聖戦/凶行
夕飯を食べて、食器を返しに行った。湯を使って体を
部屋を暗くして、ベッドの上で息を殺して、じっと天井を見る。壁も床も、天井まで石でできた部屋。初めて来た時、まるで牢屋みたいだと思った。たぶんそうなんだろう。神殿も、宮殿も。
「――鉱の神を討て」
神殿を追い出された日に言われた言葉を、そっと繰り返す。人族が自由に掘り出すべき鉱石を奪う魔物は、神王様の御心に
いや、それは本当に無理なのか?
神と呼ばれていても、鉱の神には形がある。壊すことは無理じゃない。実際鉱の神と並び称される
そうだ。
そんなことは、全部どうでもいい。
私はただ、エルンを殺されたくないだけだ。賢くて、強くて、でも外の世界を知らないエルン。初めは怪物の手先だと思った。生意気だとも思った。でもそうじゃない。私は、あの子も暗闇に囚われているんだと思う。たとえあの子が犠牲じゃなく
部屋の
部屋を出る。松明を一本借りて、宮殿を出る。暗闇に目を慣らしながら、谷底を歩いていく。入り組んだ谷の奥の洞窟から重圧が発されていた。「荷物」を背から下ろして、縦に積まれた箱を外す。箱は
「――神王様、どうか私にご加護を」
戦棍を右手に、左手でペンダントを握って短く祈る。松明に火を点けて、洞窟を進んでいく。足音が響いて、響きが遠くなっていって、急に聞こえなくなった。何もかもに見られているような重い空気。
洞窟の壁に
「私と戦いなよ、山の神様。戦いは命懸けなんだろ?」
嵐みたいなものすごい音がして、割れそうなくらいに地面が揺れた。寝ていたボクは無理やり目を覚まされたけど、あんまり揺れがすごすぎて、しばらくはベッドから起き上がれなかった。揺れが収まると今度は頭がくらくらする。ちょっとした地震は神様のくしゃみだっていうけど、これは神様の何だろう?
ようやく立てるようになったボクは、上着を羽織って、ランプに火を入れる。お姉さんが心配だ。ここまで大きいものは初めてだけど、宮殿のみんなは地震に慣れてる。でもお姉さんは違う。
「ああ、エルン。怪我はしていない?」
早足で廊下を歩いてると、セジュおばさんがいた。ランプの赤っぽい光でも分かるくらい真っ青な顔をしてる。たぶんこの後みんなの無事を確かめに行くんだ。
「ボクは大丈夫だよ。お姉さんの様子を見たら、部屋に戻るから」
「そう、でも気をつけてね。また揺れるかもしれないわ」
「分かった。お母さんも気をつけて」
おばさんと別れて、お姉さんの部屋に向かう。ドアを軽く叩いてから手をかけた。良かった。地震で
「お姉さん、大丈夫? すごい地震――」
最後までは言えなかった。真っ暗な部屋に、お姉さんはいない。
たまたま他の部屋に行ってるのかな。そう思って、慌てて部屋を出ようとして、危ないところで気づいた。
お姉さんの、あの大きい荷物も無くなってる。
また宮殿を出て、旅に出ちゃったのかな。でもそれならボクやセジュおばさんに挨拶くらいしていくと思う。いくら部屋を探しても、置き手紙だって見つからない。お皿もないから、晩ごはんはちゃんと食べたんだと思う。その前は――。
お姉さんは、神様の話をしてた。
ランプを高く上げると、壁の模様が見える。赤く塗った上から、白い線で山みたいな形が描かれてる。山には短い脚と頭と太い尻尾があって、それが山の神様の見た目なんだって。こっちの国の人なら絶対に知ってることを、お姉さんはぜんぜん知らなかった。よく分からないこともたくさん言ってた。
ランプを下ろす。前髪が顔にかかるのをどけようと手を上げて、でもどけるものがなかった。そうだ、お姉さんが髪留めをくれたんだ。お姉さんは優しい。怪我を治してくれたり、ボクが一人でしてた特訓を一緒にやってくれたりもした。
「お姉さん、ねえ、どこ行っちゃったの?」
ボクはどうしてもお姉さんの様子が見たかった。あの面倒くさそうな声で、へらっと笑って、心配しすぎだって言ってほしかった。本当はいけないことだけど――ボクはこっそり、宮殿の外に出る。
空は星が綺麗で、谷の奥に続く道がぼうっと、光って見えた。
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