第10話
平民たちは兵卒たちに追い立てるように装甲車に載せられていったが、わたしは車いすが発進しなくて動けない。内部に問題があるわけではなくて、吹き付けられた船外服が詰まっているらしい。少し外から力をかければ引きちぎれそうだった。
だれかがわたしの車いすを押した。わが兄弟と、――〈窓〉だ。
「きみも戦線に出るのか?」
「自分の言葉に責任を持たないとな」
「〈窓〉はなぜここにいる?」
〈窓〉はもちろん、わが兄弟も応えない。わたしは〈窓〉に押されながら輸送車に詰め込まれていった。
「おい、なんで動けない年寄りがいるんだ」わたしが最後に乗り込んだので、同じ車の者が感づいたらしい。「本当にただ、囮になるだけなのか? おい!」
そう言って若者の一人が、〈窓〉に食ってかかった。
「彼はわたしの身の回りをしてくれているものだ。彼は何も知らない」正しくは、彼にその記憶が共有されていない、というべきだ。「この星の地理を一番よく知っているのはわたしだ。わたしが現場に出なくてどうするのだ」
輸送車ががたんと揺れ、喫水ドックから吐き出されていく。外は激しい吹雪が通り過ぎていく。
「こんな天気で戦うのか?」誰かが訊いてきた。車の中はぎゅうぎゅう詰めで、だれがなにをしゃべったのかわからない。わが兄弟がわたしの肩を叩く。声で身元がばれるのを恐れて、わたしにしゃべってもらいたいのだろう。
「この嵐は最近の気候変動にもたらされたものだ。大きな寒気のかたまりが頭上にある」
「それで?」
「あと半日もすれば、快晴になるだろう。敵もわれわれをしっかり見つけてくれるはずだ」
周囲からため息が漏れた。みなが各々の情報端末を見る。みなが軍属の流す発表を見ているのかと思ったが、実際はみなが平和だった時代の、自分の土地、自分の家族、自分の富の思い出の映像を見ていた。どれも先住者を抹殺して奪ったものだが、彼らは無人になった土地を、土にしみ込んだ、血の残り香すら感じずに乗っ取ったのだった。彼らにとって、この戦が初めての「奪われる体験」だったに違いない。
「そろそろ敵軍が大気圏に突入するころらしい」若い個体のだれかが言った。「ひょっとしたら落ちてくる様子が見られるかも」だれかが声をあげる度に〈窓〉は不安げに周囲を見回した。方言のきつい土地に行ったときの、若いころのわたしのようだった。
「外に出ても大丈夫だろうか」誰かが運転席にいる見張りの兵卒に訊いたが、返事はない。若者たちは勝手に椅子の下にある装備一式を探り出し、銃を見様見真似で担いで外に出て行ってしまった。
わたしも〈窓〉に指示して、一緒に外に出た。幸いにも吹雪は穏やかになり始め、雲の切れ目から青空も見え始めていた。切れ目の太陽は相変わらずすさまじい紫色線を発している。表面の活動はまだまだ活発なようだ。
ほかの車からも、しびれを切らした人々が降りてきていた。周囲に遮蔽物らしいものはない。周囲を切り立った山塊に囲まれているが、そこまでたどり着くまで、装甲車でも半日はかかるだろう。すくなくとも我々の命を守る楯にはならない。
「こんなところにいたらみんな撃たれ放題だな」わが兄弟が他人事のように言った。「電磁障壁があるから頭上はともかく、真正面からくる敵は装甲車の影に隠れないといけない」
「あるいは氷河の割れ目に隠れるか――だ」わたしは話を継いだ。「雪に隠れているが、ところどころに口を開けている。探してみるか」
「その深さは?」
「かなり深い。落とし穴には使えるかもな」
わたしたちの憂いをよそに、平民たちは空ばかりを見つめていた。まるで敵の船がやってくるのを待ち望んでいるようだ。
「どういう角度でやってくるだろうか」
「さあ、それは――あ、あれじゃないか?」そう言いながら、人々は一斉に空を指さした。
青空の中に光の点がうっすらと浮かび、空に浮かぶ軍へ接近しているのがわかる。日中なので船影は青空に紛れてしまっている。実際のところは、光点が目指しているのはわたしたちのいるこの盆地だ。天球に張り付いているので見誤るが、光点の方が、静止軌道にいる軍艦よりもずっと地表の近くを飛行している。
「……?」わたしは光の点に違和感をおぼえたが、わたしの代わりに、ともに空を見上げていた誰かが唸った。「おい、敵の数、少なくないか?」
確かに敵の船はフリゲートと、輸送船、合わせて三隻だったはずだ。しかしこちらに向かってくる光の点は二つだけだ。輸送船はどこにいった?
我々の疑問などお構いなしに、二隻のフリゲートは大気の層に突入して熱せられ、明るい光の筋を引き始めた。しかしその光景は一瞬で、多くの宇宙船と同じく重力場を捻じ曲げ、急激に減速をして、やがてゆっくりと滑空を始めた。光の帯の代わりに、凝結した雲の帯を引きながら、大きな螺旋軌道を描いている。その船影もはっきり目視できるようになった。
「いよいよか?」早とちりした者はもう銃口を天に向けている。ここから撃っても当たるまい。文民たちは全く統制が取れず、まるで目の前に放り投げられた菓子に殺到する幼児の群れのようだった。
「おい、一応軍属だろう。ここはきみが指揮をするべきだ。逃げ場はないぞ」わたしはわが兄弟に言ってやった。
彼はわたしの頭を小突いてから、しぶしぶ、ここまで乗ってきた装甲車の屋根に登った。
「みな、聞いてくれ」彼は装甲車の拡声器を使って演説した。「みなはあくまでも囮だが、それでも一応、陣形を組んでおかねばならない。わたしが提督に代わり指揮を取らせてもらう。みな自分たちの乗ってきた装甲車から離れないように。それを楯にして敵の攻撃に身をさらさないこと。体調がすぐれない者、寒さに耐えきれなくなったものは遠慮なく車の中に逃げ込むこと。敵に背を向けて的になるより車の中のほうがましだ。車の配置はひとまず、軍人たちに任せてくれ。わかったか?」
平民たちはぼんやりと彼の話を聞いていたが、もう一度「わかったか」と聞かれると、夢から覚めるように散っていった。
「平民も、鍛えようによっては兵卒のようにふるまえるのかもしれないな」わたしは〈窓〉に言った。「さて、きみは本能に基づき、装甲車を適切に配置してくれるか。できるかね」
声をかけられた〈窓〉はしばらくぼんやりと言葉の意味を咀嚼していたが、単語を区切りながら重ねて言葉を伝えると、耳鳴りするような大声で「軍人話法」を発した。彼の声は平原にそのまま抜けていくが、すぐにそれぞれの車両から返答があった。
それぞれの装甲車は、散開する平民たちと歩調を合わせるようにゆっくりした速度で広がっていく。これでわたしたちの準備はできあがった。
「敵の船が見えたら、装備の中にあった発煙弾を撃つのだ。なるべく敵の注意をこちらに引きつけろ」
一息つく間もなく、われわれは山脈にまでこだまする砲声に身をすくませることとなった。揚陸艇が対空砲火を行っていた。二隻のフリゲートは縦列になりながら、雲の合間を出たり入ったりしている。今のところ我々の砲火が当たった様子はない。ここでわたしの中で、さきほどの不安が再び首をもたげてきた。
砲声を合図に、平民たちも慌てて発煙弾を撃つ。天に向かって放物線を描いて飛んでいくものがほとんどだったが、中には大地と水平に発射されて、そのまま地面に転がってしまったものもある。光と煙が出ればそれでもいい。
指示を終えたわが兄弟が身体をこわばらせて戻ってきた。わたしは思い切って彼に疑問をぶつけてみた。
「われわれが相手をするのはあの二隻だけか? 敵にはもう一隻、船があったはずだが」
「わからない。おそらく非武装の小惑星タグボートだから、避難民しかいないだろう。軍用船に置いて行かれたか、安全な周回軌道で飛んでいるか――」
遥か前方で白煙が上がり、遅れて炸裂音がこだまする。実際に爆弾が投下されるのを聞くと、身体がこわばる。
「繰り返す。みんななるべく車から離れるな。落下地点をしっかり確認しろ。宇宙船に対して無駄な弾は使わないように」わが兄弟は号令をかけ、〈窓〉はほとんど本能の赴くまま、わたしの身体を引き倒し、わたしとともに、地面に伏せた。遅れてわが兄弟も身を倒す。
また白煙があがる。今度はとても近い。投下地点はどんどん近づいていき――我々の陣地の目前まできたところで、展開した電磁障壁にはじかれて空中で炸裂した。我々には無力化した破片や熱い粉末が降り注ぎ、雪原のあちこちに束の間、分厚い湯気の壁をつくった。
その後も敵の船は、この惑星の成層圏に浮かびながらわれわれ平民の陣地に対する精密爆撃を何度かおこなっていたが、いずれもこちらが張った電磁障壁にはじかれた。そこからは長い膠着状態に入った。二隻のフリゲートは夜光雲のように、陽の光を浴びながら、一か所に留まり続ける。平民は、はじめこそ爆弾が障壁に弾かれるたびに歓声を挙げていたが、やがて飽いて、装甲車に腰かけて暇を持て余し始めた。敵も味方も、とても白兵戦に持ち込むつもりがあるようには見えなかった。
「平民を囮にして、軍人で挟撃する――」わたしも群青色の空と、そこに浮かぶ敵の船を眺めていた。「しかし敵が降りてこなければ意味がない。いつまでこうしているわけにもいかない」
「……」わたしにそういわれて、わが兄弟はだまりこんでしまった。
「なにか考えているのか?」
「きみは敵の船が一隻足りないと言っていたな?」
「どうしたんだ急に」
彼は返事もせず、情報端末を操作した。「おい、それわたしのじゃなかったか?」
「きみの端末は学術研究用のだからな。軍用の支給品より、はるかに仕様がいい」
「しかしそれは三世代くらい古い型だぞ」
「それだけじゃない。いくつか民間で出回っている面白いプログラムを入れているだろう」彼はそういって装甲車の中に入って、端末を通信設備と直結させた。
「その翻訳解析プログラムか? 若いころはわが師との会話でも重宝したものだ。しかしそれも古いぞ」
「軍人カストは自分たちの内輪の会話にほとんど暗号をかけない。自分たちの会話が一種の暗号だからな。それに、仮に暗号をかけていても、装甲車の解析機を間に挟めば、それを解除することができる。だから、揚陸艇と軍艦との間でしている通信を盗み聞きしてやる」
「いいのか?」
「わたしは最前線の兵士の命を守る義務がある。ということはつまり、知る権利があるということだ」
「きみは軍人話法と文民話法を混同させているぞ」
わたしの忠告などおかまいなしに、わが兄弟は情報端末を一心不乱に操作する。
少し経つと、わたしの情報端末はザリザリという、砂を噛むような音を拾った。
「ノイズじゃなくて軍人話法だ。一応は対応していたはずだが――」
わたしの情報端末はなんとかその言葉を翻訳しようとするが、支離滅裂な文章だけが吐き出される。
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