第15話

「落ちてくるのは金属の塊だ。通常の天体衝突と違って速度こそないが、燃え尽きずに地表に到達する。それに石質隕石より重量があるから運動エネルギーもけた違いだ。そんな高所にいては上空と、地面で反射した衝撃波に挟まれてやられてしまうよ」

 相変わらず彼らの返答はなかった。

無数の軍艦の残骸が火球となって落下していく。破片は様々な色に光りながら、空に淡く輝く雲の帯を幾重にも重ねていく。兵卒は抽象的概念を理解することが難しく、そのため平民や文民との交渉はとても苦手だ。彼らが得意とするのは視覚情報を集団で共有し、瞬間的に高度な判断をすることだ。つまるところ、彼らが信じるのは他人からの伝聞ではなく、自分たちが直接見たもの、聞いたものだけである。だから彼らのフリゲートは、その光景を目撃して、ようやく自分たちに迫る危険を察知した。

彼らの船は、おそるおそるわたしのそばの高度にまで降りてくる。遅れて衝撃波が幾重にも地表に到達し、わたしの船も重い振動に揺さぶられる。衝撃で誘発された雪崩と砂ぼこりで、一寸先も見えなくなった。その後も激しい衝撃波が船を揺さぶるが、わたしは操縦が乱れることも恐れず速度を上げるように船の設定を変更した。フリゲート二隻は乗組員が動揺しているのか、凍り付いたように動かなくなった。しばらくするとわたしのように自動操縦に切り替えたのか、またわたしの船を追撃し始めたが、わたしのような無謀な飛行はしないようだ。なるべく彼らと速度を合わせて飛びたかったが、彼らにばかり気を使っているわけにもいかない。

『もうすぐ投下地点だ。――本当にきみの言った通りのことになるのか?』

「わたしがいったんじゃなくて、わたしの組んだ解析機関がそうなるという結果を出力したんだ」

『しかしきみはその出力結果を信じているんだろう?』

「わたしはこの星が自分に味方をしてくれている気がするんだ」

『薬が効きすぎているみたいだな』

 しょせん死に損ないのたわごとだ。なんとでもいうがいい。そんなことより――

「敵のフリゲートを引き付けて拿捕したい。できるかな」

『大気圏内では電磁牽引は使えない。土木作業用の牽引銛がついているが、使った記憶はないな』

「わかった。一か八か使ってみる」

『照準はこちらで遠隔操作して合わせる。武装している方だけ捕まえられればいいんだな?』

 解析機関がはじき出した爆破予定地点は、切り立った山脈が寸断されている箇所だ。その場所は分厚い氷河に隠されていて一見するとわからないが、そこには氷河が削った巨大な峡谷がある。その見えない峡谷の底では地下水脈が流れ、火山地帯で地表に吹き出し、氷河を崩しながら、火山灰混じりの泥の河になっていく。ここは火と水が出会う場所だ。泥の河は外気で凍り、地熱で融かされる。これを繰り返して、火山地帯はところどころ網目模様の灰色の湿原となっている。ここは雲と嵐の生まれた場所でもある。この温水地帯の水量は明らかに増大していて、この地はゆっくりと内海になりつつある。

今のところは火が水に勝ってはいるが、わたしはこの均衡を壊しに来た。

 わたしは氷壁のすれすれのところを飛んでいく。泥混じりのせいで、一見すると氷だとはわからない。また軍艦の残骸が大気圏に突入して衝撃波が大地を震える。そのたびに武装したフリゲート艦は、怯える植物食獣のように地表に伏せようとする。

 牽引銛はその隙をついて火を噴いた。錆びついた金属がこすれ合う、不快な破裂音が反響する。衝撃波の重低音より身体に悪い。


 銛はフリゲートの左制御翼を貫いた。無線機からはまたあのやかましい兵隊話法が聞こえた。反撃を受けたことに怒っているようだ。フリゲートは機関の出力を全開にして飛び立とうとするが、わたしも船の出力を上げ、綱を巻き上げていく。速度こそ出ないが、馬力はこちらの方が上だ。

 もう一隻の船は手をこまねいているしかない。フリゲートは暴れまわり、無軌道に銃を乱射する。しかし銛で制御翼が壊されているので、わたしの船の重量を支え切れなくなってひっくり返る。わたしの船にも、機関を含め無数の穴が空き、ついに力尽きようとしていた。しかしわたしは、その隙を見失わない。

 わたしには時間がないのだ。

 爆弾の投下と共に、わたしは操縦席ごと、船から吐き出される。操縦室は四角いポッドに変形し、それと同時に、操縦席の上下左右から発泡緩衝材が一斉に吹き出し、わたしの身体を守った。わたしは緩衝材の隙間から見える正面の窓から、貨物船と、敵のフリゲートがともに氷壁に叩きつけられながら墜落していく様子を見ていた。なかなか愉快な光景だ。しかしポッドの飛行装置が自動的に作動してわたしを上空高く打ち上げる。

 ポッドはもう一隻のフリゲートが見下ろせるところまで上昇したところで落下傘を開き、強烈な横風に流される。

 フリゲートと貨物船はそのまま地面に叩きつけられた。どちらも積む燃料を節約していたので、爆発は起きない。しかし本当のお楽しみはここからだ。


 わたしはポッドを操縦しようとした。このままでは爆弾の爆発に巻き込まれる。落下傘を切り離そうとするが、操作がおぼつかない。転覆した船から、武装した兵卒たちがはい出してくる。強化装甲を着込んでいるので、これほどの事故にあっても彼らは無事なようだ。彼らは残りのフリゲートに収容されていく。もう一隻は爆弾でどうにかなるか? このままではわたしも爆発に巻き込まれかねないが、やむを得なかった。わたしは起爆した。

 わたしは脱出ポッドごと、真下から突き上げる爆風に弾き飛ばされた。

わたしはしばらく気を失っていた。意識が戻ったときにはポッドの中で、上下さかさまになっていた。落下したポッドは柔らかい泥の上を転がり、大岩にぶつかってとまったのだとわかった。さすが脱出ポッド、船の中で一番頑丈に作られている。

無線機からはわたしの安否を問う、わが兄弟からの呼びかけが聞こえていた。

「わたしは無事だ。――いや無事ではないが、少なくともまだ生きている」もはや発声器官しか動かないということは、言わないでおいた。

『そうか、まあ、よかった。敵の様子はどうだ』

「一隻は銛で落とした。もう一隻は――わからん。いや、まずいぞ」

 目の前の窓から、フリゲートが降り立つのが見えた。そこから兵卒たちが、わたしの生死を確認するためか、降りてくる。いや、〈生物兵器〉が残っていないか確認するのだろう。胸元に忍ばせた瓶は割れて、どろりとした中身がわたしの顔をしたたり落ちていく。

「もうおしまいのようだ。彼らはまだ銃を持っている。フリゲートも残っている」

『爆弾の起爆は成功したんだろう。まだきみの賭けは終わっていない』

 わたしは彼のような、上昇しようとする意志を絶やさないものが血族にいてくれて、本当に良かったと思う。それはともかく、敵はわたしの脱出ポッドの前で立ち止まり、中を覗き込んできた。わたしの姿を見て死んだとおもってくれるだろうか。もっとも、脱出ポッドの気密性を考えるに、奴らがやすやすとこれの扉を開けられるとも思えない。

 奴らは脱出ポッドを蹴飛ばしたりしていたが、やがてフリゲートに戻ろうとした。フリゲートはアームを伸ばし、爆発に巻き込まれて炎上したもう一隻の船を消火しつつ、まだ使えそうな武器を回収していた。回収にどれほどの時間がかかるのかは不明だが、このままでは彼らを武装解除することはできない。


 しかし――大母よ、大母、ついに来た! 大地が小刻みに振動してくる。兵卒たちは慌てて大地に這いつくばり、顔だけを上げておそるおそる空の異常を探していたが、今度はそちらではないのだ。

 着陸したフリゲートの奥から、黒い壁が迫る。わたしが爆弾を破裂させたのは、わたしたちが陣を置いた氷河湖と、この温水地帯が、直に接する地点だ。この場所だけ、地殻から隆起した山脈ではなく、氷河がそれ自体の重量だけで、外へと流れ出ようとする外圧を支えている。そこを破壊したのだ。

 黒い壁を見てから、氷河や岩石まじりの鉄砲水に飲み込まれるまで一瞬だ。燃える船も、仕留め損ねた船もまとめて濁流に飲み込まれて、すぐさまわたしも巻き込まれる。量子通信は何もかもを貫通するので、泥水の中だろうが『氷河がものすごい速度で割れていく! やったのか?』というわが兄弟の通信が聞こえてくる。彼らの居る場所でもこちらと連動した天変地異が起こっているようだが、わたしはそれどころではなかった。

 わたしはポッドと一体化しているような気がした。泥のあふれるまま、わたしはどこまでも流されていく。ときどき水底をこする音。泡が噴出し、それがはじける音。小石がポッドを叩く音が聞こえたが、今の自分の状況が、まるでわからなかった。

 量子通信は慌ただしい雑音を吐き出していたが、やがて静かに語りかけてきた。

『われわれは無事だ。なんとか平民を収容して、飛び立った。敵の船の位置情報は、二隻とも消えてしまった。奴らを無力化できたと考えて差し支えないだろう。きみの生体反応だけが辛うじてこちらに伝わっている』

 わたしの方も、ようやくポッドの姿勢が安定した。

「せっかくいい気持ちで水の流れに身を任せていたというのに、無粋な報告だな」

『君の減らず口が聞けてうれしい。とにかく、きみの現状を話し続けてくれないか」

「きみに伝えるべきことはもはやないとおもうが」

『これは確信だが、しゃべるのをやめたとき、おそらくきみは死ぬぞ』

「ならば言おう。わたしは今、緩衝材の泡まみれになって、土石流に流されている。流れはだいぶ穏やかになった。この脱出ポッドはすごいな。こんなおそろしい目に遭っているのに、いまだにわたしの命を守り続けている」

『取り扱い要綱には、中性子性とのスイングバイにすら耐えると書いてあるな。多分誇張だろうが』


「そうか。まあとにかく、性能はなかなかだ。ところでだいぶ長い時間、流されてきたようだ。わたしは今、どこにいるんだろう」

『座標は温水地帯の南西地帯を指している。このあたりだけ目立った火山丘がないな』

「そのあたりは、昔の火山噴火で噴き出た柔らかい溶岩が流れて、平坦な楯状地になっている。今でも熱い噴気があがっているし、地下では無数の溶岩洞穴がある」

『それらもみんな水の中か』

「ときどき激しい潮流に襲われた。きっと洞穴の中に水が流れ込んでいたんだろう。――しかし今は、とても静かだ」

 窓が白く光った。水面にポッドが突き出たのだった。

「どうやら浅瀬に到達したらしい。これ以上流されることはなさそうだ」

『いまから救助に向かう。もう脅威は去った』

「いや、脅威はこれからだ。きみは生き残った者たちとともに、すぐにこの星を脱出したまえ」

『なんだって?』

「じつは、きみたちのいる大氷原には、地下にマグマだまりが存在する。氷底湖を形成していた熱源はそれだ。今までは厚い氷河の重みによってそのマグマは押さえられていたが、重しを失ったことでマグマ内の気体が分離し、逃げ道を探そうと上昇してくる。急がないときみたちの船は噴火に巻き込まれて、厚い火山灰の下に埋められる」

『しかし……』

「専門家の助言は聞いておくもんだ。星の火を甘くみるな」

『……わかった。きみの意見を採用しよう。量子通信はつながるから、引き続き報告を頼む』

「ああ」

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