第14話 潜入①

「あの工場に潜入するつもりか。反対だ。危険すぎる」

(それは私もわかるけど、……でも!)


 嗣道はミカの言葉を即座に否定した。

 だが、ミカは諦めなかった。


「あの工場が怪しいのは確かだよ。嗣道もそう言ったでしょう? あの贋作は、ちゃんと作られていた。丁寧に作ってあった。ただ金儲けのために邪な心だけで作られたものじゃなかった! 私はそう『感じた』の」


 ミカは嗣道をまっすぐと見た。

 ミカにはわかる。嗣道も同じ気持ちだということが。


「……もしあの工場で贋作を作るのを誰かが強制されていたら? 嗣道だって救いたいと思うでしょ!?」

「お前はすぐに危ない橋を渡ろうとする」


 ミカの質問には答えず、嗣道は言った。


「この間は先走っちゃったのは反省してる! でも、今日は大丈夫! 嗣道もいるもん」


 嗣道はため息を一つつき、ハンドルを切って走ってきた道から外れ、林道の入り口に車を進めた。

 そして、通りから見えなくなったところで車を停め、ミカをまっすぐと見た。


「……装備がそろっていなければだめだ」


 ミカはその言葉に満面の笑みで答えた。


「保護潜入装備は揃えてあるよ!」


 ミカは車を降り、トランクに回った。

 トランクを開けると、ミカは迷わずに仕舞われていたハードケースとソフトケースを一つずつ取り出す。そして蓋を開け、嗣道に見せた。

 ミカは出がけに必要となりそうな装備をつかんで持ってきていたのだ。

 確かに、抵抗により文化財が破壊されることを防ぎつつ文化財保護を行う保護潜入作戦用の装備の名称がケースには書かれていた。


「準備がいいな」


 嗣道は呆れるほかない。


「えへへ。次に出るときは、贋作を作っている現場を見つけるかもしれないと思って準備していたの。嗣道も備えあれば、っていつも言ってるでしょ」

「そうだが」


 相棒の成長に感心しつつも、嗣道の態度はまだ煮え切らなかった。


「嗣道は?」

「ライフルはある。だが、潜入調査をバックアップするには多角にカメラを設置しなければ危険だ」


 その指摘は確かに正しい。死角をフォローしたり、脱出時の援護をしたりと、複数名のバックアップスナイパーを配置するなど、目を増やした状態で潜入したほうがより作戦の成功率も上がり、潜入するメンバーの安全も守れる。

 だが、嗣道の懸念とその解決策にミカはすでに気づいていた。


「大丈夫! 知ってるよ、このトランクの下にドローン隠してるの」


 静穏飛行が可能な飛行機型のドローンがトランクの下に隠されていることをミカは知っていたのだ。

 バックアップにはスナイパーだけでなく、上空からの支援という方法もある。


「むぅ……」

「飛行するドローンは見つかる可能性があるから避けたいって言いたいんでしょ? でも、この後陽が沈んでからなら大丈夫だよ」


 これで単純に嗣道が反対する理由は消された。


「ね、嗣道」

「……仕方がない。早いほうがいいのは確かだ」


 嗣道の言葉にミカは大きく頷き、二人は二手に分かれて準備を始めた。


「準備できたか?」

「ばっちりだよ」


 声を掛けられ振り返ったミカの姿は先ほどまで街中を歩いていた姿から大きく変わっている。

 音を立てないように配慮された装備品と夜闇の中で目立たない色合いの装備だ。


「……もしも装備を一つでも忘れていたら、潜入は中止だ」


 嗣道もこれだけは譲れないポイントだった。


「分かった」


 ミカも神妙な面持ちで答える。


「靴」

「クイックリリース付きの安全靴!」


 脱ぎ履きしやすくも、悪路を踏破し、踏み抜きにも備えた靴だ。

 ミカは自分の足元を見せ、嗣道が目視で確認していく。

 そして次々と確認項目を進めていく。


「手袋」

「今日は指ぬきの薄手のやつ」


 単純な戦闘であれば指先までガードされているほうが良いが、文化財を触る可能性があるために、ミカは指ぬきの手袋を選んだ。


「筆記具」

「鉛筆と耐水ノート!」


 いつも持ち歩いているそれを、ミカは腰に付けた装備品のポーチに仕舞った。


「カメラ」

「ウェアラブルカメラ、バッテリー100%」


 潜入中は記録も取らなければならない。


「ナイフ」

「シースナイフ2本、折り畳み1本、ベルトと足首に」


 道具であり、武器でもあるナイフは予備も含めて体中に分散して装備する。


「テグス、養生テープ、風呂敷」

「1巻きずつ。風呂敷は二つ」


 もしかしたら、文化財を急いで手持ちしなければならないかもしれない。

 そんなときの梱包道具は腰のポーチに仕舞う。


「サイリウム」

「3本」


 自分の位置を知らせたり、誘導に使ったりもするサイリウムは防弾チョッキの背にさしておく。


「簡易手錠」

「4つ」


 犯人逮捕だけでなく、物品の固定などにも使える簡易手錠は少し多めに持つ。防弾チョッキの左右に分けて仕舞った。


「無線機」

「ヘッドセットも一緒に装備済み。通話チェック」


 ミカは胸元にあるスイッチを押し、マイクに声を吹き込んだ。


『よく聞こえる』


 耳元からもクリアな嗣道の声が聞こえた。

 そこまで確認し、嗣道は一つ頷く。どうやら装備は大丈夫だったようだ。


「武器は」


 言われてミカは足元のハードケースから銃器を取り出した。


「サイレンサー付きの22口径と、こっちもサイレンサー付きの22口径の短機関銃」


 拳銃は過大な威力による文化財の破損を恐れて小口径を選んでいる。文化財緊急保護を担当する学芸員の共通装備だ。

 拳銃は腰のホルスターに仕舞い、短機関銃は背負い紐を使って肩から下げる。


「マガジンがそれぞれ3つ。弾は全部ソフトポイント」


 続いて取り出したマガジンは防弾チョッキの全面につけたマガジンポーチに仕舞う。

 すべて装備すると、身軽なミカにとっては結構な重さになる。


「先日の戦闘に比べて防弾チョッキと短機関銃が増えているな。……重くはないか?」


 嗣道も心配そうだ。


「うん、そこそこ重いけど大丈夫!」


 ミカはその場で軽く跳ねて見せる。

 動きは鈍っていなさそうだった。


「最後だが、上着はあるか」


 ミカはすべての確認が終わったものだと思っていた。


「えっ? このまま行くんじゃないの?」

「残念だったな。忘れ物だ」

「ええーっ!」


 ミカの表情が曇る。自分の忘れ物で救えなかった人を思うととても悔しい思いだった。

 そんな様子を見て、嗣道はふっと笑い、自分のバッグから布をミカに渡した。


「忘れ物があったから撤収だ。……と、いいたいところだが、これを貸す」


 ミカは渡されたそれを広げた。大きな布地の真ん中に頭を入れる穴が開いていた。


「迷彩柄のポンチョ?」

「ミカが準備したものは保護潜入装備としてはあっていた。これを着るのはより安全な潜入のためだ。そのままの格好でもいいが、これを着ていけば、山林を移動している間に発見される可能性がさらに減る」

「嗣道、ありがとう!」


 ミカは笑顔で礼を言った。嗣道はミカを心配しているのだ。


「……これから二手に分かれる。俺はバックアップ位置に着く。潜入はその後、夜陰に乗じて実施する」

「先に建物外周を確認し、監視カメラの位置を特定する。その後の手順は覚えているか?」

「うん、覚えてる。嗣道が内部を確認、見回りとカメラの監視の薄いところを特定、そこから塀を乗り越える」

「そうだ。森林を抜け、塀を越える前にポンチョは脱げ。ポンチョの下に着ている外套は赤外線をカットするが、完璧ではない。できるだけ映らないように気をつけろ」

「うん。それで、そのあとは見つからないように移動しながら工場内部に潜入だね」


 嗣道は首肯する。


「おそらく夜間は工場も稼働しないはずだ」

「普通は夜遅くに山の中の工場は営業しないもんね。終夜で仕事をしてたら怪しまれちゃうもんね」

「内部に入ったら、まずは事務所へ向かって、内部か、できるだけ傍に収音マイクを設置するんだ。警備の周回タイミングはわかるだろうし、会話から何か情報が得られる可能性がある」

「わかった」

「まずは内部の状況を確認すること、そして安全に脱出することが目的だ。いいな」

「任せてよ」

「……それでは、1700、作戦開始」


 二手に分かれたミカの元に、嗣道から無線が入る。


『ミカ、こちら守山。内部が見える位置に着いた。ミカからは九時の方向、500メートル。オクレ』

「嗣道、こちらミカ、了解。内部の情報を教えてね、オクレ」


 ミカは嗣道の無線を聞き移動を開始した。

 いつもは無音の中での作戦だが(正確にはいつもはミカが一方的に話している)、今日は嗣道から通話があった。


『……名前を使うのは危険、と言いたいところだが……、慣れないとそれも難しい。無線運用は難しいな。そろそろ俺たちも無線コードを使ったほうがいいと思うが』

「無線コードって、アルファ、ブラボー、ってやつ? 私たちだけなら必要なくない? ……それにしても嗣道が無線で雑談なんて珍しいね」

『……今はハンズフリー通話も性能が上がった。今日はいつも通りでいい。今後も運用は検討する』

「わかったよ。……目標地点まであと1分」


 雑談の間にもミカの歩みは止まらず、工場が目視できる位置まで進んだ。

 すると、予定とは違うところがあった。


「……あれ? 工場まだ明るくない?」


 塀を挟んでいてもわかるほど、工場からは明かりが漏れていた。

 その様子は決して仕事終わりのものではない。


『偵察ドローンが予定高度に到達。……こちらも確認している。ドローンカメラによると、建物内に複数の人影を確認。どうやらまだ仕事をしているようだ』

「さっきは、怪しまれるから夜間はやらないだろうって言ったよね」

『夜間操業も必要なほど切羽詰まっている、ということか』

「AI分析のせいで相当追い込まれていたんだね」

『操業中ということは、相手はまだ昼間に比べて警戒も緩まず、人数が減っていないとみていい。気をつけろ』

「分かった」

『ミカ、正門とは反対側に裏口がある。そちらに回り込め。ドローンも回り込ませるが、角度が悪い。直接確認できるか?』

「了解」


 再び影となったミカが裏手に回り込んだ。


「内部を探るね」


 細く伸びる取っ手の先に丸い小型の鏡を付けた器具を伸ばし、門の内側を探る。

 すると、銃を手に持ち、敷地内を警戒する人影が見えた。


「こっちは武装した奴らがいるよ……! さすがに門の中は厳重みたい」

『こちらでも確認している。これでほぼ当たりは確定したが』

「でも、なかに入らないとだよ嗣道。どうして贋作作っているのかも特定したいし、強制して作らされているならその人たちを救い出したい」

『抑えろ。……! 建物から出てくる人影がある。注意しろ!』

「……ッ!」


 嗣道が警告するのと同時にミカの耳にも荒々しく扉が開くのがわかった。

 少し離れた工場から光が漏れ、二人の人影が現れる。

 一人は痩せぎすの男で、もう一人はパリッとしたスーツを着ていた。

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