第9話
「敵の艦隊が着くまであと十日だそうだが」重労働の合間、一人の平民の若者が、周囲を気にしながらわたしに話しかけた。わたしはこの星の専門家として、しばしば意見を求められた。「どうかな、勝ち目は。あんたはどう思う」
「戦争のことはわからないが、今のところ土木作業はうまく続いている。もうすぐくみ上げポンプだって稼働に問題はない。なんでそんなことを聞くんだね」
若者は周囲を警戒して、さらに小声で言った。
「わたしたち身体が動く奴らでこっそり話し合ったんだが、軍人たちを出し抜いて、この戦争を終わらせたいんだ。可能か?」
「……聞くだけ聞こうか。かまわないか?」
「聞いた以上、あんたにも協力してもらうぞ。――いいか、軍人たちは量子通信機を持っている」
「ああ」
「それを奪って、いまこっちに向かっている敵艦隊に対して、降伏を勧告するんだ。奴さんたちだって、これ以上損害が出るのだって嫌なはずだ。そうだろう? だから、そんな敵と一緒に、星間転送基地に行って、この星からはさっさとおさらばする」
若者は若者らしい無邪気さでわたしに賛同を求めた。実に平民的な、常識的な名案だ。しかし――
「きっときみの言うような、良い結果にはならないだろう。どうやって無線機を奪取するのかという点を考えても、だ」
「おいおい、わたしはもう、あんたに話したんだぜ。『できない』なんて言われても――」
わたしは若者の口をふさいだ。
「軍人カスト間の決定に、文民や平民が口を出すことはできない。そしてわたしの知る限り、軍人カストが『戦術的勝利』で満足して、その後に交渉を行った例はない。ひょっとしたら、まだ我々が母星のゆりかごに閉じ込められて、すべてのカストが肩と肩をすり合わせながら暮らしていた時代なら前例があったかもしれないが」
「しかし敵だって死にたくないだろう。こちらの説得に乗る可能性は十分にあって――」
「若者よ、きみはずっと軍人の居なかった、どこかの古い植民星で生まれ育ったのだろう。軍人カストというのは、君はわたしたちとは、まったく別種の生き物だ。だからわれわれの倫理や価値観で、その行動を予想しようとしても無理だ」
わたしは嫌がる若者を座らせて、その考えの誤りを説いた。軍人カストは全にして個、個にして全だ。だから彼らの戦争は、実質的には闘士による一対一の闘いと同じだ。だから彼らの戦争に半分の損害、一割の損失という概念はない。軍艦を何隻失ったとか、兵卒をいくらか失ったと彼らが言った場合、それはただ我々平民に一応説明をしようとしているだけで、彼らはその数字をあまり重く見ていない。殺戮の便利な道具が壊れた――手に持っていた剣をはじかれた。銃を失った。爆弾が尽きたと言っているだけのようなものだ。あるいは疲労がたまったといった、生理的な消耗と言った方が近い。
「だからきみが思っているように、お互いにまだ自分たちは負けていないと思っているさ。畑の境界や、水や、収穫物の配分を求めるといった、開拓者たちの実利に基づく闘争とは違う。彼らは戦うために戦う。そういう風に生まれて、そういう風に死んでいく」
「じゃあどうすればいいんだ」
「いまは彼らに協力して、この戦いがなるべく簡単に終わることを、古の大母に祈るしかない。彼らも我々平民や文民がいなければ、自分たちが無力であるということを知っている。仮にこちらの兵団が負けようとも、われわれまで皆殺しにされることはない」
「本当かな」
「わたしも一度彼らに殺されかけたが、こうして生きている。軍人も単純労働者としてはなかなか頼りになるぞ」
そこまでいうと、若者は「もう結構だ」と言って立ち上がった。
「まあ、あんたの話も少しは参考になった。あいつらだけが勝手に戦ってるんだ。勝手に死んでくれればいいのさ」
そう捨て台詞を遺して、自分の寝床に戻っていった。
磁気嵐の影響は、この第三惑星にも確実に表れてきていた。汎攻撃兵器の放射以来、微小な地震の回数が増え、この星の大地がゆっくりと目を覚ましつつあることがわかる。もっとも、この地殻変動の予兆が周期的な造山活動なのか、それともいまだかつてない現象なのかは、もう少しの時間――果たして何年かかるのか――が必要だった。
しかしこの星の大地に張り付き続けていたわたしの霊感が、既知の自然現象とは一線を画すものだと告げている。この星の地下深くにある核は若くて高熱を帯び、その周囲のマントル層とともに活発に躍動して、対流や自転により強力な磁力を生産しているが、その磁力線と恒星の増大した磁力とが、共鳴とでも言うべき反応を受けているようだった。このような現象は、恒星も惑星も老いて力を失ったわが母星ではもちろん、わたしの知る限り、数多くある植民星でも観察されたことのない現象だ。人工の化学物質や大量破壊兵器はしばしば、未知の災害を引き起こすことがあるが、汎攻撃兵器も例外ではないらしい。
しかし近々でわれわれの生存を脅かしているのは大地の変動ではなく、気候の変動だった。太陽風が大気に影響を与えているのか、陣地の周囲の温度が急上昇しているのだ。もはや人々は外套なしで外を歩くことができた。これが一時的な気候変動ならば多少の我慢で済むが、恐ろしいのが氷河への影響だった。雪崩、氷河の崩壊、なにより氷原が融け出して巨大な構造物――つまりわれわれの船――を支え切れなくなってしまうことが心配だった。この気候変動が長期化すれば、この星での定住計画は、ますます荒唐無稽なものへと化していく。
わたしのような先の短い者ですら未来に危機感をおぼえているのだから、若い人々はなおさらこの異常気象に不安を感じているだろう。さらにはわたしと違ってこの星に対する愛着がない。軍人たちの考える計画に付き合う義務も義理もない。本当の危機はこの戦争が終結してからやってくるだろうが、軍人たちはそれに気づいているのかいないのか、より激しく、平民たちを鞭打ち、戦争への準備を急いでいた。
毎夜の極光は衰える気配が見えない。予想される会敵の日はいよいよ明日に迫り、敵の残党が載る船は、もうすぐわたしの光学望遠鏡でも観測できるようになるらしい。
結局、軍が敵に最後通牒や、降伏勧告を下したということはなかった。しかしそれでどうして敵との邂逅や、戦闘の進展がわかるのだろう。軍人同士、平民にはわからないなんらかの機微があるのだろうか。
だから軍人カストが、わたしを含む文民と平民を喫水ドックに集めた理由も、はじめはまったく飲み込めなかった。わたしのそばについた平民たちは小声で「どこか安全なところに隠れられるのかな」とささやいていた。
「いままでもそういう配慮をしてくれたのかね」わたしは平民の会話に加わった。
「いや、とくに配慮とかはなかったんだが、安全の対価として、わたしたちをこんな星にまで連れてきて、それでいて今まで通り身の回りの世話をさせているんだから、そのくらいの考慮をしてくれるのは当たり前だろう」
「……」
わたしは彼らの話をだまって聞いていた。「対価」というのは平民話法だ。
他愛もない会話は、いつも唐突に打ち切られる。喫水ドックの消火設備から、突如真っ白い粘着質の物質が降り注ぐ。船外服の原形質だとすぐにわかったが、群衆は一瞬、恐慌に陥った。
わたしを含む老いも若きも、粗末な船外服をまとった格好になった。これはもはや「着た」とはいいがたい。人混みの隅にいたわたしも、椅子ごと服の樹脂まみれになってしまった。果たしてこれで動けるのだろうか。
「諸君、手荒な扱いを許してほしい」放送の声はわが兄弟のものだった。「許してくれ」という言葉を使う点が、軍人らしくない。「いよいよ決戦の時が来た」
ドック内に設置された映写機が、空中に巨大な仮想空間映像を流した。こういう演出も軍人には異例だ。映像には高倍率に拡大された敵艦隊の姿が映る。全部で三隻だ。比較対象がないので見た目だけで大きさはわからないので、ご丁寧にも一つ一つに「小型フリゲート二隻」「特別輸送艇一隻」と注釈が振られている。大きさはいずれも、わたしたちのいる揚陸艇の半分にも満たないらしい。戦うためだけの鉄塊だ。
「敵の残党はあと数刻でわれわれのいるこの山脈の上空に飛来すると思われる。われわれは軍艦を放棄していないので、敵に一般的な仕様の電探が搭載されている限り、われわれが発見されるのは時間の問題だ。つまりもう戦闘は避けられない。もっとも、その後の勝利もわれわれのほうに約束されてはいるが――」
わが兄弟が言葉を切るたびに野次が出る。彼の立場の難しさを、あらためて感じた。
彼はもはや平民全員に知れ渡っている作戦について、今一度説明をした。しかし色々と重要な点が異なっていた。
「現在予想される敵の挙動だが、彼らは宇宙に浮かぶ軍艦と正面切っての闘いを避けるだろう。彼らの最終的な目標は無傷な宇宙船の獲得だが、もはや形勢逆転しているため、正面切って衝突してくることは考えにくい。彼らは小ぶりの船舶を奪い、それにより逃走を図るだろう。つまり狙いは君たちが今いる揚陸艇だ。
我々軍人も、勝利のために最大限の努力を行うが、残念ながら、我々は少ない戦力を地上と宇宙とに分割しなければならない。そこで苦渋の決断だが、きみたち平民や、文民にも、銃を手に取り戦ってもらう。そこで君らに船外服を着てもらったのだ」
人々から憤りの声が出る。この船は電磁障壁で守られるから、敵の攻撃から守られるのではないか。それに自分たちに戦闘は無理だ。
説明は一方通行なので、映像が変化したり、わが兄弟が説明を再開する度に群衆は一瞬だけ、水を打ったように静かになる。
「……なので地上部隊は君たちでしっかりと防衛をしてもらいたい。だが安心をしてほしい。きみたちの協力によって完成した電磁障壁がある。また敵の戦力もが知れている。きみたちが敵を引き付けている間に、軍人が奴らを挟撃するという計画だ。きみたちは電磁障壁の影に隠れて、敵を挑発してくれればいい」
平民たちはまた口々に不満を述べるが、演出のような警告音が彼らをだまらせる。
「敵軍の偵察機が放出されたとの情報が入った。さっそくだが、きみたちには陣地についてほしい。兵士の誘導に従い、それぞれの輸送車に乗り込むのだ」
こうして映像は途切れた。わが兄弟は、自分の言葉をどれほどまでに信じて、文章を読んでいたのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます