死体が、土下座の姿勢のままで固まるイブキの周りへゴロゴロと転がった。


「ひっ!!」


 死体と視線が合い、ズルズルと後退りするイブキを『どきなさいよ』とリアが蹴飛ばし、またしても現れた狼達に拳を握りしめ向かっていった。


 他の女性陣も各々対処に回っていた。リナは短剣で狼の腹を裂き、フレイマは弓で狼の眉間を射抜く。ユーミに至っては、自身が四足歩行の生き物として姿を変えて狼の首に噛み付く。


 その光景をイブキはただ頭を抱えてブルブルと震えながら凌ごうと試みる。前で自分を守るように戦うシューゲツが非常に頼もしく見えた。


「ねぇ! イブキ君!」


 狼達を対処しながらシューゲツが声を張り上げる。イブキに向けてだった。


「さっきの土下座さぁ! もしかして僕が君と争うだろうって思ったからやったのかい!?」


「そうじゃなかったらなんでするんだよ!!」


 イブキも、震えを吹き飛ばす様になるべく声を張り上げた。


 2人の大声会話合戦は続く。


「なるほど! でも僕はね! 縛りをしているんだ!」


「なんの!?」


「そんな宿命を無視して自由に生きようっていう縛りさ!! だから君と争うことは僕の縛りを破ることになってしまう! だから! その……」


「安心してくれ!!」


 --こいつ……めちゃくちゃ良い奴じゃねぇか!!!!


 先程、“クズ”にまで落ちぶれていたシューゲツの評価が、一気に変わる瞬間であった。


「くだらないだろう!? 自分の願いの為に他人を殺すなんて! だったら僕は! この地で異世界探求者として生きたい! 彼女らと一緒に旅を続けて! 幸せに生きたい!!」


 自分の掲げる願いを力いっぱい叫びながら、掌に大きな水の塊を生成する。そこから分裂するように小さな水弾が放出されると、狼達の肉体を穿ち葬っていく。


 女性陣も負けじと奮闘し、次々と狼達を葬っていく中イブキは一人、シューゲツをぼんやりと見つめながら彼の願いについて考えていた。


 --やっぱり同じだったのか……。俺とあいつは。あんなに強くてモテモテのあいつと……俺は一緒なのか……?


 ーー宿命なんかしょい込まなくても…この力があれば生きていける……? それもあいつみたいにちょっと格下の獣倒して、顔の良い女助けて囲んで……“自由に”生きれるのかな……。


 希望でいっぱいになっていた。戦わずとも、この世界で自由に生きることが出来ると……。それは恐らく、生前過ごしていた“あんな世界”よりもずっと幸せな時間になることを確信して……。


 まずは力を見せびらかして、周りの女共をあっと驚かせてやらなければならないと感じたイブキはそっと立ち上がり、先程よりもずっと強く拳を握りしめる。


 --俺のどっかにある凄い力……目覚めてくれ──!!


 イブキの殺意に気付いた1匹の狼がこちらに振り向き、突進してくる。今度こそ憎たらしい顔面を砕いてやるとフッ! っと息を吐いたその時だった。


「悪いねぇ〜!あんまりにも面白味がないもんでよッ」


 いつから後ろに居たのか、イブキの後ろから気さくに話しかけてくる何者かの声が聞こえた。


 そいつのオーラは突進してくる狼等よりもずっと禍々しく、まるで小さな羽虫の大軍を顔面から被った時の様な不快感を帯びていた。


「う、ぅおあッ!!」


 すぐに肩の手を振りほどき、離れようと身体をくねらせると、丁度迫ってきた狼に背を向ける形となってしまった。対応も間に合いそうになく、無防備に捧げる形になってしまった。


「こんの──!! 馬鹿ッ!!!」


 丁度近くにいたリアが狼を殴り飛ばしてくれたお陰で事なきを得たものの、尻もちを付くイブキを見下す彼女の端麗な顔立ちは、今にも噴火に至るレベルにまで怒りに震えていた。


「あ……あざまっす」


 とりあえずお礼を言うイブキの胸ぐらをその細腕からは想像もつかないくらいの力で掴み、無理矢理立ち上がらせるリア。


 そのままイブキを片腕で大木に押し付け、余った方で彼の顔面の真横に拳を打ち付ける。


「おぅ……!!」


「じっとしてろ……って言ったわよね?」


「言ってたっけなぁ……?へへッ」


「言い訳してんじゃ無いわよ!! あんたみたいなドンくさい奴はわからずとも後ろでじっとしてるべきだって普通はわかるでしょ!? なんなの!? さっきから邪魔ばっかりして!!」


「してるつもりはないんっすよ……ただ……」


「ただ!? 何!?」


「その……俺の後ろで……こえが……」


 イブキが言い切る前に、また1人の女性が割って入ってくる。


 妖精のようなフワフワとした雰囲気を持ったフレイマ。太陽のような笑顔を全く崩すことなく、イブキに言い放った。


「ねぇ、足引っ張んないでねって言ったよね? さっきも大声で土下座してたけど、あれでオオカミの群れが目を覚ましたってことに気付かなかったの? 私達の冒険の邪魔をしないでくれるかな?」


「そ.......それは!!」


「言い訳してんじゃねぇ!!!!」


 絶叫したリアが隣の大木を回し蹴りでへし折る。蓄積された怒りは我慢の限界を超えていた。


「してないって……言ってるだろうが……」


 イブキは涙を浮かべながらシューゲツの方に目をやる。彼は怯えるリナとユーミの頭を撫でるだけで、話に割って入る気はないようだった。


「お前ら……」


 堪えきれずに溢れ出した涙を拭って、2人を睨みつけるイブキ。こちらも我慢の限界だった。嗚咽の交じった叫びは再び森中に響いた。


「うる……ぜぇんだよ!!!! ざっぎッ!! がらよぉ!!!! てめぇら!!……グッ!! どーせ!! そこの男と……! 一緒に居てぇだけで! おでが!! いるのが鬱陶しいだけ…だろうが!! なん……なんだよ! 話じも……きかねぇで!! あいつが喋ったら……ゆでダコみてぇに……なるぐせにィ!!」


「はぁ!!?? 気持ち悪い声でなにいってんのかぜんっぜんわかんないんですけど?」


「だから──」


 言いかけた時、イブキは見た。


 イライラと腕を組みながら地を踏み鳴らすリアの後ろに、先程語りかけてきた、羽虫の大軍の様な不快感を感じる人影が大きく爪が突出した異形の腕を突き出し、背を刺す寸前にいた事を。


「う、うしろぉぉぉぉおおおおお!!!!」


「えッ────!?」


 ブッ…ジュブッ!! と生々しい音と共に、彼女の腹から異形の拳が血みどろの中で咲くように開き、ありえない量の鮮血が腹から吹き出す。


 リアの瞳から生気が一瞬で奪われる。そのまま彼女の肉体は、自立の効かなくなったおもちゃのように呆気なく倒れた。


「あ……どーも。あんまりにも修羅場だったもんで……隙だらけだなぁ〜っと」


 鮮血に染まった異形の腕を眺めながら、まるで教師に怒られてもヘラヘラ笑っている少年のような軽い態度で、そいつは現れた。

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