第13話 尾行②

 それからミカと嗣道はセダンで男たちを乗せたワンボックスカーを追った。

 戦後に再建された高速道路は、足りない予算と足りない労働者で作られたため、戦前の人が未来に思い描いていたようなものにはならなかった。

 空を行き交う真空チューブでも、車線も多い素晴らしい自動運転道路でもなく、半世紀以上前に作られたかのような細く、急で内燃機関で動く車の高速道路だ。

 幸いなのは、戦争で人が蒸発し、走る車の量が大幅に減ったため、渋滞がなくなったことだろうか。

 そして、ミカたちが追う車はそのメリットを最大限に生かすかのように、限界ギリギリの速度で駆け抜けていた。

 休憩も挟まず一気に県境を越え、車は山間部へと入っていく。


「今、ICを下りたみたい」

「わかった。俺たちも降りる」


 中央道を走っていたワンボックスカーは、山間のICで高速道を下りた。

 NN-システムでの追跡は、システムのカメラのある場所を通過しなければ行方が分からなくなる。

 嗣道の運転で、ミカは最後に追跡できた地点へやってきた。


「ここが最後の場所みたい」

「山の中だな」

「そうだね。どこに行ったんだろう」


 見渡しても、車どころか人影すらない山の中だ。


「ミカ、この先、次のNN-システムのカメラの場所はわかるか?」

「えっと、……6キロ先、温泉のある市街地のあたりみたいだね」


 嗣道に聞かれ、ミカは端末で調べて答えた。


「そこまでの間か、どこかで曲がったか……」


 ミカは端末に表示される地図を拡大した。


「曲がれる道は3か所あるよ。一つは山越えの道、もう一つは橋を渡って谷の反対側。最後のは、この道と並行で走る道みたい」


 嗣道はミカが端末で拡大した地図を覗き込んだ。


「最後のはおそらく旧道だろう。……この後奴らがどこを目指していたか、から考えよう」

「そうだね。うーんと、贋作を作る材料を買ったってことは、拠点に戻ったんだと思う」

「同意する。どんな拠点か考えよう。洞窟、ということはないだろう」

「どうしてそう思うの?」


 ミカが尋ねた。


「それは、怪しいからだ。NN-システムに映らない方法はあるが、奴らはそういった行動をとらなかった。怪しまれない自信があったのかもしれない」


 ミカは嗣道の言う洞窟がアジトである場合を想像した。


「洞窟前に車を停めて、中に入っていく。……中からは作業の音。浮世絵を作るなら、光も、電源も必要だもんね。……うん、考えただけでとっても怪しい」


 嗣道も頷いた。


「ということは、何らかの建物が拠点と考えていいだろう」

「このあたりの民家は大き目だし、土地も広い。何人かで住んでいても怪しまれないよね」


 ミカはここに来るまでに見た風景を思い出していた。


「隣家とは離れていたほうがさらにいいだろう」

「そうすると、森の中にぽつんと立っている家が怪しいね」


 嗣道は三つの選択肢のうちの一つを指さした。


「それならこの旧道は除外してもいいだろう。旧道沿いには古い家がたくさんあるものだが、隣あって立っている場合が多い」

「なるほど。集落になってるんだ」

「そうだ」


 そうして再び地図を眺めると、もう一つ重要な情報が見つかった。


「あ、山側ルートは除外してもよさそう」

「なにがあった?」

「この道、戦後ずっと通行止めになってる」


 ミカが指さした場所は、山側ルートを進んだ先の崖のあたりだ。

 確かにそこには通行止めの文字がある。


「戦争で崩したか、災害で崩れたのをまだ直していないか、か」


 嗣道は目を閉じ、数秒の検討で答えを出した。


「よし。谷側のルートを進もう」

「了解」


 嗣道は車を道の分岐点まで進めた。

 交差点を左に折れて谷に向かうルートは、少し進むと橋がある。谷の反対側を進む道は道路が土埃に覆われていた。

 そしてそこにはっきりと轍ができていた。

 轍の幅は、普通車のものと、大型車のものがあった。


「どうやら、この道を曲がっていったようだな」

「最近通ったみたいにきれいな跡ができてるね」


 ミカは双眼鏡を目に当てて、橋の先を見た。

 しかし、橋を渡りきったところから先は木々に覆われており、道路の行く先も、建物一つ見えなかった。


「曲がった先には何があるんだろう?」


 情報端末の地図アプリではこの先にデータはない。地図の戦略的価値がました戦中以降、それらの情報は意図的に隠されている部分が多い。その中でも建物情報などは最も信用ができないデータだった。


「少し待て」


 嗣道はミカの言葉を受けて、ダッシュボードから分厚い本を取り出した。

 表紙には「埋蔵文化財包蔵地図」の文字がある。


「ここに紙の地図がある、これで見てみろ」


 ミカは索引からこのあたりの地図を開いた。

 地図には広く印がつけられ、『埋蔵文化財包蔵地』と記載されていた。


「この辺りは、埋蔵文化財包蔵地なんだね」

「そうだ。あの尾根の向こうには、古い山城がある。谷あいの平地のこの辺りは山城含めて昔に栄えた宿場町だったようだ」

「さすがに詳しいね、嗣道」


 すらすらと出てくる情報にミカは羨望のまなざしを向けたが、嗣道は少し口角を上げるだけだった。


「……その地図には現状の物件情報も記されている。戦前の情報だが、役に立つはずだ」

「分かった。……えっと、このページかな?」


 嗣道はミカに渡したのは、博物館が使用する特別な地図で今ミカたちのいるここは、埋蔵文化財包蔵地と呼ばれる場所だった。

 埋蔵文化財包蔵地とは、文化財が発掘された土地の周辺を指し、その土地の下には、文化財が埋まっているかもしれないとされている場所だ。

 この種類の土地の上に新たに建物を建てたり開発を行う際には、文化財が実際に埋まっていないか、試掘が必要だとされている。

 少々商売には面倒な制度であり、文化財が軽視される現代においては廃止も検討されている仕組みだったが、博物館側の働きかけにより何とか現在も維持されている。

 嗣道が周囲を警戒する中、ミカは橋を渡った先の地域の拡大図を見つけた。


「道の先に何かあるか?」

「いくつか建物が密集している場所があるみたい。でも、集落って感じじゃなくて、工場、かな?」

「この道は通り抜けできる道路か?」

「うん。谷の反対側の斜面を抜けて、ずっと行った先で、また今いる道と合流するみたい」

「そうか。通り抜けは不自然ではないな。この道を進んでみよう」

「分かった」


 嗣道は慎重に、かつ不自然でないような速度で道を進んだ。

 渓谷を渡る橋は細いが、以外にも頑丈そうだ。


「昔はここも絶景スポットだったのかな?」

「そうかもしれないな」


 橋は渓谷の高い位置でかかっており、眼下には流麗な川の流れと岩肌が見えた。

 しかし、橋を抜ければ、そこは鬱蒼とした森だった。

 先ほどまで見えていた川も山の尾根も木々に遮られて見えなくなった。


「これなら、周りの目から隠れられそうだね」

「集落からも離れている。元は騒音や環境などを考えてこのあたりに工場を建てたのかもしれないが、今は格好の犯罪者の拠点か」


 状況証拠から可能性は高まっていった。


「あっ、建物が見えてきた」

「ミカ、例の車がないか、よく確認しろ」

「わかった」


 その工場はそれほど高いわけではないが、頑丈そうな柵と塀に囲われており、正門には警備の詰め所がある同じく頑丈そうな門。

 塀の中には工場らしきいくつかの建物のほかに、別棟の事務所、しっかりした物流センターまで備えていた。

 そして、そこには複数台の車両と、コンテナをつないだトレーラーも見えた。


「あった……!」


 その車の中に、ミカは追っていたナンバーの車両を見つけた。

 車内はすでに無人だ。

 二人は不自然でない程度に速度を落とした車内から工場を眺め、通過した。

 サイドミラーで通り過ぎる工場の様子を見ながら、ミカは独り言ちた。


「あの車がなかったら、普通に営業している工場なのかと思ったよ」

「そうだな。だが不自然だ」


 だが、ミカの感想と嗣道の感想は全く別なようだった。


「そう?」

「正門の詰め所に男が3人もいた」


 嗣道はミカが無意識で流してしまった正門の様子から工場の異様さを見て取っていた。


「でも、警備員っぽい服を着ていたよ」

「そうだな。だが、地方のこのあたりの、こういった規模の工場の正門に3人も詰めているのはなかなか無い」


 そういわれてミカも納得した。

 こんな田舎に何をそこまで厳重に警備をするのか。


「たしかに、そんなにいるのかなって感じだね」

「またはとても高価なものを生産している、ということならわかるが」

「中で作っているものをすごく守りたいって感じはするね」

「ミカ、あの工場の名前は確認しているな」

「うん、確認してる」

「すぐに情報を調べるんだ」

「分かった」


 ミカは車載の情報端末であの工場についての情報を集め始めた。

 嗣道は不自然にならないようにゆったりと車を進めている。

 ミカの調べ物は数分で終わった。


「嗣道、あの工場、インクを使うような工場でも、そんなに高価なものを作るような工場じゃないよ」

「そうか。可能性が高まったな」


 手がかりを見つけられたことにミカは安堵したが、同時にこれだけ厳重な守りを固める組織との対決を思うと一抹の不安もあった。


「こんなに大きいところを拠点にしているってことは大きな組織だよね。尾行、ばれてたかな……?」


 組織が大きくなれば、ノウハウもたまる。ミカは相手がもしかしたら手練れかもしれない、ということを気にしていた。


「おそらく大丈夫だ。相手の尾行は素人そのもの。思うに、あれは学生風の男が逃げないように監視している人員だろう」

「逃げないように監視……? あっ、……誰かがあの人に強制して作らせている、ってこと?」

「そういう場合も考えられるということだ。だが、どちらにせよ、工場に踏み込まなければわからない」

「嗣道はこれからどうする?」

「応援を呼んで、準備をし、突入する。いつも通りだ」


 だがそこで嗣道はミカの良いように違和感を覚えた。


「……ちょっと待て、『俺は』だと?」

「嗣道、私、あの工場に潜入する」


 ミカは強い意志をもった瞳で、嗣道をまっすぐと見つめた。

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