第08話 コレクターと学芸員②

 現れた男、龍ヶ崎弦儀は今時珍しく、和服を着こなし、手首には紫紺に輝く数珠を巻いている。


「地球博物館の学芸員さん方、よくぞ参った」


 その男は言葉では歓迎している風を装いながら、隠しきれないめんどくささが声色に乗っていた。


「突然お邪魔して申し訳ありません」


 嗣道の言葉に合わせて、ミカも頭を下げる。


(怪しいけど、まずは話を聞かなきゃ……)


 ここには一応喧嘩をしに来たのではないのだ。

 それは訪問を受けた側も一応は理解しているらしい。


「おそらく公務とお見受けする。美術品をコレクションする者として、博物館には協力しなければなるまい。……とはいえ、突然だったのは事実。あまりお構いできないのは赦されよ」

「とんでもございません、突然参りましたので」


 後ろ暗い噂もあれど、大人物であるという評判は正しいようで、めんどくささは出しつつも話はできそうだ。

 龍ヶ崎に応接セットの椅子を勧められ、ミカと嗣道はソファへと座る。

 ふかり、と体重を受け止めてくれるソファに体を預ける。


(私の年収ぐらいはするのかな……?)


 そんな極上のソファに身を沈めつつ、頭だけはしゃっきりとミカは対面に座る龍ヶ崎に目を向けた。

 これから、喧嘩はせずに事件との関係性を確認していかなければならない。

 龍ヶ崎も同じく高級そうなソファに座り、その後ろにはすかさず執事の男が立つ。


「それで、今回はどのような用件だ? 毎年の査察ならば受けているし。……今回はその令状は頂いていないな?」

「はい、旦那様」


 龍ヶ崎は早速執事に状況を確認し、即座の答えを聞いて顎をさすった。


「ふん、まさか天下の地球博物館様が令状もなしに家宅捜索ということもあるまい」


 龍ヶ崎が嗣道にぎょろりと目を向ける。

 さすがの嗣道もその迫力に押されたか、少し言いよどむ。


「……はい。令状はありません。今回は、闇取引関連事件であなたの名前が出たので、捜査への協力のお願いです」

「……クスッ」


 普段ぶっきらぼうな嗣道が丁寧な言葉遣いをしていることに少しクスリとしたミカだったが、嗣道から横目で非難するように見られ、居住まいをただす。

 今は相手の機嫌をできるだけ損ねずに話を聞かなければならない。


「ほう……。それはそれは。困ったものだ。私には後ろ暗いとことなどないというのに」


 嗣道の言葉を聞いた龍ヶ崎は両手を広げ、芝居がかった動作で天を仰ぐ。

 自分が疑われているにも関わらず、余裕そうだ。


「私の名前を出せばうまくいくとでも思っている悪党が多いのかね? それとも、キミたちが私を捕まえたいからそうやって毎度話題にするのかね? ……まったくこの話は聞き飽きたぞ」

(本当に聞き飽きてるみたいだけど、なんだか、そんなところも怪しいよね……)


 嗣道はそんな龍ヶ崎の反応には返事を返さず、今日の要件を告げる。


「今回捕まった売人が、あなたに商売を持ち掛けた、と言っております。ミカ、写真を」

「うん、嗣道。……えっと、こういう者です」


 ミカは懐から大島の顔写真を取り出して龍ヶ崎に見せた。


「ほう。……見覚えはないが。……それで、いつ頃のことか? 名前は?」


 龍ヶ崎の質問に、嗣道が懐に仕舞った手帳を取り出しながら答えた。 


「時期は、およそひと月ほど前。本名は大島成也。ですが、相手も闇取引に慣れた売人。本名は名乗らないでしょう」

「ふむ。執事が詳しいな。どうだ、ありそうか?」


 言うが早いか、執事は準備していたであろうスケジュール帳を開いて確認し始めた。

 そして確認を終えたのか、すぐに閉じた。


「確かに、オオシマセイヤという名前はありません」

「そうか。ふむ、これだけの情報では、あとは分からんぞ。何せこの家は来客が多いからな。私を疑うなら、もう少し情報を絞ってから来るべきだ」


 龍ヶ崎は腕を組んで目を瞑った。

 それは何かを思い出しているのではなく、これ以上聞くことがないのなら、自分からは話さない、という意思表示だった。

 あくまで聞かれたことに対して答える、という消極的な協力姿勢。


(なにか、隠してる。でも、きっかけが……)


 名前でも、顔にも見覚えがないと言われると、絞り込む条件は一気に難しくなる。怪しく思いつつも龍ヶ崎と執事が嘘を言っているようにも見えなかった。

 大島を特徴づけるものについて頭を巡らすうちに、ミカは一つの特徴に思い当たった。


「あの、……すごく奇抜な服装をしていた人物はどうですか?」


 これまで黙っていたミカの突然の発言に、視線が集まる。


「ほう。……お嬢さん、どのような姿かね?」


 龍ヶ崎は興味を持ったようで、先を促した。


「例えば、白いスーツに、アロハシャツのような柄のワイシャツを着ていたり」


 ミカは自分が大島を捕まえたときの服装を思い出しながら説明した。

 あれだけ奇抜な服装をする人物が、龍ヶ崎に会いに来るからといって服装を変えるだろうか? とミカは思ったのだ。

 すると、龍ヶ崎と執事の双方に覚えがあったらしい。


「ほう? 喜べ、お嬢さん、その特徴の男に覚えがあるぞ」

「はい、旦那様。……そういえば、あの来訪者はサングラスをしていましたね」


 二人は顔を見合わせて、頷きあった。どうやら想像した人物は一致しているらしい。

 ただ疑問に思うことがあったのか、龍ヶ崎は顎を撫でながら、つぶやいた。


「ああ、確かに、そんな感じの人物にはあった。だが、その人物からは何も買わなかったはずだ」

(大島がここに来ていたのは確かだ!)


 その言葉にミカと嗣道は顔を見合わせた。


「そうですね、本人もそう言っていました」


 ミカが答えると、龍ヶ崎は目に見えてほっとしたような顔をした。


「ほう! それは良かった。それでは私が疑われることはもうないな」


 買っていないのであれば、事件には関係ない、そういいたいのだろうとミカは感じた。


(これで少しは話しやすくなったかな? 昨日の現場から逃げ出した『顧客の三人組』を龍ヶ崎は知っているかもしれないし、もしかしたら繋がっているのかもしれない。なにか、聞き出さなきゃ)


 嗣道も龍ヶ崎からなにかを聞き出そうと手を変えて質問する。


「購入されていないのであれば、盗品購入の疑惑はありません。ただ、買わなかったにしろ、どのような物を営業されたか、何を話したかは教えていただけますか」


 嗣道は大島は門前払いを食らった、と言っていたが、二人の間でどのような会話がなされたのか、確認しようとした。


「ふむ。買わなかったぐらいだから興味がないものだったのだろうが……」

「旦那様、その者は浮世絵と壺を勧めておりました」


 龍ヶ崎は覚えていないようだったが、執事が詳しくその時のことを覚えていた。


「なぜ買わなかったのだったか」

「お眼鏡にかなわなかった、といえばそれまでですが……。たしか、旦那様は贋作を疑われていたかと。それで、購入には、いつもと取引をしている業者を通さないと買わないとおっしゃられました」


 龍ヶ崎は執事の言葉に一つ頷き、同意した。


「そうだな、そうかもしれん。『取引のある業者しか通さない』というのは新しい営業を追い返す常套句だが、贋作も疑ったのだったか。……まぁ、この時代に高い金を払ってまで贋作を作る、というのも中々ない話だがね」


 だが、それを聞いてミカは奇妙だな、と思った。

 大島を逮捕するに至った捜査では、「贋作を作っている」という話はどこからも出てこなかった。


「なぜ贋作と思われたのですか?」


 ミカと同じように疑問に思ったのか、嗣道は贋作を疑ったわけを尋ねた。


「ふむ、最近似たような構図の浮世絵ばかりを売りさばいている商人がいる、という噂を聞いたことがあったのだ。それで最近は浮世絵を買うのを控えていた」


 龍ヶ崎の言葉を執事が補足する。


「浮世絵というのは極端に申し上げれば版画ですからね。複数現存していてもおかしくはありませんが、同時に贋作ももしや、作られているのでは、と最近噂になっていたのです」

「まぁ、そうはいっても本日、頂いたばかりの浮世絵もあるのだが。頂き物を拒むことはないからな」


 手土産に浮世絵を持ってくるというような世界をミカは想像できなかったが、金持ちの間ではそういうこともあるらしい。


「そうでしたか。今後はそう言った噂も調査します。一応、いつも取引している業者の連絡先を教えていただいてもよろしいでしょうか」

「ああ、執事に用意させよう」

「かしこまりました。後ほどお持ちいたします」


 細い糸だが、次の捜査のヒントになりそうな話も得られた。


(今日ここで追い詰めなくても、もらったリストを調べればいい。龍ヶ崎の取引業者が勝手にやっているならリストの中に奴らがいるし、龍ヶ崎が直接かかわっているなら、金の流れとリストを比較すれば、候補が浮かび上がる……)

 

 嗣道も同じことを思ったのか、打ち合わせのクロージングに入る。

 そんな中で龍ヶ崎が漏らした一言が、ミカの心をざわつかせた。


「我々が安心してコレクションできるためにも、学芸員には頑張ってもらわないといけない」

(……ッ! この人なんて!!)


 それは、龍ヶ崎の本音だったのかもしれない。

 だからこそ、ミカの本音も口をついて出てしまった。


「……そのために、私たちは、仕事をしているわけじゃない!」


 突然口をついてでた大きな声に言った本人であるミカも、自分が何を言ったのか、最初、わからなかった。

 しかし、カッとなり、顔が赤くなり、自分が怒りを覚えていることをミカは感じた。


「本筋を言えばそこのお嬢さんの言う通りなのだろう。……ただね、お嬢さん、今や博物館の社会的意義は失墜しているといっても過言ではない。地球博物館といえど、いつ何時、閉鎖されるかわからない。そんなもののために金をかけるよりは、私のような美術のわかる人間の元にコレクションされたほうが作品たちにとっても幸せではないかね?」


 嗣道がミカを叱責するよりも早く、龍ヶ崎は鷹揚に構え、ミカをまっすぐと見ながらそう言った。

 その目には本心からの言葉だということがよくわかった。


(博物館資料を、価値のわかる人間が、自分の手元に置く? 確かに、こんな時代、大切に保管してくれる人のところにあったほうが、長く遺せるかもしれない。……ああ、でも)


 ミカは言われた言葉をそのまま受け止めそうになった。

 それは誰からも言われる博物館の現状だからだ。

 だが、ミカの心は違った。


「……違う、と思います」


(違う。『作品の幸せ』なんてない。すべては人間の勝手、個人の詭弁)


 ミカは自分が何に怒りを覚えているのか理解した。


(……博物館は保管だけをする場所じゃない……。自分だけ楽しむために取って置く場所じゃない……! そうだよ、博物館は、博物館資料は……)


「……博物館は、……博物館資料は、誰か一人の『今の楽しみ』のものではなく、私たちの現在と未来のどちらにも広く公開され、理解されるべきものだと、私は思います」


 そして、龍ヶ崎はミカの言葉を聞き、一つ頷いた。


「ほう、勝手な正義だな。現実も知らんようだ。……まぁ、まだ若いのだ。よく考えてくれたまえ」


 だが、龍ヶ崎はミカの言葉を受け止めたのではなく、受け流したのだとミカは感じた。そうしてミカは感情のやり場を失い、黙るしかない。

 その様子を見て、嗣道は、話をまとめた。


「部下が失礼をいたしました。……それでは、今伺った話は関係先にも確認します」


 嗣道はソファから立ち上がった。

 それを見てミカも柔らかなソファから立ち上がった。

 そんな二人を龍ヶ崎は座ったまま見上げて言う。


「それで確認が取れれば疑いは晴れるのだな?」


 嗣道が頷いた。


「確認が取れれば、ですが」

「そうか、そうか。いや、疑いが晴れるというのは、いいものだ。気分が良くなった」


 龍ヶ崎はそれを聞き、先ほどまでの雰囲気はどこへやら、強面の顔に似合わぬ満面の笑みを浮かべた。

 そして、突然何か思い立ったのか、立ち上がった。


「今日は全く気分がいい。二人とも、せっかくだから、我が家のコレクションを見ていくかね。今日はちょうど私も見て回ろうと思っていたところなのだ。あまり出さないものもあれば、最近手に入れたものもあるのでな」


 嗣道は少しだけ考える顔をした後、すぐにこの話に乗った。


「ありがとうございます。後学のために拝見します」

「うむ。そうしなさい。……荷物もここに置いておくといい。我が家のセキュリティは完璧だからな」

(えっ、いいの? 嗣道)


 ミカは自分が悪くしてしまった雰囲気を理解していたので、嗣道がこの話に乗るとは思わなかった。

 そして龍ヶ崎も先ほどの話はなかったかのように機嫌よく歩き出した。

 ついてこい、という意味らしい。


「……部下にメモを取らせてもよろしいでしょうか」


 その背中を追いかけつつ、嗣道は龍ヶ崎にそういって許可を求めた。


「うむ、構わないぞ」

「ありがとうございます。ミカ、筆記具はあるか?」


 嗣道はミカに話を振った。


「え、あっ。持ってるよ」


 まだ自分の発言の雰囲気にのまれていたミカは反応が遅れたが、嗣道に言われたものは必ず身に着けて持ち歩いている。

 ミカは懐からメモ帳と、良く削られた鉛筆を取り出して嗣道へ見せる。


「ほう、若いのに、鉛筆を用意するとはな」


 そして取り出した筆記具を見て龍ヶ崎は感心した様子だった。

 学芸員として活動するには、国内では筆記具に鉛筆を用いることとされている。

 それは資料保護の観点から定められているので、ミカはそれを忠実に守っているだけだが、一般にはそれほど知られていないルールだ。

 それを褒められれば、少しは嬉しくもなるものだが、今のミカはあまり心が浮かばなかった。


「……どうも」

「どうにも、無愛想で」


 嗣道のとりなしも、ミカの心には少しささくれが残る。


「わっはっは、構わん、構わん。我が家の猫を思い出す。……それにお前も相当無愛想だから安心しろ」


 だが幸いにして龍ヶ崎はその様子を気にしてはいなかった。

 そんなことを話しながら邸内を進むと、ミカたちは個人宅にあるとは思えない展示室へと案内された。

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