第15話 潜入②

 工場から現れたのは、一人は痩せぎすの男で、もう一人はパリッとしたスーツを着た男だった。


「……! ……!! ……!」


 二人が言い争っているのがわかるものの、距離もあり、ミカにはよく聞こえない。

 ミカはヘッドセットの収音機能の最大にして、同時にその音を嗣道にも聞こえるようにした。


「生産が遅れてるんだけどねェ、キミィ!! 怠けているのかなァ!?」

「そんなこと言われても、みんな頑張っているんですよ!」

「口答えできる立場なのかナッ!!」


 痩せぎすの男が、スーツの男に殴られた。

 殴られた男はひざを折り、地面にへたり込む。


「そもそも、お前たちのヘマが原因なんだよなァ。色が違っただァ!? それのせいで計画が遅れてるんだよォ!!」


 今度はうずくまったところをわき腹から蹴られた。


「ぼ、……ぼくたちが、何をしたっていうんだ………」

「何をしたかだってェ? 分かってないな、この学生さんはヨゥ。お前らはなァ、儲かるバイトだと思って悪い組織に攫われるオバカさんなんだよッ!」

「簡単に儲かる仕事があると思ってんのかッ!? 親のすね齧って世間を知らないからそうなンだよ。いつもなら用済みになったらさっさと埋めるところだが、今回は仕事をすれば逃がしてやるって言ってんだ。さっさとヤレ!」

「………くぅッ……こんなはずじゃなかったのに………」

「聞こえなかったのかァ? オイ」


 スーツの男が懐から銃を取り出す。隠し持つには大きすぎるリボルバー型の銃だった。

 そして、スーツの男は痩せぎすの男に何の躊躇いもなく向けた。


『ミカッ!!』

「ッ!!」


 その様子を見てさっと腰を浮かせたミカに、嗣道からの静止が飛び、一瞬遅れて銃声が聞こえた。

 増幅していたマイクが大きな突発音を受けて自動的に感度を下げる。


「どうなったの!?」

『男は生きている』


 ミカはもう一度、音声を合わせた。


「………恥ずかしいナァ。大人になってもおしっこちびっちゃうなんてナァ。……安心しろォ、残念だが、俺はお前を殺せないんだヨ。だがな、怪我させちゃいけないとは言われてイナイ」


 スーツの男がリボルバーから硝煙がまだくすぶる薬莢を取りだす。

 そして痩せぎすの男の手を取り、その手のひらに薬莢を落としてから、その手をくるんで握らせた。


「クッ、ギ、ヤァァァァアアアアアア―――」


 撃ち終わった後の薬莢は、周囲を焦がすほどの熱を持つ。

 それを握らされた痩せぎすの男の手はその熱に今焼かれているのだ。

 痩せぎすの男は逃れようと暴れるが、スーツの男は微動だにせず、掌の中から薬莢を取り出すことはできない。

 しばらくして悲鳴が収まったころには、痩せぎすの男はぐったりとしていた。


「意外とうごけたなァ。まだ仕事ができそうだ。頑張るんだぞゥ」

「…………」


 痩せぎすの男はもう立ち上がる気力もないようだった。

 その様子を見たスーツの男は薄く笑い、痩せぎすの男を引きずりながら工場の中へと戻っていった。

 工場の扉が閉まり、辺りに再び静けさが戻った。


『ミカ、よく我慢した』


 ミカのヘッドセットに嗣道の声が届いた。


「行かせてくれればよかったのに……」


 ミカはわかっていながらも、拗ねるように嗣道に言った。


『それがダメなのは、ミカもわかっているはずだ』


 その気持ちは嗣道にも伝わったのだろうか。いつもはぶっきらぼうな嗣道の声が、やけに優しく聞こえた。


「わかってる。出て行ってあいつは捕まえられても、親玉かどうかはわからない。それに痩せた男は僕たちって言った。ということは、まだとらえられて強制的に仕事をさせられている人が他にもいるってこと。人質に取られたり、口封じされてしまうかもしれない。短慮で突撃してもいいことない。……大丈夫、わかってる」

『……お前は俺の自慢の相棒だ』

「ありがと。嗣道」

『……ミカ、先ほど撃たれた男の方だが、インクを買った男と同一人物だ。これで、インクがこの工場に持ち込まれていることが明確になったわけだ。……そして、よく聞け、今の騒ぎで、敷地内の警備の配置が少し変わった。裏門側が少しだけ手薄になっている』


 確かに再びミカが鏡で様子を探ると、裏門側にいた銃を持った警備が移動したようだった。そして、まだいる警備達も先ほどのやり取りに気がとられており、まだ警備に集中していない。


『通り側で物音をたてる。意識がそれたところで壁を乗り越えろ』

「了解」


 意識していないと気付かないほどの小さな音の後、ミカのいる裏門とは反対の通りに近い場所で、何かが崩れる音がした。


「なんだ!」

「建物脇の方から聞こえたような気がしたが……」

「くそ、ただでさえリーダーの頭に血が上っているのに……」

『よし、いまだ』

「うん」


 ミカは草木に紛れるポンチョを脱ぎ捨てると、即座に壁を越え、闇の深い影の中へと身を潜めた。

 そして、音に集中し、状況を確認する。


「何があった?」


 ガサゴソと木製のパレットを積みなおす音が聞こえた。


「積み方が悪かったんだろう、パレットが崩れてやがった」

「ちっ、昼の連中適当な仕事しやがって。……持ち場に戻るぞ」

「そうだな、リーダーも気が立ってる。目を付けられる前に戻ろう」


 ミカの潜んだ影の前を警備の男たちが気づかずに通り過ぎた。


『……よし、気付かれていないようだ。そのまま、進入路を探すんだ』


 そこはすでに敵地の中。無線へは返事をせずに、ミカは暗視装置の電源を入れてから音を立てないように慎重に歩みを進めた。

 この工場は、山の中に独立してある割に、そこそこの広く、学校の敷地ほどの広さに建物が所狭しと建てられている。

 嗣道の放ったドローンからの映像で、敷地内の建物の配置は判明していた。

 建物は大小合わせて8つ程。

 拡張を重ねたのか複雑に入り組んでいる。

 しかし、実際に中に入ってわかるのは、今はその一部しか使われていないだろうということだった。


「嗣道、やっぱりここ、元の工場とは違う」


 暗視装置の視界に映る工場は、使われている建物と使われていない建物がはっきりしている様子だった。

 ほぼ同じ時期に建てられた外観でも、一つにはツタが茂り窓も割れているにも関わらず、片方には新しいガラスが張られ、内部が見えないように濃色のフィルムが貼られていた。


「フィルムが貼られていて、建物の内部は外からじゃ確認できない」

『そうか。製造から物流まで行っていた工場のようだから、何にでも転用できるのかもしれないが。監視カメラに注意して進め』

「了解」


 監視カメラの視界を避けつつ、ミカは嗣道と確認した通り、最初に事務所に近づいていった。

 

「……監視カメラがいたるところにある。でも、建物に比べて新しい感じ」

『奴らが増設した可能性がある。無線タイプなら親機の位置がわかればハッキングできるな』

「おっけー。できれば監視カメラも乗っ取りたいね」

 

 言いつつ、ミカは事務所の建物に近づき、構内を照らすライトからも影になる建物の脇へと身を隠した。


「嗣道、事務所の影に入った」

『いいぞ。まずはマイクの設置だ。こちらから建物の外観は見えている。今いる側の壁面に換気のための吸気口がないか?』

「……見える」

『そこにマイクを設置するんだ』

「了解」


 ミカは遠隔マイクにトリモチを付けて吸気口へ向けて投げた。


「どう? 聞こえる?」

『よく聞こえている。今、内部の会話をチェック中。……どうやら先ほど発砲したスーツ姿の男がこの組織のリーダーのようだ。声紋が一致した』

「分かった」

『………なるほどな。ミカ、どうやら浮世絵の贋作を作っているのは確かなようだ。今度は敷地内の監視カメラをハッキングしたい。中継壁面に中継器を設置してくれ』


 ミカは嗣道からの指示を受けて、ポーチからアンテナの飛び出した四角い小さな箱状の装置を取り出した。

 そして、それにもトリモチを付けて壁面へ固定する。


「了解。設置するね。……今電源を入れた。どう?」

『よし、かかった。連中やはり無線の監視カメラを使っている。今、無線の監視カメラならダミーを流せるようになった。ダミーを流し続けるのはリスクが大きい。必要な個所だけダミーに差し替えるようにする』


 監視カメラを気にしなくてもよくなるということで、ミカは一つ息をついた。


「わかった。どう? 監視カメラで連中の様子は見られる?」

『工場全体が事務所内にカメラはないが、先ほど設置したマイクで音声をモニターしている。……ミカ、まずは現物の確認だ。どうやら物流倉庫には今誰もいないようだ。そこに向かえ』

「いいね、了解。すぐ移動する」


 ミカは警備の薄い物流倉庫に侵入した。

 倉庫内は明かりが消されており、完全に闇の中だ。

 ミカは物陰に隠れて嗣道に連絡を入れる。


「嗣道、物流倉庫に入ったよ。監視カメラを確認」


 ミカが物陰から探ると、倉庫の奥からミカのいるほうへ、監視カメラが向いていた。


『今から5分間のループ動画に差し替える。……よし、差し替えた』

「了解。20フィートコンテナのトレーラーが一台接続済みで停めてある。トレーラに接近する」


 ミカは監視カメラがハッキングされているとわかりつつも慎重に歩みを進めた。


「嗣道、コンテナ内に荷物はない。これから詰める予定だったのかな」

『周りはどうだ?』

「パレットに固定されている箱がある。……あっ、梱包が完全に済んでいないのがあるよ。これを開けてみる」

『急げ。残り3分』


 ミカはマルチツールを取り出し、慎重に箱の四隅の釘を外した。

 そして、音を立てないように蓋を持ち上げ、開封する。


「……今開封したよ。やっぱりこれ浮世絵だ」


 暗い中だったが、ミカの闇になれた目にはそれが梱包された浮世絵のように見えた。


『確定だな。10秒だけフラッシュライトの使用を許可する。例の色を確認できるか?』

「分かった。確認する。外に光が漏れないように……」


 体と風呂敷を使って手元を隠し、ミカは暗視装置を外してフラッシュライトをつけた。


「……嗣道、新色の浮世絵だよ」

『ビンゴだ。ミカ、そこからは撤収しろ』

「了解。……次は強制されて作業している人たちの様子が知りたいよ」

『誘導する。……できれば本人たちに接触したい』


 ミカは再び暗視装置をつけ、移動を開始した。


『建物は先ほど男が戻っていった建物だ。彼らは現在、工場で作業中の模様。作業場内に監視はいない。ただ作業場の外はドローンからも、監視カメラからも死角になる。状況は現地で確認しろ』

「了解」


 ミカは再び影となり、倉庫を出た。


『次の角を出る前に停止。カメラの映像をダミーに切り替える』

「角の前に来た。……どんどんと厳重になってるね」

『このカメラの配置は、侵入者を警戒したものではない。作業をしている彼らが逃げ出さないようにだろう』

「そういうことか……」

『映像をダミーに切り替えた。角を出て左だ』

「角からでて左。了解」


 ミカが物陰を進むと、目的の工場が見えた。


「見えた。正面、建物の前に2名」


 ミカはボディカメラにも様子が写るようにした。


『映像を確認した。……3時の方向、建物の側面に窓がある。ガラスカッターで侵入口を作れ』

「任せて……行くよっ!」


 ミカは物陰を抜けて銃を持った男たちから死角になるように身を低く屈めて進み、建物にとりついた。

 そして、男たちから視界になる建物の側面にある窓にガラスカッターを使って丸い穴をあけた。


「開けたよ」

『侵入しろ。廊下にカメラはない。彼らの作業スペースは2階だ。階段を探せ』

「了解」


 ミカは校舎のようになっている建物を進み、階段を見つけた。

 上下を警戒しながら階段を上る。

 そして最上段に着いてもすぐには廊下に飛び出さず、角に身を潜め、再び鏡を取り出すと、廊下の様子を探った。

 鏡には男が二人、囚われている彼らの監視役として立っているのが見えた。


(何かであいつらの気をそらさなきゃ……。何か使えるものは……廊下にあるのは、腐ってそうな消火器、廃品の山、ガラス、缶……あ、あれは)


 ミカは手元にある装備を確認し、銃を構え、銃口だけを廊下に出して撃った。

 カンッ!と廊下に音が響き、監視の男たちはミカがいる側とは反対を見た。


「なんだ?」

「何か、缶が倒れたような……」

「おいおい、燃えるものもあるって話じゃないか。確認しよう」


 男たちは懐中電灯をつけて音のあったあたりを探る。


「何が鳴ったのか、確認しよう」

「ああ、このまま放置じゃ不気味だぜ」


 男たちは廊下の反対側へ進み、何が鳴ったのか確認しようとした。


「しかし、計画じゃあもう俺たちは撤収しているはずだったのに、どうしてこうなったんだが」

「ぼやくな、リーダーも頭に来ててイライラしっぱなしだ」

「そうだな、さっきも一人連れだして楽しんでたみたッ………!」

「………、どうした? 話途中で声を切られると俺だって怖いんだが?」


 だが、男が振り向くと、そこに予想していた人影はなく、彼の相棒は口にガムテープを張られ、腕を縛られ、意識を失った状態で床に転がされていた。


「なんだこッ!」


 だが、男もすぐに自分の口を噤まなければならなかった。

 自分の頭に銃を突き付けられていたのだ。


「しずかに」


 男に銃を向けているのはミカだった。

 男は黙って頷くしかなかった。


「……二階で何かあったのか?」

「おいっ! どうした!?」


 二階での騒ぎを聞きつけたのか、一階の建物正面にいた男たちが二階に声をかけた。


「転んだ、とか言って」


 ミカはそう男に指示した。


「わ、わかった……。大丈夫だっ! 馬鹿な相棒が転んだだけだっ!」

「ったく、びっくりさせやがって。奴らは逃がしてないだろうな!」

「それは大丈夫だっ!」

「よし、俺たちは配置に戻る!」

「ああ、悪かったな! ……これでいいのか?」

「いいよ。……じゃあ眠ってもらおう」


 ミカは胸のポーチから湿った綿を取り出し、男の口元を覆った。


「なにを……、くっ………」


 すると、男は意識を失った。

 ミカは男をその場に寝かせる。そして少し安堵したように、立ち上がった。


「よし、これで大丈夫。……これ、いい音鳴ったな」


 ミカが足蹴にしたのは殻になった一斗缶だった。

 ミカは階段から廊下の反対に積み重ねられていた一斗缶を狙って撃ったのだ。

 一斗缶に弾が命中する音で発射音は掻き消え、男たちはミカがいる側とは反対を見てしまった。その隙に忍び寄り、監視の二人を無力化したのであった。


『ミカ、潜入できたか?』

「監視を二人無力化したよ。これから内部に入る」

『……、そういうことをする前には相談が欲しかった』


 嗣道は心配症だ。


「でもすごく近くにいたし、大丈夫、気づかれてないよ」

『……そうか。……作業場にダミー映像を流す。これも5分だ』

「了解、接触するね」

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