第3話 日向で満ちる男と不穏な足音

 没個性的ではあるが、サラサラの黒髪にパッチリとした二重。全体的に彫りの浅いあっさりとした顔立ちは、いかにも女子ウケの良さそうな雰囲気を醸し出すひとりの青年が、安堵と主に話しかけてくる。


 服装に至っても本人の生真面目さが滲み出ているような、白と黒を基調とした単調な色合わせで顔立ちにも劣らないシンプルな良さを表現している。


「お怪我はありませんでしたか?遠くからおかしな声が聞こえたもので……」


「だい……じょうぶっす……!」

 ーーあの攻撃…こいつがやったのか……


 青年はふぅっとわざとらしく胸をなでおろし『よかったぁ〜』とほっと息を付く。


 安心したのも束の間、再びのガサガサ音。しかし、今度は黄色い声をした文句を乗せながらである。


 声の主はズン! ズン! と口を尖らせながら青年に近付き、細くしなやかな指先で彼の胸をつつきながら再びガミガミと言い始めた。


「ちょっとシューゲツ! あたしの討伐分まで撃たないでよ! お陰でこの拳に溜め込んだ力の発散場所が分からないわ!」


 滑らかな金色のポニーテールが、彼女が怒りのジェスチャーを行う度にしなやかに靡く。それによって産まれた淡い香りに思わず後ろのイブキは鼻の下を長くして彼女を見つめるも、もっと至近距離でその極上の香りを味わっているはずのシューゲツと呼ばれた青年は「アハハッ……」とこれまた爽やかに困っていた。


「お、おねぇちゃん! シューゲツくんも悪気があった訳じゃないんだし……あんまり怒っちゃ…」


「とにかく、何も無くて良かったですね!」


 続いてやってきたこれまたお美しい御二方。プライドが高く、学校生活では“女なんて大したことない”とか言って常に斜めに構えていたイブキの目玉はしっかりとハート型に変わり、3名の美少女に釘付けになっていた。


 金髪美女をオドオドしながら宥める彼女は、姉と同じような金色の髪と、スカイブルーの瞳を持っていた。肌も同じく透き通るように白く、他にも姉妹と言われれば一発で理解できる程度には双方に似通った点がいくつも見つかった。


 ただ髪の長さは姉妹共に違い、腰まである姉に対して妹の方は肩にかからない程度のボブカット。背丈も姉の方が少しだけ大きかったが、胸は誰が見ても妹の勝ちだった。


 その様子をにこやかに見つめる女性もまた彼女らに負けじと劣らない存在感を放っていた。


 ライトグリーンのセミロングは深緑色の瞳を薄いカーテンのように半分程度隠している。全体的に緑系統の衣類を身にまとっているお陰か、まるでこの森を住処とする妖精にすら見えた。ちなみに胸は妹の方よりは若干小さいながらも、これまたかなりのボリュームだ。


 そんな美少女3人に囲まれても尚、横でデレデレのイブキと違い頭をカリカリと掻きながらも動じずにへらへらと笑っているシューゲツが不思議で仕方がなかった。


「ごめんごめんリア。ちょっと援護してあげようって思っただけなんだよ」


「ちょっとって……! 殆どあんたが倒しちゃってるじゃない!」


「いやその……またやりすぎちゃったかな……」


「やりすぎちゃったって……ほんっと!規格外なヤツ!」


 フンッ! っとそっぽを剥くリア。怒らせちゃったなとポリポリと顔をかくシューゲツにリアの妹がイブキの方を見てあざとく首を傾げた。


「この人……どなたですか?凄い汚れていますけど……」


「さっき聞こえた声の主様だよ。ほんと……助けられて良かった!」


 妖精みたいな人が隣でパンッ!と手を叩き、一言。


「あ! あのたすけてーー! って面白い声で叫んでた人ですね!」


「そうっす……へへっ」

 ーーおいやめろ。めちゃくちゃ恥ずかしい。


 あれでも当時は必死だったんだぞと言い返してやりたかったが、妖精みたいな人のあまりにも悪意のないにこやかな様子を見るに、悪気はないんだろうなと思えた。


「ところで、こんな山奥にどうされたのですか? 武器とかも持ってないようですし……」


 シューゲツが首を傾げる。確かに、傍から見れば丸腰で猛獣の住まう森の中に1人でいるなんて普通ではない。そもそも、死んでからずっと普通ではない状況から脱出できていないわけだが……。


 はじめは丸々正直に話そうかと思ったが、美女達のいる場面でこんなに難しい状況を上手に説明できる自信のなかったイブキは、ひとまず誤魔化してみることに決めた。


「俺もわかんないっす……なんか気が付いたら森の中で転がってて……記憶喪失っすかね〜へへッ」


 へらへらと頭を描きながら目を合わせずに誤魔化すイブキ。彼なりに全力で行った演技だったが、シューゲツの横で、またもや宝石のような瞳を刃のように尖らせ、差し込むような視線でこちらを睨むリアには一切通じて無さそうだった。


 ズカズカとイブキの眼前まで歩み寄ると、わざとらしく頭をかいていた右手をがしりと掴むリア。女の子に手を掴まれるのが初めてだったイブキは、一段と間抜けな声で驚いた。


「ぅおわッ!! すんません!」


「はぁ? 嘘ついといてすんませんで済むと思ってんの? あんた何者よ。第一、クロツノオオカミの群れ相手に丸腰で10秒以上持つなんて普通は考えらんないわ!」


「ほ、ほんとっすよ! なんか……まぐれで避け続けられてたんでなんとか……へへっ!」


「この期に及んでまだ嘘つこうってハラ? 一回ぶん殴って……」


 リアは空いている手で拳を握りしめる。嵌めてある革製のグローブの軋む音が、イブキの恐怖を駆り立てた。


「こーら! リア! 怖がっているんだから離してあげないと。争いは良くないことなんだから」


 リアの肩に手を乗せ、彼女を宥めるシューゲツ。するとあれだけ頑固に話を聞かなかったリアがすぐに手を離し、再び腕を組んでそっぽを向いた。


「わ、わかったわよ……。ほんっとお人好しなのねあんたってば……」


 ツン、とそっぽを向いてごもごもと喋るリア。金色のポニーテールが、赤らめた頬を隠すように靡く。


「うん。いいこいいこ」


「ひゃぁッ!! ちょっ! 何すんのよ!!」


 そんな不器用な彼女の態度にお構い無しと言わんばかりにリアの髪を撫で、追い打ちをかけるシューゲツ。リアも拒絶したものの、内心非常に嬉しそうに頬を赤らめ、下唇を噛みながら俯いていた。


「あ、ありがとうございやす……」

 ーーなんだ……? 妙に大人しくなったぞ?


 イブキは一連の流れを半分挙動不審になりながら眺め、リアが大人しくなった段階でひとまずシューゲツにお礼を言うことにした。


「全然大丈夫ですよ! そうだ! 貴方の名前を教えてくれませんか?これから同行するわけだし、名前くらい知らないと!」


「え? 同行……?」

 ーーこ、こいつ……。


 突然同行することを宣言され、有難いながらも、若干複雑な気持ちを抱いていた。


 --確かにこいつらに着いてけば、森を抜けるのは楽そうだが……。こいつら、俗に言うハーレムとかいう軍団だろ? さっきみたいに美女とこいつがイチャついてる場面をこれから何度も見せられるわけだろ……? うっわ! うっざ! きっしょ!! 付いていけねぇ〜!!!


 嫉妬だった。今まで美女は愚か女性とまともな会話すらした事の無いイブキにとって“カップルがイチャついてる瞬間”というものは、例外なく自分では手に入らないものを他者が平然手にし、自分に見せびらかしている様に見えて非常に不快に感じるものだった。


 無論、彼らといるメリットを差し引いても、この不快感は大きすぎるものだった。


 戸惑うイブキを察したのか、シューゲツは慌てて謝罪する。


「ああ……すみません! そうですよね。いきなりだと不安ですよね?でも、やっぱり貴方みたいな人が森の中で一人でいるなんてやっぱり見過ごせませんし……」


「あ……はぁ……」

 ーーおい貴方みたいな人ってどーゆーことだ?


 肩をくすめながら本当に心配そうにお願いしてくるシューゲツに押され、つい了承してしまったイブキ。いよいよ同行が決まったかと思いきや、押し黙っていたリアがまたしてもイブキの胸ぐらを掴み、シューゲツに喚きだした。


「はぁ!? 同行するとか聞いてないんですけど!? こんなわけわかんなくて泥臭い奴を連れてくるって……足でまといになるに決まってるじゃない!!」


「いや……ハハッ」

 ーーうるせぇなぁ。俺だって嫌々なんだよ。


「じゃあ、こうすればいいね!」


 そういうとシューゲツは、イブキとリアを引き剥がし、イブキに向き直る。そのまま姿勢を崩さずに右手だけを開くと、そこにぷっくりと水の塊が産まれ、それはみるみるうちに巨大化して行った。


「ちょっと冷たいかもですけど……」


 にこやかに注意喚起するなり、巨大な水の塊をイブキの頭上まで投げ飛ばす。


「おい、お前何して──」


 言い切る頃には、イブキの頭上にそれがバシャー! っと降りかかる。


 水圧のあまりにその場に倒れ伏してしまったが、そのお陰で泥まみれだった身体は綺麗さっぱり洗い流され、リアが気にしていた泥臭さも取れていた。


「ちょっ……なにして……!」


「はい。これで泥臭さは取れたでしょ? 彼は全力で僕がカバーするし、他になにか問題でも?」


 にっこりと笑いながらリアに問いかける。彼女は、またしても顔を赤らめ、「いいわよもう……」とだけ告げた。


「さて、もう一度貴方の名前を教えてくれませんか?」


 シューゲツは笑顔のままイブキへ振り向き、改めて名前を聞いてきた。イブキは水をぶっかけられたことで若干彼に邪念を覚えるもなんとか立ち上がり、名を呟いた。


「イブキ……瀧澤威吹っす」


 名を名乗った途端、シューゲツの表情に驚きが見えたが、すぐにいつもの微笑に代わり『ありがとう』と返した。


「僕は日向秀月〈ひなたしゅうげつ〉。こっちのポニーテールの子がリアで、短い髪の方がリナ。それと…緑の髪の子がフレイマっていいます」


 リアを除いた2人は紹介されるなりイブキの方を見て、ニコリと微笑む。美少女の微笑みにまたドギマギするも、それ以上に目の前のシューゲツの名前に違和感を覚えていた。


 ーー日向秀月……? 他の女の子たちと比べて、なんでこいつだけ日本人チックな名前してんだ?


 考え込ませる隙も産ませないのか、シューゲツはイブキの真後ろに位置する大木めがけて手招きし、落ち着いた口調で呼びかける。


「ほら、ユーミ。 こっちにおいで?」


「……え?」

 ーーまだいんのか……


 大木の陰からひょっこり顔を覗かせたのは、背の小さい内気そうな少女。紺色の長髪にちょこんと2つのお団子が乗った特徴的な髪型。オドオドとこちらを眺める双眸は、髪と同じ色をしていた。どこかシューゲツに似たぬいぐるみを抱えながら、こちらにやってきた。


「この子はユーミ。恥ずかしがり屋だけど、とても良い子でかわいいんですよ」


 ユーミと呼ばれたその子はイブキの目の前で一回ぺこりと頭を下げると、瞬時にシューゲツの後ろに隠れる。頑張ったねとシューゲツに髪を撫でられる。


 大層微笑ましいその光景をイブキはそれはそれは不快そうに眺めていた。


「さて、そろそろ行きましょう! さっきのオオカミ達は、恐らく本隊の用心棒みたいなものです! この先にボスを含めたもっと強いオオカミ達が待ち構えていることでしょうし、気を引き締めてね!」


 フレイマが手をパンッ! と併せ、指揮を取らんとする。どうやら彼女らはこれからもあのオオカミ達を狩るつもりらしい。


 とりあえず大人しくしていようと心に決め、シューゲツの後ろを付くように歩き始めるイブキ。すると彼の真横に先程太陽のような笑顔で指揮を取っていたフレイマが顔を覗かせる。


 彼女は、同じような明るい表情と明るいトーンでボソリと呟いた。


「あまり足引っ張んないでね?」


 イブキは、下唇を噛み締めてただコクリと頷いた。


*************



 一人びしょ濡れの男を加え、冒険を続けるシューゲツ御一行を木の上から静かに監視する者が一人。


 周りを取り囲む美女には目もくれず、ただシューゲツとイブキの2人を興味津々に眺めていた。


「あ〜あのスカした奴は間違いねぇなぁ。女共は全員違うとして……もう1人の方はかなりグレーってとこだなぁ。身のこなしは転生者〈メテン〉のそれなんだが……避けてばっかりで攻撃シーンが見れねえじゃねえか」


 大木の上を音ひとつ立てずに移動しながらシューゲツ一行を追跡するひとりの男。いよいよ自分が放っておいた使い魔の群れに彼らが辿り着くと、薄気味悪いマスク越しの口角を上げ楽しげに、そして静かに呟いた。


「ま、こっからが本番ってとこかぁ?」

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