第16話 対峙



 ミカは、学校の教室状になっている工場の作業場へ銃を構えながら入った。

 それに気づいた作業場の中の人間が小さく悲鳴を上げる。


「ひっ……!」

「なんだっ……!」


 ミカはその声を手で制しながら作業場の中央まで進んだ。

 作業場の中にいた人々はミカの手に促されて壁際に集まった。


「静かに! 私は地球博物館、文化財緊急保護チームの学芸員補、鹿嶋ミカです」


 ミカが名乗りを上げる。

 すると、作業場にいた人々はまるで天使が現れたような表情になった。


「た、助けに来てくれたのか!?」

(この人、やっぱり!)


 痩せぎすで、今は手に包帯を巻いた男がミカに言った。

 それは文房具店でインクを買い求めていた男だった。


「……まずは、皆さんの事情を聴かなければいけません」


 ミカは皆の期待に応えたいと思いつつ、まずはそう促した。


「あ、ああ。何があったか、僕たちがここで何をしていたかは話す。……って、キミ、ここは監視カメラがある! 逃げたほうがいいんじゃないか?」


 痩せぎすの男はカメラのことを思い出したのか、ミカに向かってそういった。


「大丈夫です、いまカメラにはダミーの映像を流しています」

「す、すごいな……。わかった。何があったか話そう」

「できれば手短に」


 ミカはそう言って男の話の促した。


 痩せぎすの男、高萩良介は美大に通う学生だった。

 実家は食うに困りはしなかったが、金の少ない家だった。

 そんな家で高萩はすぐに就職するつもりだったが、美術の授業で高評価だったこともあり、美大に進学したいと考えていた。

 しかし、実家の状況を考えれば、それも言い出せなかった。だが、ダメもとで応募した奨学金の申請が通り、学費だけは免除されて、進学することができた。

 だが、家族の手前、生活費まで出してもらうことはできない。

 なんとかバイトをしながら学校へ通ってきたが、卒業制作をする時期になって、ついに首が回らなくなってしまった。

 そんな時に、村崎宏之という男が高萩に声をかけてきた。


「高萩くん、お金に困っているようだねェ。俺は君に奨学金を出した組織の人間だヨ。優秀な君がここで学校をやめてしまったら、俺達の、……いや人類の損失だァ」


 そういって村崎は高萩にある仕事を勧めてきた。

 その仕事は住みこみで、絵を描く仕事で、指定された絵を描くことで、これまでよりもいい給料がもらえる、というものだった。

 仕事をするには休学が必要だったが、奨学金の組織が斡旋するだけあって、この仕事をすると、休学中の費用も、復学時の費用もすべて組織が負担してくれることになっていた。


「なんていい仕事なんだろうと思いました。……それで僕は借りていた部屋を引き払って、村崎の指定した車に乗って、ここにつれてこられたんです」


 そういって高萩は周りを見渡した。


「野上原さんや、花貫さん、ここにいる人の半分はそうやって連れてこられた人です」


 名前を呼ばれた男女や、他にも数名が頷いた。


「アタシもそうだよ」

「私もです」


 花貫と呼ばれた女は高萩と一緒に文房具屋に買い物に来ていた美人だった。


(この人も、絵を作らされていたんだ)


 ミカは周りの面々を見渡し、再び痩せぎすの男、高萩に尋ねる。


「村崎というのは、あなたを殴っていた、あの男?」

「え、ええ、そうです。………みんな、村崎に騙されたんです」


 また、残る半分も、自分の事情を話し始めた。


「俺は、売れない画家だった……」

「私も似たようなもので……」


 どうやら全員が、村崎、という男に騙されて連れて来られたらしい。


「みんな、あんなことになるとは思っていなかったんです」


 高萩はうつむいてそういった。

 その様子に仲間がそばにより声をかける。

 そして花貫は慰めるように肩を抱いた。


「誰だって、そう思いますよ」

「高萩のせいじゃないよ」

「そうですよ、高萩さんは頑張ってるじゃないですか」


 高萩は痩せぎすで頼りないわりに、皆をまとめながら過ごしていたらしい。


「それで、皆さんはここで何をしていたんですか?」

「アタシたちは、ここで贋作の美術品を作ってたんだよ」


 答えたのは高萩から野上原と呼ばれた女性だった。


「これだよ。こうやって、いくつもの作品をずっとアタシたちに作らせて、村崎たちはどこかへもっていったんだ」


 彼女が指し示す先にはいくつもの作業中の作品があった。

 種類は一種類だけでなく、複数あり、ミカの追っていた浮世絵だけでなく、日本画もあった。

 ミカは嗣道にもよく見えるようにボディカメラを操作する。


「嗣道」

『ああ。これで逮捕に足る根拠は得られた。応援を呼び、突入させる。盗聴の情報によると、警備の交代は二時間後。間に合うはずだ。ミカは、そこにいる人員を保護し待機をッ……!』


 嗣道はそこまで言い、口を噤んだ。

 何か事態が急変したことをミカも悟った。


『ミカ、まずい。スーツの男、村崎が誰かと電話で喋っている。捜査……警察、………発送………、秘書、顧客……、撤収』


 嗣道が盗聴器から聞こえてきた言葉を繰り返す。

 通話なので聞きとれる言葉も断片的だ。


『村崎が、部下に撤収の指示を出した! ……まずい、奴ら、そこにいる人員を始末するつもりだッ! ミカだけでも急いで脱出しろ!』


 どのような言葉が聞こえたのか、嗣道がミカにそう指示した。

 しかし、ミカは反対する。


「そんなことできないよッ! ここで迎え撃つ!」

『くそっ。いいか、俺も応援に行く! 絶対に死ぬな!』


 嗣道がそういうと、無線が一方的に切れた。

 急いで嗣道が移動を始めたのだ。


「何があったんですか!?」

「村崎があなたたちを始末しに来る」


 ミカは皆に端的に伝えた。

 それを聞いて狼狽したのは高萩だった。


「えっ、だってさっきは殺せないって言っていたのに」


 その声はミカにも聞こえていた。

 いきなりの方針転換の背景はなんなのか。


「今までどれぐらい出荷したの?」


 ミカが尋ねる。


「えっと、五百枚ぐらいかな……」

「そうね、浮世絵と日本画を全部合わせたら、千枚ほどよ」


 花貫は正確な数を覚えていたらしく、教えてくれた。

 浮世絵や日本画が多少の種類はあれど、千枚も短期間に出荷された。

 これは市場価値を崩壊させるほどの数だった。


「そんなに!? もしかしたら、もう生産しなくてもよくなったのかも! でもなんで気付かれたんだろう……」


 予想外に多い生産数にミカは驚いた。


(いつから、何のために作っていたの……? こんなのお金儲けのための数じゃないよ)


 ミカは不思議に思いつつも体を動かす。近くに机を倒し、バリケードを築いた。


「壊れて困るものはない!?」

「あっ、この浮世絵は原画ですの……」

「それはあなたが抱えていて! みんなできるだけ奥へ!」


 ミカは教えてくれた花貫に文化財を託し、集まっている彼らの奥へと彼女を押し込む。


『……ガガッ……ミカ!……ザッ…遅滞攻撃を行え!』


 移動中の嗣道から雑音交じりの声も届いた。

 葉に擦れる音も入り、嗣道が急いで斜面を下っていることが分かった。


「了解!」


 ミカが二階の窓から少しだけ顔を出すと、武器を持った村崎の兵隊たちが、集まってくるのが見えた。


「小銃以上の火器はなさそう!」

『了解…た。………奴らの、ザッ……後背から攻め………!』


 ミカは銃を構え、まずは寝ている二人をテグスでさらに縛り、邪魔にならないところへ移動させた。そしていくつか装備を奪う。

 男たちの装備の中には黒い握りこぶし大の塊があった。

 ミカはそれも奪って、自身のポーチに仕舞った。


(あんまりこういう武器は使いたくないんだけど……)


 そして、階段へ向かう。階下からは男たちの声が聞こえた。


「いいかァ、侵入者がいる。武装しているようだァ、気を付けてかかるんだぞゥ」

「了解、よし、いけいけッ!」


 それを見て、ミカは銃を構え、階段から現れた瞬間に銃撃を浴びせる。

 タタタッと軽快なリズムで打ち出された弾丸は、戦闘の男を縫い付け、その場に崩れさせる。


「撃たれたぞ!」

「相手はひとりだろうゥ、数で押せェ!」


 階段での数度の銃撃の後、ミカは廊下まで下がった。


「踊り場まで確保! 先に行け!」

「お、俺がぁ!?」


 予想外の被害に恐れをなしたのか、敵はゆっくりと進んできた。

 階段の最上階にびくびくとした様子で銃を構えた男が見えた瞬間、ミカは低く構えた銃で男の足を撃ち抜いた。

 そして転倒した男の頭上を越えるように、先ほど確保した、警備に立っていた男たちの持っていた手りゅう弾を投げた。

 カンッと壁や階段で跳ねて兵隊たちの集まっている場所まで落ちていく。


「手りゅう弾だ! 下がれっ!」


 数瞬の後、階段に轟音が響く。

 閉鎖空間で炸裂した手りゅう弾は、威力を増幅させ、階段中を蹂躙した。


「負傷者多数! くそ、二手に分かれる。外階段を使え!」

「くッ……」


 二手に分かれられると、ミカにとっては危機的な状況だ。

 しかし、外階段からは簡単には攻められない。


「そ、外からも撃たれるぞ!」


 嗣道が到着したのだ。

 嗣道は夜陰に紛れ、向かいの工場に上ると、ミカたちの建物にとりつく男たちを外から次々と狙撃した。


「建物の中に戻れ! 早く!」

『ミカ、狙撃位置についた』

「フフ、到着連絡もらう前から撃ってたよね。嗣道はいつも連絡してからにしろって言うのに」


 ミカは嗣道からの連絡に安堵し、軽口をたたいた。


『む………。敵戦闘員を無力化。主犯と思われる村崎宏之を逮捕する』

「あ、ごまかしたね! けど、了解! 嗣道、援護して!」

『了解。ミカはいったん作業部屋へ退け。そのほうが狙撃しやすい』

「すぐに移動するね」


 ミカは作業部屋前に戻り、階段から廊下へと現れる戦闘員は、ミカがけん制し、嗣道の狙撃で仕留めていった。

 ほぼ鴨撃ちのような状況になったが、それでは終わらなかった。


「まったくどいつもこいつもつかえねェナァ」


 そんな声が聞こえたと思った瞬間、ミカの額をかすめ、弾丸が通り過ぎた。


「あれェ、当たらなかったかァ」


 そういってスーツの男が現れた。

 堂々と、体全身を表し、片手にはリボルバーを構えている。


「お前の銃、ずいぶんと小口径だなァ。怪我した兵隊は痛がってたが、それだけだ」


 ミカは男の言葉にぎくりとした。


「まぁ、怖いのはお前のお友達の銃だが、それも、建物の柱を貫通できるほどじゃない」


 男はそう言って、窓に近づかず、窓の間にある柱に身を隠して前後に揺れる。

 おそらく、嗣道が男を狙おうと移動しているのを見て移動しているのだ。


『ミカ、今は狙撃できない』

「わかった。……あんたが村崎宏之ね! 地球博物館、文化財緊急保護チームも学芸員補、鹿嶋ミカ! 文化財を不当に貶め、偽物を流通させようとしている容疑により逮捕する!」

「逮捕ォ? 面白いことを言うねェ。キミはね、これから俺のおもちゃに、なるんだよォッ!!」


 村崎が突如として駆けだした。

 ミカは何発か村崎に撃つが、村崎の勢いは止まらない。


「ストッピングパワーがッ!」


 そもそも威力よりも文化財への影響に配慮した極小口径のミカの銃では、人体の急所に的確に命中しない限り、興奮した人間の行動を抑えることはできない。

 ミカはたまらず、作業部屋へ戻った。


「鹿嶋さん!!」

「村崎……!!」


 ミカは転げるようにして作業部屋に入り、続けて入ってくる村崎に対して接近戦を仕掛けた。

 物を投げ、村崎がそれを腕で薙ぎ払い、空いた懐にミカが銃撃しようとする。

 しかし、それをわかっていた村崎は狙いもつけずに乱射し、ミカの行動を抑える。


「くッ……」

「やりますねェ……」


 両者はにらみ合い、じりじりと歩を進める。

 そこに、闖入者が現れた。


「宏之……!」


 それは、浮世絵の原本をミカが託した女性、花貫だった。


「なっ!」


 これににはミカも言葉を失った。


「花貫、なぜ……!」


 仲間からの問いかけに、花貫は答えず、その視線は村崎へ向かったままだ。


「宏之、私、うまくやった? 情報もあげたし、ほら、原本も持っているの!」

「あァ。よく教えてくれたナ」

(内通者……!)


 その可能性に気付けていなかったことにミカは歯噛みした。


「なんで、……どうして……」


 これには仲間だと思っていた人々も打ちひしがれ、腰が抜けた者もいた。

 花貫はミカが文房具で見た高萩に寄り添うよりもさらに村崎にしなだれかかった。

 まるで依存するかのように。


「カワイイ、彼女。お前は本当に役に立ったなァ」


 そういって、村崎も花貫を抱きしめて撫でた。

 本人はうっとりとした表情で、村崎の腕の中にいる。

 ミカは銃を構えたままだったが、村崎は花貫と浮世絵の原本を盾にして、ミカに撃たせなかった。


(……撃ったとしても、貫通力が低くて、二人を貫くことはできない……)


 ミカは二人が絡み合うのをにらめつけることしかできなかった。


「花貫さん……なんで……」


 裏切られた高萩が花貫に声をかける。


「高萩さん……、あなたいい人だったけど、どれだけ宏之は私に生きる価値を与えてくれたの」

「そうだぜ、色男……。この女は俺がもともと『頂いて』いたんダ」

「くそ……どうして……こんな……」


 打ちひしがれる高萩を、花貫はもう見ていない。

 その瞳には村崎しか映ってはいなかった。


「……だがァ、お前も用済みダ」


 しかし、花貫は村崎から予想外の言葉を突き付けられた。


「えっ………?」


 村崎は花貫を抱きしめながら、にやりと笑って告げる。


「お前はいい女だった。……そうちょうどいい女だったんダ」


 村崎は花貫に口づけをして、彼女に告げる。


「恋愛体質の、男に騙されやすい、頭と尻の軽い女。……俺はちょうどこいつらの情報をつかもうと、一人スパイが欲しかったんだヨ」


 花貫は目を見開く。


「ちょっと俺が色目を使って優しい言葉をささやけば、お前は一晩で寝返った。『お前が一番きれいだ』、『お前の作品だけが世界に輝いている』だっけか? 虫唾が走るネ!」

「いやっ! 嘘ッ!」

「お前にささやいた言葉はすべてまやかしさァ。まーた、騙されちゃったねェ」


 花貫は村崎から離れようとするが、村崎の腕にとらわれて、逃れられない。


「あはッ! どうだい、学芸員さんよゥ。人質に、さらにキミたちには効きそうな美術品の『人質』もセットだ。ホンモノだよゥ。これじゃ撃てまいなァ?」


 確かに、ミカは撃てなかった。

 銃を構え続けていても、村崎は体の半分以上を花貫で隠し、さらに、花貫の手には浮世絵の原本もある。


「さあ銃を置けェ」

(………、ごめん、嗣道)


 ミカは跪き、肩に通した背負い紐を外して銃を床へ置いた。


「おっ、腰に拳銃も持っているナァ。それも置いてもらおうか」


 ミカは腰のホルスターから拳銃を取り出すと、それも床へと置いた。


「ザマないなァ。あれだけ威勢よくしていたのになァ。恐怖で膝が笑っちゃいませんかァ?」


 にやにやといやらしく笑い、挑発するように村崎は言う。しかし、ミカは動じなかった。


「…………」


 ミカは無言のまま、村崎をにらみ続ける。

 部屋の一角に集まっている高萩たちが心配そうに見つめているのがミカにはわかった。


「…………鹿嶋さん」


 ミカはその声にも反応せず、ただ殺意を込めて村崎をにらみ続けた。

 その様子を見て村崎はニヤニヤと浮かべた笑みを消した。


「………小さい女の子のわりに、意外と図太いねェ」


 その姿が癪に障ったのか、村崎は今のうちにとリボルバーへ弾を込め始めた。

 作業場にいた人々もおびえている。

 ミカは何かを彼らに伝えたかったが、危機的状況であることに変わりはない。


「………」


 弾を込める村崎を見ながらミカは歯を食いしばるしかなかった。

 だがその時、ミカのインカムに声が聞こえた。


『……ミカ、3カウントでその場に伏せろ』

(嗣道だッ……!)


 信頼できる、相棒の声。

 ミカは疑問も挟まずに、表情も変えず、言われた通り、無心で3つ数え始める。

 3、村崎がリボルバーに弾を込め終わる。

 2、ミカの耳に小さな空気を引き裂く音が聞こえた。

 1、村崎にもその音は聞こえ、ミカから目を離す。

 次の瞬間、ミカは身を屈め、作業場に轟音が響いた。


「ぬぅわッ!」

「キャァァアアア!」

「……ドローンっ!?」


 ミカは轟音の正体を、床に伏せながらも視界の端にとらえ、その正体を見破った。

 轟音とともにミカが背にしていた作業場の窓を突き破って現れたのは、上空に待機していたはずの飛行機型のドローンだった。

 ドローンはガラス片や周囲のものを巻き込みながらミカの頭上を越え、村崎へとまっすぐに突き進んだ。

 村崎はそれが何かわからなかったが、避けるべきものと判断して、花貫と一緒に倒れこんだ。


(いまだッ!)


 ミカはドローンを見た瞬間に床に置いた銃を手に取り、辺りに立ち込めた粉塵が収まる前に立ち上がり、ライトをつけた。

 同時に、作業場に入ってくる人影があった。

 ミカはとっさに銃を向けるが、その人影が、見覚えのある大男の物であることに気付いた。


「ミカ、俺だ」


 人影から、声がする。

 ミカにとっては安心できる、低くて太い、男の声だ。


「危ない、同士討ちするところだったよ」


 ほっとした、そんな心境を表には出さず、ミカは軽口で応えた。


「これは帰ってから練習が必要だな」


 視線を交わし、軽口を交わす。

 そして、流れるように二人で銃を構えて粉塵が収まるのを待つ。


「へッ、形勢逆転かァ」


 粉塵が収まると作業場の机を巻き込みながら倒れた村崎と、その傍らには一緒に倒れこんだのであろう、生気の抜けた顔の花貫が佇んでいる。


「村崎宏之、改めて名乗らせてもらおう。地球博物館、文化財緊急保護チーム、学芸員、守山嗣道だ」

「今度はあなたが銃を下ろす番だよ」


 ミカも一歩近づきつつ、言う。


「なんでこんなことしたの?」

「そりゃあもちろん金のためさ。だがなァ、正直に言ってまったく儲けにならなかったから飽き飽きしてたところサ」


 村崎は饒舌に話し始めた。


「そもそも俺だって騙されたみたいなもんサ。何が美術品は金になる、だァ。……原価がかかる割に今の時代大した金にもならない。金持ちはそれなりの値段で買うが、金持ち同士はネットワークがある。売り先を間違えれば、すぐにばれて終わりだゼ」


 金のかかった贋作づくりだとはミカたちも捜査の過程で知っていたが、もうけがそれほど少ないとは知らなかった。


「どうせ、今の一般人にはホンモノかどうかなんて判断できない。なら同じように見えるんなら、コピーを作って売ったって、いいじゃないか」


 へらへらと笑い応える村崎に、ミカは怒りを覚えた。


「それならなぜ、インクにまでこだわって、学芸員すら騙せるぐらい精巧な贋作なんて作らせたの!? あの贋作にはちゃんと『気持ち』が籠ってた!!」


 ミカは何度も見た贋作から感じた想いを言葉にした。


「浮世絵は作り手が何人も携わる! その誰もが邪な思いを持っていなかった! 頑張っていた! 邪だったのは、売り手のあなただけ!」


 だが、そんなミカの怒りは村崎には届かなかった。


「インクの件は、最悪だったゼ」


 村崎はへらへら笑いをやめて、不機嫌そうな表情を浮かべた。


「急に半分作っていた商品がパァだァ。もうすでに売った先からも疑われそうだったしナ。そろそろ逃げ時だとは思ったんだゼ」


 そしてそこまで言い、村崎は目の前にいて銃を向けるミカたちを無視して、部屋の一角に固まる、村崎が働かせていた人々を見た。

 一人一人と目を合わせながら、片頬に笑みを浮かべ、嘲笑した。


「……だが、学芸員を騙せるぐらい精巧だったんだなァ。なんだ、お前たちィ、強制的に働かせていた割に、意外と真面目に頑張っちゃったのかなァ? 馬鹿バッカだネェ」


 その言葉に人々が反応した。


「……俺達だって、プライドがある! 金に困っていたさ! 作品が評価されずに腐ってもいたさ! だからこんな誘いに乗ったんだ。強制的に作品を作らされたが、作るからにはちゃんと作った!」


 その言葉も村崎には届かない。


「それでインクの時もあんなに必死に頼み込んでたのォ? ……馬鹿だねェ、売れなかったら困るのは俺なんだから、金ならダすだろうにねェ。そんなんだから、騙されちゃうんだぞゥ」


 村崎はへらへらと笑う。


「お前たちは道具なんだから、何も考えず描けばよかったのにねェ。美術なんて昔から商売道具だったんダ。広く人類のために未来へ残すゥ? そんなたいそうなもの、今の世の中流行らないんだよ!!」


 ミカは思い出す。収蔵庫で見つけた贋作にミカが感じたのは違和感だった。

 いつもは悪意ある品を見れば嫌悪感を感じるが、あの時ミカは違和感しか感じなかった。

 それは、作り手の想いと、それを扱ったものの気持ちの差だったのだろう。


「人の思いが託された作品に、それを扱う人間が邪な思いを掛けちゃいけないんだ!!」


 ミカは思いのまま、言った。


「あの作品には、努力があった。想いが籠ってた。今の時代じゃなくてもいい、未来のどこかで、誰かが思い出したときに、その想いが、私たちの勝手で断ち切られちゃいけないんだ!」


 今度こそ、ミカの言葉が村崎に届いた。

 そしてそれは村崎の不快感を増幅させた。


「急にキレちゃってよゥ! 想いが籠る!? 何ファンタジーを言ってんだよッ!」


 村崎は、握ったリボルバーをミカに向けようとした。

 だがミカも、村崎の腕に力が入り、銃を向けようとしていることは『見えていた』。

 だから訓練された通りに、正しく銃を構え、今度は必ず相手を無力化するために、銃の動作を連射に切り替え、引き金を絞った。


「宏之……ッ!」


 ミカの動きを見ている人間もいた。

 彼女はミカが構え直すを見て、村崎の前に飛び出した。

 取り返せない結末は、そうしてやってきた。


(なっ……! しまっ……)


 連射されたミカの弾は、村崎を庇う様に動いた花貫の体と、彼女の持っていた浮世絵の原本を撃ち抜いた。

 庇われてリボルバーを持ち上げられなかった村崎は、狙いすました嗣道のライフルによる射撃で、地面と縫い付けられた。

 村崎はライフル弾によって肩を撃ち抜かれ、辺りに血と肉を散らばらせていた。

 もはや銃を握ることも、身を起こすこともできない。

 だから首だけで、自分に折り重なった花貫を見ることしかできなかった。


「オマエ……」

「ひろ……ゆき………、わた、し、やくにたった………?」

「けっ……勝手に怪我しやがって。……まぁ、そう、だな。役にたったゼ」


 花貫は力なく、しかし満足そうに笑い、そして意識を失った。

 そして村崎もまた、あと追うように意識を失う。


「………」


 嗣道は黙々と、二人の状況を確認した。

 

「まだ心音はあるな」


 そしてまだ生きていることを確認すると、二人の手を簡易手錠で縛った。 

 遠くから、緊急車両のサイレン音が近づいてきた。

 嗣道の呼んだ応援が、到着したのだ。


「サイレンは消して近づけと要請したのだが。困ったものだ」


 嗣道がミカに振り返った。


「ミカ、俺は警察車両の誘導と、負傷した犯人達の救急車での輸送について話をつけてくる。お前はここにいる囚われていた人達の名前や所属を確認し、すぐにリストを作るんだ。警察署で一時的に保護してもらう」


 ミカはそう言われても、動き出せなかった。

 ミカの視線の先には、自分が撃った浮世絵があった。

 真新しい弾痕からは、硝煙がくすぶる。

 その様子を見ると、胸が苦しくなった。


 人は撃ったことがある。


 取り返せない障害を負わせるような傷を与えたこともある。

 花貫は内通者だった。射線に自分から出てきたという本人の責もある。武器を持たない相手を撃ったという負い目は感じても、今の時代にミカの武器行使は状況から行って、咎められるものではない。

 だから、『それだけ』であれば、ミカはこれほどの衝撃を覚えなかったかもしれない。


 しかし、抵抗も、言葉も上げることのできない、自分が守るべき文化財を撃ったのは初めてだった。


「嗣道ッ、私!」


 ミカが捨てられそうな子犬に見えた。

 嗣道は頭を振った。そしてミカを抱き寄せる。


「ミカ、お前が撃ったのは間違いではない」

「うん……嗣道。そうだ、よね……」


 道理は分かっていた。訓練でもそう教わった。

 だが、今日、そうなるとは思わなかった。


「後の始末は俺がやる。今はここにいなさい」

「………はい」


 少女は小さく頷いた。

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