誤解ゆえの隠蔽

「おはよう、シャリナ」

 目が覚めるとベッドの上だった。夏なのに寒くて、体が重い。

「あたしは……今度はどれくらい寝てたの」

「宿を見つけたのが昨日の昼過ぎだから、丸一日より短いくらいかな」

 神王様が静かに答えた。兄さんと同じ声だけど、もし兄さんだったら、今のあたしを見て情けないくらいおろおろしたと思う。

 いつでも神王様と話せるようになってから、奇跡の力が強くなった。何人でも、どんな重い怪我や病気でも治せる。でもその代わり、奇跡を使った後は眠ってしまうようにもなった。あの後ハイエンまで歩いて宿を探せたのだって奇跡みたいだ。

「ねえ、あまり無茶はしないでくれよ。俺の力はお前には重すぎる。魂が少しずつ傷つくんだ。眠る時間も長くなる一方だろう? 今のお前は、あんな奴らを助けるために力を使っちゃいけないんだ」

 心配そうな声が急に、冷たくなった。兄さんはそんなこと言わない。

「やめてよ、あんな奴らなんて」

「あんな奴らでいいんだよ。あのほろの中に何がいたと思う?」

 あった、じゃなくて、いた、と神王様は言う。嫌な予感がした。でも何なのかは分からない。分かりたくない。

「魔族だよ。奪われた積み荷の正体は魔族だったのさ」

「嘘、そんな」

 それって、あの魔族たちは物を盗もうとしてたんじゃなくて、人族に捕まった仲間を助けようとしてたんだってこと。

「残念だけど、嘘じゃない。だって奴らが俺に祈ってきたんだ。魔族を人族に仕えさせその罪を清める我らの業をたすけてください、って。俺はそんなこと助けたくないのにね」

 神王様はふんわりした声で、似合わないくらいずばずばと話す。あんまりずばずば話すせいで、言葉がうまく飲みこめない。そっか、神王様は魔族を売る人族を助けたくないんだ。あれ、でも、魔族と仲良くしたお婆さんを助けるのもだめなんだから、神王様は魔族が嫌いなんじゃないのかな。

「でも、神王様は人族を魔族の支配から解放した、って習ったよ」

 ぐるぐるした頭の中が、ぐちゃぐちゃのまま言葉になった。

「それは正しいよ。でも、俺はみんなが自分の力で生きていく世界を作りたかっただけだ。六百年前まで、人族は魔族に頼りきってた。ずっと母さんに甘えてる子供みたいにね。だから俺は人族みんなで家出をしたんだ。それだけだし、それだけでいい。人族が逆に魔族を支配することなんて一度も願っていないし、むしろ嫌だ」

 なんてことないみたいに、神王様は言う。あたしの頭の中はこんがらがったままだ。でも、ちょっとだけ胸が温かくなった。きっと神王様は、別に魔族が大嫌いなんじゃないんだ。

「そろそろお昼だよ。無茶をしたんだから、ちゃんと食べないと」

 優しく言われて、あたしはお腹が空いていることに気づいた。



 頭の中のぐるぐるは、お昼ごはんを食べる頃には収まっていた。

「いただきます」

 そっと指先を絡める。食前の長いお祈りは、料理が冷めるからやめてと神王様に言われて、ずっと前にやめてしまった。

 野菜と挽き肉を煮込んだ料理はきれいなオレンジ色で、ふわりと良い匂いがする。わくわくしながらスプーンですくうと、上に乗ったチーズが糸みたいに伸びる。かりかりに焼けたパンに乗せて、ふうふう冷まして食べると、とろりと濃厚な味がした。美味しい。もう一口、と思ったその時、背中に何かがぶつかった。

「ああ、すみません。よそ見をしていました」

 背の高い男の人がへこりと頭を下げて、混みはじめたお店の奥に歩いていく。他のお客さんの話し声にまぎれて、神王様が小さく笑った。

「彼は魔族だよ」

 え、と思わず声がもれる。あわててあたりを見渡すけど、誰もあたしの方を見ていない。良かった。あたしが誰かと話しているって気づいた人はいないみたいだ。ほっとして、ひそひそ声で返事をする。

「でも、角が無かったよ」

「魔術の幻で隠してるんだ。南の方に、霧で通れない森があるだろう? あの霧は森に住んでる魔術師が作った幻だよ。それと同じ魔術を、指輪か何かに込めてあるんだろうね。たぶん」

「たぶん?」

 神王様の言い方はまるで、知らないことを話しているみたいだ。

「知らないからさ。俺は信徒のことしか知れないんだ。しかも見たり聞いたりしてることまで伝わってくるのはお前だけで、普通は祈りの言葉しか分からない。南の森の魔術師を知ってるのは、たんに魔術師の昔の友達が俺の神官だったからだよ」

 もぐもぐと料理をほおばりながら、ぼんやり話を聞く。声は兄さんと同じだけど、もし兄さんだったら……どうしていたかな。知ってることを偉い人に話すかもしれない。悪い魔族が指輪を使って隠れればたくさんの人が困るだろうし、霧のせいで森の街道が通れなくて困っている人はたくさんいる。

「知ってるのに、お城の神官様にお告げしないの」

「しないよ。そう何もかも教えたら、みんな俺に頼りきりになってしまうし、それにたくさんの魔族と人族が自由を奪われてしまうから」

「よく、分からないよ」

 あたしは神王様を、困ってる人を助けてくれる神様なんだ、って思ってた。でも、違うのかもしれない。だって、たくさんの人が助かるお告げを、わざとしないんだから。

 ひょっとして、だから、兄さんを。

 きゅ、と胸が苦しくなる。どうしてって、神王様に聞きたい。けど聞いちゃだめだ。神王様の神官は、そんなことを考えちゃだめなんだ。でも、もし考えてるってばれたら、どうなっちゃうんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る