訓練/生業
歩く速さに合わせて、かちゃかちゃと鉱石よりも高い音が鳴る。考え事は歩いている時の方がしやすい。考えることがたくさんあるからそのついでに、私は今日も荷物を運んでいる。
この国で信仰されている神――鉱の神は、魔物だ。本来であれば人族が自由に出入りするべき鉱山に居座り、鉱石でもって人族を支配する怪物だ。そしてこの宮殿の人々は、暗闇に
「お姉さん、今度は武器?」
呆れた声に気づくと、エルンは木の棒を持って立っていた。
「ああ、そうだ」
完成した武器の入ったかごを決められた場所に置いて、私はエルンの方を見る。息が上がっていて、赤い頰をしていた。
「あんたこそ、宮殿の裏なんかで何をしていたんだ?」
「こっそり訓練してたの。見たい?」
にやりと笑うと、私が何も言わないうちに、エルンは手で握った棒を振り回しはじめる。終わったらどうだったか訊かれるんだろうな。面倒だ、と思いながら眺める。頭の上から大きく振り下ろして、反動をつけて振りかぶりもう一度。相手の攻撃を避けているつもりなのか、後ろに大きく跳んで、また踏み出す勢いを乗せて三度振り下ろす。
「ちょっと動きが単純すぎないかね」
思ったよりはできる。まだ続けているエルンを横目で見ながら、積んである
「ほら、私に当ててみな!」
声を上げる。エルンは目をきらりと光らせ、また棒を振り上げる。私はお留守になった胴を目がけて横に振った。エルンは途中で攻撃を止めると後ろに跳ぶ。次も、その次も後ろ。こちらが振り下ろせば、エルンは横に跳んで避ける。何度かそうやってから、私は振り下ろされた棒をこっちの棒で受けた。
「やっぱり単純すぎるよ。でも、なかなかやるじゃないか」
これは本音だ。エルンの攻撃は振り降ろすだけ、回避は跳ぶだけだった。おかげでほぼ私が攻める側だったけれど、ちょっと手加減していたとはいえ、棒がエルンに当たることは一度もなかった。
「ボクはこれでいいんだよ。あっちの攻撃に当たったらダメなんだから。こっちの攻撃も、体重を乗せないと意味がないし」
服の袖で汗を拭いて、エルンはまたにやりとする。
「まさか、あんたが戦うのって」
「そうだよ。ボクは神様と戦って鉱石をもらう人になるんだ! セジュおば……お母さんも、ボクは身が軽いから向いてるって」
エルンは鼻息を荒くする。そうか、この子の技は人ではなく、怪物と戦うためのものなんだ。
「ねえ、お姉さんも強いんだね! ボクびっくりしちゃったよ」
心から嬉しそうなエルンが、なんだかかわいそうに思えた。
年の近い子との訓練が終わって、ボクはお姉さんの部屋に走る。お姉さんは面倒くさがりだし、よく分からない話はするし、神様のすごさがなんにも分かってない。でも、とっても強かった。だから好き。
「お姉さん、遊びに来たよ!」
ばーんとドアを開けると、お姉さんはボクを見て、怖い顔をする。
「そこを動くんじゃない」
お姉さんは黙って、早歩きでボクの方に来た。じっとボクの左肩を見て、ぎゅっと強くつかむ。
「いたたたた! 何するのさ、お姉さん!」
ボクが怒って手を振り払っても、お姉さんは怖い顔のままだ。
「あんた、この怪我は誰かに見せたのかい」
「見せてないよ! だってこんなのぜんぜん平気だもん」
「さっき痛いって言ったじゃないか」
お姉さんが呆れてる。ボクが何か言うより先に、静かな声がする。
「神王様、この子の怪我を――」
目を閉じて、右手でそっとボクの左肩に触って、左手でペンダントを握ってる。そう思った時には、肩が痛くなくなってた。
「これがお姉さんの神様の『奇跡』なの?」
「そうさ。これでもまだ、ただの魔道と一緒なんて言うかい?」
「それはまだ、よく分かんないけど……」
ボクは肩をさする。やっぱり痛くないけど、死んだ人の幽霊にこんなことができるのかな?
「でもすごいよ。お姉さん、なんでボクの怪我に気づいたの? セジュおばさんでも気づかなかったのに」
「ドアを開けた時、ちょっとだけ
お姉さんがへらっと笑う。
「怪我を治す神官さんだから、分かるの?」
「そうだって言ったら、ちょっとは神王様を見直してくれるか?」
笑顔が、少しだけ嫌そうな笑顔になった。
「残念だけど、そうじゃない。私は神王様のお声を聞く前、口減らしに生まれた家を追い出されて、冒険者をしていたんだ。怪我をすることも、怪我をした人を見ることも多かった。だからだろう」
ボクはびっくりした。そっか、お姉さんも――。
でも、それを言う気分にはまだなれなくて、次になんて言ったら良いか分からなくて、ボクは部屋を見回した。部屋の隅っこに、がちがちに縛られた荷物がある。お姉さんがここに来た日から、何も変わってない。
「その荷物も、冒険で使う……武器とかなの?」
今度はお姉さんが黙っちゃった。じっと下を向いてる。
「……お姉さん?」
お姉さんははっと気づいて、ゆっくり首を横に振った。
「いや。神王様のお導きで神殿に入って、冒険者は辞めた。この中身は細工物だ。今の私は、細工物を仕入れて売って暮らしている」
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