第02話 学芸員のお仕事
勝手に突っ込んだ相棒の行動に天を仰いだこと2秒。
(……まったく、仕方のない奴だ)
博物館の男、守山嗣道はすぐさま乗ってきたバンから1メートル半はある長いコンテナを下ろして背負い、目標の倉庫の屋上へと登っていた。
そしてそこで見つけた見張りを嗣道は無感動に、特筆する戦闘もなく、さっさと捕縛した。
(屋上には見張りが2名。だが、下の様子に集中していて外を見ていないとは、見張りにならんだろう。……装備は悪くないが、素人か)
そんなことを思いながら、嗣道は背負ってきた樹脂製のケースからライフルを取り出した。
そして倉庫の天窓からライフルを構えながら下を覗き込んだ。
すると、スコープ越しに目当ての姿を捉えた。
影に潜み、消音器をつけた銃で次々と障害を排除する少女の姿は鮮やかだった。
(よし、怪我はしていないようだ)
その様子に安堵と成長の喜びを感じるが、本人にはそれは伝えられない。
(しかし、目の前の先頭に熱くなるのは良くないな)
嗣道は、少し離れたところで銃を構える戦闘員のリーダーらしき姿を照準器に捉え、そのまま引き金を引いた。
消音器によって抑えられた発砲音が辺りに響き、銃床が嗣道の肩を強く押す。
それでも微動だにせずに照準器を覗いていると、戦闘員の胴体に風穴が空き、その場に崩れ落ちるのを確認できた。
「戦闘員のリーダーらしき人物を無力化」
そうして少女が窮地に陥ったところを銃弾一発で救い出し、やはり今回はお説教だと思いつつ、嗣道は無線に声を吹き込んだ。
「失敗したっ…!」
影は鉄骨に隠れ、銃弾を撃ち込まれながら、ちょっと今回は突っ込みすぎたかもしれない、と反省していた。
そしてこの後のことを考えていると、一番正確に弾を送り込んできていた戦闘員の一人が突然で倒れた。
同時に無線が自分を呼び出した。
『ミカ、いつも言っているだろう。ひとりで行くなと』
その声で、少女、ミカは自分を助けたのが何者なのか知った。
「うっ……ごめん、嗣道! でも、早く取引を止めさせなきゃ文化財がまた悪いことに使われちゃうと思って……」
『……これ以上のお説教は帰ってからだ。バックアップ位置についた。きちんと名乗って罪状を読んでやれ』
「わかった」
ミカと呼ばれた影は身にまとっていた影のような外套を脱ぎ捨てた。
現れたのはしなやかな体つきの少女といっていい年頃の娘だった。
ミカは隠れていた鉄骨を出て走りだした。
そして足場から宙へ舞う。
降り立ったのは男たちが商談をしていた長机のそば。
体全身で衝撃を殺すと、ミカは片手で拳銃を構え、そしてもう片方の手で腰に括り付けた懐中時計を見えるように抑えた。
そして、倉庫内に響き渡るはっきりとした声で告げた。
「私は地球博物館、文化財緊急保護チーム、学芸員補の鹿島ミカ! 地球文化財保護条約に基づき、違法に売買されている文化財の保護を行う! 人の想いを踏みにじり、闇の社会へと流通させる所業、許せるものではない! 武装を解除し、文化財を渡しなさい!」
派手な服の男は驚きながらも言った。
「どこの鼠かと思えばッ! その懐中時計は、地球博物館の学芸員の証!」
「なんだ、警察じゃないのか?」
「馬鹿野郎! 警察よりよっぽどたちの悪い連中だよ!」
客の方は知らなかったようだが、派手な服の男は、ミカが何者なのか知っていたようだった。
だが、自身の持つ戦力を思い出したのか、不敵に笑ってミカに笑いかけた。
「だが! ここがどんな状況かわかって言ってるのかい、お嬢さん?」
すでにリーダー含めて戦闘員が二人やられたとはいえ、まだ半分以上が残っていた。
三人組の客も、懐に手を伸ばしていた。銃をそこに隠し持っているのだろう。
だが、そんなことでは彼女は怯まない。
手配書の内容を思い出し、ミカは派手な服の男に鋭い目を向けながら、言葉をつづけた。
「大島成也だよね。文化財違法売買の現行犯で逮捕する」
ひるまず、退かない。その意思をみて、派手な服の男、大島は周囲に指示した。
「なんて気が強いお嬢さんだ。………お前たち、やるんだ!」
「了解っ!」
戦闘員の男たちは天窓から覗くライフルを警戒して、射角を避けつつ、室内に散開する。
大島も、客の三人組も同様に姿を隠した。
そして、隠れた男たちがそろって机の上に立つミカを狙って撃つ。
しかし。その弾がミカに届くことはなかった。
ミカが机を蹴って倉庫を駆け抜ける。そして身を屈めて男たちに素早く近づくと一人目の腹部を撃った。
男が腹を抑えて倒れる。
「ウッ…!」
次にミカを狙う戦闘員の一人が天窓からの射撃で目の前の木箱を撃たれ、舞った木くずが目に入り無力化される。これで二人目。
「オッ……!」
そして三人目は、気づいたときには後頭部に銃を突き付けられた。
哀れな戦闘員は、何の抵抗もできず、おとなしく従い、後ろ手に縛られる。
「え……」
瞬く間に戦闘員が制圧されて、残るは、4人。
「さあ、これで残っているのはあなたたちだけだよ」
そうミカが言ったときには、倉庫に散開していた三人組の客も大島も、一角に追い詰められていた。
さすがの手際の良さに、三人組の客も、逃げだすことができない。
しかし、大島はあきらめていなかった。
余裕たっぷりの表情で、大きな身振りで、後ろ手に隠していたものをミカに見えるよう前に掲げた。
「銃を捨てろ。いいか? 今俺が手に持っているのは、俺が二番目に価値があると思っている壺で、俺の後ろには俺が一番価値があると思っている壺がある」
大島はいつの間にか、一つの木箱を背にして、左手に拳銃を、右手には一つの壺を抱えていたのだ。
壺を「人質」に取ろうとしていることは明白だった。
(卑怯なやつ!!)
ミカはその様子に、銃を下ろすしかなかった。
文化財を保護する学芸員が、文化財を危険に晒すことはできない。
悪魔のような攻撃力を持った敵が武器を下ろしたのを見て、三人組の客たちは顔を見合わせると、次の瞬間には一目散に逃げ出した。
ミカはその様子を悔し気に見ながらも、追いかけることはできない。
「さすがは地球博物館の学芸員さんだ。ものの価値がわかってらっしゃる。……俺を撃てば弾は貫通し、後ろの壺は割れ、手元の壺は撃たれた俺と一緒に地面に落ちる。そう、どちらの壺も粉々だ。さあわかったら、さっさと銃を捨てろ」
大島は、逃げ出すタイミングを得ようとしているようで、殺意のある銃の構え方ではない。
しかし、『人質』の価値を考えるとミカは銃を地面に置かざるを得なかった。
ミカは大島からよく見えるように銃身を握り、ゆっくりと地面に拳銃を置いた。
それでも、その目は一度も人質から目をそらさない。
(なんとしても、助けなきゃ。……あれ?)
そうして見つめる先、その『人質』をよく見て、ミカはあることに気付いた。
それはこの状況を覆すに足る、重大な事実。
大島はそんなミカの様子には気づかず、銃を置いたのを見て、ひとり息をついた。
「怖いお嬢さんだ……。よし、じゃあ次は銃から離れろ」
大島の言葉に素直に従い、ミカは一歩、二歩と、銃から離れた。
そしてミカは歩みを止めて、胸元のスイッチに手を伸ばし、小声でマイクに言葉を吹き込んだ。
壺を見て一瞬考えた疑問を解消するためだ。
そして耳に入れたイヤホンから聞こえる返事に頷きを一つ返し、じりじりと逃げやすいように立ち位置を移動する大島に声をかけた。
「大島」
先ほどよりも幾分温度の低い声色に、大島は警戒しながら応えた。
「なんだい、学芸員のお嬢さん」
「人質にそっちの壺を選んだことを褒めてあげる」
なるほど負け惜しみかと理解し、大島は勝ち誇ったようににんまりと笑った。
「それは光栄だね、学芸員さん。一体いくらの値段をつけてくれるのかい?」
ミカは少し考えるそぶりを見せた。
そして、面白そうに、にっこりと笑い、言った。
「そうね。……あなたの命よりは価値があると思うよ」
大島の目が見開かれる。
「くそっ!!」
大島はその言葉の意味を正確に悟り、壺を脇に抱えたまま左手で銃を構えた。
しかし、それよりも早くミカは地面に置いた銃に飛びつくと、大島の腹を撃った。
大島は衝撃を感じ、よろけ、膝から崩れ落ちる。
「く……そぉ……」
大島は壺を抱えたまま倒れこんだ。
「俺が壺を落とすとは思わなかったのかよ……」
仰向けに倒れる大島をミカは銃を構えたまま覗き込んだ。
「残念だけど、あなたの観察眼は高かった。手に抱えているのは偽物。まぁ、世の豪華好きの金持ちはその手元の壺の方を欲しがるんでしょうけどね」
「へッ……。そうかよ。だけど、俺の腹を撃ったってことは、後ろの壺は割れてるんだろ。残念だったな。ところで……俺は死ぬのか?」
もう抵抗する気も起きないのか、大島は先ほどまでの威勢はどこへ行ったのか、気弱な声で言った。
「なに? 悔い改める気になった?」
「悪いことばっかりやってきたんだ。今更だ」
大島は抱えていた壺を傍へ転がすと、ミカから目を離し天井をぼうっと見上げた。
これまでの人生を振り返っているのだろうか。
「そう。じゃあ一つ教えてあげる。この拳銃は22口径。弾は今もあなたのお腹の中。貫通してない。衝撃も感じただろうし、とっても痛いし、そのままほっとけば死ぬだろうけど、ちゃんと捕まって病院に行けばほぼ大丈夫でしょ。そして、あなたが後ろに隠した壺の方が貴重な文化財だったけど、貫通していないから、割れてもいない。ということで、よかったね、壺は割れてないので、罪状は違法な売買だけ。……大島成也、23時55分逮捕ね」
「そうかい……」
結局、各機関での話し合いが済んだ時にはすべてが終わっていた。
「望月さん、拗ねないでくださいよ」
「おい、晴斗、俺がいつ拗ねたって?」
望月と呼ばれた刑事は、若い刑事の持ってきたコーヒーをすすりながらまだ拗ねていた。
「どうやら、終わったようですよ」
望月が若い刑事、晴斗の指すほうを見ると、倉庫から大小二つの人影が近づいてくるところだった。
「……望月さん、晴斗さん、どうも」
「よう、お嬢、派手にやってくれたな」
小柄な方の人影、ミカに対して望月はため息をつきながら言った。
「ちょっと派手にやりすぎたって反省はしてるよ。でもしょうがないじゃん、もう取引始まってたんだから……」
「まだ反省が足りないようだ。帰ってからも説教だ、覚悟しろ。……望月さん、主犯以外の犯人は倉庫に転がしてある。引き取ってほしい。うちの押収品もデータは後で送るように手配をする。残ったほかの分野の盗品とか違法な品はそっちでいいようにやってくれ」
その言葉にか、コーヒーの苦さにか、望月は顔をゆがませた。
「くそっ! 手柄はくれるってか」
「我々には犯人を尋問する技術も、人員もいないんだ」
「望月さん、大島は救急車で病院に送っておいたから、お腹を縫い終わったら聴取をよろしく……」
そういうミカはまだしょげた様子だった。
その姿はまるで叱られた犬のよう。望月はすっかり気を抜かれてしまった。
「はぁ……、まぁ、気をつけて帰れよ」
「はーい……」
守山とミカはバンに乗り込み、現場を離れていく。
あの様子では車の中でも怒られながら、二人の家へと帰っていくのだろう。
その後姿を望月は何となく眺めていた。
「ちっ、……直情型の嬢ちゃんは見ていて危なっかしい。うちがもう少し早く動ければよかったものを。……どうせうちの狸部長は手柄はまた博物館が譲ってくれると思って見て見ぬふりしたんだろう」
経験に裏打ちされたベテラン刑事のその推理は正解なのだろう。
小さくなっていく車を眺めながら、晴斗も頷いた。
「まぁ、手柄と一緒にいろいろと面倒なところも任されましたけどね」
「面倒なところはやっとけ、新米」
望月はそう言い放つと、セダンの助手席に座った。
「そんな、先輩、ひどいですよ」
「俺は知らん!」
そして晴斗が運転席へと乗り込むと、黒塗りのセダンもまた、その住処へと帰っていった。
そんな様子を夜闇に紛れて離れた場所から観察する人物が一人。
影の中に潜んでいて、その姿は朧気にしかわからない。
『状況はどうですか? 予定通り、あの絵は売れましたか?』
「いえ、先生。残念ながら、例の物はうまく市場に乗せられませんでした。警察組織の襲撃を受けまして」
その人物は誰かに状況を報告しているようだった。
『そんなに仕事熱心な部署がありましたか』
「いえ、すみません選定した闇商人の腕が悪かったようで、他の売り物に釣られていろいろな組織に追われたようです」
『失敗しましたね。ですが、仕方ありません』
電話口の相手はあまり残念がっている様子はなかったが、それにも影の中の人物は恐縮しきりだった。
「……申し訳ありません。国内向けは別ルートで流しますが、国内分はこれで最後になるかと」
『あとは国外でしたか』
「はい。予定日にはすべて間に合わせます」
『頼みましたよ。私の秘書はあなたしかいないのですから』
「ありがとうございます。清く正しい世界のために」
通話を切ると、その人影も東京の街の中へと消えていった。
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