保住尚貴の場合



 目が覚めたら、肉体労働を強いられていた。きつい……。——ここはどこだ?


 おれはどうやら、列をなして歩いている人間の中にいた。自分が置かれている境遇が理解できないのに、からだは勝手に動いていく。必死に頭を働かせて、今の状況を把握しようとしていると、目の前の筋肉質の男が急に振り向いた。


「おい、遅れるなよ」


「遅れるなと言われても。お前は誰だ?」


「誰だとはなんだ。一緒に旅する仲間だろう? 魔法使い」


「魔法使い?」


 聞き馴染まない単語に、きょとんとするしかない。なんだ、その厨二病みたいな単語は!


「お前、さっきの戦闘でHPとMPが結構削られたからな。頭でもおかしくなったんじゃないのか」


「HP? MPってなんだ?」


 先ほどから、とかく聞いたことがない単語の羅列。周囲を見渡すと、森の中を歩いているようだ。しかも自分の意思には関係なしに、前の人間の後を歩くようにできているらしい。ペースも然りだ。こんな速さでどこまで歩くというのだ。


 運動ができない、いや、運動が得意ではないおれにとったら、修行のようなシチュエーション……。ああ、夢なら早く目を覚ましてくれ。職場で残業をしていたのだ。それから、どうしたのだろうか? 記憶を失うようなこと、あったのだろうか? 覚醒している状態で夢を見るなんてことあるか。


 不可思議な体験に一人、思考を巡らせていると、大きな石造りの建物におれを含む一行は入っていった。中はたくさんの人が往来している。みな、一様になにかを話している。


 ——先頭の女が話しかけているのか?


「おれたち、なけなしの金を持ってきているのに、転職できないって、どういうことなんだ!」


「転職なんてしたくない……」


「一生、お花をめでたいのだ」


「わしはピチピチギャルになりたいのじゃ」


 ——ここは、どこなんだ? 一体、なんの話をしているのだ?

 

 それにしても、なんて無意味な会話だ。時間の無駄ではないか。


「おい、ここはなんだ」


 目の前の筋肉男に声をかけると、男は呆れた顔をしてから、おれを見た。悪かったな! 無知で。


「ここは転職の神殿だ。今回はお前が転職させてもらえる番だぞ。よかったな」


「それはいいことなのか? 転職とはなんだ。おれはそんなもの望んではいないぞ」


「またまた、そんなこと言うなよ。ただの魔法使いでは、ずっと馬車行きだぞ」


「なんだ。馬車があるなら、そこに乗っていたい。そうしたい。そうだ。転職などしなくてもいい。おい、その転職は誰が決めている? なぜおれの番なのだ!」


 疑問と不満が一気に噴き出すが、誰も相手にしない。


「神官のところに行ったら、ちゃんと祈れよ」


 ただ黙々と歩くだけ。なんなんだ! 不気味だ。そう思っていると、階段を上って、いかにも偉そうな髭を蓄えた男が両手を掲げて、おれたちを迎入れてくれた。


「ここは転職をつかさどる神殿。職業をかえたいものが訪れる場所だ。己れ自身を見つめ直し、これからの生き方を考える場所じゃ。どなたの職業を変えたいのじゃ?」


 神官と名乗る男に問われて、先頭にいた女性がおれを見た。やはりおれか。


「魔法使いはどの職業になりたいのじゃ?」


 どのって。どれ? なん種類あるんだ? 市役所職員もあるのか? そう思っていると、勝手にカーソルが動いて「武闘家」を指した。


 ——冗談だろ?! この体力のない運動音痴のおれに、を目指せというのか!? それは……拷問だっ! 首を横に振って、必死に拒否の意思表示をしているというのに話はどんどん進む。


「では、ホズミよ。武闘家の気持ちとなって祈るが良い!」


 ——誰が祈るか!


「おや。どうやらホズミの祈りが足りないらしい」


「誰が祈るかっ! いいか? このおれが、武闘家になどなったら、レベルアップのスピードは機微なものになるのだぞ? ラスボスのところに行き着かない可能性が高い。お前の目は節穴か。おれの能力をよく理解していないようだ。おれの場合、魔法使いから、僧侶に転職をして賢者を目指すのが最良コースである。このパーティにはすでに武闘家がいるではないか! そんな非効率的なことをして、無駄に時間を潰す気か? いいか? 転職システムはもっと効率的に回すのだ。今時、攻略本だってあるだろうが? どれだけ無知なのだ。呆れてものも言えないぞ。それとも武闘家ヲタクか? 筋肉が好きなら、おれは外せ! 一生馬車行きで結構だっ!」


 この世界の仕組みもよくわからないはずなのに、なぜか口をついて出てきた言葉。一瞬あたりが静まり返った後、カーソルが「僧侶」に変更された。


「武闘家はやめるのだな。あいわかった。それでは、ホズミ、心を入れ替えて、僧侶の気持ちとなって祈るが良い」


 神官の言葉に、おれは満足して祈った。——しかしなにを祈るのか、ちっともわからない。なんて面倒で、非合理的な世界だ。おれがきたからには根っこからひっくり返してやろう。おれはそう決心をして祈った。



 転職がうまく行ったかどうかは……その後の話。




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