面影そして邂逅

 暗い気持ちをなんとかしたくて、あたしは外へ行くことにした。夏の太陽はぴかぴか明るくて、気持ちもちょっと明るくなる。

 ぶらぶら歩いていると、楽しそうな音楽が聞こえてきた。ぴーひゃら、どんどん、笛と太鼓の音だ。音楽の聞こえる方へふらふら歩くと、町の広場に着いた。あんまり広くない広場は人でいっぱいで、その真ん中で旅芸人が出し物をしている。南の果ての、海辺の村に流れ着いた旅人が、海の魔物を倒すお話。

「そうか、彼ももう百八十年前の英雄なんだね」

 しみじみ、昔の友達を思い出すみたいに、神王様が呟いた。

「知りあい?」

「彼と一緒に戦ったひとの一人は俺の神官だったし、彼とも直接話したことがあるよ。俺を信仰してるわけじゃなかったけど、死にかけだったところを癒された時に、俺の声を聞けるようになったらしい。力を貸せって交渉してきたのは面白かったな」

 話し声は本当に楽しそうで、でもぜんぜん知らない話だった。兄さんの声だから、やっぱり変な感じだ。そう言おうかな。悩んでいると、神王様は何かを思い出して、ああ、と声を上げる。

「そういえば、彼にも俺は彼の兄さんの姿に見えていたらしいね」

 え、とまた声に出してしまって、あたりを見渡した。みんな出し物に夢中であたしなんか見てないと分かって、ほっとする。

「それって、よくあることなの」

 神王様が兄さんに見えているのは、あたしも同じだ。昔の英雄様と同じなんておかしいけど、実はみんなそうなのかもしれない。そうだったらいいのに。そうだったら、少しは、悲しくない。

「いや、珍しいよ。一番多いのは神像の姿だね。次がただの光みたいな、形の無い姿だ。他にはその人の父さんとか、お祖父さんとか、もっと年上の男の人のことが多いかな」

 神王様は、あっさりとそう言った。でも、だったら、なんで。

「なんでその人には神王様が兄さんに見えたの?」

「兄さんというより、王様の姿を見てたんだ。実は彼は、東の国の王子だった。だから神王と聞いて、王様に一番近い人を想像したとき、それが一番上の兄王子だったんだろうね」

 あたしの兄さんは、王子様じゃない。王様みたいだって思ったこともない。小さい頃、村でお城ごっこをしたときだって、兄さんはいつも楽しそうにめし使つかいの役をしていた。

「じゃあ、なんであたしには、神王様が兄さんに見えるんだろう」

 兄さんのことは大好きだけど、神王様が兄さんの声と姿をしていても、ぜんぜん嬉しくない。もうだいぶ慣れてはきたけど、悲しくて、苦しくて、やっぱり胸がぎゅっとなる。その気持ちを思い出したらもっと辛くなった。今はもう、何も聞きたくない。

「お前の心と魂がそう感じているんだよ。俺が決めているわけじゃない。俺だって、なんでも思い通りにできるわけじゃないんだ」



 旅芸人が出し物をしていた広場の方を向いて、ハイエンの町の神殿が建っていた。ふらふら、誘われるみたいに中に入る。王都と比べると小さい町は、神殿もやっぱり小さくて、神像の飾りも少なかった。隅っこの方に行ってそっとお祈りをする。今は兄さんの声と姿の神王様じゃなくて、昔みたいによく聞こえない声と、一番たくさんの人が見ている、神像の姿の神王様がいい。

「あの、もしかして、さっきの人ですか」

 お祈りが終わると、背の高い男の人が声をかけてきた。お昼ごはんの時、背中にぶつかってきたひとだ。

「ああ、やっぱりそうだ。お昼はすみませんでした。あの時はちょっと急いでいたので、きちんと謝ることもできなくて……」

「あなたもお祈りに来たんですか?」

 なんでここにいるんだろう。神王様はこのひとを、角を魔道で隠した魔族だって言っていた。神王様は魔族が嫌いじゃないけど、でもやっぱり魔族と戦争した英雄のはずなのに。

「はい。終わってからあなたを見かけて、待っていました」

 でも、男の人はあっさり答えた。小さく神王様の笑い声がする。

「さっき『俺は信徒のことしか分からない』って言っただろう? 彼は魔族だけど、間違いなく俺の信徒だよ。そうだ、名前でも聞いてみたらいい。たぶん、ルノアと名乗るだろうね」

「あの、どうかしましたか」

 男の人が心配そうに声をかけてくる。本当に信徒なんだろうか。

「あなたのお名前を聞いてもいいですか?」

 そう言うと、男の人はびっくりしたみたいだった。そういえば神王様の声はこの人には聞こえていないんだ。どうしよう、いきなり名前を聞いちゃった。そう考えていると、男の人はにっこり笑う。

「僕はルノア、旅人です。あなたは?」

 神王様が言ったとおりの名前だ。本当に神王様の信徒なんだ。たぶん本当に、魔族なのに。

「あたしはシャリナっていいます。神官だけど、旅をしてます」

「神官様だったんですね、すごいなあ。あ、いや、そう見えなかったというわけではないんですけどね」

 ふんわり笑ってから、あわあわと付け足しをする。変に気をつかうところとか、困ってなくても困ってるみたいな顔は、ほんのちょっとだけ兄さんに似ていると思う。

「やっぱり、改めてきちんとお詫びした方がいいのかな。ええと、この近くに美味しいお茶を出してくれるお店があるので、ちょっと寄ってみませんか。もちろんごそうしますよ」

 あたしはただ見ていただけなのに、いつの間にか、ルノアさんはうんうん悩んでた。これじゃなんだか下心があるみたいだなあ、なんて言うけど、本当に良くないことを考えてたらたぶんそんなこと言わない。美味しいお茶も気になるし、お誘い、受けちゃおうかな。

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