第11話
「なにを言っているか、さっぱりわからん。やはり機械学習を積んでいないと、こんなものだ」軍人話法は翻訳がとても難しい言語として知られている。「もっと簡単な構文に置換できれば、多少は意味がわかりそうだが」
「〈窓〉よ、もっと近くに来てくれないか」わたしに呼ばれて、〈窓〉は兵卒らしい機敏さで装甲車に入ってきた。「少し頭を使ってもらおう。この文章は一体なんの話だ? 共通語でなくともよい。この言葉を伝令するとしたら、なんという?」
〈窓〉は全身を震わせながらしばらく考え込んでいた。他者との情報交換を経ないと、やはり思考に時間がかかる。
しかしそれから目覚めたように顔を挙げると、彼はぶつぶつと軍人話法を話し出した。わが兄弟は、彼の言葉を情報端末に吹き込んでいく。
端末のプログラムは〈窓〉の言葉を重訳し、次の文章を吐き出した。
「――『敵輸送艦船超兵器ノ保有ト、ソノ使用ヲ示唆シテイル』『引キ続キ静観セヨ』『猶予ハ後〇・五恒星時間ト通告』『コチラカラ、〇・一恒星時間後ニ警告ヲ行イ、敵輸送船ヲ撃破セヨ』」機械翻訳の方が、内容がよく理解できる。
「……冗談じゃないよな?」
「超兵器のことか? こちらが返り討ちするという方か?」わが兄弟は社交辞令としてそう返答したが、かちかちという、いら立ち混じりの歯鳴らしは隠せない。
「どんな超兵器か、君は想像できるか?」わたしは彼に訊いたが、かぶりを振るばかりだ。
「まったく想像できん。しかしもう時間がないな」
わが兄弟は装甲車から飛び出し、平民たちを撤退させようと拡声器で叫んだ。わたしはというと、〈窓〉と一緒に情報端末から聞こえる、味方の軍人話法を聞いていた。ただし、〈窓〉による同時通訳は期待できないので、声の雰囲気からなんとなく事態を察するしかない。
「みな撤収するよう指示は出した」わが兄弟が装甲車に戻ってきた。「お上の様子はどうだ。何か進展はあったか?」
「今のところ特に――いや待て」わたしは息を殺して端末の雑音に神経幹を集中させた。「多分時間に猶予はない。すぐにここを離れよう。我々がしんがりだ」わが兄弟は自ら運転席に座る。運転席からは味方の車や揚陸艇から現状報告を求める連絡であふれていた。それに対してわが兄弟も文民話法と粗末な軍人話法で応対するので、狭い車内で端末からの軍人話法と混ざってしまってなにを言っているのかわからない。
しかし音声が明らかに混乱の段階に推移していることはありありとわかる。音にあったわずかな規則性が明らかに乱れていき、その混乱ぶりがこちらにも伝わる。その狂騒は、わたしの傍らにいる〈窓〉を観察していれば、手に取るようにわかる。彼は軍艦内の混乱と、明らかに共鳴していた。
不意に〈窓〉が窓を叩いた。外を見ろというしぐさだ。彼は彼自身の手で、身振り手振りでわたしたち平民と意思疎通を図ることを思いついていた。大母に甘える幼生としていることは同じだが、進歩の一種と見て差し支えないだろう。
「外の映像を出してくれ!」わたしがわが兄弟に言うと、彼はおぼつかない手つきで、社内に設置された小型の顕示盤を出した。外の光学機器が映したものが、そこに投影されるわけだ。
「で、一体なにを見ればいい?」
「戦艦」これを言ったのは〈窓〉だった。「られる/船が/船が/襲う」
「軍艦が襲われているのか? 何に?」わが兄弟が言う。「超兵器か? 敵の標的は軍艦だけなのか」
「超兵器の正体は、みればわかる」わたしはそれが、われわれが使ったような、この惑星や恒星系に破局をもたらすような類のものでないことを祈りながら光学機器の向きを操作した。
光学機器で、空に浮かぶ巨大軍艦を探る。雲の切れ間に、それは簡単に見つかった。映像に処理を加えて、背景との対比をはっきりとさせて、その姿を鮮明にしようとした。
しかしその姿は、水面下にあるかのように、奇妙に揺らいでいた。
「形が歪んでいく。いや――」わたしは口ごもる。「……縮んでいく」
「どういうことだ?」運転に集中しているわが兄弟は意味がわからないようだ。「爆弾で粉砕しているのか?」
爆発しているのではない。〈潰れている〉のだった。船の中央から圧縮され、細い艦橋や接続部が折られて、ゆっくりと、だが確実に圧縮されていく。ところどころから火の粉のようなものが映るが、これは燃えながら外に吸い出されていく機械や兵士たちだと思われた。
「わかったぞ。あれは極小ブラックホールだ!」わたしが正体に気付くや、軍艦を飲み込む中心点が白色に爆ぜた。一瞬の激しい閃光で、顕示盤になにも映らなくなる。極小ブラックホールは寿命が短いので、無数の放射線をばらまいて、まさしく爆発的に蒸発したのだ。
顕示盤の画面が元に戻ると、そこには散り散りになった軍艦の残骸が映っていた。船の大半が飲み込まれず、その大半が極小ブラックホールの潮汐力により引きちぎられ、すりつぶされたらしい。まるで転がってきた岩に、手足だけを残して押しつぶされた死骸のようだった。
船はところどころで発光を繰り返していた。再びまたあの汎攻撃兵器を発動しようともがいているようにも見えた。潰された生き物の脚が、まだ痙攣しているようだったが、やがていかなる閃光も見えなくなり、巨大な残骸は互いの引力に引かれるように衝突を繰り返しながら、ただの鉄のカタマリへと戻っていった。情報端末からは、何も聞こえなくなった。
「おい、軍艦が沈んだぞ」わたしはわが兄弟に告げた。わが兄弟はしばらく呆然と沈黙していた。まるで隊列から離れてひとりぼっちになった兵卒のようだったが(実際そうだが)、やがてなんとか言葉を絞り出した。
「生存者はなしか?」
「……なんらかの船が脱出した様子はない」
「まだわからんか。しかし軍艦にある居住区画はわずかだ。そこを食われてしまえば全滅だ」
「……」
「提督たちもきっと死んだんだろうな」
わが兄弟はわたしの口を塞いだ。
「今はともかく、揚陸艇に戻ろう。電磁障壁がなくなったから、今のわれわれは、空から狙い放題だ」
「それだけで済めばいいが」
「なんだって?」
「軍艦は巨大な上、いびつな形をしているから、この惑星からの重力の影響が不均等だ。だから潮汐力により、その半分近くがこの星に落下してくる。ゆっくりと、確実に速度を増しながら、な」
「落下地点はわからないか?」
「解析機関で調べないとわからない。しかしとんでもない影響があることは確かだ――すぐに落ちてくるわけではないだろうが」
「どちらにしろ、急がないといけないわけだな」
装甲車が激しく揺れる。雪原はほぼ平坦だが、ところどころ地下の山塊が突き出して激しい凹凸があった。
我々が航空戦力の大半を失い、形勢逆転をしても、二隻のフリゲート艦は不気味な沈黙を保っていた。一方でわたしたちの方の狂騒はどうだろう。
「本船から連絡は?」
わたしに訊かれて、わが兄弟は揚陸艇への量子通信を試みる。しかし――
「……通信を遮断されている」
「こちらの命令違反のせいか? 違うだろうな」
敵と戦う前に、まず味方だったはずの連中と戦わなければならなそうだったが、〈窓〉を慮って口には出さなかった。
揚陸艇は最大馬力で懸命に自分を係留する鋼索を引きちぎりながら、ゆっくりと浮遊を始めていた。しかし、あちらこちらから炎と煙が立ち上っていて、容易に飛び立てない様子である。また、積み荷に混じって、人影が出入り口や開け放しになったドックから投げ捨てられている。平民なのか軍人なのか、正体は容易につかめない。
「内部で平民の反乱が起きているらしいな」装甲車を自動運転に切り替え、情報の収集に専念するわが兄弟が言った。「わたしたちを置いて逃げようとする軍人を相手に、平民たちが蜂起した模様だ。――彼らはなかなか健闘しているみたいだな」
わが兄弟は空元気を出して言ったが、その直後に敵のフリゲートから、爆弾が投下された。狙いは我々だ。横に伸びた車列の、右翼が爆風の中に消えた。
「こちらの兵卒たちは、敵に抱き込まれたらしい」わが兄弟は後ろの〈窓〉をちらと顧みて言った。
わたしも〈窓〉を横目で見た。彼は錯綜する端末からの音声に耳をすませながら、沈黙を保っている。軍艦が沈んで、軍人クラスタはその身体の大部分を失ってしまった。個体でいえば、神経幹はおろか、臓器や感覚器官の大半を吹き飛ばされたようなものだ。そして個々の細胞は、新たな組織を求めていた。
「しかし千々に分かれた兵卒は弱い。今の揚陸艇の兵は、半分使い物にならないだろう。例え肉体的にわれわれに勝っていようともな」
今度は車列の左翼が吹き飛ばされた。揚陸艇までもう少しなのに、この二度の爆弾投下で、われわれは戦力の半分を失ってしまった。
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