第4話

 わたしが多少なりとも突破口を見出しつつあるのとは裏腹に、わが兄弟の方は、この荒野と雪原だけの星での生活に、すっかり辟易しているようだった。軍に属する者は持久戦や籠城戦に耐えられるような心理学的な訓練をするが、しょせんは文民上がりである。彼には娯楽もなければ出口もない毎日に耐えるというのが困難だった。彼はわたしの苦労などおかまいなく、しばしばわたしの研究室に居座って、わたしに話し相手になること求めてきた。といっても彼は一方的にしゃべるだけでわたしはただ相槌を打っていればいいだけだ。彼がわたしに話した内容はまったく覚えていないが、そこは軍人たちのさえずりと同じものである。ただ、彼は毎回「早く母船団が来てくれればいいが」の一言で話を終えて、自分の寝床に戻っていくのだった。

孤独なわが兄弟とは裏腹に、わたしは別に、母船団の来訪はあまり望んでいなかった。わたしは洞穴の先に灯は見えるが、いまだに出口にはたどり着いていないのだ。

 しかし一人の科学者の感情など無視して、その日はやってくるのである。


 星間転送基地が開放される瞬間に、わたしも立ち会った。転送基地とわたしたちのいる、この恒星系第三惑星との間には、光の速さでこの星のおよそ一自転日を要する距離がある。だからわたしたちが基地から飛び出した母船団からの電波を受信したころには、ありとあらゆる事象が、すでに手遅れになっているというわけだ。そこから母船団の軍艦は、解析機関の助けと、わたしたちが発する誘導電波を元にこの惑星への飛行軌道を算出する。わたしがここに来た時には、船の質量を節約するためたっぷり二年を要する航路を選択したが、軍艦がそんな悠長な航行を行うとは考えにくい。おそらく到着までにほとんどの燃料を使い果たすことだろう。


 輸送船の船橋には兵士たちが、それぞれの席に取り付けられた顕示盤を見つめながら、互いに声で意思疎通をしている。わたしにはいまだに、雑音としてしか聞こえない。船員たちはこの四〇〇日の間に一人減った。屋外で船の整備をしていた最中、嵐に巻き込まれて凍え死んだのだ。その欠員をほかの兵卒たちで補おうとしているので、それが軍人話法にわずかな乱れを生み出しているようで、しばし意思疎通の齟齬からくる罵りが、わたしにも聞き取れた。

「一番批判を浴びているのは君の従者だ」わたしと一緒に大顕示盤を見ていた兄弟が言った。「あまり兵隊ひとりを贔屓するべきじゃないぞ。語彙を乱して、皆にとっても、奴にとっても不幸なことになる」

 わたしは返事をしなかった。


 中央の顕示盤が、星間転送基地からの最初の電波を受信したことを伝える。

「あっ」

 わたしと兄弟は同時に小さな悲鳴を挙げた。兵卒たちもはじけたように騒ぎ立てた。顕示盤の表示は、わたしたちの味方の艦隊が基地を通過したあと、ほんの少し遅れて別の大艦隊が通過したことを伝えていた。そして味方の艦隊からは、わたしたちに宛てて、暗号通信が送られてきた。


 暗号は解析機関がすぐさま解読した。

「ワレラ敵艦隊ニ追撃サレ交戦中。星間転送装置ヲ破壊スルモ五隻ノ敵艦艇、基地ヲ突破。我ガ艦隊全二隻ノ内一隻小破。ナオモ交戦中」解析機関は断片的な情報をつぎはぎして長文に組みなおしたが、途中で星間転送基地からの通信は途絶した。

 軍人話法がわからなくても、兵卒たちの間に失望が広がっていくのがわかる。部外者面を装うわたしでも、胸の底から震えが昇ってくるのがわかった。破壊の規模は不明だが、星間転送基地がなければ、増援が来る見込みはおろか、母星への帰還もできない。それから味方の艦隊からは、戦局の推移に関する通信は一切送られてこなかった。位置を知らせる無線標識すらも送られてこなくなってしまった。敵艦隊の方も沈黙を守っている。


 通信が復活したのは二日後のことだった。そのときの、兵卒たちの喜びようは失望のときと同じくらいやかましいものだった。あらためて送信された暗号によると、わが味方艦隊はその後一隻中破されつつ、何とか敵艦隊の猛追を振り切って、この第三惑星に向かう軌道に乗っているらしい。到着は予測されていた日数より早い一一四日だった。やはり燃料を完全に使い切り、重力推進を一度もせずに航行するらしい。一方で敵艦隊は、ガス惑星である第六惑星で一旦重力推進(※スイング・バイのこと)を行い、第四惑星を目指すようだ。両陣営これ以上戦力が増えないため、敵軍はかの星でしっかりと資源を補給し、万全の状態で戦う魂胆のようだ。二つの惑星が会合したときに向こうは攻め込んでくると予想されるから、我々に与えられた猶予は、約二〇〇日といったところだった。むろんこの惑星の日数でのことだ。


 それまでの間、わたしはまた元通り、一人の研究員に戻ればよいと思っていたが、わが兄弟は形だけでもいいから銃や砲の操作を学べとしつこい。一方で彼も、〈窓〉とともにわたしの研究に生じる様々な雑事を手伝ってくれた。簡単な仕事は〈窓〉に任せて、わたしとわが兄弟は、さまざまな自然哲学に関する話をした。そうしないとお互いの精神衛生上よくなかったからだが、兄弟はよき聞き手だった。わたしは半分冗談に「いざ君の立場が危うくなったら、わたしの助手ということにしてあげよう」と彼に提案した。

「この無人の星に、二人も駐在員かい?」そう問い返しながらも、彼はまんざらではなさそうだった。


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 軍艦が地表に向けて降下していく様を、わたしは初めて見た。わが兄弟たちが乗ってきた商業用の星間輸送船よりもはるかに巨大であることはわかるが、この星に人工物はおろか、自然物でも遠くの山並み以外に起立しているものがほとんど存在しないため、実際の大きさは一目ではわからない。ただ、曇天に空いた穴のように、影がだんだんと膨らんでいき、この平原に着地したときには、もはや端から端を見渡すことができなくなっていた。わたしは終始その巨大さに驚いてばかりだったが、わが兄弟が、この船は岩石惑星にて離着陸するために本艦から分離した揚陸艇にすぎないと教えてくれた。本艦が着陸しようとすると、大気で表面の装甲が劣化する上、着陸しても自重で船体どころか、下敷きになった岩盤もろとも崩壊してしまう。そのため本艦は今、ゆっくりとこの惑星の周囲を公転しているとのことだった。わたしは天を見まわしたが、その姿を見つけることはできなかった。きっとこの惑星の裏側を飛んでいるのだろう。


 船は着陸したが、検疫のためか、あるいは先遣隊の裏切りを疑っているのか、本隊の者はなかなか降りてこない。そのうちに、のしかかる氷床が船の重量に負け、何度も襲う吹雪も重なり、船体は下半分が雪に埋もれてしまった。

彼らがもたもたしている間にも、決戦の日は着々と近づいている。第四惑星には敵艦隊がいる。おそらく燃料の重水の補給も済ませ、最大速度でわたしたちの元に突撃してくることだろう。その前にできる限り防衛体制を整える必要がある。たとえこちら側の勝機が小さくとも、時間はいくらでも稼げるはずである。しかしずっと船内に隠れていられては、いたずらに時間が過ぎてしまう。結局彼ら本隊がわたしも含めた先遣隊を船内に入れたのは、着艦から十日も過ぎたあとだった。本来の出入り口はもう氷の下に埋もれてしまったので、我々は上部についた窓から入らなければならなかった。


 窓の中は船外での工作活動用の小型艇の保管庫だったが、肝心の小型艇は見当たらず、平民と思われる、小柄な人々がそこかしこで雑魚寝をしているだけだった。彼らは長旅に疲れ果て、また、軍人カストのすることに微塵も興味がないのか、わたしたち来訪者には一瞥もくれなかった。

「彼らがこの星の入植者というわけか。まさか氷の星に連れてこられるとは思わなかったろうな」わたしの皮肉を、兄弟は制した。

「戦局によっては第四惑星にだって移住できるさ。あまり彼らを絶望させない方がいい。貴重な労働力だからな」

「で、軍人たちはどこだ? この船の指揮官は? わたしたちはこれからどこに行けばいい?」

「船底に喫水ドックがある。この船は本来、海洋に降りるためのものなんだ」

 連れてこられた喫水ドックは、先の保管庫の何倍も広かった。燃料や飲料として水が蓄えられ、そのために床が増設されているにも関わらず、だ。この空間だけでも、先遣隊の輸送船が二隻は収まるそうだ。そんな説明以上に広い印象を受けたのは、積み荷も兵士の数も、素人目でわかるほど不足していたからだろう。われわれを歓待するためというよりは、反乱の兆候が表れれば制圧するため、あらかじめ整列している兵卒の数は、先遣隊のざっと三倍ほどだった。これですべてというわけではあるまい。もっと大勢の兵士が、本艦に残っているはずだと思いたかった。また、わたしが見た限りでは、積み荷の中には戦闘車両が見当たらず、民生品の建設機械ばかりが置いてあった。


「わたしたちは中央指揮所にいくからな」

兄弟はそう言うと、ドックを一望できるところにある、その中央指揮所とやらを示した。そこには水平窓越しに、指揮官らしい人陰がこちらを見下ろしている。格納庫からは、兵卒たちの目の前にある小さな昇降機に乗って行けるようだ。

「きみはこの恒星系の、唯一の専門家だ。提督は君の知見を求めている」兄弟は端末を観ながらそう言った。

「知見といっても、この恒星系は、特段変わったものではない。恒星も惑星も、一般的な物理法則に従って動いているさ」

「もっと地質学的な話を聞きたいようだ。まあ、具体的な質問は提督から直接聞いてくれ」

「わたしの研究のことを話す機会はあるかな」わたしたちは昇降機に乗りこんだ。

「それはどうだろう。提督は政治家ではない。とりあえず目先の戦略的勝利を求めるものだから――まあ、時間はたくさんあるさ」

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