第14話
わが兄弟は威厳を込めて演説をした。相手はこちらを包囲し、未だににドックを突き破ろうと苦闘する敵軍たちだった。
『今われわれに対して攻撃を行っている、かつての同胞たちよ。わたしたちは君たちを、新たな同胞として迎え入れたい。今すぐわれわれに対する包囲を解き、すべての兵器を廃棄したまえ」彼の背後では、機械による兵隊話法への翻訳が行われている。「……繰り返す。これ以上の戦闘はやめろ。そうすれば諸君にもこの船に乗って、この辺境の恒星系を脱出する権利を与えよう」
『われわれの返答は〈くたばれ〉である。あなたたちが死ねば、万事がまるく収まるのだ。これ以上の抵抗は無駄である。すぐに船を明け渡せ。かつての同胞の好みから、苦しまずに殺してさしあげよう』こちらの大将が文民になってしまったから、敵の声も翻訳が行われているのだろう。奇妙な文章だ。
文章の質はともかく、この返答は予想通りだった。わたしの作戦の肝はここからだ。わが兄弟の交渉は続く。
『きみたちに交渉の余地はない。なぜなら、われわれはもう一つ、汎攻撃兵器を残しているのだ。もしきみたちが勧告を飲まないなら、その兵器で船ごと自爆する』
しばしの沈黙。
『……汎攻撃兵器を発射できる軍艦はもはや存在しない。つまらないこけおどしはやめろ』
『諸君らが奥の手のブラックホール兵器を持っていたように、こちらも奥の手の奥の手を持っていてもおかしくないと想像できないのか? ……では最後の警告として、諸君に教えてやろう。この兵器の正体は、この惑星の現住生物を改良した生物兵器である』
わが兄弟は相手の反応を待たずに、演説を続けた。
『この兵器は司令官でわたしの血族、〈先見の明の者〉が一人、この星にて開発したものだ。彼は宇宙文明内での戦争を見越し、この星で兵器開発に勤しんでいたのだ』
自分の発案とはいえ、わたしはおかしくてたまらなかった。強壮剤のせいということにする。
『我々がなぜ、わざわざこの無人の未開拓星系を目的地としたのは、その生物兵器を獲得し、形勢を挽回させるものだったのだ。改良された原始生物は、われわれよりもはるかに高い代謝能力を持つ。そして生産する物質も内部の環状自己複製子を組みいれることでいくらでも差し替え可能だ。この原始生物に様々な有毒物質の産出能力を与えて、船のあちこちにばらまいていいんだぞ。貯水槽の水や食糧庫のものは腐り、諸君らの甲殻も体液も蝕まれることだろう。いや、まずその前に、密閉大気の組成も変わる。諸君らはまず窒息死する。
そしてこの生物の生存能力は遥かに高い。通常の光線だけでなく、強い放射線でも増殖を行う。もしこれを母星や植民星に持ち込めば、その星の生態系の調和は破綻し、そこで行われるあらゆる生産活動が回復不可能なまでに破壊されるだろう。そして一度汚染した船を洗浄するのは難しい。代謝が活発な分世代交代が早い。つまり増殖速度だけでなく、環境への適応も早いのだ。この星が今まで氷に覆われていたため我々は彼らによる汚染から守られてきた。しかし一度それを解き放てば、もはや封じ込めすらできない。
わたしの脅しが信じられないというなら、〈先見の明の者〉が開戦前に書かれた、この星に関する報告書を諸君らにも見せてあげよう。この通信帯域に画像情報としてお送りする。しかし急いだほうがいい。我々の使用した汎攻撃兵器の作用で、この星では急激な温暖化が進行している。我々が生物兵器をぶちまけずとも、野性の原始生物による汚染の危険性は高まっている。決断が遅いほど、諸君らの最後の望みは遠ざかっていく。――さてどうする』
よくもまあ、わたしの話にここまで尾ひれを付けてくれたものだと思う。
わたしの捏造論文を送信する機器の音がするが、一切の電子圧縮をかけずに送っているので、ひどく時間がかかる。敵の船を行動不能にする、悪意のある情報は含まれていないという表明でもあるが、この狭い帯域では送るだけでどれほどの時間がかかるのか。これでは時間稼ぎというより嫌がらせだ。
『この論文はどれぐらいの量あるのだ』しびれを切らして、敵の代表が訊いてくる。
『読みたくないのならかまわない。この船のそこら中で生物兵器を炸裂させて、どこもかしこも汚染させて二度と飛び立てない状態にしてから、諸君にお渡ししよう』
沈黙。しかし敵の通信からは、兵隊話法のささやきと、平民のおしゃべりが漏れ聞こえる。意見の統一を図っているらしい。
『あなたたちの要求を一部受領することで、われらの見解は一致した』
『そうか。しかし〈一部〉とはどういうことだ?』
『我々の武装解除と同じく、あなたたちも生物兵器も廃棄せよ。この条件を受け入れなければ、交渉の余地はない』
わが兄弟は返答を渋ってみせるが、彼の役目はここまででほぼ終わった。双方の武器を廃棄するという言質を取ってからが、この死に損ないの、わたしの出番だ。
『わかった。では我々の保有する生物兵器をこちらの貨物船に載せ、遠方で投棄しよう。近場では汚染の危険性が残るからな。しかしまずあなたたちの武器を廃棄せよ』
『生物兵器の廃棄を見届けるまで、それはできない約束だ』
わが兄弟はまた、意図的に返答を延ばす。
『では諸君は、生物兵器の投棄と同時に、武装を投棄せよ。こちらの持つ爆薬で双方の兵器を破壊するのだ。フリゲート艦も一隻破壊し、双方が完全な武装解除をする。輸送艦ともう一隻のフリゲートは、船内の生命維持機構を駆動させるための燃料のみを積み、不要な燃料はこちらに引き渡せ』
『やむを得ん。しかし燃料の引き渡しは武器の破壊後だ』
『承知した』
廃棄する一隻のフリゲートに敵の武器が集められていく。
『我々は兵器の廃棄を見届ければ、即座に片方のフリゲートを沈める。それで異存はないな』
『承知した。これで二つの血族の流れはまた、一つの大河に集まるのだ』
『しかし、まだわれわれはあなたたちを完全に信頼していない。廃棄する船に武装した兵卒を載せ、兵器の投棄を監視させる。もう一隻のフリゲートで乗組員を回収する。この条件だけは取り下げられない』
『今更そういわれても困る!』わが兄弟は憤慨して見せるが、内心では向こうが想定通りに動いているので、ほくそ笑んでいることだろう。かれは悩んでいるふりをしてから、言った。『……しかしこれ以上、お互いの血が流れなくなるのなら、やむをえまい。こちらも譲歩しよう。だが諸君らの保有する平民をこちらの船に移すのは、諸君らの武装解除を見届けてからだ。そこだけは譲れん。武器を積んだ船には片道分の、最小限の燃料を搭載せよ。非武装の船に燃料を集約するように』
『承知した。わたしたちを信頼してほしい』
『投棄地点はこの星の地理情報を持つ我々が指定する。ここからは山岳地帯の影に入り、われわれからは遠隔武器で狙いにくいところだ。座標を送るが、きっと異存はないはずだ』
その場所は、この雪原に来る途中にあった、温水地帯だ。わたしの乗る貨物船には、そこまで行く燃料しか積まない。
『それではわたしたちの兵器を積んだ船を発進させる。くどいようだが、約束は果たすように』わが兄弟は敵にそう釘をさした後、わたしに向かって言った。『きみの幸運を祈る。――しかしきみにとっての幸運とは、結局なんだったんだ?』
「すべてが丸く収まったら教えてやる」少なくとも今は、強壮剤の作用でとても幸福だ。
わたしの乗る貨物船は、電磁投射砲により急加速され、放物線を描きながら喫水ドックから投げ出された。船内は慣性制御装置が搭載されているので、わたしはほんの少しの重力加速度しか感じない。しかしそこからはなるべくエネルギーを節約するため、この贅沢で快適な装置の稼働はとめなくてはならない。
わたしの船は白い地表のすれすれの所を、低速で飛んでいく。敵のフリゲートもわたしを追尾するが、今は揚陸艇が照準を合わせているから目立つような動きはしない。不気味なくらい忠実に、こちらの航路をなぞっている。
わたしは大氷原の淵へ到達した。そして谷合に沿って、山脈をまたぐ航路を進んでいく。山脈の向こうからは暗雲が流れてくるが、尾根を越えたところでいずれも小さく千切れて、宙に消えていく。予め観測してわかっていたが、谷の向こうはすさまじい荒れ模様のようだ。
わたしの船は何事もなく尾根を越えた。わたしの船も、そして敵のフリゲートも黒い雲の中に突入した。ここからは味方からの援護射撃は届かない。
その途端、敵のフリゲートは銃撃を開始した。
「やはりあちらは、約束なんて守るつもりはないようだ!」
『頑張ってくれ。なんとか敵を無力化するんだ』量子通信から聞こえたわが兄弟の声は、祈りのようだった。
わたしの船は転がるように、山を駆け降りる。自由落下を利用して速度を維持しようとするが、すさまじい上昇気流が向かい風になるので船の軌道は左右にぶれる。みぞれまじり、灰混じりの雨が目の前の視界を塞ぐ。どうやら嵐の中で、小規模の噴火があったらしい。貨物船はほとんど自動の運転なので飛行に大した影響はないが、それでも背後からは敵の銃撃が、雲と乱気流の切れ目を狙ってわたしに襲いかかる。敵もわたしも、強風でふらつきながらの逃走なので、めったに当たることはないが、弾が地面を削る音がして恐ろしい。船体からしばしばコツコツという音がするが、敵の弾が当たっているのか、火山弾が上から降ってきているのか、もはやわからなかった。
山脈の嵐の巣から、火山の巣に突入する。高度はまだ地表面を維持している。あちこちから吹き出す間欠泉や硫黄泉が船を洗う。低地に入り、雲が薄くなったので、敵の追撃は苛烈になる。わたしの船はおもちゃのような自動銃座でしか反撃ができないので、あちこちに点在する奇岩の隙間を縫って逃走を続けるしかない。しかしこの船の目方で、曲芸のような飛行は至難の業だ。それに慣性制御装置は止めてしまったので、無茶な飛行はわたしの寿命を一層削る。
開放している無線機からは敵からの罵詈雑言が聞こえてくるが、兵隊話法なので、そのいら立ちや怒気のみが伝わってくる。敵もこの地域の乱気流や、地雷のように吹き出す小さな噴火口に苦闘しているようだ。わたしの逃走は、やがて持久走の様相を呈してきた。敵もわたしを短時間に仕留めることをあきらめたようで、わたしの船ではできない急上昇を行うと、はるか上空から、わたしの進路を、じっと見定めていた。
それでは困るのだ。わたしには持久戦をする時間がない。そして敵にはわたしのそばにいてもらわないといけない。わたしはむなしいジグザグ飛行を繰り返しながら、それでも元々の兵器廃棄予定地点を目指す。敵も一緒に誘導できればいいのだが。
「きみたち、わたしの無線を聞いているのだろう?」
帯域は開放されているが、向こうは呼びかけに応じない。
「空を見たまえ。きみたちの破壊した軍艦の残骸がいよいよ落ちてくるよ。その高度だと地平線の先がよく見えるだろう」
この言葉は嘘ではない。いくつもの破片に分かれた軍艦はこの惑星の上空で一時的に輪を作ったあと、月の引力や、残骸同士の衝突などで落下してくる。そしてこの星の表面に、長い帯状の衝突跡をつくるだろう。
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